同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

「さん」づけ

 高1の長男が塩谷信幸・北里大名誉教授にブログの使い方を説明する機会があった。

 長男はあとでこう言った。「先生は終始丁寧語で話しかけてくれた。驚いた」

 塩谷先生は30歳以上年下の私を「さん」づけで呼ぶ。私が逆の立場なら、ついつい気軽に「くん」づけしてしまいそうだ。

 もちろん、年下の人間への呼称はいろいろあっていい。ただ、「さん」づけは対等に扱ってくれている感じがする。

 かつて一緒に仕事をした本多勝一さん(元朝日新聞編集委員)も私を「さん」づけしていたものだ。本多氏が私を嫌うようになり、ある時「西野さん」と呼んできた。「」で“お前なんか大嫌いだ”という語感を示したようだった。

 「さん」づけに「」は似合わない。微苦笑した。

現代文読解は藤田修一師

 出口某という東進ハイスクール講師が書いた現代文の参考書が売れている。この人の参考書を見て思うのは、駿台の名講師だった藤田修一師の方法論と同じではないか、ということだ。

 「A←→B」や「A=A’」などの記号読解も、「イイタイコトは繰り返されれる」という決まり文句も、23年以上前に駿台予備学校で藤田師が使っていた。私の知る限りでは、これらは藤田師が考案した方法論である。これは駿台国語科で今も受け継がれているようだ。

 牧野某という河合塾講師が最近出版した本の中で記号読解は万能ではないと批判しているが、とっくの昔に藤田師は自著の中で記号読解は万能ではないから固執しないようにと注意を促している。

 とはいえ、藤田師の方法論はかなり使える。事実、高3時の夏期講習で藤田師の講義を3日ほど受け、目からウロコがボロボロ落ちた私は、現代文の成績が急上昇した。

 私が聞いた藤田師の講義は緩急自在だった。師は50代後半、円熟の域に達していた。森鴎外の墓の質素さを語り、『セメント樽の手紙』の「へべれけに酔っぱらいてぇなぁ」を情感込めて読み上げ、「不来方のお城の草にねころびて空に吸はれし十五の心」をふんわりと解説し、「想像の翼を広げてごらん」と受講生をあおった。

 出口某の講義はフガフガ言っていて聞き取りにくい。

 藤田師の名講義をDVDで復活させられないものかと何度も思う。後世に残す価値があるからだ。

 80歳を過ぎた藤田師は今もお元気であるらしい。

記者会見

 JR西日本の列車脱線事件の記者会見で暴言を放ったということで、読売新聞とNHKの記者が批判されている。

 質問する際の「適度さ」を欠いたということなのだろう。高飛車あるいは傲慢に見られたのだろう。

 私はこのような記者を批判する資格はあまりない。その昔、福島県内の村で助役の顔が引きつりこわばるほど徹底的に責めたてたことがあるからだ。相手が非を認めないので、声を荒げてでも教えてあげる必要があった。他社の記者もいたが、怒鳴りまくったのは私だけだった。

 追及の場では嫌われるくらいの取材をするのが記者の仕事だと私は思う。

女子高生

 女子高生に手を出して逮捕される大人があとを断たない。気持ちは分からないではないが(笑い)、犯罪行為であることは覚悟しておく必要はある。

 私が卒業した徳島市立徳島市立高校は漫画家の紫門ふみさんの母校でもある。女優の浜尾朱美さんも先輩である。

 女子高生関連の事件が起きるたびに思い出すことがある。1年の同じ組の女友達から相談を持ちかけられた。

 彼女によると、数学の教師に呼び出され、数学準備室に行った。すると、数学教師は肩や背中を触りながら、「成績なんか、先生の考えでなんとでもなるんやぞぉ」と言ったというのである。彼女の成績はよくなかったから、そこを突いたのだろう。

