同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

「セレスタミン」を「ドリエル」や「賢者の快眠」の代わりに飲むな

 セレスタミンをドリエルや賢者の快眠など睡眠導入剤として飲んでいる友人コイソに警告を。

 セレスタミンにはステロイドが入っているので、医師によっては「6日連続」や「7日連続」の服用を禁じている。ステロイドは血糖値を上げたり、食欲増進、むくみなど、たくさんの副作用がある。

 長期服用で糖尿病などのさまざまな重大な病気を引き起こす危険性が高くなる。例えばリウマチ患者で治療のためにステロイドを長期かつ大量に服用した患者さんがステロイド性糖尿病を発症している。

 セレスタミンはアレルギー疾患の薬なので、これで熟睡を得ようとするなど漫然と服用したらあかんけんな。

レイトタックルで考えておきたい可能性

 大勢が見ない振りをしているように思えてならない。核心部分をほんの少し報じた新聞があるが、そこに焦点が当たっていない。なぜか。そこに当てると前途ある若者に罪を全てかぶせてしまうからではないか。

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 井上コーチは悪質タックルのあと「キャリアー(ボールを持った選手)に行け」と表現を和らげたが、日大選手は「散々QBを潰せと指示されたので理解できなかった」と歯止めがかからずに反則を繰り返した。

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 これは日大選手の記者会見を報じた23日付『毎日新聞』(東京本社版)社会面の記事からの引用である。要するに日大選手の証言として、井上コーチから「キャリアーに行け」と指示されたというのである。

 記者会見で井上コーチはレイトタックルを見て「固まってしまった」が「ゲームに出場させ続けたい」という思いを抱いていたと語った。これが本当なら、あまりの反則にびっくりしたんでしょうな。

 50年以上生きてきた私でさえ言葉のやり取りでズレが生じることがある。生まれも育ちも職業も考え方も生き方も興味の対象も違う人同士の場合、合うわけがないと私はあきらめているが、そこまで極端な話でなくても、発信者と受信者で言葉に載った真意がそうそう完璧に一致するものではない。

 ましてや日大選手は精神的に相当追い込まれていたからね。もちろんそうした監督とコーチの責任は厳しく問われるべきだし、日大広報のおじいさまは何とかすべきだが。

法学部3年卒にすればいいのではない

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 法科大学院初期のころから私は書いているが、法科大学院の失敗は日本人が訴訟を好まないからである。米国人は友人相手にカネ儲けをするような国民性だと聞くし、インネンをふっかけて訴訟に持ち込んで企業から大金をせしめる米国民は日本人の感覚では恥知らずなのである。

 米国でやっていることを日本に持ってきても土壌が異なるので根づかないものがある。「すぐに訴訟沙汰にしてカネ儲けを目論む」が日本に根づかなくてよかった。

 法学部を3年卒業にして法科大学院に進む道をつくったとしても、巷ではすでに「今から弁護士になっても食えない」と言われており、ここが変わらない限り、つまり国民が何でもすぐに訴える面倒くさい人に変わらなければ、弁護士の需要は相変わらず少ないままだろう。

 銀行員の収入が下がるというそれだけの理由で就職人気ランキングで順位がガタ落ちしているのと同じだな。まぁ、それでも社会派弁護士になるとか弱者の力になりたいとかいう目標を持って頑張って司法試験に臨む人は一定数いるはずで、そういう人にこそ弁護士になってほしいし、そういう人は受験の仕組みがどうなっても動じまい。


 

レイトタックルをした日大選手はひとごとではない

 立派な記者会見をした若者を見ながら、ひとごとではないと思ったのは私だけではないだろう。

 安倍さんを守るために事実を曲げている官僚や談合をして逮捕された建設会社の社員、上司の命令で違法行為と知りながら手を染めてしてしまった部下、政治家の贈収賄事件に巻き込まれた秘書などなどがこの日大アメフト部選手と自分を重ねるのではないか。

 たまたまその位置にいたことで大小のトラブルに巻き込まれた人は少なくないはずで、何らかの組織に属している人が上の命令や指示を突っぱねるのはなかなか難しい。距離を置いて見ているから「何でそんなことを」と思ってしまうが、自分が当事者になったら出世や地位、カネが頭に浮かんで冷静な判断ができなくなるのではないか。私はどうかなと胸に手を当てて全く何もない人は果報者か健忘症である。

 実行した人の罪が免れるわけではないが、命じた人の罪は非常に重い。


 

