無料で宣伝しますよと提案しても、「それは困る」と言う喫茶店のあるじがいる。福山市と広島市で出会った。大勢の一見さんに来られるより、常連さんを大事にしたいという点で共通している。

 福山市の喫茶店は開業して30年経つ。「長期入院するから、最後かもなぁ」と家族全員でやってきた公務員がいた。「娘が大好きなこの店のハンバーグを自宅に持って帰りたい」と母親がリクエストした。そのときは事情が分からないままハンバーグを作って渡した。どちらもがんで亡くなった。

「常連さんのおかげで30年やって来ることができたんです。常連さんは高齢化して、少しずつあの世に行っていますが、私も年を取ってきて動きが鈍くなってきたので、お客さんの人数は少なくていいんです」

 広島市の喫茶店は港が見える。今年で11年目だという。有名な俳優が来ても政治家が来ても色紙を求めることなどしない。「だってお客さんですから」

 大阪で長く暮らしたので阪神ファンだそうな。BGMとして六甲おろしを流すと、市役所に「広島の玄関口なのに」と苦情が行く。「いやなら来なければいい」。かつてはその筋の人だったかと思わせる渋い表情で断言する。

 店内で傍若無人に大声を上げる(騒ぐことで有名な)某平和団体や子供が騒ぐのにたしなめない親は「出ろ」と追い出す。お代はいただかない。「そんなお金より、ここで自分の時間を過ごしたい常連さんのほうが私には大事なんです」。赤ちゃんが泣くのは問題ない。「だって赤ちゃんは泣くのが仕事でしょ」。

 マスターがこんな調子だから、「常連さんは変な人ばかり」と笑う。

 1時間近く話し込んだか。帰りがけにコーヒー粉で作ったという乾燥・芳香剤を5つもプレゼントしてくれた。私も常連の仲間入りができるなら光栄である。