北千住の丸井だったか、1〜5歳くらいの子供を乳母車(今は何と言うんだ?)に乗せている母親の多さに驚いたことがある。

 母親が楽ちんになるために歩かせないのではないか。子供が自分の足で歩くと、わずかの距離でも時間がかかるし、あっちこっちにフラフラと歩いていくし、だから自分のペースで歩きたい母親は子供を乳母車に乗せていると私は見た。

 母親に我慢が足りないと私は敢えて言う。と同時に子供の虐待であると指摘しておきたい。

 私は医学者ではないので経験で判断するしかないのだが、子供は歩かせるほうがいい。

 例えば言語の習得がある。どこの国だったか忘れたが、オオカミに育てられた少女が9歳くらいで発見されて、そこから周囲は少女に言葉を教えようとしたが無理だった。言語の習得には年齢という壁があったのだ。言語習得の適齢期を過ぎると、途端に習得が難しく、いや、不可能になると聞く。

 言語の習得だけだろうか。身体能力も適齢期があるのではないか。中でも歩くという行為は人間にとって非常に重要な要素だ。幼少期から歩くことによって足腰の筋肉や骨格を発達させてゆくに違いない。この重要な発育を奪っているのが、自分の楽ちんを優先する親である。

 ここでひとつ恥をさらす。私の長男は「投げる」という身体活動が苦手である。少々特殊な大学に入って、ボールだか何だかを投げる訓練の際に発覚した。投げたものが足下に飛んだり後ろに落ちたりするのだ。実際にやってみせて、私は大爆笑し続けた。しかし、である。“現場”で敵に手榴弾を投げる状況を想定している訓練なので、実際にこんな投げ方をすると自爆する(笑い)。

 なぜ投げることができないか。答えは簡単、私が長男とキャッチボールをやってこなかったからである。私自身が好きではないので、キャッチボールを全くしなかった。その結果がこれである。

 かつて名著『慶應幼稚舎合格バイブル』を書いた際、麹町慶進会幼児教室の島村美輝先生から「投げる行為を経験してない子供は肩をすぼめて変な投げ方をする」と聞いて大笑いした。この話は確か名著に書いたはずだ。それと同じことを私がやってしまっていた。

 実はこの反省があるのでなおさら子供の身体活動を阻害する親に目が向いてしまう。

 子供を乳母車から降ろせ。歩かせろ。子供の成長のために。