同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

『瀬戸内寂聴全集』19巻と残りの24冊

 寂聴さんが文学に関する考え方を記した随筆を読みたくて、思い切って買ったのがこの19巻だ。この本とコーヒーのおかげで2022年の正月三が日は三昧だった。しあわせとはこういう環境を言うのだろう。コーヒーを啜る音とページを繰る音しか聞こえない空間ほど、しみじみと極楽を感じるところはない。

 寂聴さんの文学観は、やはりというべきか車谷長吉さんや山崎豊子さんのそれとほとんど同じで、峻烈だった。昨年12月15日付『毎日新聞』朝刊「仲畑流万能川柳」に載った《寂聴さん笑顔の下のマグマかな》(鶴岡 ゆう坊)は言い得て妙である。

 交流のあった芸術家らの横顔を書いた随筆は、「そんなことを書いていいのか」と私がためらってしまうような言及を随所でやってのけている。本人にとってはごく普通の描写なのかもしれないが、書かれた人は火傷を負うのではないか。寂聴さんの《マグマ》のなせる業(ごう)だろう。だから面白いのだが、マグマに襲われる人は大変かも知れない。

 この機会に全集を読み切りたいのだが、そんなことをしているとほかの小説家の作品を読む時間が減る。おぼろげに残り時間が見えてきた今、いくら興味があると言ってもさすがに25巻全部、つまり残りの24冊を読むのはちょっとなぁ(笑い)。









 

『私が見た未来』とトンガ沖海底火山噴火

 『毎日新聞』の連載で山田孝男特別編集委員(どうでもいいことだが、外部の読者には「特別編集委員」とか「専門記者」とか全く意味が分からないし興味がない。「記者」でいいんじゃないか。定年後の肩書きとそれに付随する処遇はひいきで与えられるという説があるくらいだから、ますますどうでもいい)が取り上げなかったら、読まなかった。

 山田さんは人格高潔と聞く。私が福島支局を離れたあと山田さんはデスクとして福島支局に来たので、残念なことにお会いしたことはない。しかし、福島在住の第一生命の女性がわざわざ私に電話をかけてきて、山田さんはすごい人だと繰り返し繰り返し熱心に言うのである。これは一体どういうことだと驚いた。山田さんの下で働いた支局員の評判も高く、下劣な私としては爪の垢を煎じて飲む機会がなかったことが残念でならない。

 話がそれているのでもとに戻す。

 そういう理由で注目していた山田さんが東京に戻って連載を始めた。政治記者だった岩見隆夫さん(晩年は「特別顧問」)の後継者的な位置づけかなと思ったが、記事にはバランスがあり、ギリギリまで記事に手間暇をかけている様子を噂で聞いたこともあり、私は信頼して読んできた。

 前置きが長すぎるのだが、そういう記者が連載で取り上げた『私が見た未来』だから読まないわけにはいかなかった。

 ここで詳細は書かない。よほどのことがない限り本は身銭を切って読むべきだと思うからだ。

 1つだけ書いておくのは、最初読んで「どういうことだろう」と腑に落ちなかった記述が、トンガ沖海底火山噴火を見て、「あ、そういうことか!」と合点がいった。

 予言が外れるに越したことはない。いずれにしても準備をしておく必要はある。まだ少し時間があるので、着々と準備を進める。


アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』

 友人に教えてもらう本はありがたい。なぜならそういう本は自分なら買わない=読まない=世界が広がらないからだ。

 アガサ・クリスティというと私のイメージは推理小説なので、こんな本を書いていたとは意外だった。教えてくれた友人と感想を交わしたところ、お互いに目の付けどころが異なっていた。主人公の主婦ジョーンに対してさえ食いつく点が違った。それぞれの着眼点の背景にそれぞれの人生があるんだなぁ。

 アガサは小説家になったあと失踪したり離婚・再婚したりしている。そういう経験が肥やしとなってこのような小説を書いたかなと想像する。


温かい靴下は

 足が冷えると感じるようになったのは50代半ばごろから。特に外出時に冷える冷える。というわけで、どうすれば足を温かくすることができるか、手持ちの靴と靴下で組み合わせを試してみた。

 結論から言うと、モンベルのクラッグステッパーという靴とモンベルのメリノウールエクスペディションという靴下の組み合わせが最も温かい。

 革靴の場合、靴そのものが冷えるので、靴下にメリノウールエクスペディションを履いても、ミズノのブレスサーモ極厚パイルを履いても、靴下まで冷える。氷点下の朝、革靴にブレスサーモ極厚パイルを履いて外出した経験から言えるのは、そもそもミズノのブレスサーモは汗で発熱する仕組みなので、足が冷えていると汗をかかず、したがって発熱しないのである(笑い)。その点、これも試したのだが、革靴とメリノウールエクスペディションのほうがごくわずかにましだった。

