2011年10月20日
新聞週間の特集への違和感
昔新聞記者を目指していたころや新聞記者だったころは好きだった。しかし、単なる読者になってから猛烈な違和感を抱くようになった。その1つが新聞週間の特集記事である。
早い話、読者の役に立たない。そのうえ特集記事に出てくる関係者の多くが自分の仕事に酔っているように見える。そんな“酔っ払い”たちの決意表明の陳腐さが、新聞業界で生きている賢明なはずの人たちには自覚できないのだなぁ。
新聞社が新聞を出すのは、それで飯を食っているのだから当たり前である。阪神大震災の時に神戸新聞が新聞発行を続けた話も今回の大震災で被災した東北の小さな新聞社が手書きの壁新聞を出した話も、私に言わせれば「それが仕事なんだろ。当たり前やんけ」でしかない。
ほかに取り上げるべき人が大勢いるのではないか。
早い話、読者の役に立たない。そのうえ特集記事に出てくる関係者の多くが自分の仕事に酔っているように見える。そんな“酔っ払い”たちの決意表明の陳腐さが、新聞業界で生きている賢明なはずの人たちには自覚できないのだなぁ。
新聞社が新聞を出すのは、それで飯を食っているのだから当たり前である。阪神大震災の時に神戸新聞が新聞発行を続けた話も今回の大震災で被災した東北の小さな新聞社が手書きの壁新聞を出した話も、私に言わせれば「それが仕事なんだろ。当たり前やんけ」でしかない。
ほかに取り上げるべき人が大勢いるのではないか。