同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

三島由紀夫『小説読本』(中公文庫)の核心はやはり炭取の話


 三島由紀夫の有名な作品はほとんど読んでいない。数冊読んだだけでしかないのだが、煌(きら)びやかというのか端正というのか雅というのか、上流階級(私は見たことがないけれど)を書かせたら天下一品だと思った。そんな三島の論考『小説とは何か』は小説作法についての三島の考えが開陳されている。

 核心は『遠野物語』の炭取りがくるくる回るという記述への快哉であり、それを引いて車谷長吉さんは「虚点」の重要性を『読むことと書くこと―文学の基本―』(朝日文庫『銭金について』収録)に書いた。

 このブログのどこかで私は石原慎太郎『太陽の季節』の障子破りなどを「虚点」として挙げたが、ほかにもあるある。例えば中島敦の『山月記』はまさしくそうだし、村上春樹の『1Q84』で太陽が2つあるというのも「虚点」だろう。

 本書収録の『わが創作方法』も興味深いのだが、どれだけ具体的に記されても誰も真似などできようはずがない。だからこそ三島由紀夫なのだなぁ。

マスクリンチの時代に

 マスクが嫌いだし右に倣うのがいやなので必要な場所以外ではマスクをしない私は、同じようにマスクをしていない人を見かけると同類かなと一瞬期待してしまうのだが、先日見たテレビではその大半が「マスクを忘れた」と言っていた。なーんだ。

 そんなある日のこと。東京・品川の人通りの少ない通りをマスクを手にぶら下げて歩いていたところ、私を追い抜いていった女性も同じようにマスクを手にぶら下げていた。「マスクは持ってますよ。忘れたわけではありません。でも、ここでは必要ないでしょ」と主張するかのように。

「僕ら、気が合うと思いませんか」

 追いかけていって声をかけようと思ったが、変質者に思われたくないので我慢した。 

 以上前置き。

 それにしても、だ。今のマスク状況でいいのだろうか。

 アベノマスクなどアリバイとしてしか使えないのに、総理大臣が率先してつけているものだからだろう、厚生労働省は「ガーゼや布のマスクは効果がない」と言わない。車に一人乗っている人が律儀にマスクをつけていたり、四方八方に人がいない場所でマスクをつけているこれまた律儀な人がいたりして、熱中症で倒れる人が出てくるまで「王様は裸だ」と誰も言わないのだろうなぁ。

 筋の通らないデタラメな状況がいつまで続くのだろう。国を憂えるのは時間の無駄なので、マスクを手に持って歩く女性を今度見かけたら声をかけてみよう。話が合いそうな気がする(笑い)。

サザン無人ライブで最も感動したのは

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 椅子にも床にも座らない。拍手し、声を上げ(さすがに「くわたー!」とは叫ばなかったが)、手拍子を取り、踊り、笑い、汗まみれの2時間が過ぎた。サザンオールスターズの無人ライブである。これをオンラインで見ることができるのだから、インターネットを開発した米国に感謝しなければならない。

 同じサザンファンのトモちゃんとの会話。

私「見た?」

トモちゃん「見た!」

「よかったよねぇ」

「最高だった」

「特にエンディング。ドライバーの名前まで出たでしょ」

「そうそう」

「お! よく見てるね。桑田佳祐のアイデアではないかもしれないけど」

「でも彼はいつもファンとスタッフにありがとうって言ってるでしょ」

「あ、そうか」

 私も彼女もライブの終わり方に驚いたのだった。関係者の名前がそれこそ機材搬入の運転手の名前まで流れたのである。桑田佳祐の案なのかアミューズの案なのか分からないが、ほおーと感心させられた。終わり方で大好きなのは映画『アメリカンフラフィティ』だが、それに勝るとも劣らない。オンラインだからこそできた見せ方であり、今回のライブ最大の見せ場であった。

 グッズが届くのは8月下旬とずいぶん先だが、誇りを持って使うことになりそうだ。



 

オンライン飲み会は無理という話

 飲む人が言っていた。「ズーム飲み会は無理」と。

「隣の人と話せないでしょ」

 確かに。ズームは誰か1人が話して、残りの人はそれを聞く。発言者はいつも1人に限られる。会議用にはいい。

 これを飲み会で使うとなると2〜3人なら問題ない。しかし人数が増えれば増えるほど無理が生じる。隣の席の人と話す、という小回りがきかない。

 飲み会にせよ集会にせよ、小さな輪でしか人間関係を縮める芽は生まれないのではないか。いいかもと思った相手を誘って二人きりでデートするのと同じだな。

6・23は沖縄戦終結ではない

 モンパチことモンゴル800の「himeyuriーひめゆりの詩ー」の音楽映像の冒頭、《1945年6月23日 沖縄戦終結。》と文字が出る。

 モンパチは沖縄のロックバンドだから知らないはずがないのだが、6月23日は沖縄戦の《終結》ではない。第三十二軍司令官(大将)の牛島満と参謀長(中将)の長勇が自殺し、にもかかわらず「生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」と無謀な指示を残したため、日本軍の組織的抵抗は終わったものの狭い沖縄本島での大混乱や住民の死が続いた。

