同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

ない

 父が自宅の鍵をまたまたなくしてしょげかえっている姿に老いを感じて悲しくなったことがある。ひとごとではない。

 ここ1カ月で私の前から消えたもの。

 仕事用のSDカード。

 親が石原裕次郎記念館で買って送ってきた裕次郎ジャンパー。

 携帯につけていた石敢當のストラップ。

 胸ポケットに差していた4色ボールペン。

 探しても見当たらない。

 自分の管理能力にウタガイの目を向けざるを得ない。笑えない。


 

共感を覚える『〆切本』


 週に6日ほどメルマガを書いている。仕事である。だからだろう、身に染みた。『〆切本』(左右社)である。

 あの谷崎潤一郎が野坂昭如が川端康成が柴田錬三郎が締切を前に書くことができずのたうち回っているのである。本人は必死だから余計に笑いを誘う。見事な喜劇である。面白いったらありゃしない。

 そういえば野坂昭如は「原稿を書いておくから何時に自宅のインターホンを鳴らして」と編集者に言う。編集者が約束通り夜中に訪ねてきたところ、玄関のインターホンの装置ごと乱暴に外されていて立ち尽くした、というような逸話がある。すさまじい。

 ……とこの文章を書いている私は実はメルマガを書かなければならない状況にある。何を書くかが決まらないとジリジリとした時間を過ごす。あーでもないこーでもない。新聞をめくり本棚の本の背表紙を追い、何かヒントになるこのはないかと探す。

 いい内容の場合でも書くだけで3時間くらいかかってしまうことがある。推敲するからだ。こんなもんささっと書いてしまえと思うのだが、自分の中に一定の水準が定められていて、それを超える内容と文章でないと我慢ならない。ノリにノッて書いたら書いたで、気分が高揚するため目が冴えて眠れなくなったりする。

 ぼちぼちメルマガを書かなければ。寝る時間が迫っているのにまだ1行も書いてないぞ。どうするんだ、こんなブログを書いている場合ではなかろう。

 文豪でさえ呻吟するのだ。屁のような私がスラスラ書けるわけがないではないのだが。

長倉洋海『フォト・ジャーナリストの眼』と生き方と職業


 長倉洋海さんの写真展で刺激を受けて、長倉さんの写真集や本を片っ端から読んでいる。今回は岩波新書の『フォト・ジャーナリストの眼』である。

 <ドキュメンタリーの写真は、視点と出会いがなければ、どんなに技術がうまくても、いい写真は撮れない。自分で企画を立て、歩き回って、写したい人間や対象を捜さなければ、いい写真にはならない。技術は下手でも、「撮りたいもの」と「情熱」があれば、フォト・ジャーナリストになれると思う>=238ページ

 土門拳にも『新宿迷子』で土門拳賞を受賞した梁丞佑さんにも共通する通奏低音であり、核心である。

 <フォト・ジャーナリスト。それは私の「職業」ではなく、私が幸運にも見つけることができた「私自身の生き方」かもしれない>=242ページ

「かもしれない」と謙虚な表現をしているけれど、職業には生き方が重なりやすい。職業が生き方に影響を及ぼすというより、生き方が職業選びに影響するのではないか。

作りながら食べる台所を

 まず野菜である。台所でキャベツを千切りにして食べながら、その場でブロッコリーをルクエに入れてレンジでチン。

 ブロッコリーにマヨネーズをかけて食べながら、その場でインスタントスープを作る。

 インスタントスープを飲みながら、その場で米をレンジで温め、ボンカレーを熱湯で温める。

 カレーライスに生卵を落として、これは食卓に運ぶ。

 こうして見て初めて分かったのは、私は料理の大半を台所で立って食べていることだった。私のような人は少なくないのではないか。

 作りながら食べることができるスペースが台所にあるとすごーく便利である。そんな設計の台所があってもよさそうなものだが。

儀間比呂志さん94歳で死す

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 お会いしたのは『週刊金曜日』編集部時代だから25年ほど前だ。大阪のご自宅に伺って、仕事をご快諾いただいた。