 繰り返すが、靴が冷たいと靴下も冷えるのである。

 モンベルのクラッグステッパーという靴は牛革や合成皮革などでできていてゴアテックスの皮膜に覆われた低山や街歩き用である。そういう用途なので冷えにくいのは当たり前だし、冷えにくい靴を履けば靴下も冷えにくいという当たり前の話である。

 クラッグステッパーを履いておけば、発汗をもとに発熱するブレスサーモ極厚パイルは、電車に乗って温まると、足が発汗しているのだろう、発熱しているのか温かくなった。メリノウールエクスペディションは最初から温かい。

 朝起きて室内のフローリング上で履くと違いが分かりやすい。ブレスサーモ極厚パイルはザラザラしていて温かくない。メリノウールエクスペディションは履いた瞬間から温かい。

世界幻想文学大賞受賞の松田青子『おばちゃんたちのいるところ』

 新聞広告で興味を持った。本を読む人間向けのアピールの場として新聞は相性がいい。

 17の短編で描いたのはこの世とあの世のあわい。私の好んで読む小説とは系統が異なるけれど、読んだことのない世界だけに面白い。兵庫県出身の著者らしく、笑いを誘う工夫が随所に凝らされている。

 「いちまい、にまい」とお皿を数える菊枝、と記されていれば、日本人ならピンと来る。これを外国人に向けて英訳するとなると背景説明を補足する必要があり、そのぶん面白さが損なわれるはずで、にもかかわらず世界幻想文学大賞受賞といういことは翻訳者に恵まれたのだろう。そういえば、外国の文学賞は翻訳家に恵まれるかどうかだということを確か林真理子さんが語っていた。

 著者や翻訳者の才能が描き出した霊験あらたかな世界である。

正月は瀬戸内寂聴さんと過ごす

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 正月の準備ができた。寂聴さんと迎える。思い切って『瀬戸内寂聴全集』19巻を買ったのである。「文学への問い」としてまとめられた36の文章を読みたいからだ。第一志望だった文学部に落ちた私が、目に見えて減ってきた残り時間を費やすのは文学なのだった。社会人入学で文学部に入り直すという道もあるのだろうけれど、女子大生にうつつを抜かすに違いないので、ひとり文学部が無難だろう。

 あした朝起きたら日めくりを破り、朝飯を済ませ、コーヒーを飲みながらこの全集のページを繰る。想像しただけでこころが阿波踊りを始めてしまう。

 早く来い来いお正月。

 

年賀状の混乱に終止符を

 年賀状にヒーヒー言うようになって長い。理由は簡単、かつては舎弟3人にやらせていた。返事のチェックも、住所録の変更も、すべてやらせていた。私は指示するだけで済んだ。舎弟3人がいなくなり、その後は私が泥縄式で毎年の年賀状を出してきた。返事が来たかどうか確認しないまま年賀状だけ出し続け、ワケワカメであった。

 とりわけ今年は仕事が終わらず(というか、貧乏人なので仕事を積極的に受けてしまうw)、おまけに住所録のデータを失ってしまったため、しっちゃかめっちゃかである。ここで思いついた。「ココナラ」に頼むことができるのではないか、と。

「ココナラ」をこれまで何度か使ったことがあるので費用の妥当さと仕事の確かさは分かっていた。私の依頼は2点。

(1)私から年賀状の束を送るので、それをもとにエクセルで住所録を作ってほしい
(2)ついでにラベルに印刷して、年賀状の束と一緒に送り返してほしい

 納期までの時間が短いという理由で数人に断られたが、受けてくれる人に出会えた。仙台市在住の人だった。その人の言い値で了解したものの、大変助かるので感謝の思いを込めて少しばかり上乗せしてお支払いした。

 元日に着くかどうかは別にして、年賀状の発送が一気に進んだ。漏れがありそうだが、まぁ仕方がない。発送済みリストともらった年賀状を照らし合わせていく。

 作ってもらったエクセルの住所録を今後は私がしっかり更新していけばいい。来年から年賀状づくりがぐっと楽になる(はずだ)。


寂聴さんの集大成『今を生きるあなたへ』(SB新書)

 ソフトバンク系の出版社がこういう本を出しているところがまず面白い。いい編集者がいるのだろう。

『毎日新聞』の広告を見たその日に本屋で見つけて買ったのは、亡くなる3カ月前の語り下ろしだからである。つまり寂聴さんの集大成なのである。好機にインタビューしたものだ。

 愛、仏教、四苦八苦、(女性の)生き方、忘己利他、あの世……。99年生きた寂聴さんの智慧がこの1冊に凝縮されているので、これから生き、暮らし、死ぬときの手がかりになる。見方を変えれば寂聴さんの入門書でもある。

