沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会事務局長だった中村文子先生が27日、99歳で亡くなった。

 教師経験ゆえか柔らかい語り口に面倒見のよさ、事務さばきの的確さ、千客万来のお客さんへの対応など、今振り返ると中村先生あっての1フィート事務局だった。1フィート運動の顔として中村先生ほどぴったりな人はいない。

 私が上映手伝いとして事務局に出入りしていたころ、中村先生のお弁当を数え切れないほどお裾分けしていただいた。几帳面な性格のとおり丁寧な料理だった。

 明るくて、誠実で、周囲への気配りが万全で、教え子をはじめとして多くの人から頼りにされ、慕われていた。器の大きな人だった。人を包み込む温かさにあふれた人だった。もともと天真爛漫な女性なのだと私は思う。

 1フィート運動が3月に終わり、中村先生が6月に亡くなり、沖縄の私の“古里”はこれで完全に消えてしまった。

 長い長い療養生活を送っておられるのだろうと私は勝手に思い込んでいたのだが、新聞報道を読むとごく最近までお元気だった様子だ。ああ。沖縄に帰った際中村先生のご自宅をどうして訪ねなかったのか。あるいは消息を誰かに聞かなかったのか。

 1フィート時代はかわいがっていただいた。ただただご冥福をお祈りするほかない。