
2泊3日で広島に行くたびに必ず3回は行く。てらにし珈琲店を私がここまで気に入ったのは、いったん好きになったら骨の髄まで惚れ込んでしまう私の性格が影響しているのは間違いない。
しかし、行くたびに発見がある。てらにし珈琲店がなぜ人気があるのか、少しずつ見えてきた。
マスターの寺西さんは客の顔を覚える特技がある。てらにし珈琲店に通いはじめた9月のこと。広島滞在2日目の朝、モーニングを食べ、そのあと丸坊主に近いくらいの散髪をして3日目朝行ったら何の問題もなく私だと認識した。ほかのスタッフが私を分かっていないので、「ほら、きのうも来てくださった」と説明していた。
覚えるのは顔だけではない。11月に訪ねたときは私の顔を見るなり「モーニングですね」と言ってきた。私がモーニングを食べている様子を見て寺西さんは「コーヒーはブラックなんですね。すみません。覚えてなくて」と言う。言われてみれば私はコーヒーカップに添えられたミルクを全く入れていない。
寺西さんは客の様子を実によく見ているのであった。自分にさえ無頓着で、他人に対してはさらに無頓着な私は逆立ちしても勝てないきめ細やかな観察である。
翌朝訪ねてモーニングを注文したら、ミルクは消えていた。私の顔とともに注文を頭に刻んだのである。
そういえばほかのお客さんに対して「トーストはシナモンですよね」などと言っていた。通常のモーニングは3種類のジャムなのだが、シナモン好きのお客さんがいて、それを覚えて対応しているのである。
覚えてもらえると、お客さんは特別扱いされているような感覚になる。あるいはここは自分の行きつけの店だという思いを抱く。
他人に無頓着な私が寺西さんを“観察”できるのはカウンターに座るからである。「広いほうにどうぞ」とテーブル席を勧められてもカウンターに座ってきた。カウンターに座るのはマスターへの好意の表れなのである。