 柔和な顔の寂聴さんの、それこそ亡くなる3カ月前の写真が表紙などに使われているが、過去の写真や映像を見ると、今のような柔和な笑顔はあまりない。むしろ非常に厳しい、苛烈な顔をしている。いい老い方をしてきたということか。とはいえ、寂聴さんのこの笑顔の下に潜む核心を見る必要がある。

 寂聴さん笑顔の下のマグマかな(鶴岡 ゆう坊)=12月15日付『毎日新聞』朝刊「仲畑流万能川柳」から。寂聴さんの核心をこれほど突いたものはないだろう。

『復活する男』(集英社)に学ぶハードボイルド

 「冒険の森へ 傑作小説大全」11巻の『復活する男』も面白かった。

 この本で初めて北方謙三さんの小説を読んだ。ハードボイルドがびんびん伝わってきて、はまるはまる。ヤクザ映画を見終えた観客が肩を怒らせて映画館から出てくるのと同じように、ポンコツの私までがハードボイルドの主人公になった気分にさせられる。それだけ物語に入っていたわけで、だからこそハードボイルドは面白いのだろう。

 ほかの作品も魅力にあふれ、エンタメの幅の広さに目がクラクラ。死ぬまでにあとどれだけ読むことができるのだろう。残り時間を考えると、余計なことをしている場合ではないとあらためて思う。

 この11巻は『復活する男』という題名で、そういう時代の空気が出ている。そのうち「復活する女」とか「復活するLGBT」とか、そういうのが出て来ないといけない。

【長編】
飯嶋和一 「汝ふたたび故郷へ帰れず」
北方謙三 「檻」
【短編】
隆慶一郎 「ぼうふらの剣」
白石一郎 「秘剣」
浅田次郎 「門前金融」
乃南アサ 「彫刻する人」
藤原伊織 「雪が降る」
東野圭吾 「誘拐天国」
【掌編】
星新一 「使者」
城昌幸 「スタイリスト」
眉村卓 「拾得物」
景山民夫 「ボトムライン」
大沢在昌 「二杯目のジンフィズ」

アベノマスク廃棄と検品の不思議

 備蓄されているアベノマスクは8000万枚あまり。検品したうち15%が不良品。検品費用21億円。

 以上は新聞記事から。そもそも論として、布マスクのアベノマスクが必要だったかどうかという点について、あの当時は緊急性があったのでやむを得ないと私は見る。

 庶民の私には理解ができないのは、
(1)不良品の製造者はどこなのか
(2)不良品相当額の返金を求めないのか
(3)すべてのマスクを検品したのか
(4)検品費用の支払先はどこなのか
(5)検品にかかった人日はどうだったのか
(6)そもそも検品に21億円もかける必要があったのか
(7)岸田さんは廃棄を指示したそうだが、その費用はどうするのか。ほかに使い道はないのか 
 という点だ。

 こうしたことに言及していない新聞記事も不良品ではないか(笑い)。原稿を誰も検品していないのか。怒りも何もない新聞記事を誰が好んで読むのだろう。

原田マハ『たゆたえども沈まず』

 実在した画商・林忠正とゴッホ兄弟にまつわる小説である。架空の人物を登場させて舞台まわしをさせた。

 原田マハさんがこの作品で取り組んだのは、芸術とは何かという大きな課題だろう。したがって、写真でも工芸でも陶芸でも小説でも、およそ芸術と言われる分野に属する人に共通する鬼魂が描かれている。「あっ!」と頭が痺れるような記述が数カ所あり、線を引いてページを折った。今そこを読み返しても「あっ!」と唸ってしまう。

 曖昧模糊としていたところに答えが落雷してきた

 この小説は友人に教えてもらった。絵の分野など、従来の私なら絶対に近寄らない。絵に興味がないんだから。それが友人のおかげで半ば強制的に近寄ってみると「あっ!」の世界で、別に私は芸術家ではないが得るものが多かった。世の中には面白い小説がまだまだある。死ぬまでにあと何冊読むことができるだろうか。

 

「パーパス」と言う人の頭の中

 本多勝一氏のようなことを書くのは嫌なのだが(と私ごときに書かれると本多氏も嫌だろうw)、最近「パーパス」と言ったり書いたりする人が出て来た。新聞に「ソニーのパーパスは」と書いてあった。

 パーパス? パープル(紫色)と最初読み間違えた私が阿呆であることは言うまでもないが、パーパスって、あの、英語のpurpose(綴りが厄介だ)のことか? 

 purposeにはいろいろな意味がある。手持ちの『ウィズダム英和』で引くと、目的や意図、生きがい、決意、結果などの訳が並ぶ。どれを指しているのか? 「全部含むからパーパスなのだ」と反論されそうだが、そういういい加減な使い方を「ごまかし」や「目くらまし」などと呼ぶ。

