同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

富士山が噴火したらすぐ逃げる

IMG_3487

 富士山が噴火したらどうなるか、どう動くか、という想定はしてあった。あらためて、想定通りでいいと確信した。

 風向きにもよるのだが、神奈川と東京を中心に首都圏が麻痺する。電車が動けなくなり、車も動けなくなり、停電し、携帯が通じなくなり、スーパーやコンビニから飲食物がすべて消え、飲食物は入荷せず、人はその場でにっちもさっちもいかなくなる、という状態が富士山噴火数時間以内に起きるのだ。

 恐らく自衛隊が災害派遣される。しかし、自宅にこもって助けを待っていいとは思わない。自衛隊の到着には時間がかかるし、運ばれ来た飲食物を受け取るまでに長い時間がかからないわけがない。この間にも家やマンションのすき間などから火山灰が入ってくる。

 というわけで、富士山が噴火したと知ったら一目散に電車に乗って北を目指す。家族や大事な人を待っている場合ではない。富士山噴火てんでんこ。電車が止まるまでにどこまで離れることができるか、だ。

 いつ噴火してもおかしくないので、最低限必要なものはふだん肌身離さないのが正しい。身分を示す免許証とお金やカード類か。


  

3週間だけ非常事態宣言を

IMG_3494
 2泊3日で小田原と広島を新幹線で往復した。今までなら座席が8割〜10割埋まっていたのに、先月はがくんと減り、今月は行きも帰りも1車両に数人しか乗っていなかった。グリーンも一般も。

 いつもは観光に来た外国人らでごった返すJR広島駅の通路はがらがら(上の写真。今日の14時前に撮影)。

 広島市内の飲食店の中には大きな打撃を受けているところがあったし、2軒のコーヒー屋は「店に入らずコーヒー豆を買って帰るお客さんが増えた」と口をそろえた。繁華街に住む女性によると「本通りを歩く人に高齢者がいなくなった」。

 今日の午前中に原爆ドーム近くの飲食店で聞くと「きのうから外国人のお客さんが完全に消えた」そうだ。

 新型コロナウイルスの感染者がまだほとんどいない広島でこのありさまである。地方都市からつぶれていくのではないか。

 重篤な肺炎患者を収容する医療機関の病床数は限られているし、ウイルス性疾患の患者を収容する減圧病室を見学させてくれた大病院でも数室しかなかったはず。志村けんのようにあれよあれよという間もなく悪化する患者さんがいるから油断はできない。医療崩壊秒読みでしょ。

 手をこまぬいているあいだに感染者が右肩上がりに増えていくのは誰でも分かる。そうこうしているあいだに倒産する会社がまた出る。そもそも先週末に宣言を出しておくべきだった。

 インフルエンザと比べることに今は意味がない。経済の悪化を食い止めるためには感染者を減らすしかないのだから。

 というわけで判断力と決断力に劣る安倍ちゃんの代わりに不肖ワタクシが非常事態宣言を発する。全国民これから3週間自宅待機。会社は例外を除いて休業。外出は1日に20分以内。警察と消防、自衛隊、そのほか公的機関、医療機関、葬儀屋、焼き場は通常通り。スーパーとコンビニは防護服を着て営業する。銀行は24時間態勢で中小零細企業の資金繰りにその場で応じる。中小零細企業は取引銀行に行って必要な金額を無利子で借りてよし。

 こうして感染拡大を抑えて、黄金週間の前に解除する。黄金週間にはどかーんと弾けよう。お金を使おう。観光地に行け。飲食店にも行け。ただしコロナ騒動が落ち着くまで外国人は原則として入国させない。鎖国状態を続ける。だから日本人が日本人のためにお金を使う。

 原資は防衛関連の商品。トランプに約束したものを全部キャンセルして、その金を日本国民にばらまく。

 ほかにもこまごましたことがあるけれど、あとは司司が判断する。以上ッ。 

コロナ対策で誰も話題にしないけれど(笑い)

 新型コロナウイルス対策で小中高校や大学が卒業式や入学式をやめたり延期したり始業を遅らせたりする中で、しずかーに普通に営業している教育機関がある。大勢の若者がぎゅうぎゅうになって毎日何時間も座るのはどこか? みんな忘れているのだろうか?

 答えは予備校。駿台と河合塾、代ゼミのサイトを見たけれど、普通にやっている(笑い)。数百人収容の教室に浪人生がぎっしり詰まるし、おしゃべりをするなと命じても難しいだろう(特に代ゼミね)。これから何度も実施される模擬試験も似たような環境である。密度は大変高い。

 首都圏の彼らは満員電車に揺られて校舎に着く。感染拡大の巣になる可能性は十分ある。

 どうする? 


