同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

流行語大賞に安易に乗りすぎ

 テレビも新聞も流行語大賞という宣伝に見事に引っかかっている。流行語の候補とやらまで出して悪ノリするユーキャンに引っかかり、宣伝に努める愚かさに気づいてないとしたらどうしようもない。特に民間テレビは。

 報道機関なら自前で流行語を決めることくらい朝飯前だろう。まず社内の記者で決定する。読者でも決定する。この2つで各社の個性が出るだろう。

 必ずしも流行語である必要もない。あとで振り返ったときに「あの時代はあれがあった」と思い起こさせるニュースでもいいし、ニュースの中の単語でもいい。

 ユーキャンに頼るのはもうやめよう。

差別的投稿が発覚した青森市議が反省すべきは

 青森市議の山崎さんがツイッターに匿名で差別的な投稿をしていたことで猛攻撃を受けた。

「年金暮らしジジイを舐めすぎ 平日の役所窓口で罵声叫んでるのだいたい爺さん 君にそんなエネルギーあるんかい」

「そういえば、デリー行きの電車に乗った時、おかまの物乞い来たな〜 札束めっちゃ持ってたけど」

「片腕落として障害者雇用」

 行き過ぎの感は大いにあるけれど、もしこれが気の置けない友人とのやり取りだとしたら山崎さんが反省すべきは、(1)市議という公人なのでノブレスオブリージュが適用される、(2)SNSでの匿名はバレる可能性がある、(3)実名で言えないことは言わない、という辺りか。

 私などもっとひどいことを友人に話しているけれど、チンケな私人だし、実名で書いているからSNSでの発言は自然に自制する。

 私は聖人君子ではないので失礼無礼差別的なことがどんどん頭に浮かぶ。それを信頼できる友人に口頭でぼそっと漏らして一緒にヒヒヒと笑うだけである。

 よかったら私が山崎さんの話し相手になってやるで。一緒にヒヒヒと闇に向かって暗く笑おう。

隠しておきたい記録データの隠し方

 
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 婚外恋愛をしていた男性が亡くなり、デジタル遺品を家族が見つけ、交際相手の女性フリーアナウンサーが全てのレギュラー番組を降板させられたという。かわいそうに。とばっちりである。

 記憶を何か残そうとするのは男のクセだろう。「男の恋愛は犬の小便」と言われるように、何度もクンクンにおいを嗅ぐ習性がある。自分が墓穴を掘るなら笑い話だが、交際相手に迷惑をかけるようでは彼氏失格と言うほかない。この男性は自分が死ぬとは思っていなかったに違いない。そこに油断があった。

 ではどうすればいいか考えてみた。

(1)クラウドに保管して、男女とも入ることができるよう暗証番号などを共有しておく。どちらか片方が死んだら、生きているほうがさっさとデータを自分のパソコンにダウンロードしてクラウドを閉鎖するかクラウドをすぐに削除する。

(2)年齢の若いほうが保管する。基本的に若い方が余命は長いので、安全度は高い。

(3)紙焼きにして独身のほうが保管するか、両者を知っていて理解がある第三者に保管してもらう。しかし第三者が持っていると見たいときに見ることができないなぁ。

(4)DVDなどの記憶媒体に移して銀行の貸金庫などに保管する。これならバレる確率は非常に低くなる。そこまでやるかという話ではあるけれど。

恩師伝さんのスダチを搾って

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 スダチのおいしい食べ方を見つけた。焼き魚に搾りかけるのが一般的だろう。最近は味噌汁に入れるという提案を地元がやっているけれど、要するに生産者側は用途を増やしたいわけだ。しかし邪道であるな味噌汁に入れるのは。何にでも搾りかければいいというものではない。

 私が見つけたのは水に搾って入れて飲む。これが最高。水か冷水をコップに入れ、そこに半分に切ったスダチを搾る。タネも入れていい。あとで吐き出せばいいのだ。2個搾ってもいい。酸っぱくない。爽やかである。

 とりわけランニングのあとの一杯は五臓六腑に染みわたる。横浜マラソン用に水筒にスダチ水を入れて行き、帰りに飲み干した。気のせいか(気のせいだが)回復が早かった。

 このスダチは徳島市立高の恩師伝さんが送ってくれた今年2回目のぶん。1回目にスダチ水を編み出し、そのうまさに気づいた私は伝さんに福島の梨をワイロに送って2回目のスダチをせしめたのであった。というか、そもそも恩師がスダチを先に送ってくださって不肖の教え子が慌てて福島の梨で返礼したというのが正しい事情なのだがそれではオモロないのでちょっと話を変えてみた。

 色の付いたビニール袋に入れて冷蔵庫で保管すると長持ちすると伝さんが教えてくれた。さすが生物の先生である。

 恩師の顔を見に帰省せんといかんなぁ。

「自己責任」という言葉の危険性

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 手持ちの『広辞苑第5版』などに載っていない自己責任。由来は何だろうと思っていたところにいい記事が出た。10月28日付『毎日新聞』(東京本社版)2面である。

 記事によると、リスクのある金融商品に投資する消費者に対して1980年代後半に使われたという。英語のresponsibilityが自己責任と訳されたそうで、語感がずいぶん違ってしまった。

