同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

「医療崩壊」は病院の外で起きている

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 医療現場が危機だとか極限状態だとか報じられているが、大阪では入院できない人が10人以上自宅で亡くなっているのに「医療崩壊」ではないのか。医療を受けることができずに亡くなる人が出ているのに「医療崩壊」と言わないとしたら、「医療崩壊」という言葉は欺瞞である。

 病院が「もう受け入れる余裕がない」と新規の患者を断っていれば、その病院では表面上は「医療崩壊」は起きていないことになる。しかし入院できず医療を受けることができずに死ぬ人がいるまさしくそこを見れば、「医療崩壊」は病院の外で起きている。

 必要な人に必要な医療が受けられない状態を「医療崩壊」とすべきである。



 
 

紀州ドンファン殺人事件でNHKの取材力っ

 紀州のドンファン殺人事件で和歌山県警が容疑者の自宅マンション(東京・品川)を“急襲”したのが午前5時ごろだった。

 民放を見た限り、容疑者が連行される場面は羽田空港が多かった。そんな中、NHKはしっかりと自宅マンションから連行される場面を押さえていた。NHK映像を見るとフラッシュが何度も焚かれていたのでどこかの新聞社(毎日新聞社ではなかった)も待ち構えていたようだ。

 総合すると、NHKかどこかの新聞の速報を見て慌てた各社が何とか羽田空港での撮影に間に合った、という構図だろう。

 NHKすごいなぁ。自宅からの連行の場面を押さえるのがどれだけ大変なことか。福島時代、地元紙に抜かれた経験しか記憶にない私はただただ脱帽するのである。



 
 

自分に酔った都知事が「人流」と言うのは勝手にどうぞだが

「人流」という表現に違和感を持つ人が一定数いて、ほっとする。私の把握が正しければ東京都知事が言い出した。都知事のことだ、「じんりゅうって言い方をする私、かっこいいわん」と自賛して酔っているのだろう。

 それをあろうことかNHKが使い、新聞も使い、私は「この阿呆どもめ」と毒づかざるを得ない。特にNHK。目の不自由な人が「じんりゅう」という音を聞いて「人の流れ」だと分かると思うか?

 知事が使おうが誰が使おうが、明らかに変な言葉は“訳する”のが報道機関の仕事の1つではないか。垂れ流しなら小学生でもできる。これでは誇りも脳みそもない。

 正気に戻って「人の流れ」と言い換える報道機関がいずれ出てくるだろう。それがどの社なのか、ヒマではないので注目しないが、さっさとしなさい。

本のカバー裏に生じたシミだかカビだかの退治法

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 書籍のツルツルしたカバーを何と言うのか私は知らない。そのカバーの裏側に茶色いシミだかカビだかが生えているので、退治法をネットで探した。

 紙やすりで研ぐとか消しゴムを使うとか出てきたので試してみたが、カバーの紙がポロポロこぼれる。あかん。これでは穴が開いてしまうがな。エタノールで拭くという方法も試したが全く効果がない。無水エタノールは1000円もしたのにどないしてくれる!

 最後に思いついたのが台所用漂白剤の泡キッチンハイターである。茶色いシミだかカビだかに噴射して、しばらく置く。

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 泡が消えると、シミだかカビだかも消えているではないか。泡のあとが残っているので、濡れシートで拭う。これできれいさっぱり。

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 カバーとはいえ紙だから多少ふやけるけれど、衛生上も精神衛生上もよくなる。

 以上の写真は『告白の記 逢いたい』(石原まき子・主婦と生活社、1993年7月)のカバー裏。

 下の写真は『ザ・フォトグラフス』(日経BP出版センター、1997年)のカバー裏と表である。泡を拭かなかったせいか、カバー裏にはおねしょのあとのような色が残っている。薄い茶色なので溶け出したシミかカビの色か? しかしカバー表には何の影響も出ていない。

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夏目漱石『こころ』の「軽蔑」


 大学時代に読んだような記憶がある。それなりに恐ろしかった。今読み返し、全く別のところに戦慄した。いろいろな読み方ができることが名作の条件の1つと言われていて、今回読み返して新しい発見をした『こころ』は私ごときが言うまでもないのだが名作なのである(エラソーなことを書いてしまって漱石先生ごめんなさい)。

