同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

サザンオールスターズ40周年ライブで「くわたー!」と叫ぶまで

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 歌い手が豆粒くらいにしか見えないライブに行くよりDVDを見るほうがいいという長年の考えが覆ったのは数年前の桑田佳祐の徳島ライブである。いろいろなライブに行っている次女が徳島までくっついてきた理由がよく分かった。あの一体感や高揚感はDVDでは味わえない。

 サザンオールスターズのファンクラブに入会し、満を持して迎えた40周年ライブである。札幌は遠いので辞退したが、西武ドームと名古屋ドーム、東京ドームでのサザンオールスターズ40周年ライブに行き、ライブの楽しみ方を習得した。

 まず服装である。ツアーTシャツとオープンカラーシャツ、リストバンドを買って、外見でサザンのファンだぞ宣言をした。サザンのシャツを着ている人に目が行く。ビビビと通じ合うのである。服装は簡単だ。着ればいい。

 最も大事で難しかったのは「くわたー!」だった。徳島ライブで「くわたー!」という叫び声は聞いた。しかし自分が叫ぼうとは思わなかった。

 西武ドームのアリーナ席で2人隣の男が「けーすけー」と1回叫んだ。ふーんと思った。

 名古屋ドームはアリーナ席で、後ろのほうから「くわたー!」という男の声や「くわたさーん!」という女の声が時々聞こえた。拍手や手拍子をするだけではもの足りないと感じた。しかし、四捨五入したら60歳になる私が叫ぶのもなぁというためらいがあった。

 東京ドーム初日、1階席で1回だけ「くわたー!」と叫んでみた。ちょっと恥ずかしさがあった。しかし拍手や手拍子をするだけではやっぱりもの足りないのである。できるならステージで踊りたいがそんなの無理だし。阿波踊りの教訓であり私の人生訓である「同じ阿呆なら踊らにゃそんそん」が頭をよぎる。

 東京ドーム2日目はライブ千秋楽である。もうあとがない。1曲歌い終わるたびに「くわたー!」と叫んだ。3回くらい叫ぶところまでは周囲から「やかましい」という苦情が来るのではないかとジェントルマンの私は気を使ったが、何のクレームも来ない。あとは慣れの問題だったが、3回叫んでいたのでもう慣れていた。

 それからは曲が終わるたびに「くわたー!」。原由子が歌ったときは「はらぼー!」。最高潮に達した『勝手にシンドバッド』のときは「くわたー! くわたー! くわたー!」と3回。

 2階の上のほうの席なのでステージに届くわけがない。そんなの最初から分かっている。要は自分がどうすれば参加感の手応えを得るかなのである。

 よしっ!

 私より7歳ほど年上の桑田佳祐を呼び捨てにするのもなぁと思いつつも、まぁ許してくれるだろって誰が?


 

 

 

田辺聖子さんの思い出

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 芥川賞作家の田辺聖子さんが近くにいるのを見つけて声をかけた。

「あの、記念写真を一緒に撮りたいんですが、あそこに動いていただけますか」

「いやや」

 そう来たか(笑い)。

「ほな私たちがここに動いて来てええですか」

 無事に許可をもらい、みんなを移動させて撮った1枚がこれ。一緒に踊っていた国立音大の女の子たちが画面の多くを占めたのは、カメラマンをさせていた弟(当時高1くらいか)が色気に目を奪われたせいだろう。

 1984(昭和59)年8月だから、私は21歳直前か。若いなぁ(しみじみ)。

 当時の田辺さんは「かもかのおっちゃん連」とかいうのを作って毎夏踊りに来ていたはずだ。

 享年91。ご冥福をお祈りいたします。


 

個体差はDNAの仕業

 カメラなどの工業製品でさえ個体差があるのだから、生物である人間の個体差はいったいどれだけあることかと感じてきた。NHKスペシャル『人体供戮聾賃虜垢鮖覆襭庁裡舛力辰鮠綣蠅砲泙箸瓠個体差の原因を説明してみせた。

