同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

威張るな自転車

 歩道で後ろから来た自転車にベルを鳴らされることが多い。

 道路交通法は自転車を軽車両と規定しおり、歩道と車道の区別のある道路では自転車は車道を通行しなければならないと定めている(17条)。

 いや、そんなことより、「そこのけそこのけ自転車が通る」「人より自転車が優先だ」と言わんばかりにベルを鳴らす無神経さに腹が立つ。

 私の場合、自転車に乗っていてベルを鳴らしたことがない。前に人がいれば自分から避けて進むし、前の人がゆっくり歩いていて追い抜くことができない状況ならそのあとを私は自転車でゆっくり進む。

 歩行者に気を遣うのが自転車に乗る者の態度だと思っていただけに、最近の威張る自転車には首をかしげざるを得ない。

渡辺淳一「愛の流刑地」のオチは

 渡辺淳一が『日本経済新聞』に連載中の小説「愛の流刑地」のオチを予測しておこう。

 主人公の男がセックスの最中に最愛の女性を絞殺して茫然自失となる――。このあと男が女の後を追うか否かは分からないし、私にはどうでもいい。肝心なのは、セックスの最中に男が女を誤って絞殺してしまう点にある。

 実は60年前にそのような連続殺人事件があった。1945年5月から46年8月にかけて、東京で小平義男が起こした7件の婦女強姦殺人事件である。48年11月16日に最高裁が上告を棄却し、死刑が確定、49年10月5日に刑が執行された。

 この事件は猟奇的犯罪とされている。というのは、小平が女性の首を締める際に快感を得ていたからである。この点を渡辺淳一が小説に取り入れているのは間違いない。

 まさかとは思うが、渡辺先生は「愛と死は紙一重だ」と言いたいのかもしれないなぁ(笑い)。

お話しにならない塾

 塾に通う高校生や中学生が、同じ塾に通う小学生を教えていることがある。

 塾の経営者は本来なら自分が先頭に立って教えるべきだし、いい講師を確保する努力をするのが当たり前だ。にもかかわらず、子供に子供を教えさせて平気なのは、塾経営者として教育者として失格である。

 教える側の子供がバイト代をもらえるからいい、という問題ではない。

 こんな手抜き塾に通わせないよう、親は塾の内容を把握しておかなければならない。

実力差が広がる構図

 笑顔のかわいい、美しい女性を撮影した。美に十分恵まれているにもかかわらず、彼女は肌の美しさをも追求している。こうして実力差は広がる。

 勉強ができる人はさらに勉強して成績を上げていく。運動ができる人はさらに努力して運動能力を高めていく。この構図は芸術の世界でも仕事の世界でも変わらない。

 最初から力のある人がさらに努力するのだから、そんな人にかなうわけがないのである。凡人はこの厳然たる事実を踏まえて、何倍も努力するしかない。

藤田師へのラブレター

 駿台で大活躍した現代文読解の神様・藤田修一師に話を聞いてまとめた記事を2回に分けて下記の電子住所に掲載した。

 400字詰原稿用紙換算で14枚ほどになってしまった。仲間に言われた。「これはラブレターですね」

 私もそう思う。ラブレターにおけるイイタイコトは「あなたを愛しています」に尽きる。愛する人や思いを伝えたい人がいるのは人生の幸せである。

インタビュー:現代文読解の神様・藤田修一さん(上)――70歳で再開したカメラ
http://www.anti-ageing.jp/show/d200507010001.html

インタビュー:現代文読解の神様・藤田修一さん(下)――「一生懸命」という生き方
http://www.anti-ageing.jp/show/d200507020001.html

読書と視力悪化

 私の娘たち(中1と小5)は1日に1冊の割合で本を読んでいる。私の仕掛けがまんまと成功したのだ。

 このことを知ったお母さんから聞かれることがある。「視力が悪くなるのが心配で」

 私の子供3人は全員視力がよくない。活字の読み過ぎが原因だろう。しかし、やむを得ない。だから、質問にはこう答える。

「視力が悪くなっても死ぬことはありませんし、メガネやコンタクトレンズをつければ解決します。ただ、脳みそが悪くなったら、解決できません。視力は矯正できても、脳みそは矯正できませんよね」

