同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

「会社を辞める」と部下が言った場合

 部下から「会社を辞める」あるいは「辞めたい」と相談された場合、上司はどう対応すべきか。

 簡単である。優秀な部下なら必死に引き留める。能力のない部下なら一切引き留めない。

 ということは、上司が引き留めるかどうかで、会社での自分の重要度や評価が分かる。

 私はどうだったのだろう。ありがたいことに1つめの会社の上司はあらゆる方法で引き留めてくれた。2つめの会社の上司は待ってましたとばかりに私の「退職届け」を受理した(笑い)。

 私は2つめの会社で上司のセクハラを追及したり企画にダメを押したりしていたからなぁ。優秀な部下を使いこなせない上司は優秀ではないということだ。今も『週刊金曜日』という雑誌を出している会社である。 

予備校の講義の受け方

 いい講師の授業は録音して何度か聞き直す。これが基本である。浪人生だけではなく、現役生も録音して聞き直したほうがいい。

 専門知識を持つ講師が練りに練って語る内容を1回聞いただけですべて脳に刻むことができるのなら話は別だが。

 私がかつて予備校で浪人生相手に教えていた時は「録音して何回か聞き直すように」とわざわざ指示した。そこまでしないと、彼らは聞き流しておしまいにするからだ。

 「繰り返し」は勉強でも運動でも基本の「き」である。

神様ではない客

 今から20年前には見られなかった光景である。それがこの10年で非常に増えた。東京でも神奈川でも沖縄でも見た。見るたびに不快極まる。

 本屋で平積みされた書籍の上にカバンを置いて平然としている人が異様に増えた。商品の上に自分のカバンを置くことの非が分からないらしい。カバンの下になった本をほかの人が手に出来ないということも推測できないらしい。幼稚園児以下の知能しかない人が増えたということか。

 このような人は「お客様」ではない。

 書店は断固とした姿勢を示した方がいい。「お客様、私どもの大切な商品の上にカバンを置かないでください。ほかのお客様にも迷惑です。カバンは手に持ってください」と具体的に指導するしかない。手を打たないと、この悪習はじわじわと広がる恐れがある。

 

されどカラオケ

 カラオケでの選曲や歌い方、態度はその人がにじみ出る。

 盛り上げようとウケを狙う人や朗々とかっこよさそうに歌う人、直立不動の姿勢で歌い、拍手に深々とお辞儀をする東海林太郎のような人、照れくさそうに歌う人などなど、人間が透けて見える。

 職場の人間観察にはもってこいだろう。

 私の場合、サザンの新曲「BOHBO NO.5」を初めてカラオケで歌ってみたが、予想以上に難しく悪戦苦闘した。歌い慣れない曲を選ぶと盛り上がりに欠けて失敗することを熟知していながら、つい挑戦してしまい(この曲を歌ってみたいという誘惑に負けた)、失敗した。

 カラオケは「たかが」では済まないのである。 

言葉を発する“位置”