 そもそもはパレットくもじで儀間さんの版画展を見て1枚買ったのがきっかけだった。女性の独特の表情やたくましさ、色合いに一目惚れした。以来ずっと玄関に飾ってある。

 芸術家は亡くなっても、魂を吹き込んだ作品は生き続けるのだなぁ。

 あらためて惚れ惚れと見つめている。


 

アマゾンになければhontoで探す

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『フォト・ジャーナリストの眼』(長倉洋海・岩波新書)の新品がアマゾンにないのは驚いた。

 もっと驚いたのは、「こんな本誰も買うまい。そのうち買おう」と思ってほったらかしにしていた『分厚い本と熱い本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選 2005〜2011』と『怖い本と楽しい本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選1998〜2004』(いずれも毎日新聞社)がアマゾンではいつの間にか古本しかなく、しかも価格が2倍くらいになっていたりすることだ。

 どうしてもほしい本は古本でも買うけれど、高いのはちと悔しい。ふと思い立ってhontoで検索したら上記の3冊が新品で売られているではないか。おお! 慌てて注文した。

 アマゾン全盛時代だから、hontoは死角になっている。ほんと(←ああ、しょーもないダジャレをまたやってもた)。

やればできる砂糖ゼロのチョコレート

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 低糖質派にはうれしい。

 ロッテが「砂糖ゼロ・糖質ゼロ」のチョコレート「ZERO」を売り出した。ノースカラーズという札幌市の会社は北大病院教授監修と打つ「血糖値スマートライフチョコレート」を出した。

 従来のチョコレートに比べると炭水化物や糖質が格段に少ない。やればできるのである。企業は売れそうなものなら何でも作るのだ。

 これで私は安心してチョコレートを毎日バカスカ食べることができる。いい時代がやってきた。

すき屋の低糖質ロカボビビン麺

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 すき屋が低糖質の商品を出したと聞いたのでさっそく食べた。ロカボ牛ビビン麺である。白米の代わりにこんにゃく麺。そりゃ低糖質になるわな。糖質は20グラム程度だったか。悪くない。

 こんにゃくだから噛み応えがあり、咀嚼数が増えるから満腹感を増す。よくできている。ほかにも低糖質商品が2つあるので順番に試そう。

 時代は低糖質である。というより、今まで取りすぎていたのである。

 私は自分で料理をつくる時は砂糖を一切使わない。家にある砂糖は全部捨てた。

 困るのは外食時で、「いったいどれだけ砂糖をぶち込んだんだ。ワシを殺す気か」と叫びたくなるほど甘い商品を出す外食屋が多いだけに、すき屋の低糖質商品は遅きに失するものの評価を与えておこう。

 デニーズのように客にアンケートをとって新商品を出したのに、その中に低糖質商品が1つもない間抜け企業は置いていかれるぞ。


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写真集『長倉洋海の眼』


 魅力がある写真には物語がある。磁場がある。物語も磁場も被写体が発する。撮影者は無意識に引き寄せられてレンズを向ける――のだろう。フォトジャーナリスト長倉洋海さんの最新写真集『長倉洋海の眼』の写真を見て、そう感じた。

 本書の帯にあるように、長倉さんが見てきたのは「内戦、難民、貧困、差別」だった。しかし、その環境下で生きる人間の「救い」にも目を向けてきたところが大きな特徴だろう。事実、哀しみと希望が1枚の写真に一緒に詰まっている。

 長倉さんが見つめた「救い」についての記述が本書の150ページに載っていて、私は何度も読み返してしまった。一家に1冊『長倉洋海の眼』である。

写真展「フォトジャーナリスト長倉洋海の眼」はいいぞ

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 SNSで自由に発信してくださいということなのでこれは積極的に。