 戒めの経済用語が他人の行動の批判や自分を追い詰める際に用いられるようになったわけで、言葉は生き物だから今後の広がりを警戒してしまう。例えば「成績が悪いのは自己責任だ」などと使われたら、家庭や学校の責任が棚上げされる。私は塾や予備校で偏差値の低い子供を見てきたので、常々そういう子供たちを基準に世の中を見る傾向があるのだが、私が見た限り、子供たちが勉強ができなかったのは決して自己責任ではなかった。家庭の状況があったし、学校の無責任があった。そういう外的要因に翻弄されていた子供に「自己責任」を突きつける時代が早晩来る。

 あるいはまた、速度の出し過ぎで交通事故を起こして障害を負った人や亡くなった人にまで「自己責任」を押しつける日が来る。肺がんになった喫煙者に対しても、アル中患者にも、露出度の高い衣服を着ていた女性が強姦されても、戸締まりを忘れた家に強盗が入っても、「自己責任」という言葉が襲いかかって当事者の口を封じる日が来る。そういう恐ろしさがある。

 記事の中で江川紹子さんが「迷惑をかけないことをよしとする日本人の精神性が強まっているようだ」と喝破したように、あらゆることに対して迷惑をかけないようにしなければと人を萎縮させてしまう恐ろしさがある。社会保障や福祉に救いを求めることができる人がその手を引っ込めてしまうことにつながりうる。

 少し前までは「自業自得」という言葉を世の中は使っていた。しかし「業」という漢字の響きゆえか全体に語感が強いからか、使うのにためらいがあったように感じる。

 自己責任は使わないほうがいい。使う場合は自己責任で(という蛇足のオチは真面目な原稿に書かないほうがいいのだが、われながらオモシロいので自己責任で書いておく)。

3つのマラソン大会で思ったこと

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 徳島と那覇、横浜の各マラソン大会を走って見えたことを思いつくままに。

 今回意識して見たからだろう、ボランティアの存在の大きさが横浜マラソンで初めてよく分かった。早朝からの交通整理や誘導、給水所、沿道、トイレなどなどどこを見てもボランティアの姿があった。給水所付近の道路に散乱する紙コップの回収やそのほかのゴミ掃除もボランティアの皆さんがやってくれる。ボランティアの人たちが完璧にお膳立てしてくれた中を私は単に走ったに過ぎない。仕事とはいえ早朝からかり出された神奈川県警も含めて、感謝の言葉しかない。

 今回の横浜マラソンで初めて気づいたのだが、場所によってはトイレが男女別になっていた。男女共用は女性に大変つらい思いをさせるので、とってもいいことだ。今後男女別のトイレが常識になるだろう。

 横浜マラソンは給水所がたくさんあった。どの給水所にもアクエリアスと水が分けて置かれていたので、アクエリアスは飲み、水は頭からかぶる、というふうに使うことができた。徳島マラソンは大塚製薬のお膝元なのでポカリなどがどこの給水所でも飲み放題だった。これらに対して運営者が給水所のあり方を再考すべきなのが那覇マラソンだ。地元の人たちの善意に頼るあまり、給水所の大半が文字通り水しか用意していなかった。ランナーが熱中症で倒れる原因は給水所のしょぼさにある。

 横浜マラソンも那覇マラソンも給水所が道路の片側にしかない。徳島マラソンは両側に設置していた。位置をずらして両側に設置すれば道路が狭くなることはない。徳島マラソンを見ならうべし。

 最大の疑問は走る順番である。あらかじめ自己申告したタイムに応じて順番に並ぶ。走るのが早い人は先に出発し、遅い人はあとから出発する。横浜マラソンは3万人近くが走ったから、最初に出発した早い人と最後に出発する遅い人で、出発に30分ほどの差が生じる。そのうえ関門がある。走るのが遅い人があとから出発するのだから関門に引っかかる可能性は高くなる。本来走るのが遅い人こそ先に出発させていい。そうすれば関門に引っかかる人が少しは減るだろう。時間だからと関門でランナーの前に立ち塞がるのではなく、遅いランナーこそ応援して完走を支えるという考え方のほうが私は好きなんだけどな。

 横浜マラソン参加賞のシャツの袖にまたまたエネオスの巨大なシールが。着るたびにエネオスの宣伝を私に強いるわけだ。エネオスのイメージがどんどん悪くなる。そこまで目立ちたいのかエネオスよ。どうしようもない企業だな。エネオスでは給油しない。


横浜マラソン完走記

 台風の影響で中止になった去年のウラミを晴らすべく、横浜マラソンをヨタヨタと走り抜いた。

 
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 ようやくスタート地点が見えてきた。私のスタートまでに30分近くかかった。次回のマラソン大会では自己タイムを1時間くらい早めて書くしかないか。そういえばパンフレットに載っていた剛力彩芽さんが来ていなかったぞ。

 
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 左手に山下公園、右手にホテルニューグランド。この道路は2年前も走った。当時はフルマラソンを走る自信がなくて10キロの部に出た。簡単に完走したが、何の感動も達成感もなく、それがフルマラソン出場の動機になった。