 昭和のおわりの2年を沖縄で暮らしていたとき、何かの集まりで徳島の出身だとあいさつしたら「赤松隊長のところですね」と老婆に言われて慌てた。久米島の住民を虐殺した赤松隊長のことは知っていたけれど、脊髄反射のように返されたことに根の深さを感じざるを得なかった。

 そういうのも含めて沖縄戦である。

 

 

近所のデニーズに自粛リンチが

 顔見知りの店長に新型コロナ騒動の影響を尋ねたところ、予想外のことが起きていた。私が住むマンションの住民が店に来て閉店を迫ったというのである。同一人物かどうか分からないが、電話でも閉店を迫ったという。その理由は「感染者が出たらどうするの!」。

 常々私は自分の愚かしさを思うたびに首の絞まる思いをしているのだが、よりによって同じマンションの住民にも阿呆がいたか。そこまで心配するなら無人島に引っ越すか自宅の便所にでも閉じこもればいいのである。

 さて。お金を払って帰ろうと思ったら財布がない。げげげ。持ってくるのを忘れた。
「すみません。財布を忘れたので取りに戻ります」
 
 やっぱり私が一枚上手の阿呆だな。


 

東京の地下鉄で徳島の吊り広告を見たが

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 東京の地下鉄・銀座線で見つけて「おおー!」と声を上げてしまった。阿波踊りなのである。よく見ると徳島県の広告だ。ポスターの右下に小さく「VS東京」と恥ずかしそうに書いてあったので分かった。

 これ、何のために作ったのだろう。税金をどれくらい投じたのだろう。何が言いたいのだろう。私にはどうも分からない。

 このポスターに反応するのは徳島出身者かゆかりのある人くらいだろう。ということは、関東在住の徳島関係者に郷愁をそそらせてUターンさせるのが狙いか?

クンデラ『存在の耐えられない軽さ』の重さ


 一筋縄で行かないのは、チェコの歴史を縦軸に、トマーシュとテレザ、サビナ、それからサビナとフランツを横軸に置いたものの時間軸が前後したりするし主題がいくつもあるし、主題の中には哲学があったりするからだ。映画は思わせぶりな写真で有名だが、小説は全く容易ではない。

 最新の翻訳だし、クンデラさんのほかの本も手がけた西永さんの翻訳なので熟(こな)れているはずなのだが、軽く読み飛ばすことができる主題ではないのでところどころで行ったり来たりうんうん唸ったり足踏みしたりを強いられた。

 ギリシャ神話オイディプス王を踏まえての《ひとは知らないからといって無実だと言えるのか》(202ページ)は重い。トマーシュが外科医から窓拭き掃除人になると分かっていて踏んだ踏み絵は、今の日本でも大勢の人に差し出されているのではないか。私もそうだ。

 犬のカレーニンを見て人間が幸福になることができない理由を述べた辺り(345ページ)も唸った。西垣通東京大名誉教授と考え方が似ていると感じたのは、犬や豚を人間と対等な生き物として見つめる目があるからだ。

《「使命なんてくだらないものだよ。(略)自分が自由で、使命なんかないと気づくのは、とてつもなく心が安らぐことなんだよ」》とトマーシュに言わせて物語は終わる。この発言は文脈に沿って読まないと誤読してしまうけれど、著者クンデラの置かれた状況と重ねれば深みを増すのではないか。

 なお、本書を原作にして1988(昭和63)年公開された映画を見た友人が「よく分からなかった」と言っていた。私はその映画は見ていないけれど、早稲田松竹の前を通るときにポスターを何度か見た記憶がある。エロティックなポスターなので実はワクワクしたが、見なくてよかった。優れた文学を優れた映画にした例が果たしてあるだろうか。

 池澤夏樹個人編集の世界文学全集(河出書房新社)全30巻のうちこれで3巻読んだ。まだ1割である。まだ27巻も残っている=読むことができるのはものすごく嬉しいのだが、生きているうちに読み終えることができるのだろうか(笑い)。



 

『週刊文春』の読みどころは渡部某の記事ではなく

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 読みたい本が山のようにあるので買うつもりは全くなかったのにセブンイレブン広島中央郵便局前店で見つけたので買ってみたのが『週刊文春』6月18日号だ。売り切れと報じられていたが3冊あったぞ。

 左右の2本の柱が立つかどうかが週刊誌の売れ行きに影響するということを昔教わった。今回の目次の写真を載せておくが、右と左に2本の柱が見事に立っている。どちらも食欲をそそる特ダネで、そりゃ売れるわなぁ。

 渡部某の下ネタ情報を誰が漏らしたか。これが私の関心事だった。本誌には《渡部の知人》としか書いていないのだが、全体像を知る知人となるとそう多くないはずで、渡部本人なら「あいつだな」と推測できているのではないか。