 これでいいのだ(って私はバカボンパパか)。

 

『ワルの「奥の手」』という本

 今日付の『毎日新聞』朝刊に、幻冬舎の『ワルの「奥の手」』という本の広告が載っている。

 「仕事と人間関係・賢くしたたかに生きるヒント」だそうで、「メールの返信は短くする」や「通したい企画は売り込まない」「ミスの報告は電話ですませる」「強く印象に残すにはそっけなく立ち去る」などなど、驚きの“ヒント”が並ぶ。

 こういうのを真に受けて実行できてしまう人は、ワルにはなれない。

 ――ということが理解できない人が買うんだろうなぁ。いいのかね?! そんな律儀な人をだまして。

クールビズに反対する3つの理由

 クールビズとやらを悪いとは言わない。ただし、押しつけには反対する。

 そもそも服装は「精神の自由」を体現する道具である。それを、お上の趣味で押しつけられてはかなわない。

 「精神の自由」などと高邁なことを言う前に、ネクタイやシャツはおしゃれの小道具だったりするのである。クールビズはおしゃれを放棄せよと言うに等しく、無粋である。

 3つめに礼儀の問題がある。

 私には苦い記憶がある。何年前だったか、真夏の暑い昼間のことだ。一緒に昼飯を食べようということで、スポニチ社会部長と三和総研理事と東京・新橋で待ち合わせた。

 あまりに暑い日だったので、いつものブレザーを着ずに待ち合わせ場所に行った私は、恥ずかしさのあまりもだえ死にたくなった。私より年上で大先輩のおふたりがそろって上着を着用していたからだ。その場でお詫びしながら、2度とこういう不作法はするまいと誓った。おふたりからは何のおとがめもなかったが、目上の先輩たちへの礼儀の欠如は暑さ以上にこたえた。

ネスレ日本の対応は×××××

 私の仲間がネスレの東京オフィスに電話で取材を申し込んだところ、神戸にあるネスレ日本で対応すると言われた。

 電話をかけた仲間に対して、大崎という人は「電話取材には応じられない」「担当が外国人なので取材は英語で」などと言ってきた。要するに、神戸に来て英語でやれ、ということである。

 仲間は呆れ果て、「もうけっこうです」と取材を断った。すると、大崎という人は「東京で取材の対応ができる」と言ってきた。

 今までのやり取りは何だったんだ?

 不誠実に不誠実を重ねたネスレ日本の対応と違いの分かる広報担当者の不在を、ドトールコーヒーを飲むたびに私は思い出す。

 ここまで不誠実な対応を私は聞いたことがない。4月の話である。

TUMI

 TUMIのかばんを使うようになって9年くらい経つ。私の場合、ノートパソコンや本、手帳、MDプレーヤー、ヘッドフォン、そして時には一眼レフカメラとストロボ、着替えまで入れるから、大きく膨らむかばんが必要だった。この点TUMIはいい。購入後の苦情に対するTUMIの誠実な姿勢もよかった。

 しかし、使うのを止めようかと最近迷っている。理由は簡単、あまりにも大勢が持つようになってきたからだ。

 私が使い出した当時はTUMIの利用者は少なかった。それがあなた(って誰だ)、こんにちでは猫もシャクシも持っている。一番がっくり来たのは、2年前の正月に、70歳のわが父親がTUMIのかばんを持って徳島からやって来た時だった。

 TUMIが強気の価格設定をしているのも気にくわない。たかがナイロンのくせに。

沖縄県慰霊の日

 今日は沖縄県の慰霊の日である。戦後60年という節目だからだろうが、『毎日新聞』は興味深い沖縄企画を朝刊でも夕刊でも連発した。

 来年以降もこのような精力的な企画が続けば素晴らしいのだが、持続力や一貫性のなさが毎日新聞社の社風だから、全く期待しないでおこう。

渡辺淳一と小池真理子

 『日本経済新聞』は渡辺淳一の「愛の流刑地」を連載し、『毎日新聞』は小池真理子の「虹の彼方」を連載している。どちらも愛を描く小説だ。

 にもかかわらず、大きな差がある。

 前者を端的に言うと、単なる中年オヤジの夢物語の域を出ていない。間延びした記述は陳腐で雑ぱくとしか言いようがない。一方、後者はひたひたと迫る人生の流転を精緻かつ丁寧に描写している。