 この辺りはランナーが多くて私のペースで走ることができない。前に出たいのに出ることができない。

 
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 首都高入口。電光掲示板に「首都高にようこそ」。

 
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 首都高の改札。いや違うか。何と呼ぶんだここは。

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 首都高を自分の足で走ることができるのが横浜マラソンの自慢。しかし、このルートはふだん交通量が少ないのだろうなぁ。景色が平凡で(苦笑い)。東京の首都高なら面白いのだが。

 大石先生から「首都高が一番つらい。沿道の応援はないし、はるか彼方に横浜のビルが見えて、あそこまで走るのかと」と聞いていたおかげで、淡々と走る。

 
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 ようやく戻ってきた。

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 ゴール。私の腕時計では5時間39分。3回目のフルマラソンだが、タイムは足踏み状態に終わった。

 1カ月以上前から少しずつ朝型にしていった。1週間前から朝飯を5時ごろ食べ、前日は昼飯を11時、晩飯を18時に食べて、マラソン大会用に調整した。

 ただ、1週間くらい前から食べ過ぎの感があった。横浜マラソンの15キロ辺りから便意を催し、まぁ大丈夫だろうと高をくくっていたのだが、首都高ののどかな光景とランナーが走る足音が私の副交感神経を刺激した。これが私の“快足”を引っ張った。

 ゲストの谷川真理さんは「マラソンは30キロから」と呼びかけていたが、その意味の理解を便意が邪魔した。首都高を走っている間に「どこでウンコしよう」が頭を支配する。できればホテルニューグランドで脱糞したい。トイレがきれいだからね。ウオシュレットもあるし。しかし、走れど走れどホテルニューグランドは遙か彼方だ。仕方なく、待ち人が少なかった36キロ地点辺りのトイレに駆け込んだ。というわけで、15キロから36キロにかけての約21キロ、フルマラソンの半分ほどをウンコのことを考えながら走るというお粗末な内容だった。食べ過ぎ注意という反省が残った。

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 今年の完走メダルに加えて、中止になった去年の横浜マラソンのメダルも手に入れた。並べて見て気づいたのはカモメと海。港町ヨコハマの象徴なんだな。

 これで横浜マラソンはおしまい。あとは東京マラソンだ。なかなか当選しないけど。

 (写真はニコンのキーミッション170で撮った)

免震不正の深層

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 深層と書いたが深い話ではない。阪神大震災のとき首都高の柱が崩れ、そこに埋め込まれていたタバコの箱だか空き缶だかのゴミが明らかになった。そういうことをした人の心情を想像して私は寒気を覚えた記憶がある。

 大きな建造物だしコンクリートで密閉されるし壊れることはないだろうから発覚しない、発覚しても誰の仕業か分からない。そういうふうに判断してゴミを首都高の柱に詰め込んだのだろう。バレるわけがないと考えた薄ら寒い人心は矜持の問題か道徳の問題か。

 最近も神戸製鋼や日立化成、スズキ、フジクラ、日産などが不名誉な“犯罪行為”を報じられている。免震・制震装置の不正も似たようなものではないか。大地震で壊れても「想定以上の負荷がかかった」で言い逃れることができると見くびったのだと私は見る。もう1つの可能性として、これだけ不良品が出ていたということは免震や制震は机上の技術でしかないのではないか、という疑問が残る。

 このような問題は例えばカメラ業界では起きない。ニコンのZ7に対して宗教戦争かと呆れるくらいソニー派やキヤノン派も入り乱れて性能批判が飛び交っている。消費者に近い商品は目の肥えた消費者がいるから品質管理が厳重だ。

 10月27日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版14新版)社会面は「品質より納期」と見出しを掲げた。その通りではあるのだろうが、会社は会社で現場の品質管理の重要性を知らず、現場は現場でバレるわけがないという見くびりがあったと私は見る。一般消費者の目に触れる商品やサービスではないから、ニコンやソニーのような緊張感や厳しさを持っていなかったと私は見る。

 現場で手抜きされたらおしまいだ。最後の関門として機能するためにはどうすればいいのか。私に名案があるわけがない。ただ、矜持の問題だとは思う。

安田純平さん無事帰国の受け止め方

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 内戦下のシリアで武装勢力に拘束されたフリージャーナリスト安田純平さんが3年5カ月ぶりに解放されて帰国したことをどう受け止めるかで侃々諤々喧々囂々である。考えが止まってしまうので「自己責任」という批判はここでは使わない。以下思いつくままに。

 まず無事で良かった。命だけは取り返しがつかない。無事の帰国をまずは喜びたい。ご家族にもお祝い申し上げたい。

 解放の背景には日本政府やカタール、トルコの尽力があったとされる。日本の外務省が頑張って邦人保護の結果を出したことに、それが仕事だとはいえ、やっぱり拍手を送っていいだろう。

 私の周囲では厳しい声が聞こえてきた。テレビを見ると、抑え気味ながらやんわり批判的なニュアンスを伝えるコメンテーターがいたし、横田めぐみさんの母親が「なぜあの人は帰ってきて、大勢の拉致被害者は帰ってこないのか不思議だ」という趣旨の発言をしたようだし、安田さんの過去の発言がブーメランのように戻ってきているようでもある。

