2009年07月03日
背中を押してもらう幸せ
ジャストシステムが開発したパソコンのデータのバックアップサービスを使っている。
私のパソコンにはいろいろな“作品”や情報が日々増えているので、外付けの記憶装置を使って外部保存してきた。これで安心だと思っていた矢先、私の知人がパソコンと外部装置の同時破損を経験した。
彼は念のためにインターネット上にも外部保存していたので助かった。パソコンや外部装置(ハードディスク)は壊れる恐れがあるけれど、インターネットは壊れないから、重要なものの保存には最も適している。
ジャストシステムのこのサービスは月額525円で容量無制限だから、保存したいものが多い人にはうれしい(ただし保存できないものもある)。
今ではパソコンを使い倒している私だが、十数年前までは「パソコンよりワープロが使いやすい」と決めつけていた。実際、文章を打って紙に印字するだけならワープロが使いやすい。
十数年前に私の石頭をかち割ってくれたのが光文社編集者の京谷六二さんである。「ニシノさんの仕事にはパソコンが絶対にあったほうがいいですよ」と強く勧めてくれたおかげで今日の私があると言っていい。
広い視野を持っている人が背中を押してくれたら、素直に受け止めて一歩前に出てみる。これで自分の可能性が広がる。人の話を素直に聞くことさえできれば意外に簡単なのだ。
「素直さ」を人生のどこかで落としてきた私が最近思い至った結論である。
私のパソコンにはいろいろな“作品”や情報が日々増えているので、外付けの記憶装置を使って外部保存してきた。これで安心だと思っていた矢先、私の知人がパソコンと外部装置の同時破損を経験した。
彼は念のためにインターネット上にも外部保存していたので助かった。パソコンや外部装置(ハードディスク)は壊れる恐れがあるけれど、インターネットは壊れないから、重要なものの保存には最も適している。
ジャストシステムのこのサービスは月額525円で容量無制限だから、保存したいものが多い人にはうれしい(ただし保存できないものもある)。
今ではパソコンを使い倒している私だが、十数年前までは「パソコンよりワープロが使いやすい」と決めつけていた。実際、文章を打って紙に印字するだけならワープロが使いやすい。
十数年前に私の石頭をかち割ってくれたのが光文社編集者の京谷六二さんである。「ニシノさんの仕事にはパソコンが絶対にあったほうがいいですよ」と強く勧めてくれたおかげで今日の私があると言っていい。
広い視野を持っている人が背中を押してくれたら、素直に受け止めて一歩前に出てみる。これで自分の可能性が広がる。人の話を素直に聞くことさえできれば意外に簡単なのだ。
「素直さ」を人生のどこかで落としてきた私が最近思い至った結論である。
2009年07月02日
べらぼうに大きな傘
傘を差しても足下は雨に濡れやすい。傘で上半身を雨粒から守ることはできても、足下までは守れない。「もっと大きな傘があれば足下まで守れるだろうに」と思ったことが何度もある。
私と同じコトを考えた傘製作会社があるようで、巨大な傘を差している人をまれに見かける。しかし、「あ、いいなぁ。どこで売っているんだろう。ほしい」とは思わなかった。べらぼうに大きな傘は周囲に迷惑なのである。巨大傘の近くで実感して初めて分かった。
巨大な傘が普及するかどうかで周囲に無神経な人が多いかどうか推測できる。
私と同じコトを考えた傘製作会社があるようで、巨大な傘を差している人をまれに見かける。しかし、「あ、いいなぁ。どこで売っているんだろう。ほしい」とは思わなかった。べらぼうに大きな傘は周囲に迷惑なのである。巨大傘の近くで実感して初めて分かった。
巨大な傘が普及するかどうかで周囲に無神経な人が多いかどうか推測できる。
2009年07月01日
午前5時の人々
志村けんと石野陽子のコントで「ご、ご、5時ぃ?!」というやつがある。確か会社員役の志村けんが「あしたは5時に起きなければならない」と妻役の石野陽子に伝え、石野が「ご、ご、5時ぃ?!」と大げさに反応してみせるという流れである。
野暮用で午前5時に起き、午前5時40分ごろJR平塚駅に行って目を見張った。東海道線のホームには大勢の人が電車待ちで列をつくって並び、混雑している。この人たちは私と同じように午前5時前後に起きたに違いない。