 『日経』もずいぶんなめられたものである。いや、なめられたのは『日経』の読者か。同じ方法論を繰り返すずさんさが社内で問題にならなかったのかとさえ思う。

 というわけで、文句なしに「虹の彼方」が面白い。

 恋愛小説を書く女性作家なら高樹のぶ子が最右翼だと思っていたが、小池真理子の息詰まる筆致は読ませる。

上司が部下を評価する際の問題点

 上司が部下を評価する制度で最大の問題は何か。

 それは、無能な上司に評価される場合である。「お前がワシを評価できるんかい」という根本的な疑問を部下が上司に対して抱く場合である。

 上司だからといって必ずしも有能とは限らない。

 どうすればいいか。

 「あの人になら評価されてもいい」と思える上司を部下が指名できる仕組みを取り入れることだろう。少しは改善できる。

駿台・藤田師を通して「愛」を考える

 現代文の神様とうたわれた駿台のカリスマ講師・藤田修一師にお目にかかって一夜明け、興奮冷めやらぬ状態にある。余韻を楽しんでいると言ってもいい(A=A’)。

 この心地よさは何なのだろう。

 藤田師や三木賢治・毎日新聞論説委員と愉快に歓談できたからでもなければ、藤田師から「純粋だね」と言われたからでもない。

 私が藤田師の講義から学んだことをまっすぐ伝え、それを師がまっすぐ受け止めてくださったからではないか。

 言い換えれば(A=A’)、これは愛の告白なのである。

 アイシテイルという気持ちがまっすぐ相手に伝わることが、どれほど心を豊かに満たしてくれるか。

 一方(A←→B)、愛の拒絶は心が破壊される。地獄である。

 心が破壊されることを覚悟してまで伝える価値があるのが、アイシテイルという感情なのである。人生においてそれほど軽く口にできるものではない。

駿台の藤田修一師

 あの藤田修一師にお目にかかった。かつて駿台予備学校で現代文を教えた名物中の名物講師である。その斬新な読解法と時折触れる人生や青春についての語りが受験生の圧倒的支持を集めた。今風に言えば「超カリスマ講師」である。

 藤田師との出会いは約23年前にさかのぼる。私が高校3年の夏休み、四国の徳島から上京し、駿台の夏期講習「早大国語」で藤田師の講義を初めて受けた。合計してもわずか6時間ほどの講義だったが、正解を導く鮮やかな読解法に目からウロコがボロボロ落ち、ただただ感嘆した。

 藤田師に魅せられた私は、講師室を訪ねて話しかけたいと何度も思った。しかし、話しかける内容が浮かばない。講義を聞けばすべての疑問が氷解してしまい、何か質問したくても質問事項がないのである。

 徳島に帰った私は講義を録音したカセットテープを何度も何度も聞き直し、自分の脳に藤田師を乗り移らせた。藤田師になり切って現代文を読むと、不思議なことに正解が見えてくるのだ。もちろん藤田師の参考書は片端から熟読した。こうして、伸び悩んでいた現代文の点数が秋以降に急上昇し、第1志望に合格できた。

 以来、藤田師に“片思い”をしてきた。

 東京・渋谷の東急百貨店本店玄関前でお目にかかり、すぐに「先生のおかげで合格できました。ありがとうございました」と頭を下げ、20年ほど前のお礼を伝えた。

 この藤田師と私の大先輩で座談の名手である三木賢治・毎日新聞論説委員という豪華な顔ぶれで晩飯を食べた。

 藤田師にお酌していただくという夢のような状況で、「私は下戸ですから」とはもったいなくて言えない。ウーロン茶を飲みながら何度もおちょこを口にした。そして握手握手握手。81歳とは思えぬ握力である。

 張りのあるお声も柔和な目も、語り口も昔と同じだった。

 憧れの藤田師に、私は思いの丈を必死に語った。講義を通して学んだ「いかに生きるか」を真剣に伝えた。師は「涙が出るくらいうれしい」と喜んでくださった。

 藤田師が私を見てほほえんでくださるたびに、幸せのあまり気絶しそうになる。
 
 藤田師と三木さんが都立高校時代の学級担任と教え子という関係でもあることから盛り上がりに盛り上がり、歓談は午前0時前まで続いた。こんな愉快なひとときはこれが初めてだ。こんな愉快な夜はもう2度とないのではないか。