 このような場合は新聞社に駆け込むというすべを当時知らなかった私は、どうしていいか分からず、そのままにしてしまった。思い出すたびに、何もできなかった自分が悔しい。

上司の仕事は部下を育てることである

 毎日新聞福島会が東京・神田で開かれた。私が駆け出し記者生活を送った当時の上司や先輩たちが集まった。

 鼻っ柱の強い元支局長と鬼軍曹の元デスクの顔を見て、あらためてしみじみ思う。この人たちに鍛えられたんだなぁ、と。

 元支局長は腰の軽い人で、いつも出歩き、人に会って話を聞いていた。元デスクは取材の緻密さを記者に求め、取材不足の原稿には容赦なく雷を落とした。私は福島県警の記者クラブで、電話口から落ち続けるデスクの“雷”を聞きながら半泣きしてしまったことがある。

 しかし、その反面、支局長はさりげなく取材のアドバイスをしてくれたし、デスクは飲みに行くと仕事の話は一切せず、楽しい話で盛り上げていた。

 当時はおっかない存在だった。それが、いつごろからか、いい上司に恵まれたなぁと思うようになった。いろいろな取材や仕事を何とかこなせるのは、この人たちが育ててくれたおかげだ、と自覚するようになったからだろう。

 社会人になって最初の上司はどんな人がいいか。経験上言えるのは、仕事に対して厳しい上司である。と同時に人間味のある上司でなければ部下はついていかない。

 誰でも上司の立場になりうる(おべんちゃらのできる人は出世しやすい)。しかし、部下を育てることができない上司は、上司とは言えない。

紀伊国屋書店と三省堂書店

 紀伊国屋書店新宿南口店で計8600円ほどの本を買った。重い。

 店の人が「自宅まで無料でお送りしましょうか」と声をかけてくれた。従来は1万円以上の購入者へのサービスだった無料宅配を、つい先日から5000円以上に引き下げたというのだ。

 ありがたい。もちろんお願いした。計5000円程度のまとめ買いはよくあるので、これから大いに利用しよう。

 すかさず声をかけてくれたバイトの店員さんに感謝したい。

 この店員さんに比べると、「ポイントカードはお持ちですか」と聞かれた私が「いや、持ってません」とせっかく答えたのに、ポイントカード加入をひとことも私に勧めなかった三省堂書店有楽町店の店員さんは給料泥棒である。

洗面台の蛇口の位置

 外出先で洗面所を使う男たちは誰も不満を抱いていないのだろうか。

 手を洗う時に、ネクタイの剣先が洗面台に触れそうになることに対して、である。

 蛇口の位置が奥にあり、かつ低いので、そこに手を伸ばすと自然と前かがみにならざるを得ない。すると、ネクタイが下がり、水で濡れた洗面台に触れそうになるのだ。

 蛇口を手前に高めに置けば、このような問題は生じない。

 蛇口のデザイナーや建築士が男なら気づいてよさそうなものだが。

JR西日本の列車脱線事故で責められるべきは

 日勤教育という研修制度が、事故の諸悪の根源のように言われれている。本当にそうだろうか?

 それほどひどい研修だったのなら、これまで西日本労組はいったい何をしていたのか。

 敢えて言うならば、会社というものは多かれ少なかれこんなものである。しかし、会社の横暴や社会規範違反、恐怖政治などがあれば、会社に立ち向かい、食い止めるのが労組の最も重要な仕事ではなかったか。

 この事故を総括する際は、労組の存在意義が根本から問われなければならない。

報道の自由?

 東京放送(TBS)が放送したニュースを、被告の弁護士が裁判の証拠として申請し、裁判所がこれを採用した。

 毎日新聞社のサイトによると、TBSは<「たとえ放送された番組の録画でも、報道目的以外の利用は取材活動を制限し、報道の自由の重大な障害につながりかねない」として、証拠申請した弁護人と採用した地裁に抗議文を送付した>そうな。

 う〜む。単なるポーズをとって気取ってみたとしか思えない。

 最高裁が1990(平成2)年7月9日に決定した事件に、「TBSビデオテープ押収事件」と呼ばれるものがある。放送済みの暴力団の取材ビデオテープを押収されたTBSが準抗告を申し立てたのである。