 会社の名前を忘れてしまったが、その会社が「結果にコミット」という宣伝文句を使いまくっていたときもそうだった。コミットにもいろいろな意味がある。日本語に置き換えないことで「ごまかし」ができるのである。

 本多勝一ではないけれど、日本語を使え。そのほうが精密に表現できる。

 中国人に「ソニーのパーパス」などと言った場合、中国語にどう翻訳されるのだろう。その漢字を参考にして日本語に置き換えるのも1つの方法かもしれない。


「は」に「は?」

 最近、「は」が増えているように感じる。テレビで聞いた、違和の大きい「は」を挙げてみる。

・懸念はされている
・重みは感じます
・――とは思います
・大きな痛手にはなります
・成功はしています

 私が気づかなかっただけかもしれないが、従来これだけ「は」を使っていなかったのではないか。文法用語を私は知らないので勝手な整理をするが、この「は」は表面的には「条件のは」や「限定のは」、「留保のは」だろう。ところが内面を窺うと、よく言えば「謙譲のは」、悪く言えば「自信のないは」あるいは「縮み志向のは」に聞こえてくる。

 私がテレビで見た限りの印象だが、この「は」を無意識に使っている。だとすると、流行なのか、大きな流れなのか。

 ここまで書いて思いついたのは、あくまでも想像だが、若い世代が「は」を使っているのかもしれない。今度よく見て、年齢層で差がつくかどうか確かめたい。


 

テレビよりユーチューブ

 最近のテレビはインターネットに繋ぐことができ、リモコンにはユーチューブのボタンがついている。私の周囲ではテレビ番組よりユーチューブを見る人のほうが多い。

 新聞離れはすでに著しいが、テレビ離れも小さな波ではないと感じる。

 そもそもテレビ番組が面白くない。と書いたが、その原因は私が若くなくなったせいかもしれない。最近の芸能人に全く興味が湧かないのである。私の頭は『ひょっこりひょうたん島』に始まり、『仮面の忍者赤影』と『ウルトラセブン』を経て『太陽にほえろ!』で止まった。社会に出て、いろいろな人を見て、いろいろな経験を積むと、テレビ番組の大半がつまらなくなってしまうのではないか。

 私に限って言えば、見るのはNHK教育辺りに集中していて、民放は時間の無駄遣いだと感じる。見てよかったなぁと感心した民放番組が浮かばないのである。

 もう1つテレビ離れの原因を挙げると、インターネットでもっぱら自分に合う情報に触れてきた影響があるはずだ。自分の趣向に合うユーチューブが面白いと感じれば、テレビを積極的に見ようとは思わない。

 最近の隙間時間に私が見るユーチューブは「ニコン」と「首都直下地震」、「南海トラフ地震」、「瀬戸内寂聴」、「宇宙」くらいだが、これだけあれば十分だ。

 というわけで、この流れはもっと大きくなっていくのだろう。ということは、狭い範囲を掘り下げるオタクの時代に合わせなければならないということか。


 

 

憎まれ口の田中慎弥さん『共喰い』



 新潮新人賞受賞作への選評で<自分としては全く全く評価出来ないものの、あえて強く反対もしなかった。幸運な新人だ。長持ちするといいが>と憎まれ口を叩いたのが田中慎弥さんである。田中さんといえば、芥川賞受賞会見で「もらっといてやる」とこれまた憎まれ口を叩いていた。どうにもこうにも本音を抑えられないらしい(笑い)。そこが魅力の1つである。

 そういえばまだ読んでいなかった。さっそく買い求めて読んだのが芥川賞受賞作『共喰い』(集英社文庫)である。私が買ったやつは2013年の1刷に始まり2020年に8刷を迎えていた。継続して売れている。

 中上健次を彷彿させるが、中上健次の荒々しさを抑えた感じ、というのが第一印象だった。巻末には瀬戸内寂聴さんとの対談が載っていて、さすがに憎まれ口は影を潜めているのだが、これがめっぽう面白く、得るものがたくさんあった。


 

「カフェ」への違和感

 時代とともに語感が変わるものだし、流行と同じように一巡して回ってくるものだと思うけれど、私は「カフェ」への違和感が抑えられない。最近あっちこっちから「カフェ」「カフェ」「カフェ」と聞こえてくるので、そのたびに「コーヒーを喉に詰まらせて死ね!」と呪いを掛けることにしている。

 さて、『広辞苑第7版』にはこう記されている。
カフェ【cafe フランス】
(コーヒーの意)
ー腓箸靴謄魁璽辧爾覆匹琉み物を供する店。日本では幕末の横浜に始まり、東京では1888年(明治21)上野で開店した可否(カッヒー)茶館が最初。珈琲店。喫茶店。
¬声K〜昭和初期頃、女給が接待して主として洋酒類を供した飲食店。カッフェ。カフェー。

 私にとってカフェは上記の(2)にある<洋酒類を供した飲食店>の印象が強いのである。女給がいてこそカフェーなのである。

 フランス語もできないくせに、日本語で「喫茶店」という言い方があるのに、おしゃれなつもりで「カフェ」と口にすることは泥沼人間の私には恥ずかしくて。

 1日に7杯はコーヒーを口にする私だが、「カフェ」という言い方はたとえコーヒーを喉に詰まらせて死にそうになっても言うもんか。どうせワシはもうすぐ還暦じゃ。

写真家杉山雅彦さんすごい!