 私は放心状態である。

東京建物

 建設会社に勤める知人が教えてくれた。「東京建物の物件は非常にいい」

 どんな点がどういいのか。

 建設現場に突然やってきて品質の点検をする組織が東京建物の社内にあり、この組織が実に厳しく点検するのだそうだ。「東京建物の指示通りにやっていないとやり直しをさせられる。やり直しで工期が遅れれば損害賠償の対象になるから、工期を遅らせられない」

 「打ち合わせ内容は必ず文書にして来る。齟齬が生じても、文書を示して『こういう合意をしましたよね』と迫ってくる」

 同業者に一目置かれる企業は一流である。いい商品を作るための努力が、企業を一流にする。

博多の女子高生

 出張先の博多で信号待ちをしている私に女子高生が声をかけてきた。さすが博多の女子高生はお目が高い。

 彼女は少し恥ずかしそうにほほえみながら、「これ」と私に紙片差し出す。出会ったばかりの私に道端でラブレターを渡すとは、博多の女子高生は大胆だなぁ。

 紙片にはこんな文字が。

 あなたは真光の業をご存じですか?

博多の5つ星「なぎの木」

 出張先の福岡・博多で晩飯を食う店を探して歩いていたら、「自然料理屋なぎの木」という看板を見つけた。

 落ち着いたたたずまいで、一見すると高そうである。しかし、店の前には料理と金額を明記した表示がある。2000円くらいで食える。

 結論を言うと、実にいい店だった。

 料理に工夫がある。地元の食材を使っている。食材の生産者の顔が見える。そして、店の人たち全員が丁寧で温かい対応をしてくれた。

 これほど居心地のいい店は珍しい。

 私の評価の基準は「自腹でまた行きたいかどうか」である。この店は何度でも通いたい店だ。そして、大切な人を連れていきたくなる店である。

 博多の西中州にある「なぎの木」を自信を持って推す。

JR東日本はタコである

 JR西日本もJR九州も当たり前のことができていた。にもかかわらず、JR東日本はできていない。

 新大阪駅から新幹線に乗って博多に着き、この目で確認した。お客さんが新幹線の切符を窓口で購入する際の方法である。

 西日本も九州も、複数の窓口を用意しておき、その前にお客さんを一列に並べ、空いた窓口に順次誘導している。

 一方、東日本は窓口ごとに列を作らせているので、どの列に並ぶかで早い遅いが生じうる。事実、私が昨日東京駅構内の窓口で並んだ際、ほかの列はすいすい発券作業が進むのに、私の列は全く進まない。気の短い私はイライラした。

 整列購入はファストフードの店や銀行などで広く導入されている。その程度のことがなぜJR東日本にはできないのか。

恋愛とバイト

 <恋愛とバイトは、たくさんしといたほうがいい。>

 急募ドットコムという会社の広告文句である。これを考え出した人のお粗末な労働観や恋愛観が垣間見える。

 恋愛とバイトは同等に扱うものではないし、<たくさんしといたほうがいい>ものでもない。<恋愛とバイト>を<たくさん>するのは単に腰が軽いというか尻が軽いというか浅はかというか、そういう人でしかない。

 バイトや恋愛で重要なのは「質」である。「量」ではない。

元凶はどっちだ?!

 二子山親方が亡くなり、新聞に載る週刊誌の広告を注目していたら、『週刊新潮』は<若貴不仲の「元凶」と批判された「景子さん」>、『週刊文春』は<貴乃花衝撃告白3時間「全ての元凶はオフクロなんです」>と出た。

 「元凶」は「景子さん」なのか、はたまた「オフクロ」か。どっちだ?!