 さてそんなことより、「ウソの女帝小池百合子と同居男『疑惑の錬金術』は興味深い。「宝塚ボーガン4人殺傷犯“美魔女”母への憤怒」も面白い。「ゴミ、ホコリ孫正義マスクもこっそり回収されていた」も知らなかった。「大坪不倫審議官がまさかの大出世」も執拗だ(笑い)。先週号から連載が始まったのは知っていた「ヤメ銀 銀行マンは絶滅するのか」は元日経記者が書いていて、時宜を得たテーマなので引き続き読みたい。

 週刊誌の編集は実力の世界である。それが証拠に世界一の新聞発行部数を誇るあの読売新聞社が週刊誌を潰したもんなぁ。『週刊読売』で駄目で『読売ウイークリー』だっけかそれも駄目で、結局撤退したもんなぁ。宅配制度に守られた新聞と違って毎号毎号が勝負の週刊誌は読売新聞社でさえうまく行かなかった。その劣等感が左前になった中央公論社の買収につながったと私は解釈している。

『サンデー毎日』編集部に異動して編集側になって初めて気づいたのは、出版社系の週刊誌は新聞社系週刊誌と態勢が全く違うということだった。記者が自分で企画から取材、執筆までやる新聞社系より、編集者が中心になって鵜飼いの立場となり大勢のフリーを動かす出版社系のほうがネタも豊富だし面白くなるに決まっている。当時の私の名刺は「サンデー毎日編集部記者」であり、「サンデー毎日編集部編集者」ではなかった。雑誌の要である編集者は果たして編集部に1人でもいたのか、という根本的なモンダイである。

 小選挙区制が敷かれる前に政治部出身の先輩記者と一緒に『サンデー』で特集を組んだけれど、「これ、誰が読むのだろう?」と疑問を抱いたもん。こういう企画は新聞社系の強みでもあるのだろうが裏目に出たら目も当てられない。

 私は活字が好きなので、時間を食うと分かっているのに、買った週刊誌は隅々まで目を通してしまう。それが嫌で週刊誌を買うのを控えてきたのだが、久しぶりにしゃぶり尽くさざるを得ないのだが、面白いなぁ『週刊文春』は。




 

渡部某の多目的トイレ問題で見えたコト

 棺桶が見えてきた世代にとってはまぁどうでもいい話なのだが、渡部某である。何とか渡部を擁護しようと考えたが、今のところ無理がある。ほかの人がまだ誰も言っていなさそうな視点を2つだけ。

(1)一報は「近々発売される週刊誌で不快感を催させる記事が出るので、テレビ出演を渡部が自粛する」というような内容だった。これを見た瞬間に笑ってしまったのは、「自粛」と自分で言っていたことだ。いや確かにテレビ局に降板を言い渡される前に自ら粛(つつし)むのだから「自粛」ではあるし、最近の自粛ばやりにどさくさ紛れに乗っている感もあって、しかし、お前が言うな、であった。そこが笑えた。似たようなことが以前もあったような気がするが、「謹慎」と言わなかったか? 

(2)渡部は美食家だそうだが、嘘だな。私が知る限りではあるが、前菜から食後のデザートコーヒーまでじっくり堪能する美食家はセックスでも同じ行動をする。とにかくしゃぶり尽くす。舌が肥えているから雑なものは食べない。というわけで、多目的トイレで3分だか5分だかのインスタントラーメンのようなセックスをする男が美食家とは考えられない。「肉」がセックスを連想することもあり、もはや美食家を返上せざるを得ないだろう。

アイスコーヒーがお代わりできるブリッヂ

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 ホットコーヒーを1杯お代わりできる喫茶店はたまにあるが、アイスコーヒーのお代わりができる喫茶店は初めて見た。東京・西銀座デパート地下の喫茶店ブリッヂである。

 向田邦子さんが来ていた店として有名かどうか知らないが私はそれで時々ブリッヂに行く。メロンパンケーキが有名だそうだが、どう見ても血糖値が急上昇するから私は食べたことがない。

 で、アイスコーヒーである。店の若い男性が教えてくれた。

「ホットコーヒーのお代わりができるのだからアイスコーヒーもそうしようと」

 確かにそうだけど、アイスコーヒーは氷の費用がかかるのに。太っ腹。

 お言葉に甘えてアイスコーヒーを2杯飲んでみた。1杯でもけっこうな分量があるのに2杯飲むとは私は貧乏性いや貧乏人だな。客を思う気持ちがうれしいブリッヂであるが、ちと苦しかった。


 

 

 

 

備蓄食料の全員集合

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 思いついたら買ってきた。よく言えば柔軟。正直に言えば無計画。というわけで、あちらこちらにほったらかしてあった備蓄食料を集めてみた。食料はこれで全部だ。賞味期限は2021年と22年、23年のものがそれぞれあった。

 ざっと20食。1日に2食として10日分。3食食べたら7日でなくなる。

 もう少し買い集めておくほうがよさそうだ。地震や災害が起きると品薄になったり価格が上がったりするので、買うなら今かもな。

 大震災で死なずに済んだときは古里徳島に向かうとか福島の沖縄料理店パイナップルハウスに転がり込むとかすればいいのだろうけれど、交通途絶に大混乱の状態であれば当面身動きが取れない可能性がある。