 この時の最高裁はTBSの準抗告を棄却した。その判旨は、今回もTBSに対して言うことができる。どんな判旨だったかと言うと――。

 <取材の自由も、……公平な裁判の実現というような憲法上の要請がある場合には、ある程度の制約を受ける……>(『憲法判例百選機戮ら)

 そもそも、事実を報道した番組を録画しただけなのだから、何も問題はないはずである。その番組がやらせで、やらせが発覚するのが怖いから証拠採用されたくなかったと言うのならTBSの言い分も理解できないではないが。

主張を押しつける新聞

 毎日新聞の最近の宣伝文句が実にいい。

 <主張を押しつける新聞はもういらない>

 これである。

 本多勝一という元朝日新聞記者や元朝日新聞論説副主幹さんと一緒に仕事をして思ったのは、この人たちは自分の意見を主張することについては確かに才能があるということだった。

 身近で見ていると、この人たちの主張には自分勝手なものがあると分かる。以来私は偉そうなことやキレイゴトだけを言う人を信用しなくなった。その意味で『朝日新聞』は読まない。一体何様だと思っているのか不思議である。むろん個々に素晴らしい記者がいることは否定しない。 

 そこで冒頭の宣伝文句である。このような姿勢がこれからの新聞の妥当なあり方だと思う。私の古巣であることは抜きにして、期待したい。

ダメダメ高校英語教師の判別法

 1、関係代名詞を「ところのもの」と訳する←そんな日本語はない。

 2、多読を勧める←多読すれば英文読解力がつくと考える教師は多い。しかし、泳げない人を海に突き落とすのに似ている。一歩譲って、海なら何とか自己流でもがこうとするだろうが、英文読解に関して自己流は厳禁である。また、平易な英語(例えば中学英語のレベル)の多読も、力はつかない。高校生が幼稚園児の読む絵本を多読しても何も得るものがないのと同じである。

 3、英字新聞のコピーを読ませる←正確な英文読解の方法を教える能力のない教師にこういう無意味なことを平気でやる傾向がある。そういえば早稲田なんとかという予備校がどこかの英字紙と提携したとか何とか宣伝していたが、そんなことをする前に英文を厳密に読めるように教えたほうがいい。

 4、英文の読解で、「ここはカッコに入れて」という説明をする←なぜカッコに入れるのかのかという根本的な疑問が生じる。構文を明確に説明できない証拠である。

煮ても焼いても食えない「にて」

 「にて」が氾濫している。

 「当社にて開催します」「毎日新聞にて紹介されました」「ピアノにて演奏します」「レストランにて昼ご飯を食べました」などなど。

 ああ、気色悪い。

 「にて」を使うと丁寧な感じがすると思っているらしい。

 「にて」は文語の格助詞である。簡単に言うと、現在の文章表記方法である口語体の前に使われていたのが文語体だ。口語体の文章の中に文語体で使われた「にて」が入るのは“時代錯誤”なのだ。

 例えるなら、背広姿にちょんまげ姿の文章と言える。

 にもかかわらず「にて」が氾濫しているのは志賀直哉の『城の崎にて』の影響だろう。しかし、この小説が発表されたのは1917(大正6)年であることを知らねばならない。

 「にて」をやめて、口語の「で」を使おう。

ライブドアの程度

 ブラウザソフト「オペラ」(本社・ノルウェー)を担当する日本の代理店が日本トランスウェアからライブドアに代わり、サービスが一気に落ちた。

 日本トランスウェアの時代は、情報提供が迅速だった。新バージョンがノルウェーで登場した時は「日本語版はもう少し待ってね」という趣旨をサイトに載せたし、「セキュリティの更新バージョンが出ましたので、対応してください」という呼びかけなども随時あった。ノルウェー本社のサイトに出た情報をすぐに反映させていたのである。

 ところが、ライブドアはこのような詳細な情報提供をほとんどしていない。新バージョンが出たかどうかさえ分からない。最新情報の欄の更新さえしていない。事実、現時点での最新情報は、去年の12月1日の「年末年始サポート業務休業のお知らせ」で止まっている。