 フォトジャーナリスト長倉洋海さんの写真展が東京都写真美術館で開かれている。どの写真も迫ってくる。

 長倉さんは時事通信カメラマンだったが「社命で動くのではなく自分の意思で国際報道の現場に立ちたい」と時事を辞める。ピュリッツァー賞やキャパ賞を目指して撮り続けた。

 現場はコソボや南アフリカ、アフガニスタン、エルサルバドル、ローデシアと戦火や内乱、騒動が広がる国々をはじめ、ブラジルやペルー、チベット自治区など非先進国が大半だ。同志社大探検部時代の経験が生きているのだろう。

 ギャラリートークは聞かないともったいない。厳しい生活を送っている人が何を支えに生きているのかというところに関心を抱いた話や被写体から学んだことや感じたことについての話など、どれも最高に興味深いし、こころに染みる。被写体からいろいろなことを学ぶという話は、取材者なら誰でも頷くのではないか。

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 トークの最後に質問した。「マスードさんが本を読んでいる写真がありますが、何の本を読んでいたのですか」と。大学で建築を専攻したマスードは詩が好きだったそうだ。数千冊の本があったという。

 会場で買った写真集『フォトジャーナリスト長倉洋海の眼』(クレヴィス)を今見てみると、1枚目がそれだ。マスードが寝転がって真剣に本を読んでいる。

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 5月14日まで。毎週土日は13時から長倉さんのギャラリートークがあるので、行くなら週末がお勧めだ。こういう場でご本人が目の前にいてサインをもらえるというのに写真集や図録を買わない人は、取り返しがつかないもったいないことをしていると私はいつも不思議に思う。

 土門拳賞を受賞したプロ中のプロだが、実際にお目にかかると被写体に対する目線が穏やかで優しい。被写体との距離を一気に詰めることができる人柄を感じた。

夜桜よりぶどう饅頭

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 東京・千鳥ヶ淵に夜桜を見に行って分かった。光がないと桜は見えない。当たり前だが、夜は明かりがないと桜は見えない。明かりが不十分でも桜は見えない。

 夜桜が始まったのはいつごろなのか。電気が通ったのは明治時代だから、それ以降だろう。ましてや外灯をふんだんに灯す時代でないと夜桜見物など無理である。と見当をつけてネットをざっと見ると、高度経済成長期辺りか。

 千鳥ヶ淵の明かりはけっこう明るい。それで花びらが映えて見える仕掛けだ。電気のおかげなのである。

 大勢の人がぞろぞろ歩いていて、ここで人を殺しても人混みに紛れることができるなと想像してしまう。風流を愛でる能のない私はたちまち飽きる。人工の光を当てられた桜を見上げて楽しむことができる人が羨ましい。

 花より団子というわけで、飯田橋駅近くのナチュラルローソンで徳島名物「ぶどう饅頭」を買った。

おきなわマラソンで亡くなったランナー

 おきなわマラソンを走っていたランナーが救急車で運ばれ、意識不明のまま亡くなった。70歳だという。沖縄在住の私の仕事仲間から聞いた。

 そうかー。亡くなったか。同じランナーとしてお悔やみ申し上げるしかないのだが、案外いい死に方ではないか。

 準備期間があるという点では余命幾ばくもないがん宣告を受けるのが一番いいけれど、突然死ぬのも悪くない。私はランニングしながら「このまま心臓が止まってもいいな」と思うことがある。

 男の理想の死に場所は一般的に「腹上」だが、男に突然死なれた女性が虎馬に苦しみそうだから、そこは避けたい。

 となるとランニング中の心筋梗塞は理想ではないか。死ぬほどの激痛が走るようだが、死ぬのだからよしとするか。というわけで、突然死目指してランニングに没頭した結果、心肺機能も脚力も向上してしまうのが人間だったりする。