 たまたま養老孟司先生が6月9日付『毎日新聞』朝刊書評欄で『流れといのち 万物の進化を支配するコンストラクタル法則』(紀伊國屋書店)を取り上げて<生物学はワトソンとクリックによるDNA分子構造の決定以降、ほとんど遺伝子系に関する生物学になった。遺伝子系は情報系であって、神経系は遺伝子系が生み出す別な情報系である。つまり生物学は神経科学を含め、情報系の学問になった>などと書いていて、『人体供戮判鼎覆襪箸海蹐ある。

 40年ほど花粉症に苦しんできた私はビラノアのおかげで完全に抑えることができ、身近な人たちに勧めたところ、私と同じように完全に抑えることができた親子もいれば、全く効かない人もいて、これはきっとDNAレベルの反応なのだろうと薄々感じていた。

 DNAが完全に解明されて人間に応用できる日がいずれ来るのだろう。難病に苦しむ人に適用されて治療できれば安楽死希望者は激減するのではないか。身内や友人らに難病を抱えている人たちが数人いるので、祈るような気持ちになっている。

父の日禁止令

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 自分の子供たちには折に触れて伝えてきたが、1カ月ほど前にあらためて念を押した。「母の日に君たちの母親には各位プレゼントを。なお、何遍も言うてきとるように、父の日プレゼントは今後も絶対に無用。そんな金があるなら例えば国境なき医師団にでも寄付し」

 子供に「ありがとう」と言われたいか? 感謝されたいと思って子供を育てたか? 子供からプレゼントが欲しいか? 多くの父親は「まさか」と首を横に振るだろう。

 全国一律で子供に親への感謝を求める風潮への烈しい違和感もあるけれど、子供を手塩に掛けて育てて「はよ家から出て行け。戻って来るのは罷り成らん」と追い立てて自立したら「終わりッ」が父親だと私は確信している。


 

人間は自分が見えない


 あるクリニックで。

患者「最近は高齢者が運転する車の事故が多くて、ぼーっと突っ立ってられない。いやになるよ」

看護師「ほんとだよね。巻き込まれないように気をつけないとね」

患者「俺の運転ならあんな事故は起こさない」

 患者さん83歳。

看護師「まだ運転してるんだ」

患者「俺はあいつらと違う」

 看護師は「そういう慢心が事故を起こすんだよ」とは言えなかった。


 ある施設で。

お年寄り「ここは年寄りばっかりでたまったもんじゃない。腰曲げてよちよち状態で歩いているのは見苦しい」

家族「おばあちゃんも年とってんだぞ」

お年寄り「あしたしは違うわよ」

 おばあちゃん93歳。このあと97歳まで生きた。

 人間は自分が見えない生き物なのかもしれない。

おいしさを求めてコーヒードリップ追究

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 私の舌に合うコーヒーを飲みたい。いろいろ試行錯誤している中で最近注目しているのがドリップである。極端なことを言うと1杯分のコーヒー粉より5杯分のコーヒー粉で淹れるほうがうまい。コーヒー粉の膨らみ具合が全然違うのだ。1杯分と5杯分では単純に5倍の違いがあるので膨らみ具合が違うのは当たり前ではあるが、銀座の有名なコーヒー屋(名前忘れた)のカウンターで見ていると客の注文以上の分量を淹れているし、多めのコーヒー粉で淹れることを勧めるコーヒー屋もあるので、私の感覚を裏づける。

 私はふだん3杯分淹れる。ところが自宅にあるドリッパーのすべてが1〜4杯のドリッパーで、3杯分のコーヒー粉で淹れようとすると膨らみが大きくなってドリッパーからあふれそうになる。これでは十分に膨らませることができない。

 というわけで4〜8杯分のドリッパーを買った。これで3杯分を淹れると、十二分に膨らませることができる。満足である。

 味? うまいような気がする。正確な比較はできないのであくまでも私の感覚だが。


 

