山崎豊子さんの小説『不毛地帯』の主人公・壱岐正と『二つの祖国』の主人公・天羽賢治の「筋の通し方」が似ている。私の目には、この2人の主人公はそろって風見鶏のような日和見のように見えることがある。

 例えば、権力にすり寄ることを潔しとしないという筋の通し方は黒白が明快なので、ほかの人が見ても大変分かりやすい。しかし、壹岐正も天羽賢治も「権力」だの「反権力」だのといったモノサシを持っていない。その時その時に自分で考えて判断した方向に行動する。そこには本人には一貫性があるのだが、世間一般の、あるいは私の一貫性とズレているので、その行動が分かりにくい時がある。

 大きな流れに抗わないという風にも見える。しかし主人公たちはそれぞれ自分の中では筋が通っている。このために周囲から誤解を受けたり恨まれたりするのだが、それにも抗わない。したがって、行動規範が分かりにくい時がある。

 しかし、そもそも人間はたいていそういう生き方をしている。自分の生まれや育ち、環境などが形成した個別具体的な影響をそれぞれが受けているので、他人が完璧に理解するのは不可能だ。

 山崎豊子さんが主人公の性格を設計する際にこういうことまで考えていたのだろうか。