 悪質である。オペラ社にとってもオペラ愛用者にとっても不幸としか言いようがない。

 ライブドアはこの程度の企業でしかないということだ。

仕事は“引き算”で

 仕事にはある種の要領が求められる。一定の時間内に一定レベルの仕事をするには“引き算”が重要である。

 端的に言うと、「する必要のないことはしない」ということだ。

 簡単なようだが、「する必要がある」か「する必要がない」かを見極める能力(判断力)がないと、「する必要のないことはしない」は実行できない。

ソースネクストのメルマガ

 ソースネクストの会員向けメールマガジンを読んで「う〜む」とうなった。

 SANYOのポータブルDVDプレーヤーが「どこよりも安い」2万2800円で買えるという。「どうぞ他の価格比較サイトでご確認ください」と胸を張っている。

 しかし、である。商品名も型番もない。

 このような商品は画面の大きさが重要なのだが、その説明もない。商品の写真はあるけれど、画面のサイズは分からない。

 「SANYOポータブルDVDプレイヤー」で「オープン価格→特別価格22,800円(税込)」というだけではなぁ。ほかと比べる前に、自分が買いたい内容かどうかを知る必要がある。

 不親切としか言いようがない。

肝心のことを書くべきではなかったか

 今日付の『毎日新聞』朝刊の社会面の頭記事は「ITの闇」という連載の第1回である。

 電子手紙を通してパソコンに難なく侵入できるという話がおどろおどろしく書かれている。しかし、テキスト形式の電子手紙であればこういうことは起こりえない。つまり、何の問題もないのである。

 肝心の部分を隠しておいて、「あなたのパソコンも、誰かにのぞかれているのかもしれない」と記事を結んでしまうのは、どういう了見だ?

 あおりたかった? それとも、テキスト形式の電子手紙なら侵入されることなどあり得ないという基本的なことを知らずに書いたのか? 真相は闇である。 

電子辞書

 いろいろな電子辞書が発売されている。

 しかし、収録冊数競争のどさくさに紛れて、不要な駄本が山のように収録されている。本屋で買うことのない駄本を無理やり買わされたら普通は怒るはずだが。

 基本的な辞書類だけを収録した、良心的な電子辞書がほしい。

 収録本が多ければいいというものではない。厳選して価格を下げろ。

  

NHKの午後7時のニュースで

 中国人が話す画面の字幕にこう出た。

 悲鳴だか叫び声だかが<まき起こりました>。

 まき起こる? <まき起こりました>自体が変なのに、そもそも「まき」って何だ? 字幕を見た瞬間に私は“不協和音”を感じてしまった。

 『広辞苑』は「巻き起こす」の例として、<砂塵を巻き起す>と<論争を巻き起す>を挙げている。悲鳴や叫び声の場合に<巻き起こりました>を用いると、どうにも居心地が悪い。

 おそらく「わき起こりました」と言いたかったのだろう。しかし、悲鳴がわき起こるというのも妙な表現だ。「わき起こる」は自然発生的な意味の表現なのだから。

 この字幕は、中国人が日本料理店を襲撃したという話の中で使われているので、襲撃という人為は自然発生的なものとはつながらない。

 悲鳴や叫び声などは、単に「上がりました」でいい。

 NHKの午後7時のニュースといえば、新聞の1面と同じくらいの地位がある番組である。こんなけちな批判を巻き起こすようなことがあってはならない。

贈収賄が成立するのは

 友人の女優さんが出演する舞台劇を見に行った。

 劇の中で「贈収賄事件だ」というセリフがあった。芸能プロダクションの社長がテレビ局のプロデューサーにお金を渡したり接待したり、ということを指して「贈収賄事件だ」というセリフが出たのだが、贈収賄事件について根本的に間違っている。

 贈収賄罪が成立するためには、収賄側に公務員(政治家を含む) が存在する必要がある。つまり、逆に言うと、民間人同士のお金の授受であれば贈収賄罪に該当しない。

 なお、贈収賄に関する罪は刑法197条から198条に定められている。

日立の広報は×××××

 私は日立の商品を買わないよう努力している。

 5年ほど前の話である。原稿執筆に必要なので、日立の広報に電話して、パソコンの広報資料と写真を送ってほしいと依頼した。電話に出た中年風のおっさんは実に調子よく快諾した。「はいはーい」というノリだった。