 4週間分くらいを目処にもう少し備蓄を増やしておくとしよう。余れば誰か(例えばマンションの住人)にあげればいいのだから。

 備蓄食料はそれでいいとして問題は水だ。賞味期限切れの水がいっぱいある。保存期間5年と記されているのに製造年月日も賞味期限も記されていない、減圧でへこんだペットボトルもある(笑い)。

ガジュマル届く

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 ガジュマルは沖縄県の木である。と言うと信じる人がいるかもしれない。それくらいガジュマルは沖縄の象徴的な樹木である。だからというわけではないがガジュマルを買った。定位置はパソコンの横。私の目を癒やしてくれる。キジムナーがそのうち出てくるだろう。

 本とコーヒー豆しかない空間でひとり暮らしているせいか、私以外の生き物がいると安らぐ。この精神的効果は意外だった。

 さて、ここからが本題である。なぜガジュマルを買ったか。理由がある。

 このガジュマルを楽天市場で売っている知人から聞いた話に関心を持ったのだ。どんな話かというと、ふつうガジュマルはどこででも育つ丈夫な木なのに、まれに萎(しお)れる。萎れたらその家の中に悪い気が漂っている証拠だと言う。実際、萎れたと言ってきた人たちは共通して何らかのトラブルを抱えていた。ガジュマルがその悪い気を吸って萎れたとしか言いようがないくらいはっきり出た、と私に語るのである。リトマス試験紙みたいなものか。

 というわけで、私は試してみることにした。面白いし、安いし、アフターケアも十分だし、しっかりした包装だし、見た目もけっこういいし、そもそも私がその人となりを直接知っている上杉さんがやっているので自信を持ってお勧めする。自分用でもいいしプレゼントにも面白い。

 ここで買った → ウナプランタグリーン楽天市場店

 なお沖縄の県木はリュウキュウマツね。

 

渡辺京二『無名の人生』(文春新書)に見る新型コロナとの向き合い方


 石牟礼道子の伴走者として知られる渡辺京二さんの語りおろしである。人間のリスクの1つに病気を挙げ、《個体数調整機能にちがいありません》と述べている。《いかんともしがたい自然の摂理》であり、《運の良し悪しと言うしかありません》。

 2014(平成26)年の初刷りだが、新型コロナを予言していたわけではない。確かにそうだと思うけれど、新型コロナ騒動が続く今こうあっさりと言ってしまうのはちと勇気がいる。

 水俣病をばらまいたチッソに立ち向かい、石牟礼道子さんに寄り添った編集者らしく、読ませるものがある。《自国を批判できるというのは、知性のひとつの条件でもある。書くものがお国びいきにならないことは、知識人として物を言う前提条件でしょう》は全くそのとおりで、「自社を批判できる」人や「自分を批判できる」人を信じる私の説を裏付ける。

 村おこしや町おこしに対する懐疑や職業を超えたところにある世界への目など、刮目して読んだ文章は本書の後半に多い。つらい経験をしていろいろと考えてきた人であることがしみじみと伝わってきた。『逝きし世の面影』を読まないといかんなぁ。

96巻きの便所丸紙を備蓄

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 便所丸紙を96巻き備蓄した。減れば買い、96巻きを維持するつもりである。

 ちり紙やふきんとしても使うことができるので便利なことこの上ない。大学時代に山歩きをしていたときはこの便所丸紙を1巻き持って行って食器を拭くのにも使った。以来この万能性を愛してきた。

 一人暮らしなので96巻きあれば万一のこと(大震災による品不足など)があっても半年は不自由しないだろうし、余れば誰かに差し上げることができるし、そもそも食品と違って長持ちするし腐ることはないのでこれくらい備蓄しておいてもいいだろう。

 備蓄場所はもちろん便所である。便所は案外空き場所があるので、保存食もここに置くかな(笑い)。

「コロナ後」と言うけれど

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 新型コロナウイルスの騒動が収まらないのは医学的に解明されていないからであって、ワクチンができたりしてインフルエンザ並みになれば落ち着く。それなのに「コロナ前には戻れない」などと言っている人がいて私は首をかしげてしまう。

 例えば《ソーシャルディスタンスは新しい生活習慣になりそうだ》と法政大学総長が書いていたけれど、新しい生活習慣では決してなく、一時的な約束事というのが妥当だろう。そのそもソーシャルディスタンスだなんて(笑い)。距離と日本語で言えば簡潔で済むものを。

 医学的に解決されれば距離は元通りになるだろうし、マスクだってしなくなるだろう。これらは確かに「新しい」けれど「一時的」だというのが私の見立てだ。

 英国のジョンソン首相が新型コロナウィルス感染から回復したあと「社会は存在する」とサッチャーさん時代からの流れをひっくり返す発言をしたけれど、これなどコロナ前に戻ったとも言うことができるわけで。