 今回の私の発見は、先生について《他(ひと)を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していた》という記述があることだ。わが車谷長吉さんの『盬壺の匙』を思い出した。車谷さんの自殺した叔父を弔う作品である。この小説の中で叔父は和辻哲郎の『ニイチェ研究』の余白に青インキで「俺は自分を軽蔑できない人々の中に隠れて生きている」と記していた。

『こころ』の先生と『盬壺の匙』の叔父の共通点がここにある。と、ここで書いて気づいた。どちらも主題は「自分の軽蔑」なのである。『こころ』の先生も『盬壺の匙』の主人公も最後に同じ一点に向かうのは当然なのだ。

「自分の軽蔑」は恐ろしいことだが、人間に深みを与える。そこが文学のテーマになるということか。

 つい先日、大学時代の友人K(偶然にもK)に会ったときのことだ。『こころ』に「自分を軽蔑」と書いていると話したところ、Kは「そういえば、あったな」と即座に反応したので私は驚いた。私は読んだばかりなのでこの小説の話ができるのは当然として、Kが読んだのは昔昔である。ほー。Kを見る私の目が変わった。私と同じ阿呆だと思っていたら、いやいやとんでもない。それにしてもK(笑い)。

 

 

本棚の背中はいらんのちゃうか

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 重い腰を上げ、重い本棚を持ち上げた。

 イケアの本棚を買ったはいいが、重すぎる。よく考えると組み立てるのは私しかいない。やむなく2年くらい廊下に寝かせてきた。終活の一環として、本を捨てまくり、いろいろな整理をしている過程でようやく組み立てた。

 イケアの本棚の背中は薄い板である。本棚の背中に固定しようとしてもすぐに崩れ落ちる。なくても耐震性にさほどの影響は出ないだろう。背中がないほうが風通しがいいはずだから、カビを防ぐことができるのではないか。

 というわけで、背中をやめて立ち上げてみた。何の問題もなさそうだ。ダイハッケンかもしれない

五輪候補選手が言うべき「東京五輪は中止を」

 猫に鈴をつけたがらないほとんどの政治家の中で、二階さんの発言は観測気球だと思うが、よくぞ言った。

 オリンピック候補選手にしてみればトンデモない発言に聞こえたかもしれない。現実には人の命が絡む事態が続く。ワクチンは間に合いそうにない。運動選手の活躍の場の確保と人命を天秤にかけると、答えは決まっている。人命の責任をオリンピック選手が負うことはできまい。

 次はオリンピック候補選手が声を上げるべきではないか。「人命を優先してください」と。オリンピック候補に気を使って「中止を」と言えなかった私のような人間は少なくないはずで、だからこそ当のオリンピック候補選手が率先して言わなければ。今言わないでいつ言うのだ。

 今言えば共感が広がり、支持が集まる。


 

福島から発信するウネリウネラの『らくがき』

 書き手は元朝日新聞記者の夫妻である。夫の初任地と最終勤務地が福島で、家族揃って福島に移り住み、出版社を立ち上げた。その1冊目が2人で執筆したこの本である。

 私の福島時代にお世話になった読売新聞の先輩記者のフェイスブック投稿で知り、「夫婦そろって朝日を辞めたの?! 何とまぁ。思い切ったことをしたなぁ」と驚き、直接メールして、送ってもらったのがこの本である。Amazonでも買うことができるようになったようだ。しかしAmazonに引かれる手数料を考えると直接連絡して買うほうがいいように思うのだがどうだろう。というわけで、直接買う人用にチラシを添えておく。

 本書ではふたりが朝日を辞めた《やむにやまれぬ事情》などには全く触れていない。記念すべき最初の本なのである。無粋な話は後日。いい判断だと思う。

 私が引き込まれたのは、家族が東北の自然の中で過ごす様子だ。ぶどうをたらくふ食べ、残ったぶどうでジャムをつくる。野菜の収穫の手伝い。ザリガニ釣り。

《首都圏から福島に引っ越してきて半年、だんだん手を動かすことが増えたような気がする。いや、自分からなるべく手を動かそうとしている》

 いいなぁ。羨ましい。都会で暮らしていると土や水に触れる機会が激減する。人間を頭でっかちにしてしまう都会暮らしに疑問を持ってきた私(もともと田舎者)は激しく共感する。

