P1230382
 NHKが「あの人に会いたい」が中村文子先生を先日取り上げた。沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会事務局長である。

 1987(昭和62)年2月から89(平成元)年3月まで沖縄で暮らした私は1フィート事務局で上映活動のボランティアをした。事務局に行くたびに中村先生と顔を合わせ、話をうかがった。貧相な私の昼飯(金ちゃんラーメンなど)をご覧になったせいか、お手製のお弁当のおすそ分けにあずかったことが何度もある。

 感情を抑え、淡々と、かんで含めるように話す。面倒見がいい。本当に事務局の要だった。中村先生が顔になったからこそ1フィート運動は説得力を持った。

 沖縄には2つの柱がある。1つは沖縄戦、もう1つは米軍基地問題。米軍基地問題と違って沖縄戦に関しては県民に意見の相違は見当たらない。日本軍による住民虐殺や強制集団自決など、すさまじい世界があった。いつだって住民が命を奪われた。

 私の義父は沖縄戦当時海軍の軍属だった。沖縄戦の様子が伝わってきて「南風原町の家族はダメだろう」と覚悟した。敗戦後沖縄に戻ったが、やはり全員亡くなっていた。口数の極端に少ない人だったので詳細は聞けなかったが、諦念の表情が今も私の脳裏に焼き付いている。

 そんな沖縄戦の組織的抵抗が終わった日が6月23日である。とはいえ何も終わらなかった。軍司令官が「生きて虜囚の辱しめを受くべからず、悠久の大義に生くべし」などと無責任な言葉を残して自殺したため、6月23日以降の沖縄戦は泥沼化する。

 あす沖縄慰霊の日。沖縄に浅からぬ縁のある私は毎年この日は厳粛に過ごす。