 遅ればせながら、10月17日に東京・朝日ホールで開かれた「ニッコールフォトセミナー」で初めて知った。「ニコンバカ一代」と称して登場したので最初は笑ったが、写真を見て驚嘆した。これはすごい。

 その後ネットでいろいろ調べてみると、すでに有名な写真家なのであった。単に私が知らなかっただけ(よくあることだ)。動きのある作品の数々は、写真が生まれながらに持つ課題(止まっている)を乗り越え、写真の可能性を示した。もう撮られ尽くした感のある写真世界に、実はまだまだ空白域があるのかもしれないと思わせる作品なのである。

 撮られる人たちも数時間は拘束されるようだから大変かもしれないが、いやいや、写真を見ると楽しそうだ。一緒に作品をつくっている感があるのだろう。

 独自の世界を切り開いてこそプロである(と私がエラソーに言うことではないのだが)。参った。というわけで、作品を紹介している杉山さんのサイトを載せておく。写真家杉山雅彦

かくして『般若心経』を

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『般若心経』を読んでいる。音読? いや、読経と言うのか。

 原体験には徳島に遡る。私が高校生だったか中学生だったか小学生だったか、親戚が亡くなり、そのたびに家に坊さんが来て読経するのを後ろで正座して聞いた。喉を鳴らして朗々と読経する様子に「楽しそうやな」と思った。そこに始まる。

 この10月に人気数学塾を40年近くやっている友人四宮のお世話になった。その際に『般若心経』を勧められたのである。変な空気が一掃されると聞き、飛びついた。四宮の車で沖洲の喫茶店に向かっていたのだが、急きょ一番札所に向かい、そこで買ったのが『般若心経』である。450円くらいだったか。安いなぁと思ったが原価を考えると坊主丸儲けだろう。

 偶然にも瀬戸内寂聴さんの『寂聴 般若心経――生きるとは』(中公文庫)を買ってあったので、それを参考書にして、『般若心経』に解説を書き込む。そうすることで理解が深まり、面白い。

 寂聴さんはさすが得度しただけのことはあり(って何だかエラそうな書き方だが)、説明が詳しい。詳しすぎるのでこの本を通読したらかえって混乱するというかあとに残らない。しかし『般若心経』に書き込むことで内容がぐんと整理されて頭に入る。

 聖書より圧倒的に薄いし、昔から身近だったし、変な空気を追いやる効果があるようだし、わが車谷長吉さんも仏教に言及した作品があるし、『般若心経』はいずれ通る道だっだように感じる。親が死んだときに私が読経すれば親孝行になるだろうからそのあと「お前は親不孝もんじゃー」と化けて出てくることはあるまいという期待もある。

 少し前にヤクオフで格安で落札した寂聴さんのCDに寂聴さんが読経する音声が入っていて、私は小躍りした。寂聴さんに合わせて読経できるではないか。

 というわけで、1日に1回は摩訶般若波羅密多と唱えている。エセ仏教徒であるが、なーにこの世はエセだらけ。


 

ニコンの底力


 ニコンファンは「見たか!」と鼻息を荒くした。ハイアマチュアからプロ向けのフラッグシップ機Z9の登場である。

 カタログに示される性能は断トツ、価格の安さも他メーカーを圧倒した。驚きの声がカメラファン全体から上がったのは当然だろう。

 3年前にZ7とZ6が登場したとき、待ちに待ったニコンファンは落胆し、他メーカーファンはせせら笑った。しかし、こうなるのはニコンの計画どおりだったはずだ。なぜならZ7とZ6を発表したとき、確か当時の社長だったと思うが、セレモニーで「よくぞここまでできた」みたいなことを言っていたのである。それを恐らく大半の人がZ7とZ6のことと受け止めた。

 自慢するつもりはさらさらないが、社長が感嘆を漏らしたのは「Zシステム」だと私はあのとき感じた。マウント径55ミリ、フランジバック16ミリで示される基本設計である。ミラーレス最後発なので頑張るしかなかったに違いないが、見事に他メーカーを上回った。後出しじゃんけんで勝ったとも言える。