 ウネリウネラの住所を見たところ、私が福島時代に住んでいた場所のすぐ近くではないか。おお。ウネリウネラの窓から吾妻山は見えるだろうか。

 この本のカバーのこの紙質、私はもしかすると一番好きかもしれない。温かみが伝わってくる紙質なのである。本書の紙の色(クリーム色)は優しい感じが心地いい。装丁も営業も含めて何から何までウネリウネラが手がけたその手の温かみのようなものが、ひとつひとつからにじみ出ていて、ウネリウネラが今後出版してゆく本が楽しみだ。


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女性に声をかけられた理由

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 振り返ると美しい女性がいた。彼女が私に声をかけたのである。

「広島カープ、好きなんですか?」

「あ、これですか」

 かばんにぶら下げている広島カープのキーホルダーを私は見やった。彼女は広島市中区の出身だった。

「広島に10年近く毎月出張してきたので、カープというより広島ファンというか。古くは『はだしのゲン』の時代から意識してきた県ですし。広島に顔見知りが増えたおかげで私の古里の1つになりましたし、人の距離感が都会ほど離れていないし田舎ほど近くないしというのもいいですし……。あ、私が一方的にしゃべってしまっていますね。広島を語り始めたら止まらなくなるんです。ごめんなさい。今度あなたの話を聞かせてください」

森友学園問題を追及した元NHK記者相澤冬樹さんの『真実をつかむ』(角川新書)

 熱い熱い熱い。本書は記者の成長物語として読むことができるし、これから警察取材をする新人記者向けのヒントとして読むこともできる。全編熱い。

 驚いたのは支局勤務時代に運転手付きの車で取材先を回っていたことだ。昔からNHKの取材は贅沢だと言われていたが、地方でも! 今もNHK記者はそんな贅沢なことをしているのだろうか。私の福島時代、自分のポンコツ車で回っていたのに。NHKに言い分はあるだろうけれど、毎日新聞の記者が聞いたら目を剥く話だ。

 もう1つ驚いたのは、相澤さんが徳島局にいたという話だ。今の知事・飯泉さんの知事選出馬について《最後まで「出ない」と言いながら、さも県民に推されたから出ることにしたという、あの猿芝居》と一刀両断にした。そうか、飯泉さんは猿だったのか。そんな飯泉さんを持ち上げて、私の高校の同級生は県庁で出世しているのだが。

 面白かったのは徳島局の記者グループとカメラマングループの秋田町での乱闘である。やるなぁ。みんな血の気が多い(笑い)。

 相澤さんはNHKを辞め、今は大阪日日新聞の編集局長と記者という肩書きを背負っている。大阪日日新聞の宣伝効果は大きい。経営者が相澤さんをどう活用していくかが今後の見どころ(?)の1つだろう。

 相澤さんの熱は大阪読売・黒田清さんの熱に共通する高温だ。こういう本が記者志望者を増やすのだと思う。

杉田敏先生の『実践ビジネス英語』最終回

 何がよかったかと言えばテキストで取り上げた話題の広さだろう。杉田敏先生は英語で雑談ができることを目指した。ビジネス英語はその分野の専門用語を押さえておけば最低限の意思疎通はできる。しかし、どんな話題が出てくるか分からない雑談を英語でこなすとなるといきなりハードルが高くなる。そこが『実践ビジネス英語』の難しさだった。

 その最終回。杉田先生とヘザーさんの会話があり、その最後のほうでヘザーさんが一瞬声を詰まらせたのでドキッとした。ああ最終回なのだなぁとしみじみ。中学時代に聞いていたNHKラジオ『続基礎英語』で安田一郎先生が降板する最終回の最後に、同じく降板するマーシャ・クラカワーさんが一瞬声を詰まらせて「グッバイエブリワン」と呼びかけたのを思い出した。

 杉田先生がお年なので『実践ビジネス英語』の後継者をNHKは考えているはずだと私は一昨年辺りから見ていた。『入門ビジネス英語』講師の柴田真一さんが妥当ではないかと睨んでいたところ、やっぱりそうなった。英独で計20年も銀行員としてやってきた人なので引き出しは多いし、『入門ビジネス英語』テキストの作り込みが素晴らしいので注目していたのである。順当な“人事”だ。

