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「えーっと、あの脳科学者で、髪の毛がもじゃもじゃの」

「うんうん。えーっと、あの人でしょ。分かる分かる」

 茂木健一郎さんの名前が出てこない。

「それからあの何かいかがわしい人。ジャストシステムにいたことがあるという」

「ああ、分かる分かる。徳島大で助教授をしていた、何とかメロン大学のあの人」

「変な名字の」

 苫米地英人さんの名前が出てこない。 

「今日のネクタイは僕の就職祝いに七菜ちゃんがプレゼントしてくれた」

「そう? 覚えてないわぁ。物持ちいいわね。そういえば私はニシノさんからクロスの筆記具をもらって今も持ってる」

「そう? 覚えてないなぁ」

 記憶は彼方に。

 会話の相手である七菜ちゃんは古里徳島の古い教え子で早稲田の後輩に当たる。30年以上のお付き合いだが、上記のように多くの出来事が地平線の向こうにある忘却の世界に置いてきた。

 十数年ぶりに東京で会ったのは、私が寂しく過ごしているのではないかと気づかって声をかけてくれたからだ。

 彼女は才気煥発好奇心旺盛才色兼備食欲旺盛自由自在縦横無尽研究熱心。頭の回転が非常に速いので仕事をさせたら5人前はあっという間に片付ける。人の懐に飛び込むワザがあるので国会議員の秘書でも新聞記者でも連邦捜査局(FBI)でもイギリス情報局機密情報部(MI6)でも商社マンでも何でもできる。

 大変な美貌と気品、機知の持ち主なのは昔と全く変わらない。たいていの男はクラクラッと来る。幸か不幸か私は免疫ができてきたせいか、彼女の話を聞いて手を叩いて馬鹿笑いして過ごした。楽しいなぁ。今日会ったことを十数年後には忘れて、こんな会話をしているかもしれない。

「十数年前に東京の京橋で会ったでしょ」

「そうだっけ?」

「会ってない?」

「会ってないと思うよ。人違いじゃない?」

「また私の勘違いか」

 こんなことにならないよう、備忘録として七菜ちゃんからもらったバレンタインチョコの写真を載せておこう。カカオ72パーセントのベルギー製チョコレートである。さすが七菜ちゃん、健康オタ君の私並みによく知っている。