 

戦々恐々の医療機関

 東京都内の某クリニックは「熱が下がらない」などと訴える患者さんが駆け込んでくる。そういう場合は自宅で様子見をと言われているが、患者の立場になれば不安だし、頓服くらいは欲しいと思うのが人情だから、止められない。

 大勢の新型コロナウイルスの感染者を出した病院と連携している某クリニックは患者さんが両方に通院していたりするので、医療従事者は「ここで感染者が出るのは時間の問題」と諦めつつある。

 医療崩壊は避けられない。ツケは私たちに来る。

 常識で考えて感染者が減るわけがなく、このまま右肩上がりで増えていくのは止められまい。外出の自粛を求められても、朝の満員電車を見ると「自粛? 意味ないじゃーん」と嗤わざるを得ない。



 

 

 

尊敬するのは志村けん

IMG_3485
 私は「あーっ!」と声が出た。都内のクリニックでは患者さんたちから悲鳴が上がったという。志村けん死去の速報である。主演映画を辞退したときからこの日が来るかもしれないとは思っていたが。

 かつて毎日新聞社に入社したとき社報に寄せた自己紹介で《尊敬するのは志村けん》と書いたのは、お笑いを追究する姿に職人の凄みを感じたからだ。

 いくら酒が好きとはいえ、病気をしたあとも夜通し飲んでいたという。お笑い芸人が謹厳実直な生活をするようではおしまいだと思っていたのではないか。芸人道とでもいうべき「道」を歩いていたのが志村けんだった。

 関西の人間にとって笑いが取れる人は人気者である。人を笑うのではなく自分を笑わせるのは自分に自信があるからできることだ。

 お笑いの先頭を走った志村けんが流行中の新型コロナウイルスに倒れ、最後までトップランナーであることを示した。合掌。

 と書いても坊主姿の志村けんのギャグを思い出す。志村なら重々しい顔をして「合掌」と手を合わせたあと合唱するんだろうな。カラスの勝手でしょーと。

 

 

浅草の銀座ブラジルはうまかった

IMG_3436

 新型コロナウイルスの感染不安で人出が減り始めたころ、東京・浅草を2週続けて散策した。神奈川に30年近く住んでいるけれど根が田舎者なので、トーキョーは未だに「花の都」の観光地に映る。

 下調べをして訪ねたのが銀座ブラジルだ。ここの元祖ロースカツサンドと元祖チキンフライバスケットを食べるために。元祖と名乗っているのだから食べてみたくなるではないか。

 私は食べ物についての表現力がない。「うまい」「おいしい」「まずい」「クソまずい」「舌に合う」「舌に合わない」くらいしか出てこない。情けない。

IMG_3437


 なので、この味をどうにも表現することができない。ただ、私が言えるとすると2週続けて食べに行ったということだ。

 店のおばちゃんたちに言わせると「いつもは1時間待ち」だそうで、それが今なら全く待たずに食べることができる。いや、「全く待たずに」と書いたが、注文してから肉を切るのがこの店の流儀である。できあがるのに時間がかかるのはそういうわけだ。20分だったか30分だったか。

 銀座ブラジルでコーヒーだけ飲む人はもったいないことをしている。



NHKラジオの配信を見つけたのは石牟礼道子さんの加勢?

IMG_3476
 自己啓発書によく出てくる「引き寄せの法則」などを私は全く信じない。単なる確率の話だからだ。しかし、何かいいタイミングを感じることがある。今回のいいタイミングの出来事を石牟礼道子さんの加勢だと受け止める。

 上下2段組で700ページを超える河出書房新社の世界文学全集『苦海浄土』を読破するための加勢がさらに必要だと思い、アマゾンで注文した文藝別冊の『追悼 石牟礼道子』が届いた。

 そういえば何年か前にNHKで石牟礼道子さんを特集する番組をいくつか見たなぁと思って「NHK+石牟礼道子」で検索してみたところ、NHKラジオのアーカイブスで、「声でつづる昭和人物史」というページが引っかかった。開けてみると、「自作を語る 苦海浄土」の第1回と第2回だ。石牟礼道子さんのインタビュー音声が30分ずつ。第1回の配信は3月31日15時終了と記されている。あと数日。絶妙の時宜と言うほかない。石牟礼道子さんから「頑張って読みなさい」と背中を押されていると受け止めた。

 世界文学全集の『苦海浄土』には水俣病3部作(苦海浄土、神々の村、天の魚)すべてが収められていて、もうすぐ第1部の『苦海浄土』を読み終える。いつの間にか200ページほど読み進んでいたわけだが、まだ500ページ以上残っている。先は長い。

サイフォン式コーヒー苦行9回目

IMG_3469

 下のフラスコからお湯がロートに十分上がりきる前に落ちるのはなぜなのか。ひとつひとつつぶしていくしかない。

 “容疑者”として今回睨んだのはロートの底に取り付けるフィルターである。フィルターが浮くかすき間ができるかしているのではないかというウタガイである。

 フィルターは使い終わると毎回分解して掃除をする。部品は3つに分かれ、中でもクサイのはゴムだ。なぜならゴムだけは上と下が異なり、どっちがどっちだか分からないのである。分解する前にゴムの上下がどうなっていたか全く記憶にないのがいかにも大ざっぱな私らしい。

IMG_3470


 この上と下を今回は逆にしてみた。具体的に言えば「MADE IN JAPAN」の文字がある側(表面がツルツル)を上にするわけだ。普通これは隠れる側にあるものなので、下にしてきたのだが。

 アルコールランプの火は前回と同じ強めで、一気に熱する。ボコボコボコとフラスコから上がっていったお湯はロートでコーヒー粉と混じる。おそるおそる攪拌する。今まではここで下に落ちだす。