 「自分の心の5センチのところから発した言葉は、相手の心の5センチのところに届くんです。よーく覚えておいてください」

 20年ほど前に松山正男・東京工業大助教授(当時)が「旺文社大学受験ラジオ講座」の中で語っていた言葉である。妙に納得させられ、こんにちまで覚えている。

 この言葉を聞いて20年以上経つ。この間のさまざまな経験から、的を射ていると確信する。

 恋愛に限らない。仕事関係でも友人関係でも妥当する。

 つい先日この言葉を長男に伝授した。思うに、しつけや教育は親から子へのリレーである。どんなバトンを渡すか、親のチカラが試される。

読書感想文は現場主義で

 読書感想文の季節である。

 娘2人(中1と小5)に「読書感想文は机上で考えたことだけを書くな。必ず本の現場を訪ねたり筆者に会ったりしなさい」と教示した。

 「ならば、海外の戦争を扱った本の場合、その国に行っていいの」

 「もちろん。例えば、『アンネの日記』の感想文を書くのなら、アウシュビッツとアンネの隠れ家跡を自分の目で見ないと。旅費は出すから計画を立てなさい」

 人に会う。現地を見る。これは新聞記者の基本だが、この基本を学生が身につけてはいけないという法はない。

 感想文という枠を超えた文章を書かせるのがニシノ式である。

中沢啓治さん

 広島に原爆が落とされた日である。『はだしのゲン』の著者・中沢啓治さんに仕事でお目にかかった際に聞いた話が忘れられない。

 父親や弟、姉が猛火に巻き込まれてゆく場面を描いた時のことだ。「部屋を閉め切って、一人で涙を流しながら描きました」

 今日、あらためて『はだしのゲン』を読む。もちろん全巻持っている。当たり前である。

神奈川県平塚市役所のお役所仕事

 神奈川県平塚市の公立小学校近くでカラスが巣を作っているので、近所の人が市役所に撤去を求めた。

 依頼を受けて現地にやってきた市職員の数は5人である。結局、「カラスの子が巣立ってから」ということになった。この判断をするために、わざわざ5人がやってきたのである。

 ぬるま湯につかった公務員は、効率や人件費などは考えないのである。脳と性根が腐っていることに気づかないまま死んでゆく人々である。

 あーめん。

 

湘南新聞

 『湘南新聞』という無料の新聞がある。神奈川県の平塚市や大磯町などに毎週1回、一般紙の折り込みで配られる。4面建てで大半が広告で埋まっている。しかし、1面はジャーナリズム精神にあふれる記事がよく載る。

 公立小学校の悪質な教師を実名で告発した時は地域で大きな話題になった。7月30日号は、地方公務員の福利厚生のぜいたくさを告発した。平塚市と茅ヶ崎市の職員のレジャーに毎年それぞれ5000万円以上の税金が使われている実態を具体的に明らかにし、「職員を元気回復させるには必要だ」という平塚市職員の居直り発言を引き出している。

 無料紙ではあるが、大変読み応えがある。無料にしておくのはもったいない。

 一方、『毎日』『読売』『朝日』の全国紙は県版があるのに、『湘南新聞』のようなジャーナリズム精神を発揮した記事がなぜ載らないのか。恥ずかしくないのだろうか。『湘南新聞』の爪の垢を煎じて飲んだほうがいい。

メラトニンのおかげ

 メラトニン3ミリグラムを初めて服用して朝を迎えた。これが快適快適! 頭上に真っ青な空が広がっているような感じなのだ。

 平日の睡眠時間は5時間前後しかない。睡眠は4〜5時間で十分という友人がいるけれど、ひ弱な私は7〜8時間眠ってもまだ足りない。高校生のころ父親に「お前は眠り病とちゃうか」とあきれられたほど寝るのが好きである。

 睡眠不足の朝を迎えると、その日はずっと脳にかすみがかかったような状態になる。不快だし、眠いし、効率が落ちるし、ろくなことがない。

 そこで、メラトニンのサプリメントを取ることにしたのだ。

 メラトニンはもともと脳内にあるホルモンだが、加齢とともに産出量が減る。お年寄りが夜中に目覚めたまま眠れなくなったりするのはメラトニンの量が少ないからである。

 メラトニンの服用でぐっすり眠れるほか、短時間睡眠でも質の高い睡眠を確保できる。その理由は、浅いレム睡眠と深いノンレム睡眠の繰り返しで構成されている睡眠が、メラトニンによってレム睡眠を長時間確保できるからだ。しかも、目覚めがいい。

 もともと自然のホルモンだから、大きな副作用はないというのが現時点での医師の見解である。事実、私の周囲の信頼すべき医師たちがごく普通に服用している。

 メラトニンのサプリメントを服用し始めた私の脳は、これから大活躍してくれそうだ。  

汗をかかない夏なんて

 夏が来るたびに思い出すのは新聞記者3年生と4年生の夏である。当時28歳〜29歳ごろか。

 3年の時は福島県版で朝鮮人強制連行の連載をするため、県内各地を取材に回った。猪苗代町やいわき市などで、徴用された人の話を集めた。

 4年の夏は南京虐殺に関わった会津65連隊の元兵士の家を探し歩き、虐殺の経験談を聞き取った。会津の山奥や郡山市など県内各地を回った。

 いずれの取材も、目の前が真っ白に見えるような強烈な日差しの下を、汗を噴出させながら、靴を土ぼこりで白くしながら、当事者を訪ねて回った。

 往年の人気テレビドラマ「太陽にほえろ!」で長さんが足を引き擦りながら炎天下に聞き込み捜査をするシーンがあったなぁ、確か秋吉台を舞台にした筋書きだったなぁ、などと思い出し、長さんと自分を重ねて悦に入った。

 今の時代には変な価値観と思われる恐れがあるが、汗まみれになって聞き込みや取材をして回る姿は私にとっては「カッコいい」のである。

 休日返上の取材で肉体的に疲れ果てたかというとそうではなく、興味深いネタを掘り起こしているという自負からか、精神的には高揚しており、食欲は旺盛だった。

 41歳のこの夏も、こうありたい。

公教育に期待する?