 結論の違いを見ると、『週刊新潮』も『週刊文春』も読みたくなってしまう。両誌の陰謀だったりしてね。

 ふと横の『女性セブン』の広告を見ると、連載「新われらの時代に」で<歴史に翻弄されながら米兵との愛に賭けた女たちの記録・恋文屋が見続けたコザ(沖縄市)の恋50年>という見出しである。ずいぶん使い古されたネタだなぁ。

 新聞を読む面白さの1つは、このような雑誌広告にある。

 

クールビズというより

 クールビズという横文字を小泉さんが率先垂範している。しかし、クールビズは風邪を引く恐れがある。

 私が毎日乗るJR東海道線は冷房がよく効いている。半袖では鳥肌が立つ。

 社会が足並みをそろえない限り、アロハシャツやかりゆし服を導入しようとしても効果は上がるまい。

 クールというより、フール(fool=ばか)というべきだろう。

無粋

 古里から仕事で上京した友人を誘って、奮発して新宿の串揚げの店に行った。

 カウンターに並んで座る。

 料理人の手元を見て楽しみ、食べて楽しみ、料理人と話して楽しみ、友人と話して楽しむのが基本である。

 ところが、である。仕事のことが頭から離れないのか、友人は仕事のことばかり話す。

 アスパラガスの揚げものが出てきた。料理人が素手で持っていたので、私も手にしてみたが、熱くて持てない。「こんな熱いのを持てるんですね」「油の中に指先を突っ込んだこともあるんですよ」。料理人との話が広がりかけた時である。

 友人がアスパラガスを触って、こう言った。「これくらいならうちの嫁も持つぞ」

 気絶しそうになりつつ、揚げアスパラを食べる。うまそうに食べていたところ、「アスパラが珍しいんか?」と友人は言う。私は殺意を抱いた。

 無粋人にはマクドナルドで十分だったのかもしれない。

予備校の選び方で最も重要なこと

 秀英予備校が「(中学部の)講師が社員である」ことを自慢している。労働面から見れば、被雇用者の経済的安定は非常に重要なことである。

 しかし、だからといってその予備校が生徒にとって素晴らしいという話にはならない。

 予備校で最も重要なのは講師の質である。講師の質と正社員であるかどうかは全く関係がない。したがって、大手予備校であっても教えるのが下手くそな講師は存在するし、逆に小さな塾に教えるのが上手な講師がいることもある。

 予備校では夏期講習の受付が始まる時期である。講座を選ぶ唯一の基準は「講師の質」に尽きる。いい講師を選ぶためには事前の情報収集が欠かせないのは言うまでもないが、あえて言っておいた。

22万円の借金を背負った中1の長女

 中学で吹奏楽部に入り、トランペットを吹いている中1の長女に頼まれて、東京・渋谷のクロサワウインドという楽器店にトランペットを見に行った。

 買うつもりはさらさらなかったのだが、戎浦さんという人が懇切丁寧に説明してくれたので、買うことにした。

 バックという米国の会社のトランペットで、定価が約26万円だった。消音器を含めた税込み価格は22万2432円である。

 いちおう私が支払った。しかし、私が「買った」のではない。長女が社会人になったら利息を付けてお金を私に返すという条件で、「立て替えてやった」に過ぎない。

 長女の小遣いは1000円である。22万円まで貯めるには時間がかかりすぎるから、このままではトランペットを手に入れる機会を失ってしまう。この欠点を補うために、親が貸すのである。

 「貸してやる」という私の提案に対して、長女は自分が背負う借金の大きさを踏まえて「買うべきかどうか」「将来返せるかどうか」とずいぶん長い間考えていた。

 戎浦さんが言う。「親から『どれでも買っていいぞ』と言われて楽器を買ったお子さんが、すぐに壊してしまって、修理に持ってきたことがあります」

 自分のお金で買うという自覚と覚悟のあるなしは、物に対する愛着に影響を及ぼしうる。

 何不自由なくお金を与えて子供を莫迦にしてはならない。

シチズン超音波洗浄器のウソつき

 シチズンの超音波洗浄器を買った。メガネ屋の店頭にあるレンズ洗浄器の小型版である。

 「超音波でいつも清潔」「微細なすき間の汚れを粉砕して、布やブラシ、水流では落ちない汚れをスッキリ取り除きます」などと打ち出している。

 ところが、私がメガネを洗浄してみたところ、肝心のレンズに白っぽい汚れらしきものがつくのだ。

 シチズンに聞いたところ、「メガネ屋の店頭にあるのは業務用です。それと比べるお客様が多いのですが、これは家庭用でして、届かないところの汚れを落とすのが主目的のものです」という趣旨のことを言う。

 届かないところの汚れを落とすのに、手の届くレンズは汚れる?