 杉田先生の講座の評判が高すぎたので柴田先生は大変だろう。どうやって評価を得ていくか注目したい。

父の遺品

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 徳島の実家で。

母「これ、いらんで? お父ちゃんが使とった腕時計」

私「ランニングで使う腕時計で十分なんやけどな」

母「30万円したとかいう腕時計やけんど」

私「今なら3000円やな。まぁ、お父ちゃんの遺品としてもろとくかな」

 そこにやってきたのは父だった。

父「何が遺品じゃ! ワシを勝手に死なすな」


阿波踊りは原点に戻ったらええだけやがな

 阿波踊りの運営委員会が解散したとか、キョードー東京がぼやいたりとか、しょーもない動きをネットで見た。

 阿波踊りでお金を儲けようとするからこうなるのである。

 交通をストップする地域を広めに決めて、その範囲内で自由に踊らせればいい。

 有料桟敷でないと踊る気が起きないなどと言う阿呆が出てくるかもしれないが、そういう勘違い人間は放っておけばいい。8月12日から15日、18時から22時。JR徳島駅から眉山にかけての区域を解放区にすれば、みんな勝手に来て踊るって。

 本来阿波踊りはそういうものではなかったか。

中国地方は津波の心配がない

 広島市でHさんが言う。

「活断層はありますが、太平洋からの津波は四国が守ってくれるので津波の心配はしていません」

 確かになぁ。徳島市民の犠牲の上に広島の安泰があるのだなぁ。クヤシイけれど、広島は原爆で大変だったし、徳島と広島を県民ごと交換移住させることはできないので仕方がないか。

「大震災の心配をしている人は非常に少ないはずで、ほとんどの人は備蓄などをしていません」

 ペットボトルでさえ40本や50本は蓄えなければと思っている私から見れば広島は天国である。

「広島は数年前の土砂災害を見て、山から平地に引っ越してきた人たちがいました。広島で心配なのは大震災より土砂災害です」

 土砂災害特別警戒区域に自宅が入っている人にとっては豪雨のほうが心配なのだろう。

 広島市の人口は100万人を超える。平野部が狭いので山間部を切り開いて住宅地を造成してきたのだが、いつまたあの土石流が起きるか分からない。この際平地にみんな移り住むべきではないか。大地がもし揺れたら無傷で済むとは思えんぞ。

 平野部に高層マンションをつくり、補助金を出して引っ越しを促す、というのはどうだろう。ここ10年くらいの間に集中して住民の移住を促す。原資は国会議員の削減で。

 



 

徳島市は壊滅する?

 徳島の人間にはあらためて衝撃的な話である。

 政府の地震調査委員会が講評した「全国地震動予測地図」の2020年版で、今後30年間に強い揺れが襲う確率が県庁所在地で最も高かったのは水戸市81パーセント、そして徳島市と高知市が75パーセントだって。

 南海トラフ地震を踏まえた数字だろうけれど、大津波も来るだろうから徳島市民の大勢が流されて死ぬのではないか。

 実家に住む80を超えた両親が避難所まで辿り着くのは難しいと私は思っていて、いやそもそも家屋の倒壊で逃げることができなくなっているかもしれないし。

 徳島市は一軒家が多いので、それぞれが庭先に小舟を置いておくとか、救命胴衣と浮き輪を用意しておくとか。そういう予算を徳島市は組むべきではないか。阿波踊りの運営でドタバタしている場合ではないぞ。

 小舟を用意する案は突拍子もない話ではない。以前カフェバッハの店前で順番待ちをしていたときに言葉を交わした男性が「どこどこ(地名失念)は水が出たので、みんな庭に小舟を置いていた」と言っていた。実例があるのだ。

 著しい技術革新が起きれば、人間を運ぶことができるドローンだって不可能ではないだろう。ドラえもんのタケコプターのように容易に人間を運ぶドローンが早く誕生するといいなぁ。

 何もできない私はただただ愚考を書き連ねるしかなく、うーん。


 

父親の“血”に悶え抜いた中上健次『岬』(文春文庫)

 私が惹句を書くとこうなる。「尋常ならざる父親の血を粛清するために――」

 池澤夏樹さん個人編集の日本文学全集23『中上健次』(河出書房新社)を読んでいたおかげで、背景を熟知した上で代表作『岬』を読むことができた。

 これは中上健次にしか書くことができない世界である。大半の人が触れることができない世界に手を突っ込むことができた環境が中上健次を生んだ。

 親は子を、子は親を選んで生まれることができない。問題が生じるのは、親を選んで産まれることができない子供の側が大半だろう。親は生殺与奪の権を持つからだ。過酷な親を持つ子供が小説家になっている事例は少なくないのではないか。反対に過酷な子供を持つ親が小説家になってる事例は浮かばない。