大地震の危険性に全く触れない奇妙な新聞記事

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 影響が大きいからとか地価を下落させてしまうからという言い訳をするのだろう。しかし、新聞が書かないのはある種の嘘情報を流すことになるという自覚が……ないのだろうなぁ。

 選手村のマンションは買いか否かという27日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)2面の特集記事だが、埋め立て地のマンションなんか買ったらあかんでしょ。首都直下地震や南海トラフ地震の影響を受ける可能性が高いんだから。

 命に関わる話を避けてあーだこーだ書く記事に何の意味があるのだろう。傾きでもしたらその後のローンの支払いどうすんの。危険性を書かないと加害者だぞ。

立木義浩写真展で見た小説家の素顔

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 徳島が生んだ写真家・立木義浩さんの写真展はおびただしい写真を見ることができる。その中で「あー! うまい!」と感嘆した写真が2点あった。1つは開高健さんがいたずら小僧のような顔で写っている写真で、確か本人が大のお気に入りと書いていたような。そうか、立木さんが撮ったのか。

 もう1つは瀬戸内寂聴さんの写真である。寂聴さんの写真は5点。引き延ばされた写真が真ん中にある。寂聴さんが焦点を定めたような定めていないような目で何かを見つめているようないないような、そういう顔をしている。寂聴さんは笑顔のおばあちゃんという印象が一般的だが、実はこの昏さが寂聴さんだと私は思う。ずっと抱えて藻掻いて藻掻いてしてきた修羅をじっと見つめて自分を切り刻む顔である。

 ほかのも有名人の写真が数多く展示されていて、有名人というだけで写真の価値に下駄を履かせてもらったようなものだからそこは評価の対象にしないが、開高健さんと瀬戸内寂聴さんの2点だけは見た甲斐があった。

 
 

阿波踊りはムズカシイ


 私は阿波踊りが大好きだが、自己流である。いわゆる有名連の踊りと私の踊りと何か違うように感じるのだが、何が違うのか分からない。というわけで40年近く自己流で踊ってきた。

 そこに救世主が現れた。上京してきた小磯である。職場の上司か何かが娯茶平連の踊り手で、折に触れて教わったという。「わしに今すぐ教えてくれ」とすがりつき、東京・品川の雑居ビルの1階フロアで即席講習をしてもらった。

 手の動きと足の運びに基本型があると知った。およそ二拍子ごとに小さな小さな“決め”を一瞬するのである。この基本を知らないので私の踊りはダラダラしたものに見えてしまうようだ。

 音楽に合わせなければならないのだが、ノークラッチの車に初めて乗るのに似た難しさがある。足の運びを意識してしまうとうつむき気味になって手の動きがちぐはぐになってしまい、手の動きを意識すると足の運びがメロメロ。それでも必死こいて踊っていると、小磯が時折「うまい」と言う。実際は私の踊りが「うまい」わけはなく、私の手と足が阿波踊りの基本型にたまたま重なったのだろう。つまり、そういうことなのである。手の動きの基本型があり、足の運びの基本型があるのだ。

 腰を落とすとけっこう苦しい。足がもつれてよろける。ランニングとは使う筋肉が違うのであるから仕方がないというのは言い訳だが、姿勢は苦しい。しかし楽しそうな顔にしなければならないと小磯の厳しい指導が続く。自分が基本型で踊ってみて初めて難しさがよく分かる。

 今から思うと人通りのあるあんな場所でよくまぁ1時間も練習してしもた。阿波踊り愛である。毎日でも踊りたい。

 こうなったら(どうなった?)姿見を買わなければ。

マンションの防犯カメラが役に立った

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 過失運転致死傷事件の裏取りで茅ヶ崎署員が道路添いの防犯カメラ映像をしらみつぶしに調べていた。私が住むマンションの防犯カメラに当該バイクが映っていたそうで、このような役に立つとは。

