戦争映画を見た人たちが「泣いた」「感動した」と言う。これはおかしい。

 例えばペリリュー島を見てみよう。日米両軍が狂気の沙汰に陥った戦場である。

 NHKは米海兵隊従軍カメラマンが撮影した映像を発掘して13日に放送した。射殺される日本兵や死んで岩場から転げ落ちて顔面を強打して血まみれになる米兵、火炎放射器で焼かれて黒こげの日本兵などの映像は涙さえ出ない。恐怖が支配する戦場の空気感が伝わってくる。新聞のテレビ欄はこうだ。「狂気の戦場 ペリリュー〜“忘れられた島”の記録〜」

 フジテレビが15日に放送した終戦記念SPドラマもペリリュー島が舞台である。新聞のテレビ欄にこうある。<“命ある限り戦え、そして生き抜くんだ”玉砕は認めない!男がとった生き抜くための秘策…激戦の地パラオで起きた知られざる真実の物語>

 フジテレビを数分見たが、予想通りだった。かっこいい俳優が出てきて、さほど汚れていない服を着て、恐怖感などどこにもない。恐怖感のない戦場映像はママゴトである。

 昭和の終わりのころ沖縄で暮らした私は県民遺骨収集に参加した。糸満市の丘陵地帯で遺骨を探しながら「こんなところを逃げ惑ったのか」と思い、暗澹とした。沖縄戦と米軍基地を学ぶ会に参加して、真っ暗な轟の壕に入ったときの恐怖感は未だに忘れられない。

 見た人が「戦争は怖い」と言う映画やドラマでないと、単なるきれいごとの作品に過ぎない。戦争や戦場を美化する映画やドラマは駄作である。

 死ぬ恐怖感を出さないと、戦争を知らない世代に実相は伝わらない。