東京方面行き上り電車はガラガラに空いているだろうと気楽に見ていたが、下手をすると座れない程度の混雑ぶりだ。
何でこんなに早起きなのだろう。自分を棚に上げて、「午前5時の人々」を不思議に思う。
野暮用で午前5時に起き、午前5時40分ごろJR平塚駅に行って目を見張った。東海道線のホームには大勢の人が電車待ちで列をつくって並び、混雑している。この人たちは私と同じように午前5時前後に起きたに違いない。
東京方面行き上り電車はガラガラに空いているだろうと気楽に見ていたが、下手をすると座れない程度の混雑ぶりだ。
何でこんなに早起きなのだろう。自分を棚に上げて、「午前5時の人々」を不思議に思う。
2009年06月30日
コナカ平塚本店の松下さんに目を見張る
コナカが開発したシャワースーツが辛口の雑誌で軒並み高い評価を得ているので2着買うことにして、平塚本店に行ってみた。
店にフラフラと入った私のところに青年が1人飛んできた。
「どんなものをお探しですか」
「うん、シャワースーツをね」
「2階にどうぞ」
こういう買い物は10分以内と決めているのだが、ちょうどほしい大きさと色がここにはない。
こんなのがほしいという私の注文を受けて彼は何度も階段を数段飛ばしで駆け下りて、各店に在庫を確認してくれた。その動きの早さに私は見とれた。
こういう青年は伸びるに違いない。
彼の尽力で何とか買い物を無事に終えたところで名刺をもらった。松下紘樹という名前が載っている。
見たところ20代前半か。20年前に私はここまで迅速に動いていただろうかと思わず顧みた。
顧みることが増えたのは、悔しいけれど年齢のせいかもしれない。
店にフラフラと入った私のところに青年が1人飛んできた。
「どんなものをお探しですか」
「うん、シャワースーツをね」
「2階にどうぞ」
こういう買い物は10分以内と決めているのだが、ちょうどほしい大きさと色がここにはない。
こんなのがほしいという私の注文を受けて彼は何度も階段を数段飛ばしで駆け下りて、各店に在庫を確認してくれた。その動きの早さに私は見とれた。
こういう青年は伸びるに違いない。
彼の尽力で何とか買い物を無事に終えたところで名刺をもらった。松下紘樹という名前が載っている。
見たところ20代前半か。20年前に私はここまで迅速に動いていただろうかと思わず顧みた。
顧みることが増えたのは、悔しいけれど年齢のせいかもしれない。
2009年06月29日
私の腰回り
医療機関で受けた健康診断で私の腰回りが78センチと分かった。思った通りだ。
ズボンがずり落ちるので、ベルトの穴を1つ縮めたところだった。痩身になっているのだろうと思っていたら、やっぱりそうだった。
私が25歳のころの腰回りが78センチだったと記憶している。
25歳の腰回りである。若い!
私(ひとりごと)「これは女性にモテるかもしれんなぁ」
隣にいた次女(ひとりごと)「顔がね」
ズボンがずり落ちるので、ベルトの穴を1つ縮めたところだった。痩身になっているのだろうと思っていたら、やっぱりそうだった。
私が25歳のころの腰回りが78センチだったと記憶している。
25歳の腰回りである。若い!
私(ひとりごと)「これは女性にモテるかもしれんなぁ」
隣にいた次女(ひとりごと)「顔がね」
2009年06月28日
天気予報お姉さんから見えること
お天気お姉さんと言えば、NHKの平日午後7時からのニュース番組に登場する半井小絵さんがお父さんたちの人気を集めていると言われて久しい。
同じ「お父さん」に分類される私は、週末に登場する山本志織さんがいい。
松田聖子に似ていて(私は別に松田聖子が好きなわけではない)、凛とした雰囲気が美しさを醸し出している。私に権限があれば、山本志織さんを平日に登場してもらうのだが。
という具合に、この世を支配しているのは目に見えない「相性」ではないかとこのところずっと思っている。
同じ「お父さん」に分類される私は、週末に登場する山本志織さんがいい。
松田聖子に似ていて(私は別に松田聖子が好きなわけではない)、凛とした雰囲気が美しさを醸し出している。私に権限があれば、山本志織さんを平日に登場してもらうのだが。
という具合に、この世を支配しているのは目に見えない「相性」ではないかとこのところずっと思っている。
2009年06月27日
一戸建てがいい?