 中上健次は自分の首を絞めるようにこの小説を書いたはずで、恐らく死ぬまで“父親の血”に苦しみ悶えた。

 こういう小説をアホボンの私が20代で読んでも到底理解できなかった。中上健次が好きだと語った芥川賞受賞の慶應大生・宇佐美りんさんはすごいぞ。


 

狭いスエズ運河

 知らなかった。スエズ運河があんなに狭いとは。中東戦争のときによく聞いたスエズ運河だが、写真や映像を見た記憶がない。今回の座礁事故の写真を見て、「せまっ!」と驚いた。ウィキペディアによると幅は205メートルだそうな。私でも泳いで横断できそうだ。

 それにしても知らないことが多い。この調子でいくと、棺桶に入って「せまっ!」とか叫びそうだな。

家が何度も何度も揺さぶられたら

 最近あちらこちらで大地が揺れている。新耐震基準で建築された家屋であっても、ゆさゆさ、ゆさゆさと何度も何度も揺さぶられたら、大きな地震が来たときに倒壊する恐れはないのか。

 一級建築士の友人小磯に聞いてみた。

「熊本地震で震度7が続けて起きた村があった。そこにあった新築の木造住宅、1回目の地震では大丈夫やったけど、2回目で壊れた半壊。全壊に近かったかな」

 新耐震の新築でも倒壊するのか。

「人間の想定通りにならん、ちゅーこっちゃな。単純な話、何回も揺すったら硬い竹でも折れるもんね」

 人間の想定通りにならん、という指摘が何とも恐ろしい。

 これまでも何度も揺さぶられてきた家屋の内部が少しずつ緩み、次の震度4や5程度で倒壊する可能性があるのではないか。人間に例えると、何度も揺さぶられてパンチドランカーのような状態になっている家屋があるのではないかというのが私の想像だ。

 鉄筋鉄骨ならここまで緩くなることはないと思いたいが、自然は人間の知恵を超える。

ゆうちょ銀行が振込手数料最安

 私が阿呆だったということだ。ゆうちょ銀行の振込手数料に安さに驚いた。

 例えば三菱UFJから三菱UFJに振り込むと440円(これは間違い。正しくは220円)かかるのに、ゆうちょ銀行からゆうちょ銀行は100円、ゆうちょ銀行から一般銀行には220円。何じゃこりゃ。今まで払ってきた手数料返せ三菱UFJ。

 小口の振込をお客さんに求め、振込手数料をお客さんに負わせる商売をしている会社はゆうちょ銀行の口座を持つのが本来のあり方だな。 


 

宿泊時の必需品

 阪神大震災だったか東日本大震災だったか忘れたが、滋賀県のビジネスホテルの電気が止まり、真っ暗になった。そのとき役に立ったのが携帯用小型電灯だった。教えてくれたのはその経験者である。親指くらいの小さな電灯を見せてくれた。持ち運びしやすそうだ。

 霊対策のお守り本尊のお札と塩、万一のためのスマホ用予備バッテリーとモバイル用Wi−Fiは出張先に持ち込んできたが、停電用の灯りは私の頭になかった。

 と書いて思いだしたのは、あれはどこのホテルだったか、週刊金曜日を辞めて西欧を35日ほどかけて回っていたとき、夜中に部屋の電灯が突然消えた。消えたのが分かったから身構えた。強盗か泥棒が侵入してくると思ったのである。

 しかし消えたのは私の部屋だけではなかった。ほかの部屋から外国人の声が聞こえてきたので、どうやら全館の停電らしいと分かってきた。しかも、人為的な、節電のためにホテルの人がスイッチを切ったようだった。外国の安いホテルに泊まると思わぬ出来事がいろいろ起きる。あのときも携帯用の電灯を持っていれば苦労しなかった。

 というわけで、買うしかない。備えあれば憂いなし。灯りがあれば怖くない。


ガスボンベはやっぱりイワタニか

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 よくよく見たら備蓄してあるイワタニのガスボンベ2本が2011年の製造である。イワタニのサイトには7年が使用期間と記してあるので、2〜3年オーバーだ。

 サイトには「ボンベ先端部分」が錆びている場合使わないようにとも記していて、ピンぼけ写真を載せている。この写真では「ボンベ先端部分」はどこを指すのか分からない。真面目にやれよ。