 お、お、落ちない。おお。落ちない。おおお。ニュートンに勝った。

 しかし課題がまだ残った。フラスコのお湯が最後までロートに上がりきらないのである。アルコールランプの火がまだ不十分なのか。もう1つはロートに残ったコーヒー粉が小山の形をしていない。べちゃっと平ら。それでも今日も3杯飲む。負けるもんか、サイフォンに。わし、サイフォンと闘っとんかいな。

いろいろな意味でのNHKのスクープ映像(笑い)

IMG_3465

 東京を歩くと8割くらいの人がマスクを着けている感じがする。霞が関もマスク必須なのだろうか。このギモンを解決する映像が流れた。

 内閣官房に設置された新型コロナウイルス感染症対策本部の様子を報じたNHKの19時のニュースである。安倍さん以下の国務大臣が卓を囲み、壁際には官僚がずらりと座る光景だ。さっと見た限りだが、だーれもマスクを着けていない。着けなくていいんだな。賢明だと思う。

 と思ったら、1人いた。マスクを着けている人が1人だけいた。誰だ?

IMG_3466


 おお。われらが平塚選出の防衛大臣河野太郎さん(地元では太郎ちゃんと呼ばれている)ではないか。何というか、太郎ちゃんらしい。賢明ではないという意味ではない。ただ、らしいなぁと。洋平さんのことを思うと、そうする気持ちはよく分かる。



サイフォン式コーヒー苦行8回目

IMG_3456

 というわけで、今日もサイフォン式コーヒーに挑戦した。今回はアルコールランプの火の勢いを強くした。火に慣れてきたのかもしれない。

 ゴボゴボッとフラスコのお湯がロートに上がり、3分の2くらい上がったところで攪拌したらたちまち下に。

 アルコールランプの強い火が押し上げようと奮闘したものの、いったん落ちだしたら引力の法則には逆らえないということか、もうおしまい。

 上手にできると、ロートにコーヒー粉が山のような形で残る。私の場合真っ平(まったい)ら。べちゃっと真っ平(まったい)ら。こんなコーヒー真っ平(まっぴら)だぁ。

 思えば喫茶店のロートもフラスコも小ぶりである。2杯で目一杯の容量だ。一方私が買ったのは5人分だか6人分だかの容量である。分量が多いから落ちてくるのか? 

 次回は攪拌を工夫してみるか、フィルターを工夫してみるか。まるで理科の実験だなこれは。どこまで続くぬかるみぞ(作詞・関東軍)。私の人生と同じだな。


 

サイフォン式コーヒー修行7回目

IMG_3453
 自分でつくるサイフォン式コーヒーの味に納得できない。どうすればいいのか。ユーチューブなど世に出回っている説明では肝心要のことを語っていない。だから私は失敗し続け、失敗作のまずいコーヒーをやむなくしょぼしょぼ飲んでいる。

 ひらめいた。サイフォンでコーヒーを出している店でよく見てみよう。確か東京・高田馬場の喫茶店(店名失念。なに、よくあることだ)がサイフォン式コーヒーだ。というわけでさっそく店のカウンターに座る。

 目の前で何回もサイフォン式コーヒーがつくられ、見入った。アルコールランプを金属製の風よけで覆っているので肝心のところを見ることができない。仕方なく背伸びしてカウンター越しに風よけの裏側から見ようとした。不審者だが、顔見知り程度にはなっているので咎められることはないだろう。

 分かったことがいくつかあった。1つはこの喫茶店が独自のつくりかたをしていることだった。つくる過程で何度か「え? そんなことしてええの?」と驚いた。もう1つ分かったのは火力の強さだ。アルコールランプの火でお湯を沸かしているのだが、沸騰して上の器に上がるのが早い。周囲に燃え移りそうな素材が何もないから火を強くできるのだろう。

 というわけで、自宅で7回目のサイフォン式コーヒーである。火力が強いほうがいいと分かっているのだが、自宅の扉や床は木だし、大地震が来たらと想像すると、思い切ることができない。この結果なのかどうか、ロート(上の容器)にお湯が上がってきたので、3分の2くらい上がってきたところでへらで攪拌した瞬間なぜかフラスコに落ちはじめた。止まらない。想定外だ。攪拌してなぜ落ちるのか。火力が強ければ下から押し上げるのだろうが、止まらない。私はそれを見つめることしかできない。

 何とも言えない味のコーヒーを3杯飲む。コーヒーのオイルが表面に浮いているのがかろうじての救いか。


 

ちぐはぐ(笑い)

IMG_3452

 東京・日本橋の雑居ビルで見かけた看板には、日本語で店の名前が記され、該当する店には「TAX FREE」と。

 日本人には「TAX FREE」は関係ない。関係があるのは外国人旅行者だろう。で、外国人旅行者が「TAX FREE」を読むことができても、店の名前は日本語だぞ。何の店なのか分からんわけで、それなのにひとつひとつ店を覗くだろうか。

 責任者出てこーい!(人生幸朗師匠ふうに)


 

サリン事件発生時の警視庁無線交信記録?