 警察官の仕事を間近に見るのは久しぶり。何とも地道な仕事をしていることに敬意を表せざるを得ない。貴い仕事だ。だから警察は繰り返しドラマになるのだろう。

 私は子供のころお巡りさんになりたかった。三つ子の魂百までだなぁと思う今日この頃である。

五木寛之さん『七〇歳年下の君たちへ』


 灘高生との対話をまとめた本である。帯にこう謳う。<超難関校の少年たちへかつてなく深く、やわらかく伝えた人生のピンチからの脱出術>。

「難関」に「エリート」のルビが振られていて、私は首をかしげる。難関校がエリートなのかと疑問を抱かない編集者の凡庸に。ただペーパーテストができるだけの人間を何か全能のごとく「エリート」と喝采するのはもうやめよう。「まえがきにかえて」で五木さんが<エリート高の卒業生が、必ずしもエリートの道を歩むとは限らない。人生は不条理にみちている>と記しているとしても、だ。

 私が編集者なら灘高生ではなく荒れまくっている高校生に五木さんを立ち向かわせる企画を出す。教育から落ちこぼされた子供を五木さんの声がどこまで届くのか、どんな反応が返ってきて、五木さんがどう答えるか、そこを見たい。レールから外されてしまった子供はなかなか発言しないかもしれないが、いろいろな経験をしてきた五木さんならそのこころに分け入ることができるのではないか。ふてくされた顔で「あんた誰?」と突っかかる子供と対峙することで五木さんの中に今までと異なる何かが生まれるのではないか。

 二葉亭四迷の「ふさぎの虫」の話が私には興味深かった。私も1匹飼っているような気がする(嗤い)。

五木寛之さんの『大河の一滴』を今ごろ読んで


 小説家が書く人生相談には深いものがあると気づいている人は読んでいる。と私は気づいた。小説家に限らず、苦労した年長者の話には頷くことさえ忘れてしまう含蓄があるので、私は好んで聞く癖がある。

 ミリオンセラー本なので距離を置いてきたが、今読むからこそ分かるんだろうなぁ。五木寛之さんの『大河の一滴』(幻冬舎文庫)である。

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 外地での敗戦と引き揚げという大きな体験のなかで、私はいちじるしく自分の人間性を歪めてきたと思わないではいられない。多くの心やさしい人たちの犠牲のうえに、強引に生きのびて母国へ帰ってきたいかさま野郎がこの自分なのである。いま、そのことをまるで忘れてしまったかのように大きな顔をして生きていることを、ふとした瞬間につくづくおぞましく感じることがある。
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 自分をいかさま野郎と唾棄する魂に私は身震いする。こういう人の言うことは信じることができる。

 五木さんの本は『青春の門』以来ご無沙汰だったので、久しぶりに何冊か読んでみようっと。

湘南国際マラソン地元枠に応募し忘れ

 ああ何てこった。さっき原爆ドーム周辺をランニングしながら「そういえば湘南国際マラソンの募集、ぼちぼちちゃうか。ホテルに戻ったらパソコンで確認しよ」と思ったのに完全に忘れていた。

 いま(22時45分ごろ)思い出してパソコンで調べてみたところ、地元枠の申し込みは今日の20時から。先着順なので、もう締め切っていた。あっちゃぁー。20時に私はホテルの部屋で晩飯を食ってた。再び何てこった。せっかく思い出したのに。

 最近は三歩歩いたら忘れる鶏頭。6キロほど走ったらそりゃ忘れるわなと自虐で慰めるしかない。

 こうなったらあしたの地方優先枠や25日の一般枠を狙うしかない。

車谷長吉さんの飆風忌

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 2015年5月17日の朝、車谷長吉さんは搬送先の日本医科大病院高度救命救急センターで亡くなった。配偶者で詩人の高橋順子さんが千葉の朝日カルチャーセンターで先日「飆風忌にしようと思う」と明かし、今日が初の飆風忌である。