 ということもあり、モンベルで売っているガスボンベを備蓄しようと思いついた。われながら名案である。山用のガスボンベなら野山でコーヒーを湧かしたり出張先のビジネスホテルでキノコ料理をつくるときも使うことができる。

 さっそくモンベルに。ところが、である。私が使っているこのガスボンベは、店の人に聞いたところ、使用期限が「製造から2〜3年」だという。イワタニの半分以下ではないか。備蓄用の商品ではないからか。

 というわけで、名案だと思った山用のガスボンベはやめて、イワタニを買うしかなさそうだ。どうでもいいけど「ボンベ先端部分」の写真を撮り直せよイワタニ。ってまるで友人に呼びかけているようだな。


 

電車の棚にリュックを置き忘れ

 西武新宿線の高田馬場駅で降り、喫茶店カンタベリに入ったところで友人に言われた。
「リュックは?」

「あ!」

 短く叫んで高田馬場駅に駆け出す。走りながら考える。リュックには広島出張の荷物がぎっしりだ。36回ローン支払い中のレッツノートと会社所有のニコンZ50、預金通帳とカード全部。思い浮かべると口から鼻から耳から目から泡が出てくる。泡を食うとはこういう状況を言うのだろう。

 ビッグボックスにある駅窓口であわあわあわ。駅員さんは冷静である。

「何時にどこ発の電車に乗りましたか」

「確か拝島駅を7時30分頃に出た電車です」

 答えながら、頭の中でそんな話より早く何とかしてくれと叫ぶ。

「私の全財産が入っているんです!」

 窓口に吊り下げられている飛沫対策用ビニールを押しのけ、顔を突っ込んで叫ぶ。私が押しのけたビニールを駅員さんは強引に引っ張って元に戻す。私は頭に血が上る。血管が切れるかもしれない。

 駅員さんが内側で壁に指をさして何かを見ている。

「その電車は西武新宿駅で折り返します。3分後にこの駅に来ます。乗った車両を覚えていますか。案内しますので駅員とホームに行ってください」

 リュックはあった。膝から頽れそうな安堵と疲労に襲われた。

 それにしても駅員さんの冷静沈着なことよ。あらためて感謝申し上げます。

 野球に例えるならこんな感じか。外野を守っている私に打球が飛んでくる。追いかけてスタンドの壁にぶつかるのが私。スタンドに当たって跳ね返ってくると予想してその位置で待つのが駅員さん。自分で言うのもナンだが、私の阿呆さ加減がよく分かる。




 



 

中古ピアノを高く買ってくれる業者は

 子供たちが誰一人「いる」と言わないので処分することにした。25年くらい前に80万円くらいで買ったヤマハのピアノである。サイレントモードが備わっていてその音が2つか3つ出ないが、錆びも何もなく、保存状態は極めていいと思う。

 ネットで見つけた最初の業者の提示額は7万円だった。サイレントモードの修理ができないそうで、修理を外注に出すぶんを差し引いた金額なのだろう。

 新聞に広告をよく出している伸和ピアノが15万円を提示してきた。伸和ピアノで決まりだなと思い、引き取りの日時を決めた。ここで東京・三田で幼児教室を運営している村上先生から「も〜っとも〜っとたけもっと、には見積もりを出さないの?」と聞かれ、そうだそうだ忘れていた。タケモトピアノにも見積もりをもらおう。

 タケモトピアノの提示は20万円だった。え! え! えー! 

 ピアノは中継地点に集められ、大型トラックに移して大阪・堺市のタケモトピアノに運ばれるという。

 というわけで、ピアノを売るならタケモトピアノをイチオシとする。 

夏目漱石『行人』の戦慄


 漱石の『行人』の読み方を初めて知った。「こうじん」だそうな。奥付にルビが振ってある。

 後半のどこかで「あれ?」と感じた。『こころ』に似た何かを嗅いだのである。ウィキペディアによると、両作品は接近して発表されている。

行人(1912年12月 - 1913年11月、『朝日新聞』/1914年1月、大倉書店)
こゝろ(1914年4月 - 8月、『朝日新聞』/1914年9月、岩波書店)

 私は漱石の研究者ではないし研究書の類を読んでもいないので単なる当てずっぽうだが、漱石は『行人』を書きながら『こころ』の構想を練っていたとか、あるいはこの時期の漱石の関心事が“そこ”にあったとか、考えられるのではないか。