 ズームなどのオンライン会議はそもそもインターネット時代の技術の1つだから今に始まった話ではない。アルビントフラーが『第3の波』で予言して30年も経っているし。こういうのを無視して「コロナ前には戻れない」と言うのはあまりにド近眼過ぎて。

 哲学者のハラリさんは新型コロナ騒動を機に国家が個人の管理に乗り出すと警鐘を鳴らしているけれど、イスラエルという環境が大きすぎる。ビッグブラザーはすでに中国や北朝鮮に生息しているのにね。

 地方への移住が増えるだの何だのという報道も見たけれど、私が知る限り、1990(平成2)年の毎日新聞福島面新年企画「新ふくしま人」は都会から福島県内に移住してきた人たちを取り上げたもので、そのころから「若者ばか者よそ者」が地方を変えるなどともてはやされていたことを多くの人が忘れているのではないか。

 昭和の終わりごろ訪ねた竹富島に若い元カメラマンが移住していた。彼は東京でお金をバカスカ稼いだもののそれに疑問を持ったので仕事を置き、自分を見つめ直すために移住してきたというようなことを語っていた。その数年後にバブル経済が崩壊した。

 世の中が少しずつ変わっているのはごく当たり前で、日本で言えば明治時代ごろから分かりやすい姿で続いているわけで、そういう蕩々とした流れを無視して「新型コロナ」で「前」と「後」に区切るのは暴力だし、新型コロナの影響があったにせよ過去に似たような出来事がすでに起きていることを知らずにニュースにしてしまうのも恥ずかしい。医者でさえ意見が分かれる新型コロナウイルスについての発言も井戸端会議ならいざ知らず。

 だからこそ、信頼できる発言者がはっきり浮かび上がってくるのだが。


 

 

横田滋さん死去

 数年前にお見かけした。JR東京駅の丸の内中央改札を出たところ、ご夫婦とすれ違ったのである。あれ、見かけた顔だぞ、あ、横田さんだ。

 お嬢さんをはじめとする拉致被害者を取り戻す人生、と言うのは簡単だが、これは一体どういうことだろう。残酷としかいいようがない。

 遺骨とされたものに他人のDNAがまじっていたというのも残酷な話だったが、あの辺りから北朝鮮と完全にこじれてしまった。事前にすりあわせができなかったのか。北朝鮮がヘギョンちゃんを公開してめぐみさんを公開しないのはそういうことだろう。

 滋さんは今ごろ天国で再会しているに違いない。

おっさんがズームをすると

 NHKののど自慢でご老人が出てくる場面。まだ前奏なのに歌い出し、演奏を無視して歌い続け、鐘がカーン。「わははは」と笑っていた私がよりによって。

 先日ズームを使った1時間ほどの会議に参加した。参加者は10人弱。もうすぐ会議が終わるというところで、若者が話しているのに私が割り込んでその若者に向けて話し始め、「あれれ若者がしゃべっているのに何でワシは話し出したんだよ」と思ったものの止めることができず、つまり2人が同時に話している状態になり、すぐに若者が話すのをやめ、私が最後まで話しきった――というおぞましい(自分で言うな)出来事を起こしてしまった。

 どうしても彼に伝えたいことがあったとはいえ、呼吸というのか間合いというのか、それを無視したのはどうしてなのか。ズームの会議は参加者の空気が分かりにくいと主張したいほか、冒頭に書いたのど自慢のお年寄りの気持ちが初めて分かったと自信を持って言う。原因は私の脳の老化だ、ろうか。ズームが怖い。


 

『太陽の季節』と『赤目四十八瀧心中未遂』の虚点

 三島由紀夫が『小説とは何か』(1968〜70年に『波』で連載)でこれぞ小説と絶賛したのは『遠野物語』で炭取りがくるくる回る場面だった。回るはずのないものが回ることで霊と現実に橋を架けたわけで、車谷長吉さんは三島の絶賛を元にして虚点の重要性を書いている。

 で、気づいた。

 石原慎太郎の『太陽の季節』(1955年芥川賞)の障子破りは虚点だと。有名すぎる場面なのでその表面的なところに話題が集まってしまったが、石原慎太郎は用意周到に虚点を置いてた。

 ここでさらに気づいた。わが車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』(1998年直木賞)で主人公はアヤちゃんと抜かずの3連発をする。そこが虚点なのだ。

 親しい女性が『赤目』を読んで「抜かずの3連発ってできるんですか」とかつて質問してきたことがある。「そこは小説だから」と答えたのに、虚点だとまでは私は気づかなかった。