 ところが送ってこない。

 締め切りに間に合わないので、御茶ノ水駅近くにある日立本社に出向き、資料をもらうことにした。対応に出た広報の若い女性に、試しに(試してしまうところが私のいいところである)名刺を渡してみた。

 「普通」なら相手も名刺を出してくるものである。

 予想した通り、この若い女性社員は名刺を出してこなかった。「普通」ではないということだ。異常というか無礼というか礼儀知らずというか、まぁどうでもいいけれど、要するに莫迦である。

 後日、この一件を広報一筋の友人に話したところ、日立の広報のひどさは有名だそうな。

 広報は企業の顔と言われる。広報が莫迦丸出しの素顔を見せてくれた日立の商品を私は買う気になれない。

英文解釈の参考書は伊藤和夫

 東京・新宿の紀伊国屋書店新宿南口店で参考書コーナーを見て回った。私の大学受験時代に比べると、予備校が出版した本や予備校講師が書いた本が非常に増えている。

 そのぶん、どれを買えばいいのか迷ってしまうだろう。私の時代は迷うほどは出版されていなかった。迷わずに済んでよかった。

 そこで、迷いそうな受験生のために明確に指摘しておく。

 英語に関して、特に英文解釈に関する参考書は、駿台予備学校で教鞭を執った伊藤和夫(故人)のものが今も図抜けて最高峰である。

 苦闘を強いられた『英文解釈教室』に今では入門編や基礎編があるのだから、こんにちの受験生は恵まれている。このシリーズと『ビジュアル英文解釈』シリーズ、おまけに『英語長文読解教室』をきっちり押さえれば、大学入試の英文で読めないものはない。

 悩んではいけない。

本多勝一

 <現代日本を代表するジャーナリストの全軌跡を追う決定版著作集>などと記されたポスターを本棚の後ろで見つけた。朝日新聞社が出版した本多勝一集のポスターである。

 恥ずかしい文言である。しかし私はうかつにもこの<現代日本を代表するジャーナリスト>を信じていたことがあった。

 この人と一緒に仕事をして見えてきたのは、類い希なストーリーテラーであると同時に、自分をかっこよく見せることができる筆力の持ち主でもある、ということだ。俳優に「顔」のみならず「演技力」も求められるのと同じである。

 本多氏については解せないことがいくつもある。例えば、本多氏が社長を務める週刊誌が大きなミスをしたため東京屠場労組との話し合いが何度も行われた件である。私が知っている限りでは1回も話し合いの場に出なかった。これから話し合いがあるという時にそそくさと会社を去るのを見て、何じゃこりゃと思ったものだ。

 こういう行動も、ある意味では<現代日本を代表するジャーナリスト>らしいということなのかもしれないなぁ。

六本木ヒルズ

 六本木ヒルズに行った。

 要するに、高層の雑居ビルである。

どっちがいい?! 東進デジタルスクールと代ゼミTVネット

 スカイパーフェクTVに、予備校チャンネルと言われる番組があり、東進デジタルハイスクールと代ゼミTVネットが競っている。どっちがいいのか迷っている人のために、私が答えを出しておく。

 価格やサービスの点では東進に少しだが軍配が上がる。

 ところが、なのだ。「高1基礎コース」や「高1標準コース」、「高2標準コース」、「高2難関コース」、「基礎強化文系コース」、「基礎強化理系コース」、「難関大文系コース」などの中からコースを選んだあとは、そのコースに含まれない講座は受講できないし、サービスも受けられない。

 自由自在縦横無尽に受講できる点で、代ゼミTVネットの逆転勝利である。

 駿台がこのような衛星予備校の番組を作っていれば、文句なしに駿台の勝ちになるはずだが、残念なことに駿台はこのような事業をしていない。

責任者は誰?!