 そのZシステムができたのだから、あとはカメラ本体の開発だけだった。自分の残り時間を数えると絶対に絶対に絶対にZ9を買うことはないけれど、ユーチューブでZ9の情報を毎日のように見てしまうのはなぜだ(笑い)。


 

 

どうしようもなく酷い記事

 テレビでもやっていたので同じ穴の狢だ。愛知県の中学校で同級生による刺殺事件が起きた。11月25日付『毎日新聞』(東京本社版)社会面13版○は、中学校が開いた保護者向けの説明会に出た人に取材して《「事件の説明があっただけ。子どもがショックを受けていてまだまともに話もできていない」と声を詰まらせた》と書いた。

 もし亡くなった中学生の家庭が『毎日』を取っていて、家族がここを読んだらどう思うだろうか。

 取材を受けた人は自分の子供のことしか見えていないわけで、亡くなった子供やその家族への思いが全くない。全くないのは当たり前で、殺されたのが自分の子供でなくてよかったと思う親がいても不思議ではないし責められるものでもない。

 えひめ丸事故(説明は下)が起き、現場での救助の様子をテレビを見ていた親が、恐らくわが子の無事を確認したのだろう、一瞬大喜びして、そのあと、まだ救出されていない人を思ったのだろう、すぐに黙った。わが子が無事かどうか知りたいのは親として当たり前だし、喜んでしまったのもやむを得ない。

 しかし、亡くなった人や家族を思えば、被害者への思いを語っていない声は報じるべきではない。


【えひめ丸事故】ウィキペディアによると、2001年2月10日8時45分(日本時間)、アメリカ・ハワイ州のオアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の練習船だったえひめ丸に浮上してきたアメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンビルの不注意で衝突し沈没させた事故。乗務員の35人のうち、えひめ丸に取り残された教員5人と生徒4人が死亡し、救出されたうち9人がPTSDと診断された。


 

 

ヤクオフで落札してしもた瀬戸内寂聴『奇縁まんだら』全4巻セット

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 ふるさとが徳島が生んだ瀬戸内寂聴さんの謦咳に接することはもはやできないのでせめて形骸にと思い、『奇縁まんだら』を探していたところ、ヤクオフで見つけた。新品未使用というので1万円で入札しておいた。

 2日後に抜かれた。入札履歴を見ると私を含めて3人が競っている。アマゾンで見ると新品未使用は2万8000円くらいだから、1万円で落札できるわけがないのだ。

 1万2000円で入札したが最高値にならない。1万4000円でも駄目。1万6000円でも届かない。いったいどこまで行けば私が最高値になるのか。2万円を恐る恐る入札してみても駄目だった。この辺りで手を引くべきだったのかも知れない。

 2万1000円2万2000円2万3000円と好奇心から入札価格を上げていく。あるところで私が最高値をつけたと表示された。「やった!」と思うと同時にすぐに不安が襲う。

 競う2人が私より高値を入札してくれなければ私が買わなければならない。祈るような思いで1日待った。終了時間間際に入札してきて、最高値をつけて油断している私から本をかっさらう競合もいるので最後まで待つ。お願いだから最高値で入札してくれ。

 ヤクオフからメールが届いた。おめでとうございますだって。私が落札してしもた。こんなお金ないのにどうすんの。

 すぐに新品未使用の『奇縁まんだら』全4巻セットが届いた。確かに包装ビニールが破られていない正真正銘の新品未使用である。やっちまった。

 こうして手に入れたこの本も私の“奇縁まんだら”とするか。

 

鎌田浩毅先生の最終講義であらためて危機管理


 最近注目度が急上昇しているのが京都大学・鎌田浩毅先生の最終講義である。ユーチューブ上で資料も手に入る。

 鎌田先生の思い切りのよさは、大震災の発生時期を明確に示すことにある。そのほうが明らかに警戒するし、その警戒が行動につながる。

瀬戸内寂聴さん死去を新聞はどう報じたか

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 瀬戸内寂聴さん死去のニュースは11月11日の午後に流れ、翌朝の新聞制作には十分時間の余裕があった。各紙のお手並み拝見というわけで、朝日、毎日、読売、産経、東京の各紙を読み比べた(ほぼ東京本社13版)。

 非常に精力的かつ独特の切り口で報じたのが『東京新聞』である。1面トップで「命懸け 戦争・死刑・原発に反対」という切り口の4段見出しを置いた。この12日の社説で取り上げたのは『東京』だけで、ここでも寂聴さんの反戦や反原発に言及した。

『読売』は井上荒野さんに、『朝日』は林真理子さんに、それぞれ1面近く割いて寄稿を載せた。『毎日』にはその知恵と紙面がなかったか。日曜版で井上荒野さんに連載を書いてもらったのに『読売』に取られたのが悲しい。とはいえ、ほかにも追悼文の書き手はいるだろう。私なら山田詠美さんに書いてもらう。偶然いま日曜版で連載しているし、山田詠美さんは寂聴さんが大好きだから断るわけがない。万一断られたら高橋源一郎さんだな。高橋源一郎さんも寂聴さん大好きだから。