 警視庁が公開したのはサリン事件発生時の無線交信記録である。いや、この捌きや指示はすごいなと思って聞き入ったことがある。

 この記録のことを腕利き事件記者だった先輩に話したところ一蹴された。

「警視庁がありのまま出すと思ってんのか?」

 マジっすか。

 数々の逸話を持つ先輩なので、そう言われると、うーん。しかし臨場感は伝わってくる。


 

サイフォン試行錯誤

IMG_3427

 コーヒーをよりおいしく飲みたい。燃料用アルコールを某所で定価で手に入れたので、ハリオのサイフォン式コーヒーを試してみよう。3杯分準備した。ところが……。以下は1週間ほど毎日試した記録である。

 1回目……フラスコのお湯が沸くのにずいぶん時間がかかった。熱々だし、味は案外いい。

 2回目……フラスコの水をアルコールランプで熱してから1杯目を飲むまでの時間を計った。何と55分。ごごごごじゅうごふん! 

 1回目に比べて味がイマイチ。なぜだ?

 3回目……ネットでサイフォン式コーヒーの作り方を調べた。フラスコに水を入れるのではなく熱湯を入れると知った。時間は短縮できた。

 しかし、フラスコからロート(上の容器)に上げるお湯がまだフラスコにけっこう残っているのにロートからコーヒーがフラスコに落ちてくる。味は薄まり、イマイチ。

 4回目……今回もお湯がロートに上がりだしたのに、十分上がりきる前にフラスコにまた落ちだして止まらない。

 ロートで攪拌する間など全くなかった。当然味は薄い。カフェバッハで買ったコーヒー豆を無駄にしている。今まで通りのペーパーフィルターで飲むほうがはるかにうまい。捨てるのはもったいないので飲む。うー。

 5回目……ユーチューブにアップされているいろいろな映像を見た。お湯が上がりきる前に落ちてくる原因が分かった。さっそくアルコールランプの芯を引っ張り出して火力を強くしてみた。

 フラスコのお湯が沸騰して一気にロートに。ゴボゴボという激しい音。ロートの中は嵐。アルコールランプの火がフラスコをはみ出して伸び上がる。さすがに今回はロートからフラスコに落ちてこない。

 しかし、火が強すぎる。う。火事になるがな。攪拌が大事な要素だとユーチューブで仕入れた知識を使う間もなく火を消す。味はまずい(涙)。

 6回目……フィルターから伸びるチェーンをロートの細い管先に引っかけるのだが、正しい引っかけ方があることが分かった。こんな大事なことがハリオの説明書に書いてないし、ユーチューブで見たコーヒーメーカーなどのいくつもの映像でも語られていない。何たることだ。

 前回の反省からアルコールランプの芯を押し込み、火を心持ち弱める。アルコールランプは火事を招く恐れがあるので慎重にならざるを得ないのだが、前回よりは余裕を持って2回攪拌できた。いま大地震が来たらアルコールランプが床に落ちて大変なことになるなぁと想像する。

 ロートからフラスコにコーヒーが落ちた後なんとか少しは山ができていたので、大きな前進と言っていいだろう。6回つくったうちで味は1番目か2番目にいい。

 誰だよ、サイフォン式コーヒーは誰がつくっても失敗しないと言ったのは。

 試行錯誤は続く。

漱石『それから』は不倫小説ではない

IMG_3443

 夏目漱石の『それから』(岩波文庫)は何について書かれた小説か。この問いに端的に答えるのは私には難しい。

 この小説が書かれた1909(明治42)年の時代背景を前提に見る必要がある。姦通罪がある時代に全てを失う覚悟をして愛を貫こうとする生き方が縦線で、大地や海から食べ物を得てきた長い時代のあとにやってきた職業を持って働く時代に対する懐疑が横線で、家父長制下での父と息子の関係が斜め線で、という具合に当時の状況の上にいろいろな話が絡み合っている。

 駿台で藤田修一師から現代文を学んだ人なら、「君はさっきから、働らかない働らかないといって、大分僕を攻撃したが」(91ページ)で往年の名講義を懐かしく思い出すのではないか。



 私の読み解きでいけば小説の最後が最も興味深い。すなわち「職業を探して来る」と言って家を飛び出した代助の先に見えるのは、新聞社に籍を置いた平岡の背中なのである。まるで輪廻のような風景ではないか。最後の場面で漱石が言いたかったのは、人は代われど職業から逃れることはできないということではなかったか。現代に通じる話であるところがこの小説の味噌でもある。

 ところが、あろうことか『それから』を《まごう事なき不倫小説》と書いてしまった(3月15日付『毎日新聞』書評面「昨日読んだ文庫」)のが古幡さんという人だ。NPO法人本屋大賞実行委員会理事という肩書きを持っているが、失礼ながらこの古幡さんは小説を読めない人だと私は思う。本来ならデスクが「この読み方は浅薄すぎますよ」と原稿を差し戻すべきなのだが、それをせずに、あるいは疑問を感じなかったのか、荒っぽい原稿を垂れ流してしまった。古典を知っていれば《よくぞ教科書に載せたものだと思う》こともなかっただろう。

 漱石の研究者は大勢いる。これを読んだら絶句するわな。いや、毎日新聞書評面の“総監督”である池澤夏樹さんが読めばあまりの事態に新聞を手から落とすのではないか。

 小説はいろんな読み方をしていい。それだけに大変怖い。私のような浅はかな人間が「なんぼ何でもこの読み方は間違っている」と思うのだから、さらに私のこの文章を読んだ人が「なんぼ何でもこの読み方は間違っている」とあきれ返る可能性があり、そうなったら代助と平岡みたいだな。