「悪質ステマ」と言われても

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 一般人を装って特定のサイトに誘導して物やサービスを買わせる。これはインターネットの世界には数え切れないほどある。アフィリエイトと言われ、ネット時代の初期からずーっとある。それを今ごろ「悪質ステマ」と言われても、というのがアフィリエイターの正直な気持ちだろう。そもそも何をもって「悪質」と決めるのか明確な基準はない。

 インターネットはそういう世界なのである。調べて調べて調べまくっても真偽が分からない物やサービスの販売サイトが溢れている。そういう空間なのである。

 アマゾンだから安心かというと、そんなことはない。本屋に売っている本がめちゃくちゃ高価で売られていたりする。カメラ本体とレンズのセットを割安で買った人がそれぞれバラ売りして稼いでいたりもする。新品レンズを安く買ったつもりなのに箱に入っていないレンズだけが送られてきて気づいたというレビューを時折見かけるが、そういうことなのである。

 従来ない手法の商売が横行しているのがインターネットなのだ。悪知恵が働く人はそこであこぎに稼ぎ、何も知らない人はカモにされる。そういう世界なのだと知っておくしかない。

 

 

新大阪駅でぶつかった男と

 ぶつかると思ったが、そのまま歩いた。予想通り相手の男は私の左側にぶつかった。こいつめと思ったので振り返ると、やつも振り返ってこっちをにらむ。

「どこ見とんじゃボケ」とつい怒鳴る私に寄ってくる男。「何をてめえ」。にらみ合う。

 JR神戸線新大阪駅で降り、新幹線に乗るためにエスカレーターで上がったところでの出来事である。こういう衝突はごくまれにあるので、どうということはない(笑い)。万一の場合は相手の顎をアッパーの要領で殴って逃げればよろし。ところがあいにくスーツケースを引っ張っているので逃げにくい。

 相手の男が怒鳴る。「おっさん、何や」

 おっさん? おっさん? おっさんて、ワシ? ワシはおっさんかよ。思わず笑ってしまってワシの負け。

 今回は許したる。

日大アメフト部の心境を推測すると

 私の友人シューコンドーは大学時代にアメフトをしていた。今話題のQB(クオーターバック)だったので、今回の日大アメフト部の問題が手に取るように分かるという。

 シューコンドーは大学時代に就職活動の一環でジャストシステムを受けた。面接のあと「コンドー君は残ってください」と言われ、「何かまずいことをしたかな」と首をかしげていたら浮川社長がやってきて「ぜひ入社してほしい」と言われ腕時計を押しつけられた。その腕時計はのちに父親が返しに行った(さすが元自衛官)。入社するつもりがないのになぜジャストシステムを受けたのかというギモンは残るが(笑い)、それくらいアメフト選手は就職活動で人気があった。

 で、シューコンドーの感想や見解などを思いつくままに列記する。

・30年前から日大アメフト部の真っ赤な服装は憧れの的だった

・クオーターバックは試合の50パーセントを決める司令塔

・関西学院大のクオーターバックはまだ2年。優秀なので先々の危機を感じた

・「つぶせ」「殺せ」は普通に使う。盛り上げるため

・日大は確信犯

・今回は日大だから起きた

・日本一になって監督は連覇のプレッシャーがかかる

・日大アメフト部でレギュラーならどこでも就職できるので選手も必死


・アメフトは格闘技。あのレイトタックルは大変危険

・一般的なレイトタックルは珍しいことではないので、「よくあること」で逃げることができると見ていた

・誤算その1は映像に撮られたこと。誤算その2は映像が広く拡散したこと。誤算その3は世間から激しい批判を浴び続けたこと

・狭い世界の中で監督も選手も頭が麻痺しておかしくなっている

 簡単にまとめると、監督は名誉、選手は就職、この2つが動機ということになる。

三原市名物のタコをランチで食べるなら私のお勧めは「スマイリング・スペース」だ

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 好きだ。死ぬほど好きだ。最高だ。素晴らしい。美しい。カワイイ。愛してる!

 何がって、タコよ。

 仕事で広島・三原市を訪ね、この地の名物がタコだと知ったとき、タコをたらふく食べようと誓った。いくつか飲食店を回ったが、入っているタコの量が少なすぎるがな。虫眼鏡で探さなければ見つけられないほど少ししか入っていない店もあった。このタコめ!

