2008年05月14日

平良祐一先生はもういない

 知り合いから「平良先生が4月25日に亡くなった」と聞き、しばらく立ち尽くした。具合が悪いとは聞いていたので、沖縄の絵はがきを先月送ったところだった。それほど悪いとは知らなかった。

 平良祐一先生は沖縄出身の医者である。沖縄つながりで私はお付き合いがあった。那覇市内の大衆食堂「三笠」はうまいという話で意見が一致したことを思い出す。

 昨年の初夏、東京・渋谷の喫茶店で雑談をした際には、私の著書『第3版 慶應幼稚舎合格バイブル』をカバンから取り出して、子供の受験のために読んでいるとニコニコしながら話していた。

 沖縄出身の人らしいおおらかさと気さくさが魅力だった。

 享年53。がんの末期だったという。ということは、去年私が雑談をしたころには蝕まれていたわけだ。

 「一緒に沖縄に遊びに行こうね」とよく話し合っていたのに。

 平良先生の古里・沖縄はあす15日、本土復帰記念日を迎える。

nishinosetsu at 23:59│Comments(8)TrackBack(0)この記事をクリップ!ひと | 沖縄

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この記事へのコメント

1. Posted by A   2008年11月08日 21:41
平良祐一先生はAACクリニック名古屋の院長先生だった方ですか?
現在は別の先生が院長を務めていますので気になっていましたが・・・。
2. Posted by にしの   2008年11月10日 03:05
 そうです。その平良先生です。ユニークで穏和な先生です。

 私は沖縄つながりで親しくやっていたので、本当に残念でなりません。 
3. Posted by A   2008年11月10日 14:22
うーん。やはりそうでしたか。
私はAACクリニック名古屋の患者です。去年の年末、先生の診察の予約を入れていましたが、仕事のためキャンセルしました。
ところが、看護士さんから「先生は体調不良のため暫く入院されます。診察に来ていただけませんか?」と何度もお願いされました。
私の診察を終えてから入院する予定だったようです。
2月に文書で正式に入院することがわれわれ患者に伝えられました。

まさかこのような結果になるとは思っていませんでした。
4. Posted by にしの   2008年11月11日 03:34
 錦クリニックと言われていた時代に訪ねたことがあります。いい感じのクリニックでした。

 平良先生はAさんを診察しておきたかったのかもしれませんね。

 平良先生は愛すべき人でした。私は陰では「平良ちゃん」と呼んでいましたが、そう呼ぶことをニコニコして許してくれるに違いない人でした。

 私は訃報を横浜で聞いて、その場で立ちすくんでしまいました。
5. Posted by 平良亜希子   2009年07月22日 17:10
西野さんこんにちは。
私、「平良ちゃん」の妻です。
ハワイでお会いして以来ですね。

あれから1年3カ月・・。早いものです。
今度の金曜日は、月命日です。月に1回、私たちの元に帰ってくる日です。


上の↑記事、とてもうれしかったです。泣けてきてしまいました。
祐ちゃんは、本当に患者さまに思っていただいているということ、妻の私から感謝もうしあげます。

Aさん、これからも治療頑張ってください!!
今でも、クリニックに主人はいますよ!!
6. Posted by にしの   2009年07月26日 14:36
 書き込んでくださってありがとうございます。近々おうかがいしますね。

 平良先生に会いたいです。
7. Posted by 河本祐治   2010年01月11日 10:37
私は、平良君とは、品川区立第二延山小学校6年2組で同じクラスだった河本祐治と申します。

平良祐一君が、亡くなられたのを聞いたのは、2008年5月でした。

50歳を過ぎてから、中学、高校時代のクラス会、同窓会が多くなりました。

しかし、中学3年の時に神奈川県鎌倉市に引っ越してしまったので、中学2年生まで過ごした品川の小学校時代の友達と会うことはありません。

そんな時、ふと小学校時代に仲よくしていた平良君のことを思い出しました。
平良君の名前をインターネットで検索してみましたらヒットしました。
さっそく病院に電話し事情を話し電話を繋いでもらうようお話しました。

電話に出られた病院の受付の方が、言われたのは、無情にも「平良先生は、いらっしゃいました、しかし病気で先月お亡くなりになりました」いう言葉でした。

もっと早く探せばよかったと思いました。

どうぞ、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
8. Posted by にしの   2010年01月16日 10:34
 河本さん、コメントありがとうございます。平良先生と同級生だったのですね。

 私は40代半ばごろから、できるだけ会うことを心がけるようになりました。突然亡くなった恩師の仏前で合掌しても何にもならない、生きている間に時間を一緒に過ごすことが大事だと思ったのがきっかけです。

 平良ちゃん(と私は呼んでいました)の思い出をぜひ聞かせてください。

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