 今日付の『毎日新聞』にジャーナリストの斎藤貴男さんの論評が載っていた。要するに文部科学省は公教育を大切にせよという趣旨である。

 公教育や文部科学省をそれほど期待しないほうがいいのではないか。期待するから何かあると裏切られたと思って腹が立つわけで、最初から「こんなもんだ」と見限っていれば腹は立たない。

 さて、20年以上前に慶應大法学部で出題された英文の一部を下記に示す。

The oil crisis of a few years'ago made everyone keenly aware of how dangerously dependent industrialized societies have become on this vital fuel,bringing home the fact that the earth's resources are finite and will one day be exhausted.

 この英文の特に前半がちょっとくせ者で、私の長男(高1)は頭を抱えた。全く分からないと言うのである。しかし私は、industrialized sosieties have become how dangerously dependent on this vital fuel という原文が変形した構文(太字部分)であることがすぐに見抜けた。埋め込まれた原文を見抜く英語構文力がないと、この英文は意味不明だろう。

 私は自慢をしているのではない。

 小学校から高校まで公立に通ったが、このような英語構文を教えてくれたのは公教育ではなかったということが言いたいのである。公教育に質の高い授業を期待してはいけない。なぜならば教師の質も教材(教科書)の質も低いからである。

 というわけで、公教育に期待せず、自分で勉強するに限る。

男心を分からなかった向田邦子

 向田邦子の秘められた恋愛を明かした『向田邦子の恋文』(向田和子・新潮文庫)を読む。

 彼氏だった男性の気持ちが私にはよく分かる。この男性は脳卒中で倒れ、自宅療養を続け、最後に死を選ぶ。13歳年上の妻子持ちだったそうな。

 向田はキメ細やかな配慮をして、物心両面から支えた。それだけに、男性の自殺という幕切れへの衝撃は大きかった。

 文庫の巻末で爆笑問題の太田光さんがこの恋愛を持ち上げている。立場上そうするしかあるまい。

 しかし、である。私には、向田が男性心理を理解できていなかったとしか見えない。

 この男性は誇り高い人物だった、というのが私の仮説である。仮説に過ぎないが、物心両面から女性に支えられることの苦渋を向田が理解できていたら、もっと違う展開になっていたのは間違いない。

福岡

 福岡・博多から天神に向かって歩いてみた。かつて歩いたはずの道を逆に辿ろうとしたのだが、歩けど歩けど天神に着かない。「私はどこにいるのでしょう」。女子中学生に聞いてみたら、90度くらい方角がずれていることが判明した。

 福岡アジア美術館に寄ってみる。広々としたぜいたくな空間で、人が思い思いに過ごしている。確かにここなら何時間でもいられそうだ。

 以前晩飯を食った「なぎの木」の前辺りで、大粒の雨が降ってきた。

 わずか19時間しか滞在できないまま、次の仕事先である新大阪に向かったが、福岡はふらふらと歩いてみたい都市だとあらためて思った。都会と地方が適度に同居しているのが魅力の1つではないか。福岡の女性が美しいのも魅力の1つではある。

 

スカイマークエアライン機長、応答せよ

 羽田発福岡行きのSKY017便の機長は1回も機内放送しなかった。

 通常なら、水平飛行に移った時点で「本日の飛行はおおむね良好です」などと落ち着いた声で放送して、何となく乗客を安心させてくれる。特に飛行機が苦手な私はそれだけでかなり安心する。

 山口県上空で15分ほど激しく揺れまくった。私は肘掛けをつかんで体を硬直させ、歯を食いしばっていた(そうしないと怖さのあまり叫んでしまいそうだからね)時も何もない。代わりに客室乗務員が「飛行には影響ありません」と放送していたが、客室乗務員の説明に説得力は皆無である。