 車谷さんはすでに亡く石原さんとは面識が全くないので障子破りを虚点として書いたかどうか確認のしようがないのだが。



10万円の行き先

ムスメ「私の10万円どうなってるの?」

私「何の話?」

ムスメ「しらばっくれないで!(と言いながら私の肩をパンチ)」

私「お前ね、たかだか10万円で目を三角にするもんじゃない。『お世話になっているからお金はお父さん使ってね』というのが孝行娘ちゅうもんじゃ」

ムスメ「だったらお父さんの10万円はおじいちゃんおばあちゃんに渡さないと」

私「た、た、確かに」

番町皿屋敷の被害女性は平塚に眠る

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 無性にラーメンを食べたくなり、グーグルマップでJR平塚駅周辺を検索していた私の目に「お菊塚」の文字が入ってきた。お菊と言えばお皿のお菊さん以外にない。なんで平塚に。さらに検索して分かったのは番町皿屋敷の被害女性の出身地が今の平塚なのだった。

 小学生の頃読んでいた小学館の『小学×年生』の付録のソノシートに女性の声で「1枚2枚……ご主人の大事なお皿を割った罪で殺されてしまいました」とあったのが未だに耳に残っている。のちに家族で行ったお城跡(あれは姫路城だな)に井戸があり、落ちないように金属製の網で覆われていた。父が「ここがお菊さんが投げ込まれた井戸じゃ」と言い、ソノシートの話とつながった。

 話は番町皿屋敷に戻る。ウィキペディアによると《奉公先で言い寄って来た家来を突っぱねたので、この男に皿を隠されたという。無実の罪で責めを受け悲しい最期を迎えたことになる》という。遺体は馬入(相模川の平塚側河口付近)で渡された。《罪人の例に倣って墓石は建立されず代わりに栴檀の木が植えられた》という。1952(昭和27)年の区画整理事業に際して、手掘りで作業され、《多くの物見高い人々が見守る中、言い伝え通りせんだんの木の下3尺からお菊の遺骸は座り姿で現れた》。市内の墓地に移されたそうな。その住所を見ると私の住まいのごく近所であった。

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 ここで2つの皿屋敷の名称を比べてみる。あちらは播州皿屋敷。こちらは番町皿屋敷。播州と番町、酷似するのは偶然か?

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 いずれにしてもお菊塚を知らないのはよくない。さっそく行ってみよう。紅屋町公園の中にあるという。駅前周辺はよく歩くのに公園があるとは知らなかった。ネットで正確な場所を確認してみて合点が行く。あのラブホテルの前に何かいまひとつ雰囲気がよくない広場があったような。あれが紅屋町公園か。あの道なら滅多に通らない。以前昼間に通ったらラブホテルから若い男が出てきて、数秒遅れて女が出てきて、そのうち並んで歩きJR平塚駅の階段を上がるのを見て「けッたくそ悪ッ!」とクヤシイ思いをして(なぜに悔しがる?)以来めったに歩かなくなったのである。

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 初めて公園に入り、お菊塚を見る。合掌して公園から出ようとしたら、あのラブホに入っていく若い男女が。お菊さんを思うと、私ならあのラブホテル(上の写真の、奥に立つ白い建物)には絶対に行かない。

 なお、地元生まれ地元育ちの舎弟3号に聞いてみたところ「お菊さんが平塚ってのは聞いたことはある」という反応で、地元民には常識のようだ。

 次は墓地を探してみるか。探してどうなるものではないし、極度の怖がりの私はこの辺りで止めておくべきなのだが、手を合わせる人間に憑くことはあるまい。


 

63.8キロから61.1キロに

 これはまずいことになった。5月の連休明けに体重計に乗ったときのことだ。64キロ近い体重に増えているではないか。

 かつて59キロだったころ、40年来の付き合いがある美女に「痩せすぎ」と言われ、それをきっかけに60キロ以上〜62キロ未満を維持してきた。新型コロナ騒動のストレスか、食欲が増し、あっという間に体重が増えてしまった。

 体重が増えると私の場合おなか周りに来る。スラリとしたランナー体型だったのに、妊娠5カ月のような感じ。気にしていたところ、友人の前田っちに「腹出てますよ」と指摘され、発奮した。

 指摘されて約2週間も経たないうちに、ふふふ、61.1キロだぜい。クヤシイ思いをさせてくれた前田っちのおかげである。ズケズケと本音をまっすぐに言ってくれる人ほどありがたいものはない。

冒険の森へ傑作小説大全5巻『極限の彼方』(集英社)


 集英社創業90周年記念企画であるこの全20巻の全集はひたすら面白さに軸を置く。編集委員が逢坂剛、大沢在昌、北方謙三、船戸与一、夢枕獏なのだから当然と言えば当然なのだが。

 石原慎太郎の小説は大学時代にほぼ読んだが肉体派としての石原文学を久しぶりに味わうことができたし、理系の素養をフルに突っ込んだ小松左京の小説はSFの域を超えているし、いやもう大変。

 田中光二の小説を読むのはこれが初めてだ。ウイルスを“小道具”にしてハラハラドキドキの活劇は、新型コロナ騒動の今あまりにもぴったりの内容なのでその偶然に感謝した。ただただ面白い小説ってのはいいなぁ。

 新田次郎の小説は大学時代にほぼ読んだはずだが、『八甲田山死の彷徨』はラッキーなことに未読だった。この作品は経営者こそ読むべきだろう。山田少佐のような経営者に読ませたい(笑い)。