『産経』は見出しに「作家・僧侶 正論メンバー」って、そこ? この日の1面下のコラムで書かなかったのも『産経』だけで、らしいと言うべきか。

 ほうと見入る写真を載せたのは『読売』だけ。川端康成や円地文子と一緒に雑談するモノクロ写真で、中央公論新社を傘下に置いた強みを発揮した。その写真の下には阿波踊りの姿が2枚。1枚は晴美時代で中央公論新社の提供、もう1枚は寂聴時代のカラー写真という念の入れようだ。寂聴さんが小説やエッセイで繰り返し繰り返し古里徳島を描いてきたことを踏まえると、寂聴さんの思いを掬うような見事な写真選択である。

 さて最後は各社の評伝である。どれだけ寂聴さんの人となりが伝わってくるか。まず落ちるのが『毎日』だ。しかも記事の署名に「元毎日新聞記者」って、取り置きの予定稿を載せたのか?

 次に落ちるのが『東京』だな。寂聴さんが上京すると、食事やお茶をご一緒したという割には中身が薄い。評伝のテーマにならない話に終始しており、何をどう勘違いしたのか、書く方向が最初からズレている。

『読売』は記者が15年ほど前に会って自己紹介したときに寂聴さんから《少し冷めた表情で「つまらない人ね」と言われた》と書く。《自分の無意識の思い上がりをたしなめられたようで、淋しかったけれど、深く胸に染みた》と率直だが、焦点が自分に当たっていて、これが評伝か?

 というわけで、敵失に助けられた面がないわけではないけれど、『朝日』の評伝を1位にする。記者が最近まで寂聴さん担当だったはずで、この点は有利に働いたに違いないが、寂聴さんの人柄や苛烈さが滲む発言を選び抜き、ちりばめた。ただし最後の一文は蛇足というより邪魔。こういう不要な一文を記者は書きたがる。

 見落としがあるかもしれないが、寂聴さんが晩年取り組みを始めた「若草プロジェクト」に触れたのは『読売』だけで、この目配りに拍手を贈る。

 

追悼・瀬戸内寂聴さん

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 あー! 瀬戸内寂聴さん死去のニュースを朝日新聞のLINEで見てヘナヘナヘナ。たまたま2日前に「寂聴さん大丈夫かな」と心配したばかりだったので、その日に亡くなっていたと知り、納得というのか、ああやっぱりというのか、しかし残念極まり、仕事にならず(これはいつものことか)、追悼の日を過ごした。

 今から思うと非常に幸運だった。取材で寂聴さんに電話をかけたらすぐに取り次いでもらえたのである。偶然ご自宅におられたわけで、忙しい寂聴さんを何の苦労もなく電話口まで引っ張り出せた僥倖は今だからこそ分かる。

 四国八十八カ所巡りがブームになっていたことへのコメントをもらい、1997(平成9)年11月11日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)特集ワイド面で掲載した。

 数年前だったか寂聴文学の愛読者である友人にこのことを話したらずいぶん羨ましがられたが、当時の私はその重みが全く分かっていない阿呆だった。徳島が生んだ大先輩という親近感を抱いていた程度で、のちに己の浅はかさを何度悔やんだことか。今も覚えているが、電話口の寂聴さんは本当に気さくだった。

 その友人の影響で遅ればせながら寂聴文学を読みはじめ、凄まじさに圧倒された。以来愛読者の末席を汚している。

 愛読者になったころヤクオフで瀬戸内寂聴さんの晴美時代の生原稿12枚を見つけた。「絶対に落札してやる」と決めたら勝負はついたも同然だ。事実私が競り勝った。20〜30万円くらいまでなら出すつもりだった。寂聴さんの魂のこもったお守りとして見れば安すぎる。調べたところ、この原稿は『ミセス』の1964年4月号掲載だ。私が生まれて半年ほど経ったころの執筆である。

 午後からのニュースで寂聴さんの死去が報じられる中、黒柳徹子さんの「みんなの味方だった」という温かいコメントが的を射ていた。今夜は日本中が寂聴さんを偲んでいるに違いない。


 

 

浴室の鏡がピッカピカ

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 浴室の鏡のウロコが見事に落ちた。びくともしなかったかウロコが落ちてピッカピカ。これはすごい。

 鏡を濡らして、こするだけ。落ちるわけがないと思っていただけに「おおー!」と驚嘆した。商品名は「ドリームフォレスト お掃除パッド 浴室鏡用パッド A‐1101」という。