 
 

自分で自分の首を絞める飲食店もあれば人出の多い店や場所もあり

IMG_3439

 あーびっくりした。この掲示を入り口に掲げているのは家電量販店や本屋ではないからだ。東京駅前・八重洲にある奄美・鹿児島・沖縄料理の店なのである。

 ほんまかいな。冗談ではないのだろうなぁ。

 店の中でどうやって食べるんだろう。マスクをしたままでは食えんで。だったらマスクいらんやんけ。

 まさかひとくち食べるたびにマスクをつけたり外したりさせるつもり? 

 新型コロナウイルスの感染で自粛の空気に包まれる週末の都内を見て回った限りだが、新宿と浅草の某所(両方飲食系)は若い女性が大勢集まっていた。特に新宿の某所は換気の悪い空間に200人くらいの若い女性が数時間にわたって群がっていた。濃密接触なんぼのもんじゃという勢いだ。

 何だこれは。廃業の危機に直面する飲食店ばかりではないのだ。知恵と工夫があればワンサカお客さんが寄ってくるのである。これ以上具体的には書かない。私が足で稼いだ情報やけんね。

 有楽町のビックカメラはけっこう人が来ていたし、交通会館にも大勢の人がいた。午前中こそいつもの5割程度かなと思えた浅草寺の参道は午後になると若者を中心に7割〜8割程度の人出になっていた。


 

 

医者はエリート???

IMG_3447

 東大の偏差値より地方の国公立大医学部の医学部の偏差値が高いというのは何か間違っている。私の大学時代、地方の国公立大医学部より東大京大などの偏差値が高かった。真っ当な時代だったと思う。

 いま医学部を目指す学生は、医者になって楽をしたいという志望動機が多いように見える。そういう連中に健康や命を預けたくない。

 私立大学を含めて医学部で人を育てるために莫大な税金が投入される。国民の支えと期待を託される仕事なのである。そういう点で医者は全員公務員であっていいと私はかねてから思ってきた。日本医師会が猛反発するだろうが、医療は公務に近い。従って医者は公務員でいい。いま自由診療で儲けている医者はその大半に課税していい。

 例えば年収800万円くらい。あるいは1000万円。これ以上は全部税金で持って行かれる仕組みでいい。首都圏在住者は公務員の官舎をあてがう程度の余禄を与えよう。

 そうなったとき、それでも医学部を目指す、医者を目指す、という人が必ず一定数いるはずで、そういう人に健康と命を預けたい。

『アエラ』3月2日号の特集は、「時給換算で100円くらいで働いている体感」や「24時間365日勤務、48時間連続勤務は当たり前です」「重労働」「嫌な思いをすることも多く、給料に見合っていない」などの医者の声が載っていて、こういう声がもっと広がるべきだな。

 何度か書いていることだが、米ドラマ『ER』の第1シーズン第1話は象徴的なテーマだった。すなわちグリーン先生がお金も時間もたっぷりの病院への転職をやめ、薄給で仕事に追われる病院に残る話である。

 そういう人が信頼を得るのは医者に限らない。


 

 

若者が語った3・11

IMG_3171

 赤ふん姿で「青年の主張」のようなことを大学生が叫んでいた。去年の早稲田祭である。面白いことをやっているなぁと思って立ち止まり、少し聞いていたのだが、そのとき学生の一人が叫んだ話は忘れられない。

 大震災で先生も友達も好きだった女の子も死んでしまったというような内容だった。大震災のとき小学生か中学生くらいか。

 東北全体を大まかに見て復興だの再建だのという前向きな単語で語られることが多い。しかし、新聞やテレビで取り上げられる人で、大事な誰かを亡くした経験があると、「生きていたら××は今年何歳だ」とか「助けられなかった」とか、呻きながら絞り出す苦しみが私の目の前に零れ落ち、胸が詰まった私は「う」という音だけが出る。

 赤ふん姿の学生の一人の“主張”もそうだった。聞いてしまった私は何も言えない。何も付け加えずに、こんな話を聞いたと何かの機会にぼそっと伝えるしかない。

 さっきNHKで見たのだが、取材に応じた男性は30代の息子を亡くしたという。未だに見つけられず、そのうちひょいと帰ってくるのではないかというようなことを語っていた。それを聞いて思いだし、重なった話がある。

 あの日の広島。土橋(という地名がある)に勤労奉仕に出ていた娘が原爆で姿形を消された。母親は戦後ずっと、自宅の玄関に足音が聞こえたら娘が帰ってきたと思って駆けだし、本通りで娘に似た後ろ姿を見たらまた駆け寄って、顔を見て落胆していた=元広島銀行役員(母親の息子で、娘さんの弟)が私に話してくれた内容。

 深い深い苦しみを聞いてしまったからには伝えなければなるまい。こんなことしかできないのだが。 

 


 