 収録作品は以下のとおり。

【長編】
田中光二「大いなる逃亡」
新田次郎「八甲田山死の彷徨」
【短編】
村山槐多「悪魔の舌」
手塚治虫「妖蕈譚(ようじんたん)」
武田泰淳「流人島にて」
石原慎太郎「処刑の部屋」
白石一郎「元禄武士道」
小松左京「ゴルディアスの結び目」
【掌編】
氷川瓏「乳母車」
五木寛之「無理心中恨返本」
星新一「ねらわれた星」
平井和正「世界の滅びる夜」

サイフォンかペーパーフィルターか

 いろいろ試してきて、結論らしきところにたどり着いた。あくまでも私の口に合う味の追究である。

 浅煎りはサイフォンがいい。熱闘の中でコーヒー粉が30秒から1分泳ぐから味がしっかり出る。

 深煎りはサイフォンでもいいし、ペーパーフィルターでもしっかり味が出る。

 というわけで、午前中はサイフォンで浅煎りを35グラム、午後はペーパーフィルターで深煎りを35グラム、それぞれ飲んでいる。新型コロナ騒動のため自宅で過ごし続けた5月の連休辺りから私は1日に70グラムの豆を消費し始めた。6杯分である。

 死んだら飲めない。生きているうちにどれだけ飲むことができるか競争だ。阿呆かもしれない。

テレビ番組は演出がつきものなのに

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 テレビ番組を見た人たちがその内容を本気にしてSNSで批判し、それがきっかけで若い女性が死に追いやられた。痛ましい。

 SNS時代ならではの事件だろうけれど、問題はそこではない。テレビ番組の見方が問題なのである。民放のこの手の番組は創作であることを中学生くらいまでの間に知るべきである。明石家さんまが女性たちと話す『恋のから騒ぎ』(だっけ?)にしても盛っているなぁと、受けてなんぼの世界やなと、そういう見方を普通すると思うのだが、真面目に見てしまう人が一定数いるのである。

 そこを広く知らせるべきではないか。あの手の番組は創作だと。

 書いていて思いだした。『週刊金曜日』編集部にどこか外国のテレビ局が来てカメラを回した。編集というのは実に地味な仕事で、動きがない。彼らは明らかに困っていた。たまたま近くにいた私はサオちゃんに声をかけ、進行表だか何だかを一緒に見ながら打ち合わせをしてみせた。カメラがわれわれをすぐに捉えて、カメラの機械音が聞こえてきた。これで少しは動きがある映像を撮れたかなと思いながらも、カメラが寄ってくるものだから笑いをこらえるために不相応な必死の顔になってしまった。

 このようにカメラが回っていると人間はサービスしてしまうのである。

 私が『太陽にほえろ!』が死ぬほど好きだったのに警察官にならなかったのは、「テレビはつくりもん」という目で見ていたからである。でも、竜雷太演じるゴリさんには心底憧れたぞ。

 話がそれた。

 テレビは演出がつきものだ。私とサオちゃんがどこかの外国人のために打ち合わせをしてあげたのも自主的な演出なのである。そういうことを常識として知らないといけない。

森博嗣『読書の価値』(NHK出版新書)


 今さら読書論でもあるまいと思ったが、ほかならぬ森博嗣さんの随筆である。結果、読んでよかった。読み方だけではなく書き方まで指南しているのだ。親切だなぁ。

 森先生は頭の切れる人なので、《僕は映像的な展開をする》(153ページ)。言葉ではなく映像的なものが広がるというのだ。

 私が反省したのは読み方である。最近は本を選んで買っているので「これは駄本だ」と蔑むことはさすがにないけれど、森先生は私にこう窘(たしな)める。《その場で評価を決めてしまうのではなく、すべて保留しておく。それが教養というものである、と僕は認識している》=87ページ

 共感するには《その本を手に入れるために、自分の金を出す》=83ページ。私は貧乏人なので服装などはどうでもよく、しかし本だけはお金をかける。新刊本があるのに古本を買うというケチなことはしない。それは自分の頭に対する冒涜だと思っているからだ。私が本にお金を出さなくなったら、ああカウントダウンが始まったなと覚悟するだろうなぁ。読書の価値は私の命と同じなのかもしれないな。

 森さんの随筆は手軽に読むことができる割に得るものが大きい。


森博嗣『集中力はいらない』(SB新書)


 編集者から集中力の本を書いてほしいと求められ、こんな題名の本を書いたのはさすが森先生というほかない。しかし、一見すると正しそうなことを「いや、ほんまにそうか?」と疑うのは誰でもふだん一瞬やっているはずで、森先生はそこからどんどん追究していくからすごい。