 初めてスカイマークエアラインに乗ったので事情がよく分からないのだが、機長は機内放送しないことにしているのだろうか。

 思えば、那覇空港から離陸して上昇中に激しく揺れた時すかさず「揺れていますが問題ありません」とのんびりした声で機内放送した機長も、台風の影響が残る那覇空港付近の上空で雷雲の中をジェットコースターのように30分ほど揺れ続けた際に「多少揺れますが飛行には影響ありません」と落ち着いた声で詳しく放送した機長も、全日空だった。

子供の小遣い

 高1の長男と中1の長女の1ヵ月分の小遣いは1000円である。

 数年前に小遣い値上げの申告制度を導入した(私が宣言しただけだが)。値上げしてほしい場合は年に1回だけ交渉に応じる制度である。値上げの必要性や用途などを私に口頭で説明し、私の厳しい査問を受けねばならない。

 長男は面倒くさいと思ったのかあるいは反抗期か、全く申告して来ないから、ずっと据え置きである(笑い)。とうとう長女に並ばれてしまった。来年は追い抜かれるかもしれない。

 タダでお金がもらえるのを当たり前と子供に思わせてはいけない。と同時に、小遣い値上げの必要性などを子供自身の言葉で表現させるところにも狙いがある。

 いかにして親の私を納得させるか。友達の小遣い額を挙げたり使い道を具体的に挙げたりして親という大人を説得させようとする姿勢と過程は、生きる上で最低限必要な能力なのだ。

 とはいえ、本代だけは別にしている。これは青天井だ。

日本航空機長の年賀状

 「日航機 逆噴射作動せず」「安全ピン抜き忘れ」――。今日付の『毎日新聞』社会面は大きく報じた。

 日航ジャンボ機が墜落して20年経つ。のど元過ぎれば熱さ忘れるということか、日航機で大きなミスが相次いでいる。

 知人の日航機長は今年の年賀状で、JASとの合併後社内の足並みがそろっていないことを危惧する趣旨を記していた。

 この週末、私は羽田から福岡に飛行機で向かう。今の日航機には絶対に乗らない。

裸の王様

 下着の一部を露出させたり、おなかや尻の一部を露出させたりする“ファッション”が女性の一部で流行している。

 ガングロと同様、こういう奇抜なことをする女性に美人はいない。美人はそんなことをしなくても十分に美しいから、しないのである。

 下着や尻を露出している女性は、周囲から笑われたいわけではあるまい。であるならば、「裸の王様」状態にあることを自覚したほうがいい。

 

汗をふく前に

 男子高校生が電車の中で額の汗をふいている。それも、消毒液のついたガーゼのような布で。

 キレイ好きの若者向けにこういう商品があるようだ。

 以前も似た光景を電車の中で見た。男子高校生がガーゼのような布で首の後ろまでせっせと汗をふいていた。

 ご苦労なことである。でも、その前に、この2人の男子高校生がすべきなのは、腰から下に落ちたズボンを引き上げることだった。

 世の中の常識や基準が理解できてから、自分流に着崩しなさい。

 せっかく着崩すのなら、そこに個性を発揮しないと。着崩し方にさえ流行の追随しかできないのなら、脳の限界である。おとなしく基準に従うのがいい。

活字好き

 予備校や塾で小学生から浪人生まで教えてきた経験から言えることがいくつかある。その1つが、「活字好きの子供は勉強に有利だ」ということである。

 勉強するための参考書や問題集には活字が並んでいる。つまり活字を通して知識を仕入れてゆくのだ。社会人が勉強する際も同じである。

 実際の入試は活字を読みながら取り組む。

 活字を読むと眠くなる人や活字に抵抗がある人は、それだけ不利と言える。

 当たり前のことではあるが、子供を活字好きにしておくことの重要性をあえて明確に説明しておく。

子供には新聞を読ませろ

 大量の活字の中から何か1つ言葉を見つけるような作業が、私は早いようだ。高1の長男と一緒に新聞やパソコン画面をのぞき込むと、私が先に見つける。

 この差はどこから生じるのか。

 仕事の必要に迫られて大量に本や資料を斜め読みしてきた経験がこの差を生むのか? いや違う。私は大学受験生のころにはすでにこのワザを持っていた。

 ワザを磨いた唯一の手段は、新聞を読んできたことである。

 大きな新聞紙面を広げ、目を左右に動かして面白そうな記事を見つけるという作業を毎日繰り返すことで、活字の海で目が利くようになったと感じる。

 このワザは受験に役立つ。例えば、現代文や英語の試験での正誤問題は、本文と選択肢の正誤をいちいち照らし合わせなければならない。照らし合わせるためには、本文から選択肢に該当する部分を探し出さなければならない。活字の海からカギとなる単語を浮き上がらせなければならないのだ。