 商品の箱には「メガネの洗浄に最適」と明記されている。業務用ではなく家庭用だと弁解するなら、なぜ最初からこのことを明記しなかったのか。 

油断

 中溝慶生・九州大名誉教授を取材した。

 中溝先生はかねてから「無意味な言葉」を疑問視している。

 例えば「お大事に」という言葉を挙げ、「一体何をどう大事にすればいいのか分からない。私が飛行機に乗る時などに『お気をつけて』と言われるが、私が操縦するのではないから、気のつけようがない」と私を笑わせた。

 取材後、東京・新宿のホテル玄関から羽田空港行きのバスに乗り込む中溝先生を見送った。その際、つい油断した。バスに乗り込む先生に、言ってしまったのだ。

 「どうぞお気をつけて」

足下にお金が転がってきたら

 東京・新宿のドトールで。

 お客さんの1人が硬貨を落としてしまい、50センチほど転がった。ちょうどそこを通りかかった男性が足で硬貨を止め、しゃがみ込んで硬貨を拾い、持ち主に渡した。両手に荷物を持っていたのに、である。

 簡単にできそうで、実はなかなかできない行為だと私は思う。それだけに、こういう行為をとっさに取ることができる人を私は信頼する。

 この男性は「ドクター上符」と呼ばれる、アンチエイジング医学の専門家・上符正志医師だった。

 私の足下にお金が転がってきたら、私ならどうするだろう。足で止めるところまではする、かな。あるいは、またいで素通りするかも。いや、大金だったらすぐに拾って猛烈な勢いで店の外に駆け出すのは間違いない。

「さん」づけ

 高1の長男が塩谷信幸・北里大名誉教授にブログの使い方を説明する機会があった。

 長男はあとでこう言った。「先生は終始丁寧語で話しかけてくれた。驚いた」

 塩谷先生は30歳以上年下の私を「さん」づけで呼ぶ。私が逆の立場なら、ついつい気軽に「くん」づけしてしまいそうだ。

 もちろん、年下の人間への呼称はいろいろあっていい。ただ、「さん」づけは対等に扱ってくれている感じがする。

 かつて一緒に仕事をした本多勝一さん(元朝日新聞編集委員)も私を「さん」づけしていたものだ。本多氏が私を嫌うようになり、ある時「西野さん」と呼んできた。「」で“お前なんか大嫌いだ”という語感を示したようだった。

 「さん」づけに「」は似合わない。微苦笑した。

現代文読解は藤田修一師

 出口某という東進ハイスクール講師が書いた現代文の参考書が売れている。この人の参考書を見て思うのは、駿台の名講師だった藤田修一師の方法論と同じではないか、ということだ。

 「A←→B」や「A=A’」などの記号読解も、「イイタイコトは繰り返されれる」という決まり文句も、23年以上前に駿台予備学校で藤田師が使っていた。私の知る限りでは、これらは藤田師が考案した方法論である。これは駿台国語科で今も受け継がれているようだ。

 牧野某という河合塾講師が最近出版した本の中で記号読解は万能ではないと批判しているが、とっくの昔に藤田師は自著の中で記号読解は万能ではないから固執しないようにと注意を促している。

 とはいえ、藤田師の方法論はかなり使える。事実、高3時の夏期講習で藤田師の講義を3日ほど受け、目からウロコがボロボロ落ちた私は、現代文の成績が急上昇した。

 私が聞いた藤田師の講義は緩急自在だった。師は50代後半、円熟の域に達していた。森鴎外の墓の質素さを語り、『セメント樽の手紙』の「へべれけに酔っぱらいてぇなぁ」を情感込めて読み上げ、「不来方のお城の草にねころびて空に吸はれし十五の心」をふんわりと解説し、「想像の翼を広げてごらん」と受講生をあおった。

 出口某の講義はフガフガ言っていて聞き取りにくい。

 藤田師の名講義をDVDで復活させられないものかと何度も思う。後世に残す価値があるからだ。

 80歳を過ぎた藤田師は今もお元気であるらしい。
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