 安田さんのご家族はお詫びや感謝を繰り返し語っているようだ。お詫びや感謝の言葉にはニュース価値がないから新聞やテレビは省略しがちだが、報道は省略すべきではない。受け止める側の感情を左右するからだ。

 安田さんの配偶者深結さんを取材した10月25日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)「夕刊ワイド」によると、ご家族は精神的に追い詰められていた。そんな中で深雪さんは今年7月から首相官邸に毎日電話をかけたという。

 安田さんは帰国時にこういうことを知らない。身代金を払うなと配偶者に釘を刺していたようだし。もしかすると日本政府やカタールなどの国家が救出に動いたことを知らず、「おれは耐え抜いた」と思っているかも知れない。だとすると、配偶者やご両親からよく聞いて事態を把握したうえで考え方の軌道修正をするほうがいい。

 私が安田さんなら、と考えた。シリアに行くような人と安全地帯にいる私とでは精神構造が違うので想像の域を出ないが、上記の状況を知ったうえでという前提で想像すると、あまりにも恥ずかしい。身の置きどころがない。政府批判などできなくなる。何を発言しても「政府に助けられたくせに」という目で見られているだろうなぁと思ってしまう。それでも、首相官邸や外務省などにお礼に行く。頭を下げて感謝の言葉を伝える。それを報道されてもいいというか仕方ない。

 日垣隆親分が昔から指摘していた「自分がニュースになってはいけない」の戒めが胸に刺さる。


 

 

アマゾンのプライム会員サービスが劣化した?!

 NHKのラジオ講座テキストをアマゾンで買う場合、プライム会員でも合計2000円以上でないと買うことができなくなった。

 ラジオ講座テキストは安いからかと思ったが、どうやら違う。例えば400円ほどの新潮文庫なら従来通り1冊から注文できる。

『ラジオ英会話』と『実践ビジネス英語』を毎月買っているけれど、1000円にさえ満たない。NHK出版とアマゾンの間で何かあったのか?

頭がブラックアウトした新聞

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 大規模停電は5字。ブラックアウトは7字。2字の差がある。文字が大きくなって収容量が減っている新聞がなぜ字数の多いブラックアウトを使うのか。

 阿呆な『毎日新聞』は初出時に「大規模停電(ブラックアウト)」と記したり「ブラックアウト(大規模停電)」と記したりして迷走中。私が読んだ限りだが、にもかかわらずそのあとの記事で全てブラックアウトを使っている。

 ブラックアウトにはいくつか意味がある。報道管制という意味さえある。そんな英単語を使わずに日本人なら誰でも分かる大規模停電で必要十分である。

 それなのになぜ。そもそもブラックアウトを使う必然性がない。

 私の邪推だが、大規模停電と言うと電力会社が横に浮かぶ。電力会社の責任を避けるためにブラックアウトという横文字で煙幕を張って電力会社を守ろうとしているように見える。報道管制でないことを祈る。




 

読書の秋に積ん読本を数えてみたら

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 次女が怒っている。「何で畳の上に本の山ができてるの!」「何で食卓に本の山ができてるの!」

 知らんがなと言いたいところだが、まだ読み終えていない本を置いてあるだけである。

「読み終えてから買えばいいのに」とご立腹の次女。

 読書の秋という惹句があるけれど、読書は一年中するものであって、秋の特権ではない。だから本がたまる。「読み終える本」より「読みたい本」が多いからこうなる。

 念のために(?)積ん読本を数えてみた。雑誌類を除くとたぶん80冊くらい。古本を加えたら100冊を超えることが分かった。げげげ。そんなにあるのか。数えてよかった。数字で把握するのは大事だなぁ。

 読む時間が足らないのもたまる原因である。

「お父さん、火をつけたらこの部屋はよく燃えるよ」

 <父親の積ん読本を嫌悪><娘が放火><父親焼死>。こんな見出しの記事が目に浮かぶ。読書週間に放火すれば社会面トップか?

あの上野千鶴子先生が

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 毎日新聞社にちょっと気になる名前の女性記者がいた。他人に思えなくて、かつての同僚・有ちゃんに尋ねてみたことがある。

「ニシノさん、彼女は東大の上野ゼミ出身ですよ。腕をかる〜く捻られますよ」

 ヨコシマなワタシのココロを察した有ちゃんは上野ゼミという虫除けを私の顔の前に示したのであった。軟弱なワシはかる〜く腕をひねられれてアタタタタ。想像して手を引っ込めた。

 その上野千鶴子先生が10月20日付『朝日新聞』Be版「悩みのるつぼ」で、母の不倫に戸惑う男子高校生の相談に答えている。母親に一生「女」を封印せよという権利は息子にもないと喝破した。

 おお。これならワシと話合うと思うぞ。念のために万一に備えて両腕を後ろに隠して会ってみたいな某女性記者に。

人の“距離”が近い広島

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 定宿の隣のセブンイレブンでコーヒーマシンにカップを入れようとしたら、隣のマシンでコーヒーを入れていた背広姿の男性が声をかけてきた。

