西川美和さんが初めて監督・脚本をした映画『蛇イチゴ』を端的に言えばドラマツルギーを守った作品である。つみきみほの周囲に違和感を散りばめ、人間の悪意をにおわし、いくつかの伏線を張り、最後のどんでん返しは私の予想をはるかに超えていた。

 私が特に気になったのは題名の『蛇イチゴ』である。なぜ蛇イチゴなのか。ちょっと不気味で不穏当な果物名を映画の題名に使った理由を想像してしまう。

 うたがひは人間にあり蛇苺

 これは加藤楸邨の文に出てきた。2006年12月のこのブログで少し取り上げた。

 謡曲をうたう父親が「いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを」という部分になるといつも力を込めてうたっていたという自分の子供のころの記憶と、このフレーズが不意に自分の口から出たり腹の底で繰り返されたりすることがあると自覚するようになった今を並べ、このフレーズが出るのは「自分の孤立感を深く覚えている時だ」と気づく。父が謡曲をうたっていたころ、筆者は野山で遊び、そこには蛇苺が大変多かった。そこで、「疑ひは人間にあり」と「蛇苺」が自然につながった――という内容だ。

 西川監督は加藤楸邨の文章を読んだことがあるのではないかか。主役の宮迫博之が演じている時に「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」とこころの中でうたわせていたのではないか。そんな想像をしている。