 どこも報じていないようなので、これは文学界のささやかな特ダネだ。

 この日のその時間帯、偶然だが『車谷長吉全集』第3巻を読んでいて、残っていた最後の「私小説」と「現代の隠者」という短いエッセイを読み終えたことで全3巻の全集を読み終えた。1週間ほど前から「もしかして」と思っていたのでこの時宜に驚きはなかった。しかし、車谷さんふうに書けば、この奇縁は何ごとかではある。こじつけだが。

 車谷長吉さんの飆風忌。自作である。自然に五七五になっている。据わりがいい。

 

祝! スポニチ常務

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 人事は人がやることなので恣意が入ると三和総研のナンバー2がよく言っていた。恣意が入った人事でもうれしい人事が時々ある。

 私のフリー時代にお世話になった石井さんがスポニチの常務になった。ナンバー3である。社長は毎日新聞社から来るので、生え抜きとしてはナンバー2だ。

 石井さんから学んだことがいくつかあり、一番どうでもいい思い出を挙げておくと、私は生まれて初めて石井さんに指摘された。

「西野さん、気短いでしょ」

 打ち合わせをする直前のことだった。私ほど温厚で気の長い人間はあまりいないと当時は本気で思っていたので、実は大変驚いた。打ち合わせに来る人が遅れるという連絡が入り、早めにスポニチに来ていた私は「打ち合わせに何で遅れる?」と顔に出たのかも知れない。

 スポニチのデスクから電話がかかってきて不愉快な気持ちになったことがある。それを横で聞いていたのだろう、部長だった石井さんがすぐに電話をかけてきて「いやな思いをさせてすみません」とすくってくれたことを刻んでおきたい。

 こころからお祝い申し上げます。


 

『失言防止マニュアル』自体が失言なのに

 いや、嗤うてもた。自民党が議員らに『失言防止マニュアル』を配ったことがバレたわけだが、そんなしょーもいないもん作ってバレたこと自体が失言やないか。阿呆やなぁ。わしを含めていろんな阿呆を見てきたけど、これは筋金入りの阿呆やな。

 そもそも、やがな。こんな内容で失言食い止めることができるわけがないがな。発言は頭の中で生まれる考えや思いから編み出すもんであって、その頭入れ替えるならまだしも、おんなじ頭乗っけとって何が変わる?

 どこぞのPR会社か記者上がりが作ったんだろけど、阿呆丸出しやないか。イタイな。自民党は小学生の集まりか。


 

今こそ第3第4第5の慶應ミスコンを立ち上げて

 三田の色魔慶應がミスコンで揉めている。それを見て私は思うわけだ。ミスコンなんぞなんぼでもやればええがな、と。

 例えば私が「ミス慶應グランプリ」とか「慶應プリンセス」とかでっち上げて主催するのはアリだろう。これをネタに慶應の女の子とお近づきになることができるのではないか。ふふふ。

 あるいはこう迫ってもええな。「きみは世界一かわいいね。僕が主催者だからきみを優勝させてあげる。就職のときの履歴書に書けるよ」。相手が興味を示したら「100万円ね。もちろん僕はバラさないから。きみが慶應プリンセスのチャンピオンだって死ぬまで自慢できることを考えたら安いでしょ」

 こうして20でも200でもミスコンをやればええのである。

 そういうもんに出ようが出まいがどうでもええけんど、出る女を私は門前払いする。なんて書いても、「なに寝ぼけたこと言ってるの?! その前にこっちがアンタを門前払いよ」と言われるのだろうなぁ。

瀬戸内寂聴さん『場所』


 寂聴さんのお父さんが奉公に行ったのは徳島市の常三島の指物屋。常三島って実家の目の前やないか。おお。という軽い驚きとともに寂聴さんの「場所」をより身近に感じる徳島市生まれでよかったなぁとしみじみ。今はなき小山助学館という本屋の名前も出てきて、ああ懐かしい。

