本多勝一さんにはいろいろ問題がある(笑い)。しかし、だからといって全面否定してしまっていいものか。

 私にとっては『週刊金曜日』時代にしょーもない消耗戦を強いられたしょーもないオヤジだという一面はある。無謬性の神話に陥っているところは呆れるほかない。

 しかし、どこか憎めないところがあった。本多氏は私を本気で相当憎んでいたようだが、私はそこまで彼を憎めなった。私の育ちと性格のよさがそうさせたのだろう。今振り返っても私は正しいと思う。

 ワープロのない時代にあれほどの膨大な原稿を手書きで執筆したのだから恐るべき書き手である。『日本語の作文技術』は日本人必読の本だ。

 これだけでも得るものがある。全面否定からは何も生まれないし学べない。

 私が本多氏に勝てるものがまた増えた。器の大きさである。本多氏は死んでも私を認めまい。器が小さいから仕方ない。でも、そんな本多氏でも、前述したような学ぶべきところがあるのだ。

 白か黒かという極論に走る本多氏だが、私に見習うべきである。