一戸建てより共同住宅がいい。一戸建てと共同住宅の両方で住んでみての感想だ。
どちらも一長一短ある。私の場合、共同住宅暮らしが長くなればなるほど一戸建てには住めないという思いが大きくなった。
なぜか。
共同住宅の3階以上に住むと、見晴らしがいい。
盗難や強盗に入られる恐れが少ない。
戸締まりが簡単だ。
上下や左右に人が住んでいる安心感がうれしい。
私が見た限り、一戸建てに押し入られる犯罪が多い。
要するに、共同住宅のほうが安全性が高いように見えるのだ。
さらに言うと、私は幼少期からオバケが怖い(今も怖い)ので、夜間に上や隣の部屋から音が聞こえると「ああ、近くに人がいる」と安心できるという理由もある。生活音を嫌う人がいるようだが、私には「生命の音」に聞こえて、勇気づけられるのである。
音なら何でもいいわけではない。霊が発すると言われるラップ音はもちろんご免こうむる。
どちらも一長一短ある。私の場合、共同住宅暮らしが長くなればなるほど一戸建てには住めないという思いが大きくなった。
なぜか。
共同住宅の3階以上に住むと、見晴らしがいい。
盗難や強盗に入られる恐れが少ない。
戸締まりが簡単だ。
上下や左右に人が住んでいる安心感がうれしい。
私が見た限り、一戸建てに押し入られる犯罪が多い。
要するに、共同住宅のほうが安全性が高いように見えるのだ。
さらに言うと、私は幼少期からオバケが怖い(今も怖い)ので、夜間に上や隣の部屋から音が聞こえると「ああ、近くに人がいる」と安心できるという理由もある。生活音を嫌う人がいるようだが、私には「生命の音」に聞こえて、勇気づけられるのである。
音なら何でもいいわけではない。霊が発すると言われるラップ音はもちろんご免こうむる。
2009年06月26日
シュリケンを更新する
私が使っている電子手紙送受信ソフトはジャストシステム(本社は私の古里・徳島市にある)の「シュリケン」だ。ウイルスにめっぽう強いし、徳島発の商品なので、以前から愛用している。
最近発売された「シュリケン2009」の更新版を買った。これまで使ってきた「シュリケン」は何年も前に買ったものなので、最新技術を投入した更新版に目がくらんだ。
使い勝手がいい。特に便利なのは学習機能だ。私が指示した電子手紙はすべて「迷惑メール」に振り分けられ、そのまま削除できる。快適な電子手紙生活は「シュリケン」で守られている。
最近発売された「シュリケン2009」の更新版を買った。これまで使ってきた「シュリケン」は何年も前に買ったものなので、最新技術を投入した更新版に目がくらんだ。
使い勝手がいい。特に便利なのは学習機能だ。私が指示した電子手紙はすべて「迷惑メール」に振り分けられ、そのまま削除できる。快適な電子手紙生活は「シュリケン」で守られている。
2009年06月25日
ホッとして血で痔
NHKのテレビから流れてきた。やっぱりこう聞こえる。
「ホッとして血で痔」
もちろん前後の文脈から「ホッとして地デジ」と言っているのは分かる。分かるけれど、私の場合「ちでじ」の音は「地デジ」という文字と結びつかず、「血で痔」という文字が浮かぶ(別に釈明しておく必要はないが、私は痔ではない)。
「ホッとして血で痔」と聞くと、便意を催してトイレに駆け込み、ホッとしたのもつかの間、硬い便が出て肛門が切れ、鮮血がしたたり落ち、痔になった――という物語が私の脳に想起される。
ホッとした直後でも痔になる恐れがあるから排便時は油断するなよという教訓と考えると、「ホッとして血で痔」は奥が深い。
「ホッとして血で痔」
もちろん前後の文脈から「ホッとして地デジ」と言っているのは分かる。分かるけれど、私の場合「ちでじ」の音は「地デジ」という文字と結びつかず、「血で痔」という文字が浮かぶ(別に釈明しておく必要はないが、私は痔ではない)。
「ホッとして血で痔」と聞くと、便意を催してトイレに駆け込み、ホッとしたのもつかの間、硬い便が出て肛門が切れ、鮮血がしたたり落ち、痔になった――という物語が私の脳に想起される。
ホッとした直後でも痔になる恐れがあるから排便時は油断するなよという教訓と考えると、「ホッとして血で痔」は奥が深い。
2009年06月24日
「君、近いうちにメシを食おう」
近藤勝重さんが『毎日新聞』夕刊(東京本社版)に連載している「しあわせのトンボ」はいつもしみじみとした味わいがある。人生の先輩が後輩たちに「ほら、こういうことも知っておくといいぞ」と生き方の作法を教えてくれる感じがする。
6月17日付の連載では、一緒にメシを食うことの大事さを語っている。
<「君、近いうちにメシを食おう」。若い時分、先輩にそう声をかけられると、さだかでない「近いうち」を心待ちにしたものだ。今の子はそう言われても喜ばないといった話は聞くが、ま、気にしないで先輩は努めて後輩を誘うべきだろう。
共に食するのが人間である。そして、あれやこれや話すことあり、聞くことありが人間である>
毎日新聞社時代の私も先輩にそう言われていそいそとした気分になったことが何度もあった。私は毎日新聞社で先輩たちに恵まれた。メシやコーヒーをご馳走になった記憶が山のようにある。
今では私が「近いうちにメシを食おう」と声をかける年代になっている。実際何人も声をかけてきたが、半分近くをまだ実現させていない。
「待たせてごめん。おなか空いただろ。さぁ、食べよう」と誘い直そう。
6月17日付の連載では、一緒にメシを食うことの大事さを語っている。
<「君、近いうちにメシを食おう」。若い時分、先輩にそう声をかけられると、さだかでない「近いうち」を心待ちにしたものだ。今の子はそう言われても喜ばないといった話は聞くが、ま、気にしないで先輩は努めて後輩を誘うべきだろう。
共に食するのが人間である。そして、あれやこれや話すことあり、聞くことありが人間である>
毎日新聞社時代の私も先輩にそう言われていそいそとした気分になったことが何度もあった。私は毎日新聞社で先輩たちに恵まれた。メシやコーヒーをご馳走になった記憶が山のようにある。
今では私が「近いうちにメシを食おう」と声をかける年代になっている。実際何人も声をかけてきたが、半分近くをまだ実現させていない。
「待たせてごめん。おなか空いただろ。さぁ、食べよう」と誘い直そう。