 ようやく素晴らしい店に出会えた。タコが山盛りの「三原のたこ天DONランチ」。うまい。タコ好きの私が自信を持ってお勧めする。新鮮でジューシーなタコ、ニンニクをメインに隠し味にわさびを使ったオリジナルのタレ、これだけ調理されればタコも本望だろう。

 「スマイリング・スペース」で食べることができる。店の名前もええねぇ。タコを食べれば笑顔が広がる。

 ランチで食べた「三原のたこ天DON」は「広島フードフェスティバル2011ええじゃん1どん選手権」でグランプリを受賞した名作である。広島というとどうしても牡蠣が先に浮かぶ。そこに三原のタコが殴り込みを掛けて勝ったのだ。それまで三原のタコを使った料理がなかった。この「三原のたこ天DON」は先駆者なのである。

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 店に入ると美人“姉妹”が迎えてくれる。弾んだ声の妹さん(右)は飲食や接客が天職だ。思わず納得した。笑顔を絶やさない自然な対応が心地よい。店の歴史やご家族のことなど、私はずいぶん詳しくなったぞ。

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 店のシールを2枚もらった。白のほうをさっそく自分のパソコンに張った。新しいパソコンを買ったら黒を張るつもりだ。

「スマイリング・スペース」は三原市港町3−8−1(帝人通りプラザビル1階)にある。JR三原駅から歩いて10分もかからない。

 私は出張先で同じ店に2度は行かない。例外は広島市の「てらにし珈琲店」だけだ。「スマイリング・スペース」も例外にせざるを得ない。だってうまいんだもん。店の雰囲気もいいし。来月は「しまなみスモークたこDONランチ」を食べる。

 三原市で暮らせば毎日たこ天丼をこの店で食べることができるのになぁ。
 

追い詰められる金融庁長官

 シェアハウス「かぼちゃの馬車」を巡る不正融資をしていたスルガ銀行への批判が高まるにつれて、金融庁への批判も高まっている。例えば17日付『毎日新聞』(東京本社版)朝刊は社説で<一方、その金融庁は、スルガ銀行の高収益経営を地銀の模範であるかのように評価してきた。現在は立ち入り検査中だが、金融庁も全容解明で重い責任を負っている>と批判した。

 金融庁の職員の大半がこう反論したいことだろう。「地銀の模範であるかのように評価したのは森長官であって、われわれではない」

 自戒を込めて書くのだが、数字だけを見て褒めてはいかんのよ。極端な例えだが、5科目満点の小学生がいて、先生がべた褒めしたあと、この児童は全部カンニングしていたことが発覚した、とか。新聞社が部数を誇示していて、でも実はそのうちの何割か販売店に押しつけている、とか。

 数字だけを見て判断することの怖さは、私が理数系が苦手だから言うのではない。数学と違って数字は手を加えて変えることができるのである。

 地銀の模範であるかのように評価したのは森長官。思わぬところで足をすくわれたように見えなくもないが、数字だけ見て判断してはいけないという当たり前の結論に至る。河童の川流れ猿も木から落ちる上手の手から水が漏る、だなぁ。

目には目を歯には歯を?

 いい案を思いついたので試してみた。怖い夜の対策である。いつものコンフォートホテル広島大手町。広電を見下ろす部屋で、寝る前に私がやったこと。

・生まれ年のご本尊とご浄塩を置く

・室内で塩を撒く

・ドリエルを飲んで途中覚醒してもすぐ寝入るようにする

・テレビをつけっぱなしにする。音は大きめ

・ラジオでNHKラジオ深夜便をつけっぱなしにする。これまた音は大きめ

・広電に面した窓を開けて外の音を取り込む

 こうすることで部屋の中は雑多な音が飛び交い、ひとことで言えば大変やかましい。

 大変やかましいということは万一変な音が鳴っても聞き取りにくくなる。万一ラップ音が鳴っても、私の耳に届かなければ怖くない。そう、私が聞かなければなーんも怖くないのである。目には目を歯には歯をラップ音には騒音を。

 一夜明けて。

 やかましくて睡眠が浅かった(涙)。でも怖くなかった。これでよしとしよう。

バスの止め方

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 高速バスに乗る機会があって座席が空いていればこの席に座る。見通しがいいからではない。運転手に万一のことが起きたらハンドルを握るためだ。

 したがって、私の目はいつも運転手に注がれる。寝ていないか、突然苦しみ出したり意識を失ったり突っ伏したりしないか見ているのである。マスクをしていると気になる。私がマスクをすると温かい空気に包まれて眠気を催すからだ。

 さて。ここで私は重大なモンダイに直面した。バスの止め方が分からん。

 運転手がガックリとなったら、私はどう動けばいいのか。まず運転手を座席から引き出す? その前にハンドルを握る? キーを抜く? オートマ車しか運転していないからクラッチのペダルがどれだか分からんぞ。そもそもバスの乗客はこういう心配をしないのだろうか?