 寂聴さんの母親は徳島大空襲で亡くなっている。この日このとき焼夷弾の雨の下で私の母(6歳くらい)はその母親らと一緒に助任界隈を逃げ惑った。「この中は安全でよ」と井戸に誘ってくれた近所の人はそこで焼け死んだ。吉野川の北側に住んでいた父(10歳くらい)は屋根に登って「徳島がよう燃えよる」と高みの見物をしていた。

 という個人的な感傷はさておき、この作品はノンフィクションと私小説のハイブリッドと言うべきだろう。寂聴さんが暮らした街を実際に訪ね歩き、そこで起きた出来事と寂聴さんの記憶を重ねる。

 自分が暮らした「場所」を訪ねてみたくなるのはなぜなのだろう。

 私が40代半ばだったか、1970年前後に暮らした大阪市東住吉区西通りを訪ねてみたことがある。しかし1976年ごろ暮らした岸和田市藤井町には未だに再訪していない。「場所」に潜む記憶が好奇心を左右するのかもしれない。 
 

瀬戸内寂聴さん『死せる湖』


 同じ主題をさまざまな角度から書き続け、自分に劫罰を与えてきた瀬戸内寂聴さんである。本書は『花芯』や『夏の終り』とは別の角度から主題に迫った。場面設定の違いの1つとして私が注目したのは、主人公の「夫」に睡眠薬自殺未遂をさせたところである。

 その理由が最初はよく分からなかったが、あるとき「ああ、そういうことか」と気づいた。私の頭の中に転がっているものと重なったので目の覚める思いがした。「夫」の自殺未遂は主人公にとって劫罰であり、つまり瀬戸内寂聴さんは主人公を責め立てたのである。

 にこにこ顔をしている印象の寂聴さんだが、人は見た目では分からない。


 

 

白山グリーンハイツって

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 東京・白山をふらふらと歩き、東洋大を通ってまた表通りに出る手前で見つけたこの看板に「えっ!」と声が出た。白山グリーンハイツ?! 見覚えのある名前だ。車谷長吉さんが暮らしていた建物ではないか?

 帰宅して著書をひっくり返すと、1983(昭和58)年8月4日、38歳のときに再び東京に出てきて1DKの部屋を借りたのが白山グリーンハイツと記している。やっぱり。

 1983年といえば私は20歳。杉並区で暮らしていたころだ。いや、私の1983年はどうでもいい。車谷さんが住んでいたハイツ(といってもけっこう大きかった)がまだあったとは。

 もう一度見に行こうっと。住みたいけれど耐震性が気になるなぁ。


 

夜間ならドローンで効率的に攻撃できるとよく分かった夜

 2日20時半ごろ警視庁の前から皇居の周遊道路に入ったら、お巡りさんらが4人いた。珍しい。時計回りに歩いていると、パトカーがサイレンを鳴らして右に左に。かと思ったら3台くらい停まっていたり。お巡りさんが多いような気がする。

 帰宅してドローンのような物体が飛行していたとテレビニュースで知った。道理で。

「はっ」と気づいた人たちがいるだろう。夜間ならドローンで攻撃できると。警察は後手に回ると。

 ドローンに爆弾や硫酸などを積んで、無差別なら大都会の人混みに、目標があるならそこに、落とせばいいだけだ。旅客機をジャックしなくてもドローンで十分だ。テロ実行犯は闇夜に乗じてドローンを操ればいいのだから、死なずに済む。

 もちろん警察も気づいた。夜間はどうにもこうにも防ぐことができないと。皇居や霞が関を狙われたらたまらんなと。警視総監の首がいくつあっても足らんぞと。

 高齢者の車の運転も怖いが、これからは時々空を見上げたり蜂の羽音に敏感になるクセをつけるとするか。


 

男性バスガイドが40年前にいたのに

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 東京の観光地を回るはとバス70年の歴史で初めての男性バスガイドが誕生したとテレビで言っていた。

 ほんまに?