「絶対安全」

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 痛ましい事故で未来ある高校生ら8人が亡くなった。記者会見で県高体連登山専門部委員長の教師(50歳)が「絶対安全と思った」と語ったそうである。

「絶対安全」という言葉で思い出した。

 私の大学時代。場所は渋谷だったか。私はのび太みたいな緩い顔をしているので与しやすしと思うのだろう、いろいろな人が声をかけてくる。中でも統一協会には数え切れられないくらい声をかけられた。渋谷で声をかけてきたのもそうだった。

 妙齢の美女だったので、ホイホイとついて行ったところで、ビデオを見せられた。そのビデオで1つだけ吹き出した。

 中年のおっさんがいろいろ語っている中で「絶対ということは絶対にない」と断じたのである。笑いと取ろうとしたのかと思ったが、おっさんは至って真面目な顔で語り続けている。

 絶対は絶対にない。真理か矛盾か。いや、どっちでもいいのだが、「絶対安全」と思った教師が統一協会ビデオの「絶対は絶対にない」をもし見ていたらと思う。

感情に走った今村復興大臣の負け

 ユーチューブで見た限り、今村復興大臣が記者のぶしつけな質問に対して感情に走ってしまい、引っかけ質問に乗ってしまった。

 この記者の質問が的を射ているとは私は思わない。自主避難者に対して国が責任を持つべきなのかどうか、私は100パーセントの肯定をできない。今村さんは記者の質問に共感を示しながら、線引きの難しさに対する迷いや悩みを吐露すればよかった。

 記者から「無責任」と言われてカチンと来たのは大臣として愚かというほかない。しかし、記者にはぶしつけな質問を続ける権利がある。記者はそれを行使したに過ぎない。

 要するに中身のない記者会見であった。

広島に咲く桜は格別で

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 桜の花は下を向いて咲くと今まで知らなかったのでさっそく広島・平和記念公園に行ってみた。

 広島・原爆ドームのそばを流れる元安川に沿って桜が開花し、その下で市民(たぶんね)や外国人が花見や宴会をしている。

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 原爆投下直後のこの辺りは一瞬であらゆる生命が絶え、静寂に包まれたのではないか。そのあと阿鼻叫喚の光景になっていったのではないか。

 亡くなった人たちが今の光景をどんな表情で見ているだろうかと想像してしまう。もちろんにこやかに見ているに違いないと思うのだが、これこそ平和の光景だなぁ。

 原爆投下前のこの辺りは公園ではなく、繁華街だった。よくぞこの一帯を公園にしたものだ。しかも親水公園だ。その元安川はおびただしい死体が流れた川だったのに、市民が親しむ川になった。よくできた都市計画と言っていいだろう。

 沖縄にはこういう中心的な物がない。南部に行けば平和の礎などがあるけれど、あれは最近できた物だ。原爆ドームのような分かりやすい戦争遺跡が沖縄にはない。それだけめちゃくちゃに破壊されたということでもあるのだろうが、広島の原爆ドームを中心とした平和記念公園を見るたびに羨ましくなる。

 川縁をぽっくりぽっくり歩きながら写真を撮っていて、あれと思った。原爆ドームの辺りには桜がない。対岸には桜が川に沿って並んでいるのに。対岸から原爆ドームを見やすくするために植えなかったのか? 

と言われても

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 世界沈没だそうな。イタリアの地下にマグマがたまっていて、いつ噴火しても不思議ではないそうな。地球全体に火山灰が飛散して食糧が尽き、社会がパニックになるそうな。<2年後に迫り来る地球最後の日!>だって。4月3日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)2面の全五段広告である。

 そんなことを言われてもねぇ。

 経済本をずっと出してきた人が妙な本を出したものだ。ネットで調べるといろいろ批判されているんだなこの人は。それはそれとして、この本、気にならないことはない。

 2年後に地球が終わるなら酒池肉林暴動暴虐強姦強盗殺人傷害など人間のありとあらゆる悪の部分が表面化するだろう。インターネットで匿名の下に有象無象が跋扈している以上の事態が起きる可能性が高い。