3・11に読み始める石牟礼道子さんの『苦海浄土』

IMG_3426
 あした3月11日に石牟礼道子さんの『苦海浄土』を読み始める。すでに露払いとして『評伝 石牟礼道子』(米本浩二・新潮文庫)を読んである。でも、これ1冊だけでは途中で息切れしそうなのでカンフルとしての『不知火のほとりで』(米本浩二・毎日新聞出版)も用意した。あとはおそるおそる1ページ目を開くだけだ。

 3月11日は2011年に東北を中心とした大震災が起きた日である。と同時に石牟礼道子さんの誕生日なのだった。石牟礼さんは1927(昭和2)年の、3月11日の生まれなのである。このことはたまたま数週間前に『評伝 石牟礼道子』で知り、『苦海浄土』を読み始めるなら3月11日しかないと決めたのだった。

“水泳”の前の“準備体操”が長すぎたような気がしないでもないが、こうでもしなければ途中で力尽きて溺れそうだし、積ん読本から『苦海浄土』を抜き出すことはできなかった。

 あしたは1行でも10行でも読めばいい。まずは一歩を。この小説が東北と「加勢」でつながりうると思う。


サイフォンでコーヒーをと思ったのに

IMG_3421

 サイフォン式コーヒーメーカーを買った。カフェバッハなどで見かけてきたが、何年も前にふらりと入った神戸の喫茶店で「サイフォンなら誰が淹れてもおいしいのよ」と言われ、「なーんだ、サイフォンは安直なんだな」と興味を失ったのであった。

 しかし、ポイントが貯まったし、サイフォンのコーヒーはおいしいというネット上の書き込みもあり、買って試してみることにした。今はドリップして飲んでいるが、コーヒーをもっとおいしく飲みたいのである。

 説明書を見て組み立てている最中に燃料用アルコールがないことに気づいた。近くのスギ薬局に行ったところ、ない。便所用巻紙が買い漁られた棚と同じような惨状である。え? もしかして?

 スギ薬局の店員さんが言う。
「そうなんです。除菌用にと。アルコールは全部売り切れています」

 舎弟3号に出先で探させたが、やはり売り切れていた。

 新型コロナウイルスを心配した阿呆どもが買い漁ったか。メタノールだぞ。下手したら死ぬぞ、おい。

 いや、私がせっかくサイフォンのコーヒーを作ろうとしたのに邪魔をした阿呆どもである。私はサイフォンのコーヒーを飲みたかったのに。天誅が下ってもやむを得ないな。

 アマゾンで検索してみたところ、あくどい連中がずいぶん値を釣り上げて売っている。こんな連中から買うものか。

 というわけで、サイフォンのコーヒーは当分おあずけだ。

 期待しているわけではないが、死者が出れば燃料用アルコールの買い漁りはなくなるだろう。


婚外恋愛発覚時対応マニュアル?

 俳優喜多村緑郎さん(51)と女優鈴木杏樹さん(50)の婚外恋愛が発覚して、喜多村さんの妻で元宝塚トップスター貴城けいさん(45)は大きなショックを受けて「許せない」と言っているそうな。鈴木杏樹さんは謝り反省中。

 落語家立川志らくさん(56)は妻で一門の女将(38)が弟子と不貞関係になっていたことについて、「私は妻を信じているので、これで夫婦の絆が壊れることはない。離婚することも1億パーセントない。なぜなら家族だから。かけがえのない妻を世間の目から守る、命がけで守る、それだけだ」などとテレビで語った。

 貴城さんも立川さんも被害者側だが対応の差が異様なほど際立つのはなぜなのか。男と女という性の違いでは説明できない。いや、私ごときが説明するのは大きなお世話なのだが。

 貴城さんとしては自分より5歳年上の女性に走った夫が信じられないのかもしれない。宝塚トップスターだった誇りを傷つけられたことが憎しみになって噴出したという感じか。しかし、叫べば叫ぶほど痛々しく見えてしまう。貴城さんの意に反して、世間の共感は鈴木杏樹さんに集まるだろぅ。

 立川さんは危機管理がうまい。うますぎるほどだ。男を上げた。立川さんは初老だが、配偶者はまだ性的にも若い。こういう事態はありうると受け止めるしかないのかもしれない。器の大きさを示してみせた。

 さて。私が「いいなぁ」と思うのは貴城さんだ。鼻水や涙でぐだぐだになって、素を無防備に晒した痛々しさが美しい。神々しい。気高い。これぞ生身の人間なのである。

 鈴木杏樹さんも「私は喜多村さんを好きになってしまったんです。この気持ちは止められないんです。苦しいです」くらい言うことができれば女優として格が上がったのに。


 

 

合格発表の日

IMG_3415

 合格者の掲示を東大がやめるそうな。インターネットを使って合格発表をしている大学は東大を含めていくつもあるはずで、特に問題はないだろう。

 私の時代インターネットなどなかったから、見に行くか、学生がバイトでやっている合否発表確認電報を頼むしかなかった。

 その日私は東京にいた。すでに政治経済学部と法学部の合格発表は終わっていて、この日が第一文学部(通称一文)の合格発表の日だった。3つとも落ちていたら駿台予備学校の入学試験を受けるという手順で徳島からわざわざ上京した。