「そっちの機械、壊れているみたいですよ」

「あ、そうなんですよ。ふたの接触が悪いそうで、きのう店員さんにふたの閉め方を教えてもらって、ほら、ご覧の通り」

「お、動くんですね」

「はい。でも、ありがとうございます、お声がけくださって」

 イオンモール広島祇園店の1階にあるコーヒーマシンにカップを置こうとしたら、隣のマシンでコーヒーをいれていたおばあさんが声をかけてきた

「コーヒー、選べるんですよ。そっちのは味が濃くて苦みがあるモカで、こっちはキリマンなのよ」

「あ、そうですか。ではせっかくなので私もキリマンにします」

 席に着いて飲んでいたら、そのおばあさんが寄ってきて言う。

「余計なことを言ったかもしれなくてごめんなさいね」

「いえいえ、おかげでおいしいキリマンをいただいてます。アドバイスありがとうございます」

 広島では見知らぬ人が自然に声をかけてくる。数年前にJR呉線のボックス席で私の前に座っていた女子高生が「いま何時ですか」と普通に聞いてきた驚きと感動を思い出す。

 私は田舎の人間なのでこの“距離”が心地よい。東京で凍り付いたこころが広島で解凍されて元に戻る感じ。

おもしろうてやがてかなしき村西監督

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 村西とおる監督と西村賢太さんの顔を見ることができるとなれば行かない選択肢はない。東京・なかのZERO西館小ホールは満席だったし、当日券を求めて行列ができていたし、主催者の予想をはるかに上回った。300人くらい入場したのかな。若い女性客もいた。

 村西とおる監督が50億円の借金を背負って追い詰められていた1996年に北海道で10日にわたってアダルト映像を収録した60時間の映像を2時間弱にまとめたドキュメント映画『村西とおる熱狂の日々』のお披露目のあと、村西とおる監督や西村賢太さんが登場した。その前に代々木忠監督が花束贈呈役で登場したのはびっくりした。80歳の今も監督をしているという。

 村西監督が実際に動き語る場面に立ち会う機会は普通ほとんどない。監督の応酬話法の一端に触れることができたのは収穫だろう。人あしらいがうまい。女性タレントふたりの返答が監督の期待ほど面白くないときのあしらい方も印象に残った。骨太なのに繊細というか、機を見るに敏である。

 西村賢太さんは発言にうそを感じさせない潔さがあったけれど、収入に関してはうまくかわした感じ。

 なぜ村西監督と西村賢太さんの組み合わせだろうと思っていたら、監督がちらりと語った。西村さんは中学時代に父親が性犯罪で逮捕された。一方、監督は性犯罪ではないものの日本で最も有名なAV監督であり、それを知ったご長男が反発しているのかも。「性」を真ん中にした息子の立場と父親の立場が親近感を生んだように見えた。

 アダルトビデオの裏側を描くドキュメント映画は世界初らしい。虚実皮膜の間での監督の狂気が全編を貫く。アクシデントやトラブルが相次ぐ。修羅場の映像は観客を飽きさせない。

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 右端の女性は大学院生だそうで、西村さんに抱かれたらお金がほしいかという趣旨の問いかけに「サインがほしい」と真っ当な回答をした。この子なら友達になってもええな。ご覧の通り最後に監督にいじられていたが、脱ぐまでの覚悟はまだないだろうなぁ。

 監督は追求するエロスとして「落差」を挙げた。ああなるほど確かに。確かにそうだ。1+1は2、ではアカンのよ。よく分かる。さすが村西とおる監督である。私も落差を追求しよう。

岩国雑カン

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 岩国市役所の電光掲示板を見て驚いた。山口県の岩国市が広島カープ優勝をなぜ祝う? 郵便局のドアのシールを見て、距離だけではなく経済圏も同じゆえの親近感かと合点がいった。実際岩国の人に聞くと仕事や買い物、遊びは広島市に行くそうだ。

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 岩国市を広島県に移せばいいのにと思わないではないのだが、現実問題は別としても岩国基地を抱えた街を広島県が受け入れるのは難しいだろう。

 さて。人が歩いていない岩国駅前周辺だが、向日葵が閉店していた。私が数カ月前に初めて岩国に来た日に入った喫茶店で、古き良き喫茶店(カフェという表現は似合わない)の典型だったのに。

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 岩国市で喫茶店が成り立たないわけではない。駅から徒歩10分くらいのところにある麻里布珈琲という店はお客さんがそこそこ入っている。向日葵に駐車場があって、コンセントがあれば、少しは違う展開になったかな。

 喫茶店をカフェと呼ぶ人が増えたし、そもそもカフェと呼ばれた店の形態は当初喫茶店ではなかったことを知らない世代が増えた。そういう世代はカフェと呼ばれる新しい喫茶店や金太郎飴喫茶店に行きたがる。経営者がマスターとして店頭に立つ古い喫茶店を探して訪ねる私のような歩き方ははやらないのだろうなぁ。

情けは人のためならず

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 広島・三原市の喫茶店経営のママさんから聞いた話。

 そのママさんの父親は死を免れた経験が数回ある。例えば予科練時代。医務室に行っているときに食堂に爆弾が落ち、大勢が亡くなった。また例えばメチルアルコールを飲んで自分だけ吐き出した。