 人間はあしたがあると信じているから自分を律して規則を守り社会を維持しているわけで、あしたがないとなればそれぞれの本性を現すことになるだろう。

 あした地球が滅びると言われても、証拠がなければ人は慎重に行動するだろうけれど、火山灰が地球を覆って農作物ができなくなっていく事態を見れば本性を現す人が増えてくるのではないか。恐らく悪貨が良貨を駆逐するような状況になるね。

 そのとき私はどんな本性を出すのか、ちょっと楽しみだが、やっぱり酒池肉林かな。でも私は酒が飲めないので肉林だけにするか。

ぼちぼち部長職

 知った名前がぼちぼち載っている。毎日新聞社の人事である。4月1日付『毎日新聞』朝刊を見ると、同期がぼちぼち部長職になっている。そういう社歴になってきたのだな。

 元大手銀行のロンドン支店長を務めた人に「西野君ね。人事は神事ではないんだ。人がやることだからいろんな恣意が働くし、必ずしも正しいものではない」と教わって以来、そういう覚めた目で見ている。そもそも私が当事者ではないのでかなり距離を置いて見ることができる。自分が社員だったら、それなりに気になっただろう。

「おお!」と声が出たのは徳島支局長である。同じ徳島出身で早稲田の後輩だ。徳島学生稲門会を盛り上げてくれた優秀な男である。宇治の支局長から古里の支局長になったんだなぁ。徳島でも『毎日新聞』は壊滅的な部数だからいろいろ大変だろうけれど、今度遊びに行こうっと。

 あしたの紙面で「エイプリルフールでした」という訂正が出たら面白いのだが、微妙な影を落とす人事でそれはないか。

9歳児が争うか?

 ベトナム人の女の子(9歳)が殺された事件で、『毎日新聞』は<現場には争ったような跡がなかった>と報じた。他紙も同じように報じている。警察発表をそのまま書いたのかどうか、どうでもいい。

 私が読んで「うーん」と唸ったのは、9歳の女の子が「争う」かな、ということだ。それを言うなら「抵抗」ではないか。

 あくまでも私が持つ語感だが、「争う」には対等な力関係のニュアンスを感じる。一方「抵抗」は弱い側が強い側に抗うニュアンスを感じる。

「抵抗」が妥当だとワシは思うぞ。どっちの単語が適切かという問題に関してならワシは各紙と争ってもいい。


 

亡くなっていたワタダさん

『週刊金曜日』の初代社長兼編集長のワタダさんが去年の6月22日(沖縄県慰霊の日の前日)に亡くなっていた。

 思えば奇妙奇天烈なヒトだった。毀誉褒貶相半ばする、と言ったら褒めすぎだな。

『週刊金曜日』創刊前の合宿の夜、ワタダさんに呼び出された私を含む数人を前に宣った「オレはここにいる人しか信用しない」という言葉がその性格と統治の方法論を如実に示した。あーあとガックリ来た私は“会議”のあと同僚が待つ部屋にまっすぐ向かい、一部始終を伝え、そこから始まった。

 社員を相次いで解雇してきたので、私たちは労働組合を作って立ち上がった。蜜月を長年謳歌してきたワタダさんと本多勝一さんを決裂させたのはわれわれである。そのあとわれわれと本多さんの戦いが始まるとまでは想像できなかったが、腐臭を発する泥沼の中、信頼でつながる仲間が大勢できた。ワタダさんのおかげか? 