 私が15歳か16歳のころだから40年ほど前に遡る。英語ペラペラのおばに連れられて外国人の集団を運ぶはとバスに乗った。

 ガイドは男性だった。男性は佐藤と自己紹介して、“英語で言えばシュガーだ”と英語で説明していた。「佐藤」が「シュガー」かどうかはさておき、あの佐藤さんは男性バスガイドではなかったのか(だったら何者?)、はとバスの記録が杜撰なのか。

 私の隣の席の女性が確かイランかイラクの人でスラリとした美人だった。宿泊している京王プラザホテルでパーティーがあると言っていたことしか聞き取れなかった。コーガンの美少年だった私は女性を口説くなど思いもよらず、ただただ聞くだけだった。今ならなぁ。

 話を戻す。佐藤さんが確かにいたことをどう説明するのだろう。

楽天市場詐欺電話

 以下の話をおすそ分け。

・・・・・・・・・・

 楽天市場を名乗る男から非通知で電話が来た。購入情報(日付、商品、金額、そして電話番号も)を知っていて、「間違って定期購入になってしまった」「取り消したいが、未来の請求まで取り消そうとするとお客様の信用情報に傷を付けることになる」「JICCから電話がいくから対応してほしい」と言う。

・非通知着信。これは大企業の対応ではない

・通話の品質は楽天のような大企業っぽくない。荒っぽい感じ。違和感がある

・情報が漏れていて相手がよく把握している。このため信用させられやすい

・JICCに電話を掛けてくださいならまだ騙せたかもしれないが、JICCはGW中の対応をしていない


・推測だが、この後は「支払いが完了していない」や「返金するために一旦入金してもらわなくてはならない」などと言って金を取りにくる


・特定の注文情報だけが漏れたのか楽天のアカウントごと漏れたか不明なので、アカウントとパスワードは即変更。また同じIDやパスワードを使っているサービスも主要なものは順次変更する

令和

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 朝から令和令和と空騒ぎ。マスコミがはしゃぐから、「はしゃがんといかんのかいな」と勘違いする人を増やす。

 NHKが朝から阿呆なことを言っていた。どこかの豆腐屋を「令和になっても豆腐を作り続けます」。当たり前やんけ。

 NHKがこうだから、テレビ局のマイクを突きつけられると私たちだって“正解”を言わなければならないと勘違いするもので、「穏やかな時代でありますように」や「私たちが引っ張っていきます」、「新天皇のお言葉はありがたい」などなど全く本気で思っていない意見をひねり出してしまう。

 私なら何と言うだろう。「災害で苦しむ時代になりますよ、ひっひっひ」か「浩宮が雅子ちゃんを全力でお守りできんかったから適応障害起こしたんちゃいまっか。雅子ちゃんは旦那を見限ったと思いまっせ。夫婦生活もうないでしょな」か。

 令和を待ちかねて婚姻届を出したカップルの話はもう飽き飽きだ。赤ちゃんの話もいらん。建て前ほど臭く浅く疑わしいものはない。

 私が知りたいのは、令和を待ちかねて離婚届を出した人、令和初の交通事故死、令和初の火事での焼死、令和初の殺人事件、令和初の傷害事件、令和初の詐欺事件などである。

 腹をくくったのだろう、令和初日にNHKで本音の顔をさらすベッキーを応援したい。


 
 

糖質殺人計画

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 東京を中心に地下鉄24時間乗り放題券は使い勝手がいい。私はこの券を使って端っこから1駅ずつ乗り降りしてきた。知らない駅の周辺を見て歩くと脳が踊りだす。

 最近の帝都高速度交通営団の地下鉄などでよく見かけるのがこれ。24時間券を使ってスイーツを食べて回るという提案である。

 マジかよ。こんなに短時間にスイーツを詰めこんでいいのか。体重増えるぞ。低糖質の時代にどういう神経でこんなのを作ったのか。店の選び方も分からないし。

 私は甘いものが大好きだが、1つ断言しておくと、いくら甘いもの大好きでもこんな無茶な食べ方はしない。

 