 自動運転ができるようになるまでは気が抜けないのは私だけ?

安倍さんから学ぶノウハウ

 柳瀬元首相秘書官に関する報道を見て、安倍さんはうまいなぁと思った。

 安倍さんは自分の別荘に加計孝太郎・加計学園理事長らを招いてバーベキューをしたりゴルフをしたりして、そこに柳瀬さんら秘書官を同行させた。そこまで見せたら鈍感な私でも分かるわな。総理にとって加計さんは特別に大切な人なんだなと。どこまでも阿呆な私でも、さすがに加計さんには忖度するだろうなぁ。

 何も言わなくてもいいのである。仲の良さをさりげなく見せつければ、あとは勝手に下男が忖度するのだから。この方法なら私にもできそうだ。

 例えばワタシが別荘に国仲涼子ちゃんを招いて一緒にバーベキューをして、ゴルフはしないので一緒にランニングをして見せれば、下男が勝手に忖度するわいな。国仲涼子ちゃんを大切にせんとあかんのやな、と。

 あ、別荘が必要か。

なぜカタカナで?

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 順番待ちの名前を書く紙、なぜカタカナで書かなければならないのか。変な習慣がはびこっている。

 カタカナよりひらがなのほうが読みやすいし、カタカナで書かなければならない理由が分からない。おそらく深い意味はない。

 というわけで、私は必ずひらがなで書く。


 

確かにセクハラ罪という罪はない(笑い)

 罪刑法定主義だから麻生太郎財務相が言う「セクハラ罪という罪はない」は正しい。麻生さんを見ていて思い出したのがわれらが本多勝一さんである。朝日新聞編集委員として大活躍したついでに『殺す側の論理』とか『殺される側の論理』とか、いろんな本を書きまくった。

 その本多さんのお膝元『週刊金曜日』編集部でセクハラ騒ぎが起きた際、激しく責任追及するテンテキの私をにらみながら彼はこんなことを言った。

「アメリカでは女性に『きれいですね』と言ってもセクハラになるんだそうだ」

 麻生さんは1940年生まれ。本多さんは1931年生まれ。赤線の経験者かな。セクハラや女性に対する考え方や姿勢に関して、生まれ年や赤線体験などが影響している可能性があるのではないか。車は急に止まれないし、考え方は急に変えられんのよたぶん一部の人は。

 だからといってセクハラへの考え方が許容範囲と言うつもりはない。ましてや『殺される側の論理』なんてええかっこしいの本を出してしまった本多さんが被害者の立場に立たないなんて、そりゃ論理も倫理もクソもウンコも屁もないがな。

 私は麻生さんの口の歪みが前々から気になる。左右非対称の口はうそをついているのだと何かの本で読んだことがある。ストレス説もある。ふだんの麻生さんの口の形も歪んでいるとしたら老化なのだろうが。

 今月の課題図書『ジャーナリストの生理学』(講談社学術文庫)を訳した鹿島茂さん、テレビで見ると口がかなり不均衡である。あれはテレビ出演の緊張が原因かなと好意的に捉えてしまう私である。

「人は変わらない。でも自分を変えることはできる」か?

 自己啓発というより自己軽薄というほうがいいのではないかと思うことがある。一見真っ当に見えて普遍性がない自己軽薄文は、その真理性の当否を検討する頭の体操の材料としては使うことができる。

 例えば「人は変わらない。でも自分を変えることはできる」。そもそも、これは真理なのかと考えてみるまでもなく、疑問が後から後から浮かぶ。

 例えば子育ての場で同じことを親が思ったら、それは子育て放棄になるがな。学校教育の現場で教師が同じことを思ったら、そんな教師いらん。恋愛中のカップルが同じことを思ったら、こころの相互乗り入れができん関係は終わりが見えとる。治療を嫌がる患者に医者が同じことを思ったら治療せんことになるがな。

 という具合に、一見さも正しそうな自己啓発文が文脈によってはムチャクチャで無責任な軽薄文に変わる。

 うろ覚えだが、確か国やチッソを相手に闘ってきた水俣病の患者さんたちは「人は変わらない。でも自分を変えることはできる」と語ったはずで、この文脈には重大な決意が含まれる。この文脈で語られた「人は変わらない。でも自分を変えることはできる」は自己啓発書にそぐわない。