 それにしても『行人』である。妻と弟の中を疑う兄のこころの闇の深さに戦慄する。私が書けば妻と弟をくっつけて兄をもっと苦しめるのだが、こんな安易な展開を漱石は選ばなかった。『こころ』を書く前のこの小説では人間の善に踏みとどまったということだろうか。



 

第40回土門拳賞に思うのは

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 写真集『ノースウッズ―生命を与える大地―』が受賞した。大竹さんを全く存じ上げないが、おめでとうございます。敬意を表して写真集を買います。

 受賞を伝える3月19日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)の記事に驚いた。石川真生さんの写真展『大琉球絵巻2020』(那覇市民ギャラリー)が候補の1つだったのである。真生さんは私の『週刊金曜日』時代にたくさんの写真を載せてくれた。真生さんは人間そのものが破格で、付き合って楽しい人でもある。だから破格の写真を撮ることができたのではないか。

 芥川賞作家を3人も生んだ編集者・根本昌夫先生はかつて『毎日新聞』の取材に「小説は書き手の本質さらす」と語っている。これは写真にも言えるはずだ。「写真は写し手の本質さらす」のである。

 今回の受賞した大竹さんの「受賞のことば」を読むと、本当に苦労したことがよく分かる。難関の一橋大を出て就職せずに北米の森に通ったのは普通ではない。心身に不調をきたしたほど写真に懸命だったのも普通ではない。普通でないから素晴らしい写真を撮ることができ、土門拳賞につながった。

 真生さんも普通ではないのだが、「普通ではない」大きさが大竹さんが優ったということだろう。真生さんはがん闘病中なので、だからというわけでもないが、企画賞か何か贈ってほしいのだが。

必読の『首都直下地震と南海トラフ』(鎌田浩毅・MdN新書)


 ニュージーランド近海で立て続けに大地震が起きたのを見て、「なるほど、ああいうふうに時間差で南海トラフ沿い大地震に襲われる可能性があるのだな。この本に書いてあるように、もはや逃げようがない」と分かった。しかも今度来る南海トラフ沿い3連動大地震は3回に1回の超大型らしい。わはは、と笑って開き直るか、できる限りの準備と備蓄に励むか。

 私の命はどうでもいいのだが、親より先に死ぬわけにはいかない。ただただそれだけの理由で、できる限りの準備と備蓄に励む。

 徳島が南海トラフ地震で揺れた一番近い年は1944(昭和19)年である。それを経験した母は「玄関にあった靴(下駄と言ったかもしれない)が水に浮いとった」と言っていた。お母ちゃん、次に来る地震はそんな甘いもんとちゃうみたいでよ。徳島市はもちろん、親戚が暮らす田宮も北島町も友人が住む佐古も津波で壊滅するのではないか。

「地震が来る前に死んどったらええなぁとお父ちゃんと言いよんよ」と母は最近ようやく次の南海トラフ大地震をほんの少し意識するようになった。答える言葉がない。

 鎌田先生によると、2030年代に起きると想定されている。2039年として、今から18年後である。そのころは父も母も100歳前後の計算だから、まぁ、何とかなるか(何が?)。

 しかし同級生は75歳前後だ。まだ生きているはずで、しかし足腰は衰え体力も落ち、逃げたり避難生活を送ったりするのは難儀かもしれない。

 危険が想定される地域から引っ越しを始めるか小舟を買って庭に置いておくか。などと書いている私がJR東海道線に乗っているときに首都直下地震に遭遇して電車ごと宙に浮いてそのあと地面か建物に直撃してあっという間に終わるかもしれないなぁ。


 

 

10年前の今日あの大混乱の中でなぜ電話が通じたか

 JR横浜駅で東海道線のホームに向かう階段をのぼっているときだった。急に酔ったように足元がフラフラ。おかしいなぁと思いながらホームに上がったら、駅の看板がガタガタ鳴っているので地震に気づいた。立っていたせいかさほどの地震ではないと感じたが、電話が不通になると思ったので揺れながら自宅の固定電話にかけてみた。

 呼び出し音は鳴るものの誰も出ない。そのとき自宅マンションは揺れに襲われていた。家族は悲鳴を上げ、電話に出る余裕がなかったとあとで知る。

 電車はストップ、バスは長蛇の列でそもそも動かない。ジョナサンで昼飯を食べながら、誰かがツイッターで生中継してくれていたNHKの映像を見て驚愕した。あのツイッターがあったから私は被害状況を理解できた。本当に感謝している。今後もし逆の立場になれば、私はSNSでテレビを中継する。