 振り返ると、この作業に苦労した記憶がない。新聞を読んできたおかげで、自然に身についたと言うしかない。

 このワザと新聞を読むことの密接な関係に気づいて以来、子供たちには強制的に新聞を読ませている。

医者の学歴

 頭の悪い医師に診断してもらいたくない。あらためてこう思うのは、駿台予備学校発行のタブロイド紙『駿台ニュース』を見たからだ。

 大学別の「医学部ランキング」と「学費一覧」、「2004年度医師国家試験合格率」が載っている。

 「大学の難易度が高い=学費が安い=合格率が高い」という公式がほぼ成り立つ。反対に「難易度が低い=学費が高い=合格率が低い」もほぼ成り立つ。おしなべて国公立大は優秀である。一方、私立大は格差が激しいが、主な大学の難易度くらいは私たちは知っておいたほうがいい。

 と同時に、医師は全員、出身大学を明記することを義務づけさせたい。私なら医師選びの参考にする。

 社会人の場合、学歴はけっこうついて回る。医師が例外であっていいわけがない。 

 医師国家試験の合格率の高さは、人の命を扱う職業という特殊性の割には異様に高い。高すぎる。司法試験の合格率が2〜3パーセント程度、医師国家試験が90パーセント程度というのは、どう見ても逆であるべきだ。

活性酸素の行方とサプリメント

 老化の原因の1つと言われていた活性酸素が、実は老化とは無関係だった――。共同通信が15日に配信した記事は、サプリメント業界を揺るがしたのではないか。

 活性酸素を抑制するということでサプリメントが人気を集めているからだ。

 共同通信の記事をどう読むべきか。

 私が信頼する上符正志医師(米国抗加齢医学会認定医)に聞いてみたところ、「サプリメントが科学的な場で検討されるいい機会になるんじゃないかな」という見方を示した。

 確かにそうなのだろう。この研究結果が正しいか否かは今後世界中の研究者が追試を重ねてゆくことで確認される。今はまだ「こういう研究結果もある」という段階の話でしかないのだ。

 ということで、私は安心してサプリメントを摂る。

踊る阿呆

 「昨夜は楽しかったね」。こう声をかけてきたのは、NPO法人フューチャー・メディカル・ラボラトリー理事長で徳島大名誉教授・元学長の武田克之先生である。

 昨夜仕事関係の集まりがあり、東京・新宿で歌を歌う小部屋に行った。そこで私が沖縄の明るい旋律の「かちゃーちドンドン」を気持ちよく歌っていたら、聞いていた武田先生が歌に合わせていきなり踊り出したのである。

 カチャーシーのような阿波踊りのような手踊りを午後10時半ごろ披露した武田先生は79歳である。

 阿波踊りの連を率いておられる武田先生は、「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃ損々」の実践者なのだった。

 踊るのは楽しい。踊ることで見物側ではなく主役側に立つのである。人生、自ら踊るに限る。

サプリメントという宗教

 東京・JR新宿駅南口から甲州街道沿いに西新宿に向かって歩いている途中、突然頭から血の気が引くのを感じた。周囲の音が聞こえなくなっていく。景色が白黒になる。気分が悪い。貧血状態である。血の気の多い私が貧血状態になるとは(←そういう問題ではない)。

 朝飯後にサプリメントを摂り忘れた。毎朝摂っているのはコエンザイムQ10とギンコビローバ、マルチビタミンである。ギンコビローバを飲み忘れたせいで脳の血流が悪くなったのか。

 サプリメントに詳しい仕事仲間の言葉を思い出す。「サプリメントは宗教と同じです。効果が具体的に分かるものではないので、信じる者だけが救われるという意味で」

 米国抗加齢医学会認定医の資格を持つ上符正志医師がサプリメントをいくつか摂っている。信頼すべき上符先生が摂っているなら、と私は最近“信者”になった。

 こういう経験をするとますますサプリメントから離れられなくなりそうだ。道端で倒れたくないもんなぁ。

誰のため、何のため

 胸部X線検査の有効性には大きな疑問があるから、現在の職場健康診断での義務づけを廃止しようという指摘に対して、業界側は「優れた検査法とする根拠は乏しい」が「有効性が低いとする根拠は確立されていない」と反発したそうな。