 その父親の一周忌のとき、ママさんは何となく胃の調子が変で、親戚の勧めもあり、病院に行った。たまたま診てくれた医者がママさんの母親の胃がんを担当した医者だった。どうもよく分からないから開腹してみましょうとなって、開腹したが特段変なところはない。念のためにと組織を切り取って細胞診をしたところ、進行性の胃がんが見つかった。「発見が3カ月遅かったら間に合わなかった」と医者。

 父親もママさんも危機一髪で助かった。その理由はママさんの祖父にあると占い師が指摘したそうな。

 祖父は大阪の人間で会社を経営していた。敗戦後街中にあふれた戦災孤児を何人も引き取って自社で働かせた。「そういえば祖父の葬式に知らない人が大勢来て、その人たちはまるできょうだいのように親しげに話していた、あの人たちがそうだったのか」とママさんはのちに気づく。

 祖父にはお妾さんが何人もいて、祖父が亡くなったあと祖母にお金の無心に来た人間に祖母は気前よくお金を渡していたという。近所の人からママさんは「あんたのおばあさんは仏様にような人だった」とよく言われてきたうえ、「お孫さんか? あんたのおばあさんには大変お世話になった」ということでいろいろなことがトントン拍子に進むこと進むこと。

 以上、立ち寄った古い喫茶店のママさんから聞いた話を備忘録として。

 写真は祖父の会社の封筒。この住所を訪ねて周辺を取材して回ったらもっといろいろな話が出てくるだろうなぁ。戦災孤児は今年注目されたもんね。


 

「嘆きのボイン」が教えてくれたこと

 最近なぜかよく口ずさむ「嘆きのボイン」。1969(昭和44)年12月の発売だそうだから当時の私は6歳。大阪市東住吉区矢田に住んでいた。ゲラゲラ笑いながら歌っていた記憶がある。意味は分かっていないのだが、この年ごろの男はウンコやおしっこ、ボインなどの単語に大笑いする。

 さすがに55歳にもなるとこの程度で笑うことはもうない。しかし、歌えば歌うほどうまい歌詞だと感心する。

 特に最初の2句が秀逸だ。

 ♪ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで。お父ちゃんのもんと違うんやで♪

 この2句の順番を入れ替えるとこうなる。

 ♪ボインはお父ちゃんのもんと違うんやで。赤ちゃんが吸うためにあるんやで♪

 全っ然オモロない。

 なぜ全っ然オモロないのか。

 本来の歌詞は1句目に正論が出る。この正論を前提に2句目でツッコミを入れて、前提となっている正論を間髪を入れず崩しにかかるわけだ。聞き手は、おおそう来たかと。公には言いにくいけれど、確かにそういう用途(用途?)もあるなと。純粋な赤ちゃんを想像させたあとに不純なお父ちゃんの姿を想像させるこの対比が笑いを招く。

 順番を入れ替えると、1句目にツッコミが入ってしまう。ツッコミの前提が分からないから「何の話だ?」と次の歌詞を待つ状態になる。そこに2句目の正論が来るから、ああそういうことね、謎が解けた、確かにねと納得してしまう。これではあまり笑えない。

「嘆きのボイン」は奥が深い。
 

古本で買った車谷長吉『妖談』に挟まれていた詩

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 止まらなくなってしまって車谷長吉さんの古本をヤクオフなどでバタバタと買い漁ったら、別々のところから『妖談』が2冊届いた。ありゃりゃ。

 ページをめくっていたら紙片が2枚。逝った男への愛が強い筆圧で記されている。

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 本物か創作か。筆圧を見ると本物かなと思ってしまうが、そこは罠だろうというのが私の見立てである。車谷長吉さんの単行本を読む女は恐らく一筋縄ではいかない。その前提で見ると、誰かが買って読むことを想定したお遊びだろう。本物なら本に挟むまい。

 本物かと一瞬思ってしまったので、ほんの少しの時間楽しめた。どこのどなたが存じませんがありがとね。

横浜マラソン予行走り20キロ

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 横浜マラソンが近づいてきたので、軽く20キロ走っておくことにしたのだが、朝から暑い。熱中症になりかけた那覇マラソンを思い出した。

 まだ朝の8時半だというのにもう空気は熱いし太陽光が体にがんがん射してくるという状況で、日陰を選び、スポーツ飲料をちびちび飲みながら、体温を上げないよう、皇居周辺をゆっくり走る。

 東京ハイキングとか称して10キロ歩く早稲田大学の学生らの集団に神楽坂ですれ違った際、「55歳のおじさんは20キロ走っているんだぞ。どや」とヒソカに胸を張った。若い者には負けるわけにはいかんと張り切るのはおっさんの特徴であるな。それまではヨレヨレフラフラと走っていたのにすれ違うときだけは胸を張って力走してみせたワシは阿呆やなぁ。

 ふだん夜走っているので、朝のランニングは体が重いし、頭もまだ寝ている。体をいたわりながらの20キロだったが、足の指の付け根が痛くなるわ、汗が目に入って痛いわで、20キロに2時間40分もかかった。まぁいいか。



 