 私の第一志望は一文だった。小説をろくに読んでいないくせに、文学を学びたいと漠然と思っていたのである。

 大学は春休み中で、ほとんど人がいない。まず政治経済学部の掲示板を見る。私の受験番号はない。次に法学部の掲示板に行って探す。あれ? ある。法学部に合格しているではないか。この調子なら一文も合格しているに違いない(どうでもいいことだが、法学部の方が偏差値がちょっとだけ高かった)。2つ合格か。悪くないな。

 ワクワクしながらスロープを上がって一文の掲示板に向かう。ちょうど掲示板に張りだした直後だった。掲示板の周囲にカメラを構えた人が何人もいて、ふらふらと寄ってくる私の顔にレンズを向けた。

 う。注目されとるがな。えらいこっちゃなー。ガッツポーズをするかバンザイをするか、などと演技を考えながら掲示板を見上げて私の受験番号を探す。探す。さが……す。

 あれ? 見当たらん。もう1回私の受験番号の辺りを見る。ない。

 私のその瞬間を激写しようとしているレンズを前に、私は無表情(のつもり)でその場を離れた。「法学部は受かっているんで、ここでバンザイしていいですか」と面の皮が厚くなった今なら言えるが、18歳のういういしい私にはそんな厚かましい提案が浮かぶ余裕などなかった。カメラを構えた人たちは気の毒そうに私を見送ったように感じた。

 ああ思い出すとイタイ。

 法律は肌に合わなかった。積み上げられた法律を記憶をするだけで、創造性など全く求められない。先人が積み上げた法体系を暗記しないと始まらないし、膨大な判例に縛られる。個性も創造も創作もない世界なのだった。放火罪がどこで成立するかなどを大真面目に論じ合った法学者はよほどヒマなのかと阿呆な私はゼミで毒づいた。ああイタイ。

 法の女神テミスの逆鱗に触れた私は6年も通うことになった。いや、正確に言えば大学にはほとんど通わなかったし、出席を取る授業は友人に代返を頼んでトンズラしたし、大学5年の冬には沖縄に引っ越して2年暮らしたのだが。

 老い先が短くなってきたせいだろう、「一文に合格していたら」と最近強く思う。私は是が非でもバンカラ早稲田に入りたかったので、早稲田ならどこでもいいと思ったのが間違いのもとだった。でも、右も左も分からない東京で浪人はしたくなかった。もしかして法学部から一文に転部できたのではないかと今ごろ考えてしまう。

 というわけで、掲示板での合格発表は私には苦い思い出である。40年近く前の出来事を今も覚えているのは、それだけ感情が動く場だったということか。インターネットでの合格発表にはそれがない。いいことなのかどうか私には分からないのだが。

少子化担当相の女性差別

IMG_3411
 有村治子さんは1970(昭和45)年生まれだから頭が古いのだろうか。

 女性天皇について《万世一系の皇室こそ、権威の源泉だと考える》だの《いくら父方をたどっても歴代の皇統とつながらない異質の血統となってしまう》だの《皇統の正当性に疑問符がつくことになれば、国民世論は分断される》と本気で言っているらしい=3月6日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)オピニオン面。英国やオーストリアにケンカを売ってるよこの人は。

 宮内庁がサイトに出している天皇系図を見ると、「ん? 途切れてないか?」と思うところがいくつもある。皇統の正当性はすでに疑問符がついているのに、あっさり無視するのは確信犯だな。タチが悪いから死んでも治らない。

 1963年生まれの私は最初の結婚をするとき「どっちの姓を名乗りたい? 事実婚がいい?」などと聞いた。男女平等はそういうところにもあると私は思う。

 万世一系は神話に過ぎず、にもかかわらず金科玉条のように持ち上げる女が少子化担当相をしているとは悪夢か笑い話だ。女性差別をしている女が少子化担当相か。世も末だな、ね、安倍ちゃん。

 

新型コロナウイルス感染発表と同じように

IMG_3413
 正確かどうかは別にして、毎日毎日よくまぁ飽きもせず新型コロナウイルス感染発表をしているものである。

 せっかくなのでインフルエンザの感染者の発表もしてみてはどうだろう。各医療機関がインフルエンザの新患を保健所に届け出る規則にすればけっこう細かく把握できるはずで、新型コロナウイルスの場合と同じように感染者何人死者何人と毎日発表してみればいい。

 インフルエンザのほうが死者は圧倒的に多いそうなので、その数字を見せるほうがコクミンは危険をより感じて必死に手洗いをするはずで、花王辺りの株価が上がるかな。それにしても石けんは減らないなぁ。


 

 

新型コロナの影響(涙目)

IMG_3400

 仕方がないとはいえ残念極まる。ニコンの写真セミナーが中止になり、朝日カルチャーセンターが一定期間休講になり、漱石山房記念館は3月丸々休館になった。

 ニコンの写真セミナーは50代以上が多いはずで、朝日カルチャーセンターと漱石山房記念館は60代以上が多いように見える。新型コロナウイルスに感染するとたいそう消耗する世代が大勢集まる点でこの3つは共通する。

 最初は「インフルエンザのほうが怖い」と思っていたが、どうもそう簡単な話ではないようだ。私には80を超えた両親がいる。この両親が誰かから感染させられる可能性を考えておかなければならない。

