話題の本を読んでみた。で、次女に見せてみた。

私「努力より遺伝で決まるんだって」

次女「そりゃそうでしょ。遺伝あっての努力だよ」

 2浪して頑張ったけれど第3志望の大学に落ち着いた次女にしてみれば、遺伝子のせいだという思うのは仕方ない。

 しかし、本当にそうか。「努力あっての遺伝」ではないかと私は考え直す。

 例えば勉強の分野で見てみる。親に学歴がなくても子供が高学歴ということはよくある。野口英世を見よ。勉強遺伝子(と私が命名しておく)を開花させるための勉学の機会と意欲が親になかっただけで、勉強遺伝子を受け継いだ野口清作は努力をする機会と意欲があり花開いた、と見ていいのではないか。

 まず努力をしてみないと始まらない。もしかすると勉強遺伝子が埋もれているだけかもしれない。それを掘り起こす努力をするのが最初なのだ。教育の意味はここにある。

私「ところで美の遺伝子はどうかね」

次女「お父さん、責任取ってね」

私「お前の2組のじいさんばあさんたちにも責任あると思うで」

次女「どこまで遡ればいいの」

私「人類皆兄弟」

次女「答えられなくなるとすぐごまかす」

私「あじゃぱー」

次女「それ、うちらの世代、誰も知らないから」