健康や寿命を左右するのは

 惣菜のコロッケにカップラーメン(特にペヤングソース焼きそば)、焼き鳥、刺身、みたらし団子、あんみつ、日本酒。こんな好物ばかり食べてきた女性が97歳で亡くなった。というか97歳まで元気に生きた。亡くなる3日前まであれを食べたいこれを食べたいと家族に求めていた。家族は棺にみたらし団子と草餅、大福、コロッケを詰め込んだ。

 健康にいいから食べるのではなく、好きだから食べる。子供や若者が好きなハンバーグやカレーライス、天ぷらなどもペロリと食べた。賞味期限が切れていても平気で食べた。一方漬け物や煮物、果物などお年寄りが好きとされる食べ物を前にすると「おなかいっぱい」と言い訳をして箸をつけなかったという。

 頑固な便秘でいつも下剤を飲んで排便していた。肌の乾燥を嫌がって風呂は1カ月に1回。

 こういう話を聞くと、寿命や健康は生まれつきの個体差で決まっているのだろうなぁと思う。健康ヲタクの私を根底から揺さぶる話である。

傾いたブロック塀

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 ん? 傾いてないか? よーく見たら傾いている。しかも道路側に。ふだん私がよく通る道だが、今ごろになって気づいたのは、大阪北部地震で高槻市の小学校のブロック塀が倒れて子供が亡くなった事故があったからだ。

 ブロック塀が流行した時代があった。私の実家もブロック塀である。「撤去せんとあかんなぁ」と両親が話している。

 大地震があした来てもおかしくないと言われている状況で傾いたブロック塀を放置するのは未必の恋じゃない故意に相当するのではないか。行政がどこまでやっているのか知らないが、まずは所有者の責任だ。

 大地震が来たときにこのブロック塀のそばを人が通らないことを祈るしかない、のか。消火器に書かれた<地震の時はまず火の始末>がブラックジョークに見える。

「善戦」「圧勝」の恣意

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 自民党総裁選で負けた石破さんの闘いぶりを一部報道は「善戦」とした。沖縄県知事選で買ったデニーさんを一部報道は「圧勝」とした。

 デニーさんが勝ったのは弔い選挙だったからであって、もし翁長さんが現職で出馬していたら果たして同じ結果だったかどうか。翁長さんが闘病中「亡くなれば弔い選挙で勝てるのに」という声があったほどだ。

 弔い選挙でデニーさん圧勝が最初から予想できたから、敗れた佐喜眞さんはそれこそ「善戦」したと言える。

 定義が不明確だから何とでも使える曖昧な表現。その使い方で報道側の思いが見え隠れするのだが、そういう情緒的な話ではなく、冷静な分析を知りたいもんだぞ。

ニワトリは

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 庭には二羽鶏がいる。早口言葉なのかどうか知らないが、小学生のころ叫んでいた記憶がある。

 そのニワトリである。

 東京大名誉教授の西垣通さんは米国留学の前に英会話クラスに出た。そこで<ちょっとした出来事があった。討論テーマはフライドチキンである。カボチャ頭の日本人が味付けについてくどくどと話すので、いらついた私は思わず「鳥もライフだからね。そこを考えないと」と口を挟んだ。すると相手は「ノー、フード」と大声。そのとたん、私の血は逆流し、英語でののしりの言葉を投げつけた。相手はよく分からなかったのかポカンとして、場の空気は白けるばかり>=10月2日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)特集ワイド「読書日記」。

『ニワトリ――人類を変えた大いなる鳥』という本があるそうな。ニワトリは賢く、簡単な計算や顔の識別、論理的推論、複雑な相互コミュニケーション、そして自制心を働かせて他者に共感することもあるという。

 こんな本があるとは知らなかった。10年以上の寿命があるのに6週間で太らされて食肉処理されるニワトリに興味がわく。読まなければ。

 フライドチキンというテーマを前に「ライフだ」と喝破した西垣先生、やるなぁ。私がしびれたのは、ニワトリの首のひねり方を父によく聞いていたからだろう。それこそ昔は庭に飼っていて、親の指示で首をひねっていたという。最期に「コケー」というひと声を残すという話が印象に残っている。命なのである。

車谷長吉さんの署名落款に惚ける

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 のめり込む。陶酔する。べた惚れ。畏敬の念を抱く。狂う。ひれ伏す。私の車谷長吉さんに対する態度である。

 2015年に亡くなっているのでお目にかかることはできない。そこを何とかできないか。あ、もしかしたら色紙や署名本があるのではないか。

 というわけで、古本屋サイトやオークションサイトで熱に浮かされたように注文した。届いた本を数えると計5冊。『阿呆者』は署名落款こそ入っていないがすでに持っている(笑い)。直木賞受賞作『赤目四十八瀧心中未遂』は文庫本を持っているが、署名落款本は単行本の初版である。万感の思いを抱いて署名したに違いないと思ったので、ちょっと高かったが喉から手が1000本ほど出て買ったしもた。札幌の古本屋から送られてきた『文士の魂』はどう見ても未読の本である。私にはありがたいけど、どうなってんのよ。