 ということは、私が感染源になるわけにはいかない。若い世代にはたいしたことがなくても、高齢者にはたいしたことになりうるのだから、自分には関係ないとは言えないし、インフルエンザと比べても仕方がない。

 椎名林檎がライブを強行したけれど、無責任だな。理由を想像するにキャンセル料を払いたくなかったのだろう。銭を優先したのだろう。感染者が出たら楽しみである。


 

 

頭隠して尻隠さずか

IMG_3401

《書いて伝えることの重さにこだわりたい》という結びの一文。イイタイコトはよく分かるし、気持ちもよく分かる。3月4日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)「記者の目」の「前線で考える新聞の興亡」である。

 でもね。それ、あなたの仕事だから。それで世間水準を上回る給料をもらっているじゃないか。世の中いろんな人がいろんな仕事をしている。それなのに、新聞記者が自分の会社の紙面でいちいち胸を張ることの奇妙さになぜ気がつかない?

 この「記者の目」で書いていないことに私の目は向くわけよ。

 莫大な退職金を払って100人だか200人だか希望退職を募った言論機関ってどう思う? 経営責任を取らない経営陣を放置している新聞社の記者って信用できる? 首相会見の馴れ合いがネットで話題になっているのにひとことも書かない政治部って頬被りして逃げてない? あまりにもつまらないコラムの数々をいつまで載せるんだ? 降版を早めたことは読者に伝えないの? 夕刊の手抜きを始めたことも読者に伝えないの? 

 こんな我田引水自己満足の記事をもう載せるなよ。紙価が下がるだけだ。


  

『壊れた脳 生存する知』

 整形外科医としてキャリアを積んでいた山田規畝子さんが33歳のとき3度目の脳出血に襲われ、高次脳機能障害になる。角川ソフィア文庫向けの序文「あきらめないで!」からリハビリに関する第6章での《犯罪以外はなんでもやっておいたほうがいい》という呼びかけまで、当事者にしか書けない本だ。

 障害を抱えた人が、かつての自分と今の自分を比べて悔しい思いをしているところに外部の人のこころない言い草が追い打ちをかけるのだなぁ。私も加害者になり得るわけで、うーんと天井を仰ぐ。

 何が「うーん」なのか。いろいろな思いがあちらこちらから立ち上がって「うーん」になった。読んでよかった。


 

OBを採用するNHKだが

 OBを雇えば組織の仕組みは知っているからゼロから教える必要はないし人件費は安く済むし、ウハウハだろう。と思っていたらNHKがもうやっていた。

 以下はNHKのサイトから。

・・・・・・・・・・
 NHKを退職した元職員の皆さんを対象とした「キャリア採用(NHK退職者)」を2019年2月から行っています。
 協会内外で培った知識や経験・スキルを活かし、もう一度NHKで活躍したいとの意欲を持つ方のご応募をお待ちしています。

 応募を希望される方は、メールフォームにて下記窓口へご連絡ください。今後の選考の流れをご案内いたします。なお、書類選考や面接の結果によっては、ご希望に添えない場合があります。あらかじめ、ご了承ください。
・・・・・・・・・・

 面白いのは《書類選考や面接の結果によっては、ご希望に添えない場合があります》。OBに呼びかけておいて、落とすわけだ。失礼な話である。こういうところにNHKという組織の冷たさが出る。だったら、人事か何かがOBに個別に声をかけるほうがいいんじゃないの?

冒険の森へ/傑作小説大全4巻『超常能力者』(集英社)

 分野で言えばSFだろうか。この分野はあまり読んで来なかった。例えば小松左京を読むのはこれが初めてだ。とっくの昔に買った『日本沈没』(小学館文庫)はまだ読んでいない。それほどSFに食指が動かないのだが、だからこそ全集を買う意味がある。無理にでも読むからだ。

 小松左京の慧眼には驚かされた。1964年に書かれた『エスパイ』は東西冷戦の終わりを予言するかのような物語なのだ。時代の読みが的確だから50年経っても読まれるわけで、星新一と共通する。

 恩田陸さんの『大きな引き出し』には泣けた。この分野は涙腺を刺激される。トラウマかもなぁ。

【長編】
小松左京「エスパイ」
半村良「黄金伝説」

【短編】
平井和正「エスパーお蘭」
筒井康隆「水蜜桃」
宮部みゆき「燔祭」
恩田陸「大きな引き出し」

【掌編】
星新一「超能力」
北杜夫「月世界征服」
阿刀田高「触媒人間」
眉村卓「ピーや」




確かに便所用巻紙が消えていた(笑い)

 近所のスギ薬局に行ってみた。まず便所用巻紙が全くない(笑い)。台所用の紙と濡れちり紙は品薄状態だ。

 便所用巻紙が消えたのはオイルショックのころ、私が小学4年の年だった。そのとき以来の狂乱だろう。

 ここであらためて思う。大震災対策として便所用巻紙を備蓄してないのか、と。私は胸の高さまで備蓄してあるから、品薄になっても品切れになっても余裕の裕次郎である。

 何だったら1巻10万円で分けてあげてもええで。3巻なら、そうやなー、おまけして、25万円でどや。

 というわけで、備蓄をしておきましょう。


 

 
読者のお言葉
月別分類
略歴

ニシノ説論者

ニシノ書店