 今日付の『毎日新聞』1面に載っている。それを読んでいた長男(高1)は「要するにアホやな」と吹き出した。

 発言したのは全国労働衛生団体連合会の柚木孝士副会長だそうで、この人は自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。

 早い話、胸部X線検査の有効性についての明確な証拠を全く持っていないのだ。にもかかわらず、言葉遊びでごまかそうとした。これほど説得力のないことを言ってのける根性には拍手してもいい。パチパチ。

 反吐が出そうだ。

デニーズ平塚見附店(神奈川県)のおっさんいわく

 午後9時前に行ったところ、中学生20人弱がワイワイやっているそばに案内された。ちと騒がしいので、店長風(50代に見えた)のおっさんに席の移動を頼んだ。

 おっさんはこう言った。「ほかの席はいっぱいなので、少し待ってくれる?」

 お客様の私に「くれる?」とな。キミは私の上司か? 客に対してなれなれしい口を利くのがデニーズ平塚見附店のサービスなのかな。

 デニーズさん、お客様への口の利き方さえ知らないおっさんを使わないでくれる?

サービスが欠けた日

 東京・新宿駅近くのマインズタワー地下にある「飛騨高山らーめん」という店でラーメンを食ってみた。暑い日に熱いラーメンを食うというのに、冷房がいまいちである。こういう店に限って、レンゲがついていない。汁はうまくないから飲まないほうがいいよということか。

 同じ日。横浜・中華街近くにあるローズホテル横浜で女性を中心にした200人ほどの集まりがあった。バイキング形式の料理に女性が群がり、料理がなくなってゆく。料理の追加はない。女性の食欲は男性ほどではないのに料理はなくなっていった。

 この団体のトップがマイクを握って声を荒げた。「いろんなところを使ってきたが、こんなのは初めてだ。味はまずいし、量が少ない」

 料理とは関係ないが、神奈川県平塚市の市民病院に激しい腹痛を訴えて来た女性の病名が盲腸と分かるのに3日もかかった。

 何だかなぁ。

原稿料

 東京都立広尾高校16期生E組のクラス誕生40周年文集が届いた。現代文読解の神様と言われた駿台講師・藤田修一師が、公立高教師として40年前に担任したクラスの文集である。

 過日、藤田師にインタビューさせていただく機会に恵まれ、その際に文集の編集委員会から「藤田先生の教え子という点では同じだから、文集に何か書け」と声をかけられたのだった。

 さっそく見てみる。すると、目次に藤田師と私の名前が並んで載っているのが目に入った。おお。おお。おお。おおおおお。感嘆詞しか出てこない。

 直後、今度は身の引き締まる思いをした。文集の間から「寸志」と書かれたのし袋が出てきたのである。中には大金が入っていた。

 文集の編集委員であり、私の毎日新聞時代の大先輩記者でもある三木・論説委員は手紙にこう記していた。「プロにはタダでは書かせてはいけないが持論なので、その気持ちだけ」

 私からすると藤田師のクラス文集に書けただけでも光栄なのに。

 自腹を切って原稿料をくださった大先輩記者のご厚意にただただ頭を下げるしかない。と同時に、大先輩記者の叱咤激励を受けて、「プロ」らしいものを最近書いているだろうかと自省している。

デザイン至上主義は誤りである

 印刷関係の人と話をして一致したことがある。それは、デザイン至上主義が誤りであるということだ。

 そもそもデザインのよしあしを客観的に測るモノサシがない。極論すればデザイナーの自己満足でしかないのだ。そんなものに企業が大金を投入することの愚に気づくべきである。

 デザインのバブル時代はそろそろ終わったほうがいい。

 編集関係者から時折聞くのは「デザイナーの人間性と社会性の欠如にヘキエキする」というぼやきである。確かに。そういえば、私に脅迫状を送ってきたり脅迫電話をかけてきたりした莫迦はデザイナーだったなぁ。 

 とはいえ、もちろんいいデザインというものは存在する。それは、デザイナーがその商品を買う客の目で設計したものである。
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