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 この際車谷長吉さんの署名落款本も色紙も全部買い集めるかというオソロシイ誘惑の声が頭の中から聞こえてくる。藤澤清造の墓標を自宅に祀る西村賢太さんの足元にも及ばないが、一歩間違うと走り出してしまいそうな予感がして怖い。

 中には進呈された人の名前が入った本まで売られていて、こういう罰当たり者は100舐めの刑に相当するぞ。

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 今回手に入れた『贋世捨人』の落款がほかの単行本の落款と異なる。これはなぜなのか。文庫本と単行本で分けているのか。手間暇掛けてもそれだけ儲かるとは思えないから、偽造ではあるまい。理由を知りたいがご本人は黄泉の国。そのうち会えるのだろうけれど、この世でお会いしたかった。

 車谷長吉さんに会うために根津千駄木をまた歩こう。


 

 

 
 

台風が深夜の通過でよかった

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 ベランダのパネルが全部吹き飛ばされた。パネルは2つに分かれて飛んだらしい。1つは隣の家の雨樋を壊し、フェンスを歪めて地面に。もう1つは10メートル近く離れた民家の前の敷地に落ちた。数十センチ隣には自動車が。8階からの落下なので猛烈な勢いで落ちたことだろう。

 台風24号が通過したのが深夜でよかった。24時ごろ金属の変な音が聞こえたので、あのとき吹き飛ばされたのだろう。昼間だったら人に当たっていた可能性がある。大けがでは済まなかっただろう。

 不要不急の外出を控えるようにと台風報道で言われる意味がよく分かった。私の父も母も私も「どれどれ」と外を見に行くタチなので、今後は控えることにする。

話す英語の前に

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 外国人がたどたどしい日本語を話すと「よく頑張っている」と好意的に受け止める。しかし、日本語の文章がたどたどしい場合、頭が悪いように見えてしまう。したがって私たちが慣れない英文を書く際は細心の注意を払うべきだ――。こんな助言を昔読んだことがあり、今も頭に残っている。

 ということをこの英文を見て思い出した。中学1年レベルの間違い。なぜ気づかない大戸屋さん。


 

アマゾンプライムの配達が早くなくなった

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 アマゾンプライム会員である。ほんの少し前までは午前3時だか5時だかまでに買えば当日午前中に届いた。私の住まいから数十キロしか離れていない小田原市にアマゾンのセンターがあるからか、とても早かった。何と便利なのだろうと数え切れないほど感心した。

 それが最近は前日の昼間に注文したのに翌日の夜7時ごろ配達されたり、数日後になったり。急いで読まなければならない本の場合アマゾンプライムが重宝していたのだが。ヤマト急便から日本郵便に変わったのも影響しているのだろう。日本郵便なので呼び鈴を押さずに郵便受けに黙って入れていくから何度も見に行く、くらいどうということはないけど。

 1973(昭和48)年に全国交通安全運動の標語募集で総理大臣賞に輝いた「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」の戒めをもう一度掲げる時代に戻ったとでも思うことにするかな。


 

自己チュー女をいい男は相手にしない

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 恋愛のカミサマであるワシのところにたくさんの相談が寄せられる。ある女が嘆き節と恨み節をワシにぶつけてきた。

「彼と一緒に映画に行きたい。散歩したい。ご飯を食べたい」

「彼は仕事ができる職場の女性にベッタリ。その女性は私と同世代なのに私は無視される」

「彼の奥さんは怖い人なのに週末はいつも一緒に出掛けてる」

「私だけをみてほしい」

「彼は職場の女性みんなに優しい。私だけに優しくしてほしい」

「寂しい」

 ワシは次第に腹が立ってきた。

「おまえね、さっきから聞いとったら自分の都合しか考えてないやんけ。彼をこうしてあげたいとか彼にあんなことをしてあげたいとか、彼最優先の考え方が全くない。自分の都合ばっかりや。そんな女にええ男が寄っていくわけがない。ええ男ほどおまえのような女は避ける。ええ男にはええ女がなんぼでも寄っていくんじゃ。ええ男は女に困ってないんじゃ。意味分かるか?」

 9月15日付『朝日新聞』Be版「悩みのるつぼ」で美輪明宏さんがワシと同じような助言をしておったので、記事を女に送ってやった。

 女から返事はない。

 50前後からかな、ワシは本気で他人に注意をするようになった。それまで遠慮して何も言わなかったのだが、考えを変えて、きちんと関わる人には率直に苦言やら注意やらを伝えるようになった。袖すり合うも多生の縁という思いがあるんじゃな。

 それで嫌われたらワシの不徳の致すところでござりまする。しゃーないな。

東京・池袋のビックカメラでビックリしたなぁもぉ

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 東京・池袋のビックカメラでニコンのフルサイズミラーレスZ7をいじくる私に声をかけてきたニコン説明担当者。もらった名刺の名前が友人と同じだった。

私「いやー、全く同姓同名の友人が私の古里にいます」

ニコン「どちらですか」

私「徳島市です」

ニコン「(絶句)……」

私「え! まさか!」

ニコン「私も徳島市です」

私「おおおー! 私は助任本町」

ニコン「私は栄町です」

 これが女性だったらラブストーリーが始まるのだが、おっさん同士でもけっこううれしい。でも、女性だったらなぁ(←くどい)。



 
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