 あれから20年以上経つ。この秋、同窓会をする。

死刑は1人殺害からでいいんじゃないか

 従来の判決と均衡を欠くことになるからどこかで最高裁の判例変更のようなことをする必要があるのかもしれないが、1人殺害で死刑という判決があっていい。ハンムラビ法典を見ならえとは言わないけれど、死刑判決は2人以上の殺害という従来のルールが時代に合わなくなっているように感じる。

 私はあの“人権派”雑誌『週刊金曜日』で死刑制度維持すべしという原稿を担当したことがある。書き手と話し合い、意見が一致したのである。『朝日新聞』出身の元論説副主幹から批判されたが、自分のこととして考えた場合加害者の人権を守る“人権派”の理屈がどうしても腹落ちしなかった。

 もちろん情状を考慮して無期懲役判決があっていい。しかし十把一絡げで1人殺害だから無期懲役という判決ルールはやめるべきだ。判決の均衡の前に命の均衡を考慮するのが公平公正ではないか。したがって1人殺害で死刑判決があるべきなのだ。ベトナムの女の子が殺された事件を見て、あらためて強く思う。

鳴らない携帯とiPhone

 携帯(いわゆるガラケー)が時々鳴らない。iPhoneも時々鳴らないし表示が出ない。

 電話やラインなどで連絡が来ても気づかないのだ。って自慢している場合ではないか。

 ガラケーはもう10年近く使ってきた。ぼちぼち買い替える時期なのだろう。iPhoneは6なので、次の新製品が出たら買い替える時期なのだろう。

 糸電話に驚いたりトランシーバーにワクワクしたりした私の小学生時代は遠い昔であることよ。トランシーバーなんかもうないだろうと思って念のためにアマゾンで検索してみたら、意外にある。

 山間部など電波状態がよくない場所なら、中継基地など必要がなく、端末だけで電波を送受信できるトランシーバーが活躍するのだろう。そんなトランシーバーが全く活躍しなかった高校生雪崩遭難事故、教師の行動はきちんと追及されなければならない。

撃墜されるワシ?

私「いろんな土地を見てきたけど、沖縄が一番魅力があるよなぁ」

次女「お父さん、沖縄に着く前に沖縄から発射されたミサイルで撃墜されるよ」

私「ワシが乗った飛行機が? みんな巻き添えで死ぬのか。ひどいなぁ」

次女「沖縄の地は踏ませないって」

私「お前も言うねぇ」

次女「代わりに私が行ってあげるからお金ちょうだい」

又吉直樹劇場だ

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 又吉直樹の第2作を載せた『新潮』4月号が増刷され、本屋にまたまた並ぶようになった。『新潮』は又吉効果でどれだけ増刷したことか。

 この間アマゾンでは古本の『新潮』4月号が2倍の値段で出品されるなど、ちょっとしたバブルが起きていた。重版されたので又吉バブルは弾けたけれど、定価より高く売られるケイケンは『新潮』にとって初めてではないか。

 大城立裕やいしいしんじの原稿も読むことができるので私には非常にお買い得。

 注目の又吉直樹の小説は「劇場」。なるほど、この小説を載せた『新潮』4月号のお祭り騒ぎを見ると、「又吉直樹劇場」であるな。それを予言したかのような題名であるところが絶妙か偶然か。

土門拳賞『新宿迷子』が表現した人間の業

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 見た瞬間に引き付けられた。第36回土門拳賞を受賞したヤン・スンウーさんの写真である(24日付『毎日新聞』朝刊掲載)。

 記事によると、ヤンさんは東京新宿・歌舞伎町の路上の段ボールで暮らしながら写真を撮ったという。だからこれだけの被写体を撮ることができたのだろう。

 1982(昭和57)年春、大学進学で上京した私に山一証券マンだったおじから「浩史君な、あのコマ劇の奥には行かんように」と言われた。大学1年の頃歌舞伎町のディスコに数回行ったことがあるけれど、楽しいと思えなくて、それ以来ディスコに行っていない。お酒が苦手なので、ますます歌舞伎町に行く理由がなく、おじの言いつけを数年前まで守ってきた。