 帰宅できそうにないので、当時大学生だった長男に「何万円でもええけん、横浜でホテルの部屋を押さえてくれ」と頼んだがすでにどのビジネスホテルも満室になっていた。

 仕方ない。「ジョナサンで一夜過ごすか。席は確保済みだし」と覚悟して、20時ごろに晩飯を食べたのだが、22時閉店のアナウンスが店内に流れ、その時間に追い出された。

 ここから平塚の方向に彷徨した。国道1号を歩けば必ず着く。30キロくらいと見積もり、6時間。たいしたことない。途中コンビニに寄ったが略奪されたかのように食べ物がない(笑い)。あれが夏だったら喉が渇いて大変だっただろう。戸塚警察署でトイレを借りたはずだ。藤沢辺りまで来ると人はもう歩いていない(車は時々通る)。

 さて。1つだけ大事なことを書いておく。10年間誰にも言わなかったノウハウである。キャリアの設備も充実してきたし、恐らく今後役に立つ場面が出てくるだろうから共有する。今までこのノウハウは見たことがないので、これが日本初と言っていいかもしれない。

 22時を過ぎていたはずだ。携帯が全く通じなくなり、携帯メールも通じなくなった。そんなとき長男から私のスマホに電話がかかってきた。スカイプである。

「あーやっぱり。電話は殺到して駄目だけど、データ通信網はスキがあると思ったとおりだった。生きてるならいいや。じゃあ、あとは頑張って」

 こうして見捨てられたのだが、スカイプやLINEなどで大事な人と繋がっておきましょう。 

大震災用の備蓄が足りないと教えてくれた東京備蓄ナビ

 東京都が役に立つサイトを立ち上げた。これを使えば自分に必要な備蓄が具体的に分かる。

 少し前までは3日分の備蓄を求められていたが、今や7日分が基準らしい。そりゃそうだろう。広い範囲で被害が出そうな首都直下地震や南海トラフ系地震が起きたら、助ける人の手が回るまでにはかなり時間がかかりそうだ。

 私としては7日ではなく、14〜20日くらいは最低でも備蓄しておくべきだと思う。余ればご近所さんに分ければいいのだから。足りないのが一番困る。

 というわけで、私は引き続き備蓄に励む。

 東京備蓄ナビ → 東京備蓄ナビ


 

地震用の備蓄が役に立ったという話

「部屋も狭いのにこんなにストックして」
「余計なものばかり買って、どこに置くんだ」

 常日頃から配偶者にチクチク言われていた。それでも女性(60代後半)は心配性なので、どこかで地震があったというニュースを見るたびに買い足し買い足し。これが役に立った。

 週末訪ねてきた子供から新型コロナが感染し、子供はホテルに隔離、夫婦はそろって自宅で寝込んだのである。

 相撲取り3人くらいが上に乗ってきたような重み。もうここで漏らしていいかというくらいの怠さ。こんなときに役に立ったのが膨大な備蓄だった。中でも粉末飲料(ポカリなどの粉末)とウィダーインゼリーのような栄養補助ゼリー飲料が特に役に立ったという。

 体力が少し回復してきてからは缶詰やレトルトのおかゆ、シリアルバーなどが回復を後押ししたという。

 振り返って女性は言う「粉末飲料は買っておきなさい。場所を取らないんだから」と周囲に宣伝している。

「これだけ買っておいてくれて助かったよ」
 配偶者が珍しく感謝したので女性は大張り切り。

「また備蓄しておかなくっちゃ」

 

ドメインを失効するところだった

 最近こそ更新回数が減っているが、少なく見積もっても5000回以上更新してきたこのブログのドメインを危うく失効するところだった。理由は簡単、ドメイン管理会社からの「更新しなさい」メールの見落としである。

 ムームードメインなら自動更新できるのだが、今のドメイン管理会社は1年ごとの更新なので見落とすと大変なことになる。

 失効したら失効したでブログの文字写真を全部この世から私より先に抹消したと思えば残念とも思わないと一時は覚悟した。とはいえ、このドメインは長年更新してきてSEO効果がそれなりにあるので今失効するのはちょっともったいなかったりもする。

 いずれにしても何とか復旧できたので、引き続き何も役に立たないことを打ち込んでゆこう。
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