大石芳野写真展「戦禍の記憶」

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 ベトナム、ラオス、カンボジア、アフガニスタン、コソボ、スーダン。その後落ち着いて歴史のひとこまに収まった国もあれば、今も混乱が続く国もある。しかし、それが50年ほど前の歴史であっても「あー」とため息が漏れるのは、人間の苦しみに対する共感の普遍性なのかもしれない。ってカタいな。

 写真の核心は何を撮るかだとあらためて思う。

 写真展に行くたびに直面するのが、写真だけでは状況が分からんという事態である。写真を見る前に説明文を読んで「ほー」と思ってから写真を見ることがあり、「写真展」なのに説明が不可欠であることに写真の限界を感じる。写真家はその辺どう思うのだろう。

 東京都写真美術館で5月12日まで開催中。


 

健気な樹

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 マンションの周辺に花や樹を植えてもらった。樹は常緑樹である。ところが葉が落ちる。うるさ方に「何で落ちるのよー!」と叱られた私は造園会社に聞いて「ほー」と声が出た。

「環境が変わった樹が生きるために不要な葉を落とすんです」

 新天地に運ばれ、そこに合うよう根を切られ、新しい土をかけられた樹は環境に適応しようと必死なのである。無駄な葉を自ら落とし、省エネモードに入るのである。適応することに全力を尽くすのである。

 何と健気な。愛おしさがわいてきた。

 思うに、人間も似たようなことをしているではないか。進級や進学、転校、就職、転職、引っ越しなど環境が変わる回数は多い。そのたびに見えない葉を落としているのである。

 春。落とした葉の効果がどちらさまにも出ますように。

「地域の電波の工事が完了しましたので」

 携帯が鳴る。080で始まる電話番号だ。誰だろう。

「はい、ニシノです」

 受話器を通して、その周辺にいるらしい何人もの声が聞こえる。一部業務停止命令を受けたアクビ電力もこんな感じの声が聞こえる営業電話だった。

「お客様の地域の電波の工事が完了しましたので」

 ちょうど私は原稿に向かっていたので少々殺気だっていた。

「録音するぞ」

「どうぞ」

「お客様の地域の電波の工事が完了しましたので」

「どこの地域や? 言うてみい!」

「地域……」

「このッ、どあほっ!」

「失礼します。がちゃ」

 おかげでストレス発散できた。


免許証を持ってランニング

 何か胸に微妙な差し込みがあるので悔しくなって10キロ走った。念のために免許証を持って。

 今までは身元を示すものを何も持たずにランニングしてきた。一人暮らしの私がランニング中に死んで帰宅しなくても、気づく人がいない(笑い)。

 死んだ私を前に警察官が腕組みしてつぶやく。

「こいつ誰やねん」(なぜか大阪弁)

「生ゴミの日にこっそり出しとくか」

 そうしてもらえると本望なのだが、現実はそうはいかない。というわけで免許証をポケットに入れることにしたのである。


 

 

東京湾岸に住まないほうがいい

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 大地震が来ることを忘れているのか忘れたふりをしているのか、いずれにしても共犯である。東京オリンピックの選手村に使われるマンションが安く売られるとかでテレビがはしゃいでいる。恐ろしいなぁ。無責任やなぁ。

 湾岸は大震災の被害を受ける可能性が高い。ほんの少しでも傾いたら普通は平衡感覚を刺激されて気分が悪くなって住むのは難しい。

 海の近くの住宅を見るたびに「何で引っ越さないのか」と不思議に思う。津波や川の氾濫でぜーんぶ持って行かれると想像したことがないのか、「まだ大丈夫」と根拠のない自信を持っているのか、どっちでもいいけれど、大地震が来てからでは遅い。

 住んでいる人はそれこそ自己責任だが、海沿いの不動産を売っている業者は犯罪者でしかない。刑法に定めておくべきだろう。地震で被害が想定される地域に2019年5月1日以降に新たに不動産を建築して譲渡した業者は、譲受人が危険性を知っていても知らなくても、地震による津波などで死んでしまった場合無期か死刑と。
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