 自己軽薄文の軽さの原因は文脈を無視したところにある。文脈を付け加えて限定して用いるなら自己軽薄文から自己啓発文になり得るかな。

伊藤和夫『ルールとパターンの英文解釈』

 駿台予備学校の黄金時代、講師陣はほれぼれする授業をしてみせた。私は浪人する機会がなく(その代わり2年も留年したが)、夏期講習や冬期講習などでお世話になり、藤田修一師や関谷浩師、伊藤和夫師、高橋善昭師、桑原岩雄師と名講義の泉に溺れた。

 中でも伊藤和夫師は、英語が文系にも理系にも必要なので生徒数が多く、影響を受けた人もまた多いだろう。その伊藤和夫師の新刊が『ルールとパターンの英文解釈』である。復活本のようだが、これは『英文解釈教室』に並ぶ名著である。

 もともと旺文社の大学受験ラジオ講座で伊藤和夫師が読み上げた原稿だから、そのまま活字にできたはずで、活字を読むと伊藤和夫師の声が聞こえてくる。教えるうまさが抜群なのは言うまでもなく、東大哲学らしいシニカルさも大きな魅力だった。

 駿台文庫から『ビジュアル英文解釈』が出ているけれど、どちらかとなるとこっちがいいんじゃないか。歴史に残る名著である。

智恵子の部屋に入る

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 智恵子が没したのは光太郎が55歳のころで、ということは今の私の年代か。ああ、道理で、だからか、最近読み直した『智恵子抄』がやけにしみじみ伝わってきたのは。

 この詩集を私に教えてくれたのは高校時代につき合ったりんごちゃんで、おそらく彼女は光太郎の愛の深さにこころ動かされたのだろう。私もそんなものだろうと読み直すまでは思い込んでいた。しかし、違う。

 智恵子が智恵子でなくなってからも、光太郎だけを見た。ゼームス坂にいても智恵子には光太郎しか見えていなかった。その邪気のない振る舞いに光太郎が抱えたであろう思いの交錯を私は想像できるような気がするなぁ。

 智恵子を光太郎がどれほど愛おしく思ったことか。この詩集は光太郎の智恵子への愛ではなく、智恵子の光太郎への愛が記されていることにわたしゃ55歳近くになってようやく気づいた。敗戦後に光太郎が今の花巻で粗末な暮らしをしたのは戦争賛美の反省だけではないんじゃないか。

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 というわけで、智恵子の生家である。年に2回ほんの数日だけ開放する。解放日は年間10日もない。大勢が連日入ると家屋の傷みが激しくなる心配があるからだ。2階にあった智恵子の部屋に入ることもできる。上の写真の手前と右奥が智恵子の部屋だったらしいが、左奥は家族の部屋だったので、手前の部屋は通り道だった可能性があり、ということは右奥の部屋が智恵子の部屋と言えるのではないか。ここには光太郎が来たことがあるそうな。1階の説明板には「智恵子」ではなく「智恵子さん」。地元ならではの親しみが「さん」に込められている。

「男に愛されてナンボ」という眠くなるような姿勢ではなく「男を愛してナンボ」と思っていたに違いない智恵子さんは年月を超えて素敵な女性である。

スヌーピーの露出度アップの影に

 もう死んだと思ってたスヌーピー、あちらこちらで露出が増えている。怪しいな。

 生命保険会社のマスコットになっているのはメットライフ生命と第一生命だったか、聞いた話では両者が使うスヌーピーのどこかの部分に違いがあるそうな。数カ月前にはスヌーピーの絵の展覧会があったようだし、紳士服のアオキが「スヌーピーレジ袋ストッカー」プレゼントを今やっている。

 スヌーピーの露出度アップにカネを出しているのはどこだ? 何の根拠もないただの推測でしかないが、保険会社なら出しそうだなぁ。そういえばメットライフ生命はスヌーピーの飛行船を飛ばしていたが、世間では話題にさえならなかった。

