ブログネタ
.気になったニュース に参加中!
 山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件の上告審で、最高裁は広島高裁の無期懲役判決を破棄、審理を差し戻した。

 毎日新聞のサイトによると、被告の少年(当時18歳)は本村洋さんの<妻の弥生さん(当時23歳)を強姦目的で襲い、抵抗されたため手で首を絞めて殺害。傍らで泣き続けていた長女夕夏ちゃん(同11ヵ月)を床にたたきつけたうえ絞殺した>。

 夫の本村さんは一審から一貫して被告の死刑を主張してきた。無期懲役判決の一審後に無念の思いから「(被告が出所したら)私がこの手で殺す」と語るなど、注目を集めた。

 にもかかわらず、事件発生から今日の最高裁判決まで、死刑廃止論者は誰も本村さんに真正面から「死刑はいけないよ」と反論できなかった。いや、そもそも遺族にそんなことを言えるわけがないのだ。死刑廃止論者はしょせんその程度なのである。

 私が『週刊金曜日』に在籍していたころだから10年以上前になる。警察庁指定事件を具体的に取り上げ、「死刑判決を求める」という結論の記事を掲載したことがある。“人権”擁護の立場の『週刊金曜日』で唯一の反“人権”記事になった。この記事に対して、同誌のデスクや編集長、社長を務めた黒川信之さん(元朝日新聞論説副主幹)は編集会議で何度か批判した。腹に据えかねたようだ。

 しかし、自分の家族が殺されたことのない人に死刑廃止を主張する資格があるのだろうか。犯人の人権を擁護するのに、なぜ被害者や遺族の人権を擁護しないのか。偽善としか言いようのない主張に私は“人権”派のご都合主義を見た。

 本村さんの闘いをずっと見てきて、また今日の最高裁の差し戻し判決を見て、「人権」が本来だれのためにあるのか、という世論がようやくできつつあることを感じた。

 死刑廃止の立場から「人間の命は地球よりも重い」という名言を残した最高裁判事は『週刊金曜日』時代の同僚の祖父なのだが、犯罪者と被害者の命は同じ重さではないと言わざるを得ない。