 捨てる前にパラパラと見ていた数年前の『モノクロ』で紹介されており、試しに買ってみたところまさかの効果である。

 というわけで、『モノクロ』を捨てるのはやめておこう。どこで役に立つか分からない。


 

 

 

日本文学全集18巻『大岡昇平』


 大岡昇平さんの心理小説『武蔵野夫人』は、この時代ならではの心理描写でもあり、今に通じるものもあり、遠くに聞こえる足音にずっと耳を澄まし続けるような読み方をした。

 先日文庫で読んで「あ、そうか!」と刺激を受けたばかりの『俘虜記』から本書に一部が載っていて、面白いものだからまた丹念に読んだ。生と死の問題は文学と哲学が引き受けるのに適しているのだろう。

 小説を教科書から排除したり大学で文系を軽んじたりする動きは、人間の価値を軽くするというか、人間の最後の逃げ場を奪うことになるのではないか。

世界文学全集8巻『アフリカの日々/やし酒飲み』

 池澤夏樹さん個人編集の世界文学全集(河出書房新社)8巻は『アフリカの日々/やし酒飲み』である。

『アフリカの日々』はディネセンの経験を踏まえた作品だが、彼女の実人生を知ると、切なさというのか哀しみというのか呻きというのか、そういうものが通奏低音のように流れているように感じる。作者と作品は分けるべきなのだろうが、そこが不可分のところがこの作品にはあり、失意の人や破滅の人が好きな私の琴線に触れた。

 端正な私には『やし酒飲み』ははちゃめちゃにしか見えないのだが、《アフリカ発世界文学の金字塔》ということだそうなので、そういう位置づけの作品なのである。確かにいわゆる「文明国」や「先進国」では生まれがたい作品であることは間違いない。人間の精神が自由であることができるのは、このような萌芽の時代なのかもしれない。

 

 

「中秋の名月」はいつまでか

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 月を見上げるより、お金が落ちていないかと下を見て歩く私が、そうだそうだ中秋の名月を見ておこうと思って21日の21時前に南の空を見たらいい塩梅に見えた。iPhoneで撮ったのがこの写真だ。

 翌22日の朝5時20分に外に出たら、西の空に月が見えた。中秋の名月を2度味わうことができて何だか得をした気分である。と思った直後に疑問が浮かぶ。この月も「中秋の名月」なのだろうか。いったいどこからどこまでが「中秋の名月」なのか。

 国立天文台のサイトは《2021年の中秋の名月は、9月21日です。「中秋の名月」とは、太陰太陽暦の8月15日の夜に見える月のことを指します》と記す。ということは、22日早朝に見た月は「中秋の名月」ではない、ということになる、のか。もっといえば22日の0時0分0秒になった瞬間に「中秋の名月」ではなくなるのか。

「中秋の名月」という見方は平安時代に中国から伝わったそうだ。日本と中国北京の時差は1時間。ということは、日本の22日0時59分59秒の月は中国では21日の23時59分59秒の月である。日本では「中秋の名月」ではないが、中国ではギリギリ「中秋の名月」なのか。うーん、分からん。


 

財布が見当たらず

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 仕事先で昼飯を食べに出ようとしたら財布がない。いつも放り出すので、その辺にあるだろう。しかし、見当たらない。

 確か1000円札1枚と小銭が少し入っていた。まぁ、なくしても仕方がない。先日JR東海道線の網棚に全財産入れたリュックを置き忘れたのに比べると余裕の裕次郎である。

 ただ、モンベルの希少な財布だったので、残念な気持ちはある。お札と領収証、小銭に分けて入れていた。余った布を使って大阪でごくまれに少数作るそうで、主に西日本の店に流れてくると聞いた。私は5年くらい前に広島店で買ったが、東京や神奈川のモンベルでは見たことがない。そもそも広島店でもその後の入荷がない。

 残念なことではある。1000円ちょっとは貧乏人の私には大金だが、諦めるしかない。年齢のせいか育ちがいいせいか(笑い)諦めが早い。

 しかしどこで落としたんだろう。

 恐ろしいことに、帰宅したら見つけた。外出時に財布を持って出なかったのである。阿呆やなほんまに。

 

ユージン・スミス『MINAMATA』を水俣病センター相思社で買ったワケ

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 映画『MINAMATA』を見越してだろう、ユージン・スミスの写真集『MINAMATA』が“復刊”された。

 いつものようにアマゾンで買うつもりだった。しかし水俣病センター相思社のサイトを読んで笑ってしまったので、送料が余計にかかったが、ここで買うことにした。私が会員ということもあるけれど、支えようと思わせる笑いを誘う涙ぐましい素朴さがとってもいい。アイリーンさんのインタビューを載せた会報をわざわざ同封してくる姿勢も好ましい。水俣病センター相思社の『MINAMATA』キャンペーン



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