 その歌舞伎町でヤンさんは被写体を見つけ、写真集『新宿迷子』にまとめた。これが土門拳賞を受賞したのである。私がほとんど近づかなかった歌舞伎町で被写体を追いかけたヤンさんの写真家としてのプロ意識に圧倒される。

 ヤンさんの写真には人間の「業」が写っている。だから破壊的なインパクトと熱量があるのだ。

 そのうちどこかでヤンさんの写真展をするだろう。見に行かなければ。

 

 

長倉洋海『いのる』

 年齢のせいか、自然に祈っていることが増えた。手を合わせるのではなく、こころの中で祈っている。

 先輩が前立腺がんの疑いで検査入院すると知ったとき。知人のお連れ合いが亡くなったと知ったとき。友人のお嬢さんが亡くなったと知ったとき。楽しそうにしゃべっている女の子たちを見たとき。人を助けようとして命を落とした人についての報道を見たとき。戦争で子供を亡くした親の悲しみをテレビで見たとき。大震災で子供を亡くした親の苦しみを新聞やテレビで感じたとき。言葉では表現できないくらいの感謝の気持ちを抱いたとき。勤務は9時からなのにマンションの管理員さんが朝の6時半には来ていると知ったとき。善意を感じたとき。

 古今東西で人は祈ってきた。私が祈るのもその中の1つであり、何も不思議ではない。

 挙げてみて気づいた。どうしようもないくらいうれしいときも、どうしようもないくらい悲しいときも祈るのであるな。共通するのは、言葉が追いつかない状況にあることだ。どんなに言葉を重ねてもうまく表現できないとき、無理に陳腐でありきたりな言葉を出して中途半端な表現をするではなく、言葉を殺して祈るのではないか。

 言葉で表現できないことが実はたくさんある。


 

大きな傘が欲しかったけれど

 雨がよく降る日に何度か思ったことがある。ビーチパラソルくらいの大きさの傘があれば濡れずに済むのに、と。しかし、この希望を撤回した。

 狭い歩道で大きな傘を差している人とすれ違ったことが何度かあり、ようやく気づいた。

 邪魔。迷惑だ。

 大きな傘を狭い歩道などで差している人は周囲への配慮ができない人である可能性が高い。そういう痛い人にはなりたくない。

 というわけで、普通の大きさの傘で我慢する。

花粉症薬考

 花粉症歴35年。私が辿り着いた結論は、花粉症の薬にも相性がある。新しい薬が必ずしも効果があるというものではない。私の場合、新しいザイザルより古いアレジオンのほうが圧倒的に効果がある。

 もう1つは、症状がひどいときは1日に何錠か飲めばいい。ただし、セレスタミンはステロイドが入っているのでできるだけ控えるべきだ。ステロイドの副作用は天皇を見れば分かるだろう。あの丸い顔(ムーンフェイスと呼ぶ)はステロイドの副作用だと医療従事者が言っている。

 まぁ、花粉症のひどい症状が治まるならムーンフェイスくらいと思う人がいるだろうけれど、それよりはアレジオンやザイザルなど副作用の少ない薬を朝晩に分けて飲むなどするほうがいいのではないか。

 私は医者ではないが、花粉症との35年の激闘から断言する。自分と相性のいい薬を選ぶのが正しい。いろいろ飲めば見えてくる。

佐藤優さんの考えをムスメに伝えたら

 灘高生に語った『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(佐藤優・新潮社」で私が最も頷いたのがこの一文だ。

 <頭のいい人が書いたものを読むことです>

 具体例として浅田彰さんの『構造と力』や『逃走論』などを挙げている。

 次女に教えてやった。

次女「ふーん。お父さんは、頭のいい人の本を読んできたの? その浅田なんちゃらは読んだの?」

ワシ「確か筑紫哲也さんの『朝日ジャーナル』で新人類の旗手たちとして浅田なんちゃらさんが紹介されていた記憶があるけど、読んでない」

次女「あー。やっぱりね」

ワシ「どういう意味じゃ」

次女「ま、仕方ないよね。お父さん灘高出てないし」

 