 日本でディズニーの動物を超えるのは難しいだろう。なお私はプルートーが好きである。あの駄目さ加減に私は親近感を抱く。

おっさんよく聞ーけよ♪

 平塚駅前のコメダ珈琲で本を読んでいたら隣の席で恋バナが始まった。ちらっと見ると20代前半の娘さん3人組。

 彼女たちの発言を列記しておく。特におっさんはよく読むように。

「おっさん、若い子に来る。40代(の女性)がいるのに(そこには)行かない。で、自分の話だけする」

「マッチングアプリでいいねしてくるの50、60のシワシワのおっさん」

「質感的に42(歳)は筋肉なくなってくる。タルンとなってくる。スポーツしてないとね」

 ここで私が立ち上がって「ワシはランニングやっとるで。タルンとなってないで。どや」と胸を張っていたら、この平塚市で50年は語り継がれただろうなぁ。

 その勇気がワシにはなかった。無意味な恥じらいを捨てるのがワシの課題やな。

米軍機の超低空飛行映像で

 日米地位協定で米軍機の飛行高度は人口密集地300メートル、それ以外は150メートルと定められているという。ところが岩手県一戸町に立つ風力発電所の支柱(高さ78メートル)の辺りを飛んでいるように見える映像があると4月27日付『毎日新聞』(東京本社版)朝刊が第2社会面で報じた。

 さっそく見てみた。記者が気づいて問題視したのは見事だが、5月2日夜の時点でも映像は削除されていない。批判されても屁でもないのだろうなぁ。

 F16戦闘機のコックピットから見る光景は普通見ることがないだけにとっても興味深いし、操縦うまいなぁと思ってしまうし、無機質な高い音だけが聞こえるので静かだなぁと思い込んでしまうのだが、地上では爆音が響いているはずだし墜落の心配をする人もいるはずだ。

 地上の民間人の視点がないことにこの映像を見た人のどれだけが気づいたか。こんなふうに思うのは沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会事務局で牧港篤三さん(『鉄の暴風』の筆者であり、元沖縄タイムス社相談役)に記録映画『沖縄戦・未来への証言』を「戦場の映像は沖縄の人の視点ではないですからね」とかつて言われたことが頭に残っているからだろう。

 岩手上空の米軍機映像を見ながら沖縄の空を思い出してしまった。そういえばかつて家庭教師をした沖縄市の女の子のひとりは「空がゴロゴロ言うのは空の音だと思ってた」と言っていた。戦闘機の爆音は今や完全に沖縄の「空の音」になってしまっている。

ユーチューブで儲けるとかフェイスブックで儲けるとか

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 15分の作業で最低月収50万円と言われて信じる人は頭の何かが緩いということではないか。儲けるためのマニュアルを5000〜1万7000円で売ったり、10万〜130万円の有料コースに勧誘したりした会社が消費者庁によって名前を公表された。

 ユーチューブで稼ぐとかフェイスブックの裏技とかメルマガでお金持ちとか、ネットに転がっているそういう類のほとんどが詐欺に近い。稼ぐことができるのは胴元だけで、張った……じゃなかった買った人はカモ。

 以前も書いたが、そういう宣伝サイトで「私も成功しました」としゃべっているのはサクラだと見る方がいい。サクラ映像を撮っていた友人の証言である。

 ネットでは楽に金儲けしたい人が狙われてカモにされる。ネットの世界をよく知らないからか、ネットの可能性を過大評価しているからか、私にはどうでもいいのだが、常識と真っ当な判断力がある大半の人は騙されないのにお金を払ってしまった人はどこかに落とした頭のネジを探すべきだろう。でないとまた騙されまっせ。

私のセクハラ報道の反省を込めて拝復ノマド様

 ノマドという人からコメントが寄せられた。これね → ノマドさんから寄せられたコメント

 すでにほんの少し触れたが、上記の要請を受けたので書いておく。

 財務事務次官セクハラ報道を読んで、「何も変わってないのか」と少し衝撃を受けた。女性への敬意のない自分勝手な接し方、女性が拒否しているのにそれを誠実に受け止めない無神経さ、情報を持つ側が情報を欲しがる側に迫るという地位の乱用など、『サンデー毎日』が報じたときと同じである。

 全く同じ構図だから、次の展開を想像した。すなわち被害者探しと被害者が分かったあと取材攻勢を受けるだろうことと被害者であるにもかかわらず被害者探しの過程で精神的ダメージを受けるであろうこと、周囲が無責任にいろいろな感想を述べてそれがまた被害者を苦しめるであろうこと、である。

 私はあなたを守ると誓って取材したにもかかわらず、当時の私は上記のような展開を全く予想しておらず、『新潮45』で少し書いたけれど、『サンデー毎日』の報道が結果的に証言者を追い詰め、傷つけ、苦しめてしまった。というわけで私の口は重くなってしまうのだが、苦しめた責任があるのは今も自覚している。