 大変共感したのはこれ。《発想は、集中している時間には生まれない》=39ページ

 私は仕事の原稿を書いたあとや書いている途中でランニングをするようにしている。不思議なことに原稿で加筆修正すべき部分がひょいと浮かぶことが何度もあるからだ。

 取りかかっているものについて「あっ!」と何かが浮かぶのはパソコンに向かっていないときだ。これはもう100パーセントそうなのである。頭の中がアイドリング状態なのか、あるテーマを泳がすというのか転がすというのか、「あっ!」はパソコンの前では起きない。なので筆記具を持ち歩き、「あつ!」のたびに単語を1つか2つ書く。そうすればあとで思い出すからだ。困るのは寝ているときで、「これは絶対に忘れるわけがない」と思うのだが、100パーセント忘れている(笑い)。

 ただし、パソコンで気合いを入れて原稿をガシガシ打っているときはLINEやフェイスブックの着信音を消すことにしているし、LINEやフェイスブックメッセンジャーも見ない。作業を中断させられるからだ。必死こいて作業をしているときにそういうのを見ると頭の弱い私は作業が止まってしまって、「えーっと何だっけ? どこからだっけ?」となる。凡人のせめてものテーコーであるな。

森博嗣『お金の減らし方』(SB新書)


 イサヤマさんがフェイスブックで挙げていたのでさっそく読んでみたのがこれ。森博嗣先生の小説は理系向きのようなので私は避けているのだが、随筆は面白い。この本の題名も森さんのへそ曲がり具合がよく出ていて好ましい。どうやら天邪鬼な人が共感するようだ。ということはイサヤマさんは。あ、いやいや。何が「いやいや」だ。

 さて。20億円を超える印税を得た先生の随筆なので、そういう見方で読まないといけない。私のような貧乏人が読んでもさっぱり役に立たないかというと意外にそうではないのは、《僕の母は、おもちゃは買ってくれなかったが、工作のための道具ならば、ほぼ無条件で欲しいものを買ってくれた。また、本も無条件に買えた》(109ページ)といった記述が嬉しいからである。しかし、急いで付け加えれば森さんは最初から頭がいい。そこを無視してしまうと大きな勘違いが生じる。

 この本だったと思うのだがページを折っていないのでこの本ではないかもしれない。でも森さんの随筆だったと思うのでここに書いておくのだが、死ぬ前に「もっと仕事をしておくべきだった」と思う人などいない、という記述があって、棺桶が見えてきた私としては大いに頷いた。私なら「もっと本を読んでおくべきだった」か。若いうちは見えないものが年齢とともに見えてくるし、考え方も変わってくる。


 

池澤夏樹編集日本文学全集26巻『近現代作家集機戞焚禄仆駛漆啓辧


 1人に惚れ込むとのめり込むタチなので、縦に掘ってしまう。このため名前は知っているのにその小説家の作品を読んだことがない場合が多い。そんな私に有無を言わさず突きつけてくれるので大変ありがたい。

 私がここで感想を書くなどおこがましいのだが、眤七阿気鵑呂垢瓦そ颪手だ。読むのは初めてなのだが、警察小説の書き手という印象があった。こんな小説を書いていたとはすごい才能だとしか言いようがない。特殊で際立つ舞台を選び、そこで繰り広げられる労働を蕩々と叙述した。小学4年ごろの音楽で習った「鰊(にしん)来たかとカモメに問えば」という民謡が重なる。鰊漁の壮大さが手に取るように見えた。

 収録された作品は以下のとおり。どれも泣きたくなるくらいの小説だった。生きているうちに読むことができて本当によかった。

久生十蘭「無月物語」
神西清「雪の宿り」
芥川龍之介「お富の貞操」
泉鏡花「陽炎座」
永井荷風「松葉巴」
宮本百合子「風に乗って来るコロポックル」
金子光晴「どくろ杯(抄)」
佐藤春夫「女誡扇綺譚」
横光利一「機械」
眤七亜崟音匸隹痢幣供法
堀田善衞「若き日の詩人たちの肖像(抄)」
岡本かの子「鮨」

前田速夫『「新しき村」の百年』(新潮新書)

 埼玉に今もあると知って驚いた。その「愚者の園」を一度見学に行かなければ。

 親の代からの村外会員で、新潮社編集者時代には武者小路実篤を担当したという筆者だからこそ踏み込み、問いかけた。本書が出版された2017年11月よりも今の2020年5月のほうが問いかけは染みる。すなわち、ユートピアの賞味期限は切れたと言い切ってしまうことができるだろうか(153ページ)というのが前田さんの問いかけであり、問題意識である。
 
 続く154ページから157ページは熱い。前田さんの問題意識の前提が述べられていて、私はお目にかかったことはないが、声が聞こえてきそうだ。うんうんそうだそうだと私は頷きながら読み進む。

 この人がわが車谷長吉さんの担当編集者だったのだ。都落ちして関西で息を殺して生きていた車谷さんを探し出し、小説を書けと励まし続けた人なのだった。車谷さんの小説や随筆でたびたび弄(いじ)られてきた編集者の芯は車谷さんと同じだった。恐らくそれは『逝きし世の面影』の筆者で石牟礼道子さんの伴走者だった渡辺京二さんとも通じる。





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