五輪会場になりそうな福島あづま球場は

 汗と涙とセイシュンの福島県営あづま球場である。

 私は野球に全く興味がない。ところが記者1年生の大きな仕事の1つが高校野球なのだ。毎日新聞社の場合これに社会人野球が加わる。都市対抗野球だの何だのと野球取材ばかりの時期がある。

 最初の取材は社会人野球だった。先輩の西尾さんと一緒に行った。記者席で見ながら振球犠盗失残併を記録していく。試合が山場を迎えそうな気配を察するや西尾さんはキヤノンのカメラを持って鉄砲玉のように記者席を飛び出し、バックネット裏に走って行ってカメラを構えながら振球犠盗失残併。

 すごい動きやなぁー。フットワークええなぁー。感心していたら、あしたからこれをお前一人がやるんだと言われてげげげのげ。

 振球犠盗失残併を私がやるのか。

 社会人野球は半分以上が草野球のような試合で、両チームに点数が入りまくる。一瞬気を抜いた瞬間に走者が次々にホームイン。これ何よ? 悪夢が私の目の前で何度繰り広げられたことか。

 振球犠盗失残併を正確に記録できない。写真を上手に写せない。戦評を書けない。三重苦である。

 1試合ごとに原稿や振球犠盗失残併を球場記者室からファクスで支局に送るのだが、厳しいデスクから「振球犠盗失残併と戦評が合ってない!」と電話で怒鳴られ、合ってないと言われても私も分からんがなと涙がちょちょぎれている間に次の試合がどんどん進んで全く状況がつかめなくなり……。1日に5試合取材したこともあった。

 敗残兵のように支局に上がると、デスクに「原稿めちゃくちゃ!」と叱られ、息つく間もなく21時ごろ本社の校閲から悪魔の問い合わせ電話がかかってくる。振球犠盗失残併の計算と戦評が合わないと言うのだ。

 こんな時間に。知るかそんなこと。ワシに聞くな。もうええやんけ。そのまま新聞出そ。誰もそこまで読まんわい。

 「渡辺さんなら分かるかも」。西尾さんに言われて社会人野球が三度の飯より好きな渡辺さんのご自宅に電話する。当時は携帯なんかなかった。試合の状況を聞くと、たちどころに「あのときは捕手が2塁に悪送球してその間に……」などと正確に再現してくれるのだった。私の代わりに戦評を書いてくれたらいいのに。

 そのうちシャッターチャンスを感じてカメラを持って飛び出すまでに“成長”したが、あれを成長と言えるのか未だに私は分からない。 

 そんな県営あづま球場が東京五輪の野球・ソフトボール会場になりそうだという。振球犠盗失残併で苦しむことがない今だからこそ、しみじみ懐かしい。

ヤマト宅配問題の核心か?

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 アマゾンから本が届いた。ヤマトではなく日本郵便で。いつの間にか郵便受けに入っていた。

 あれ? ハンコはいらないのか?

 ここでまた「あれ?」。アマゾンはハンコを求めてないのか?

 荷主はアマゾンなのに、日本郵便はハンコを求めず郵便受けに入れる。ヤマトはハンコを求めて玄関先までやってくる。ヤマトが求めるハンコはそもそも誰のため、何のためなのか。

 ここで私は非常に失礼な想像をするわけだ。ヤマトがハンコを求めるのは、宅配スタッフにきちんと配達させるための社内向け証拠なのではないか、と。

 もっと率直に書いてみる。

 日本郵便は配達員を信用しているから、書留などハンコが必要な配達物以外は配達員にハンコを求めない。ヤマトは配達員を信用していないから(配達員がどこかで投げ捨てたりしないよう)、配達した証明として配達員にハンコを求める。

 違う?
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