 話を戻す。

 被害者として名乗り出たテレビ朝日の女性記者の今後を私は心配する。周囲は従来通り普通に接するべきなのだが、それができる組織かどうか。腫れ物に触るようであってはならない。むしろ「よくやった」と守るべきである。取材音声データを他社に持ち込んだことが一部で批判されているけれど、批判されるべきはテレビ朝日の風土であり、彼女ではない。

 自社で報じることができないことがたまにある。それを他社で報じてもらうのは記者として正当な行動であり、今回のように公共性の高い告発はなおさらである。記者は属する社に奴隷のような忠誠心を捧げる必要はない。報じてナンボの仕事が記者なのだから。そういう意味ではテレビ朝日はめったにない特ダネを逃したことになる。

 社会的に注目を集める報道は記者にとっても醍醐味である。しかし当事者たちは大きな波をかぶり、今回の場合のような事案では離れ離れになる可能性が大きくなる。大きな波が温かい波であればまだしも、冷たい波も襲ってくる。被害者の女性記者もその上司も、報じた『週刊新潮』の担当者も、できることなら一丸となって踏ん張ってほしい。

 反省を込めて私が言えるのは以上である。

新聞で紹介されたコーヒー屋に行ってみたら

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 連休初日、桑田佳祐のライブDVD「がらくた」を自宅で見ながら歌い踊るのに飽き、コーヒー屋を目指すことにした。きのう4月27日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)コラム「憂楽帳」で紹介された中瀬珈琲店である。

 記事によると、あるじは大学院で環境科学を学び、大手出版社で記事を書く社会派のフリーライターだった。徹夜で記事を書いていたという話は共感を覚える。それが自家焙煎の店を始めて5年というからますます興味深い。JR平塚駅から歩いて15分ほどというので、散歩がてら行ってみたのである。

 店はすぐに見つけた。ところが……。閉まっとるがな。

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 きのうの夕刊に載ったのだからせめて今日くらい私なら店を開けるけどなー。というわけで、私は曜日を変えてまた来るのだろうか。

これがセクハラ?

 うーん。これ、セクハラか。ちょっと微妙な線ではないか。

 厚生労働省の局長が特定の女性職員にメールを複数回送って食事に誘うなどしていたとして戒告処分を受けたという。28日付『朝日新聞』朝刊(東京本社版)社会面の小さな記事だが、局長は実名を載せられている。

 局長が妻子持ちだとしても、特定の女性職員を食事に誘ってもいいではないか。そりゃ好意を持っているから誘うんでしょ。誘う自由を奪ってはならない。そんなことまでセクハラに認定するとは世知辛い。私など数え切れないくらいセクハラで糾弾されることになってしまう。

 ただし、である。局長の誘いのたびにその特定の女性職員が明確に拒絶していたとしたら話は違う。そこが注目点なのに記事で触れていないのはどういうことだ。私は2回断られたら終わりにする。健忘症ではあるものの私の誘いを断るような阿呆な女性は過去に一人もいなかった。


 

 

 

南北朝鮮会談雑カン

 コワモテを旨とするヤクザのやり口と同じではないか。兄を殺し、おじを殺し、ほかにも大勢を殺して恐怖政治をしている金正恩が突然ニコニコしたら、「いいやつだ」って。見た目を変えるだけでそんなに簡単に金正恩の残虐行為を忘れ、評価を一転させることができるのか? 

 走り回るカメラマンが2人いた。1人は北朝鮮のカメラマン。もう1人は韓国か? 些末なことではあるが、私はカメラのメーカーが気になった。よくよく見ると2人が使っていたカメラはいずれもキヤノンだった。ニコン派の私には残念なことである。おそらくニコンの関係者も私と同じように「あー」とため息を漏らしたに違いない。NASAが5台だか6台だか注文したニコンのD5を北朝鮮カメラマンが持っていたら多少は評価してやったのに。

 ってワシも見た目で判断しよるがな。

高次脳機能障害に関する基礎を学ぶことができる

 ひとごとではないので知っておくほうがいい。高次脳機能障害である。ひとくちに「高次脳機能障害」と言っても脳梗塞などに起因する場合と事故で頭部外傷を負った場合がある。後者の患者さんを大勢診ている医師が懇切丁寧に解説してくださったので、広く読んでいただきたい。