 今日付の『毎日新聞』に、ニッポン放送の亀渕昭信社長の談話が載っている。「残念。たいへん残念です」「(ライブドアの堀江社長について)やり口がすれすれで、ずるい手だ」「資本主義の形態が大きく変わったのかなぁ」

 東京高裁がライブドアVSニッポン放送の争いで、ライブドア勝利を決定したことへの談話である。

 経営責任者の口から出る言葉にしては感情的だし資本主義について不勉強に過ぎる。お粗末というしかない。このような経営者だから、こうなったんだなぁと私は納得した。しかし、本人が自覚していないのだから救いようがない。

 このディスクジョッキーには経営能力がなかった。それだけの話なのだ。そもそもこんな人を社長に据えたのは誰だ?!

ジャーナリズムと名誉棄損訴訟合戦

 23日付の新聞によると、本多勝一さんと岩瀬達哉さんの名誉棄損訴訟合戦は最高裁で“大岡裁き”的な決定になった。

 私なら訴えない。どんなものであれジャーナリズムの活動の一環を司法判断に委ねること自体に躊躇する。

 決定は、実質的に本多氏の敗訴である。本多氏は、自身の得意のセリフである「歴史のカス」として消えてゆくのだろうか。

尻餅事故と言えば

 22日、福島空港に着陸する際、日航機が滑走路に機体後部を接触させる事故を起きした。いわゆる尻餅事故である。

 尻餅事故と言えば、1985年8月12日に起きた日航ジャンボ機123便の墜落事故を私は即座に連想してしまう。520人もの死者を出した航空史上空前の悲惨な事故である。

 この大事故の遠因が尻餅事故だった。墜落した同機は1978年に尻餅事故を起こしており、その後のずさん極まる修理が墜落につながったことは疑う余地がない。

 今回尻餅事故を起こした飛行機は修理され、また空を飛ぶのだろう。乗客は尻餅事故を起こした飛行機に自分が乗っていることに気づくまい。もちろん、尻餅事故を起こした飛行機であることを日航がことさらに明らかにすることはあり得ない。

 福島空港で尻餅事故を起こしたのは、B767−300型機(JA8265)である。日航機に乗る前に、念のために確認する価値はあるかも。  

この本を買うこと自体が「できない」ことを証明している

 広告には誇大表現やウソが交じる場合がある。

 古新聞を整理していたら、『たった1分でできると思わせる話し方』(樋口裕一・幻冬舎)の広告が目に入った。この広告が誇大表現というか何というか。

 <脳を活性化させ、思考力を高める口癖集>として、<それも言えるが、もっと大事なのは……>や<そうとは限らない。……という場合もある><Aから見れば……だが、Bから見れば……だ>などの具体例を広告では挙げている。

 脳が鋭いからこのような言及ができるのであって、その逆ではない。つまり、本末転倒なのだ。ということにさえ気づかず、期待して買ってしまう人は、いくらこの本を読んでもできる人になることはない。 

『勉強ができなくても恥ずかしくない』?

 新聞に橋本治さんの新著の広告が載っている。題して『勉強ができなくても恥ずかしくない』という。自伝的小説だそうな。

 橋本さん自身は東大卒である。だからこそ言えるのである。

 そもそも勉強ができないことは恥ずかしいことである。本の題名に欺瞞のニオイが漂う。

NHKの最大の“失敗”は

 NHKの受信料拒否が増え続けていて、今日付の『毎日新聞』夕刊によると、70万件に迫る勢いだそうな。

 私はNHK受信料の支払いを停止して20年以上の経歴を誇る(誇っていいのか?)。NHK受信料に疑問を抱かずに払い続けている人を、私は「偉いなぁ」と不思議に思ってきた。

 今回のドタバタで海老沢会長が辞職するしないにかかわらず、受信料拒否は増え続けると私は推測していた。なぜならば、「受信料を払わなくてもいい」ことに大勢が気づいたからである。今の法律では受信料を払わない人に対する罰則規定がないので、強制力が働かない。となると、善意の人しか払うまい。

 NHKの今回の最大の“失敗”は、パンドラの箱を開けてしまったことにある。
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