 誤診の可能性についてのぶしつけな質問に対して、岡本隆嗣先生は誠実にご回答くださるなど、器の大きさとお人柄がにじみ出た。家族会から全幅の信頼を得ている理由がよく分かった。岡本先生の説明は素人の私にもよく分かり、論理だった話はそのまま文字起こしすれば済んだ。このような経験は初めてである。

 連休で車に乗る機会が増えるだろう。もし交通事故に遭って、退院後に「人がまるで変わってしまった」という場合、高次脳機能障害を疑わなければならない。
 
 事故による頭部外傷の高次脳機能障害の基本



実に便利な本の横断検索サイトがある

 本を一括検索するサイトである。今まで個別に紀伊国屋書店やジュンク堂丸善やアマゾンやスーパー源氏で検索していたが、このサイトならまとめて検索できる。

 このサイトを私はつくることなどできないが、キーワードを入れておけばネットを巡回して集めてくるサイトだかソフトだかがずいぶん前にあったから、そう難しい理屈ではあるまい。今までなかったのが不思議というべきか。

 書籍横断検索システムである。さっそく「車谷長吉」で検索している。このサイトの存在を教えてくれたのは『家電批評』5月号である。『モノクロ』と同じ出版社が出している。役立つ雑誌である。

脳みそはすぐに慣れるはずだから『朝日』の記事は浅い

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 ギモンが残る記事だった。4月21日付朝日新聞(東京本社版)経済面で取り上げた職場環境の変改に関する記事である。見出しに「自由席」とあるのに写真説明で「フリーアドレスのオフィス」。「座席自由の職場」でいいでしょ。

 ログハウス風の打ち合わせ場所を設けたり社員食堂に寿司カウンターを作ったりした会社も紹介されている。場所が変わると刺激を受けるという感覚は非常によく分かる。最初のうちは脳みそに刺激を与えられるだろうが、慣れてしまえば刺激も何もあるまい。

 こういう記事を書くのなら脳科学者の論評がほしい。魅力的なオフィスの必要性を説くセガサミー広報だが、「魅力」は人によって異なるでしょ。

 どうも取材が安易で浅い。事象の上っ面を並べただけ。これほど中身のない記事を朝日の経済部記者が2人がかりで書いたとは信じがたい。

 職場のレイアウトを変えてもすぐに人は慣れてしまう。ワクワクで始まる結婚生活が時間の経過とともに色あせてゆくのと同じである。これに限って言えば改善する方法は1つだけある。人が変わればまたワクワクするでよ。例がよくないか。

『新潮45』5月号なら

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 好きな小説家を挙げると大勢出てくるので、最近は「野坂昭如と車谷長吉」と絞ることにしている。どちらも一筋縄で行かない、魂の闇を抱えてうめき続けた小説家で、そういう小説家に魅了されるのは私が無邪気だからだろう。

『新潮45』5月号を買って真っ先に読んだのは高橋順子さんの「いないけど、いる人」である。夫・車谷長吉さんを語った。<この人は結婚前は猫をかぶっていて、紳士的でしたが、結婚後は正体を現し、悪口三昧>と書くことができる配偶者を得た車谷長吉さんはしあわせだったに違いない。

 ふと思いついて『赤目四十八瀧心中未遂』の最初を読んでみた。いきなり不穏当な世界に引きずり込まれる。『盬壺の匙』の書き出しは<今年の夏は、私は七年ぶりに狂人の父に逢いに行った>で、やはり不穏当な空気に包まれる。薄暗い雲が頭上に広がって陽光が遮られてゆくような、胸騒ぎが収まらないような。

 そこがいいんだろうなぁ。でもって、そういう小説家だから高橋順子さんに惹かれたのだろうなぁ。

東海道新幹線の乗り方

 広島を往復する片道4時間は私にとって貴重な読書時間なので必死のパッチで本を数冊並行して読むのだが、私は極楽とんぼなのかもしれない。京都大名誉教授で防災研究者の河田恵昭さんは「毎回、死ぬのを覚悟で」東海道新幹線に乗っているそうな。『愚者が訊く その2』(倉本聰・双葉社)でそう語っていると4月22日付『毎日新聞』書評面が取り上げた。

 南海トラフ巨大地震で突き上げられたら新幹線は宙を舞い、クシャクシャと絡まって、建物か大地に激突するだろうという想像は毎回しているが、覚悟というほどのこころの持ちようは私にはなかった。シートベルトをしても意味がないし。

 専門家だからこそ南海トラフ巨大地震の深刻さを知っているのだろう。知らぬが仏ということだな。


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