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 広島市内の飲み屋の張り紙に「ら抜き言葉」を見つけた。ら抜き言葉を使う人が初の多数派を占めるという新聞記事が出た9月22日の午後に見つけたのでタイミングがいい。

 私は話し言葉と書き言葉で変えている。前者の場合「見れる」と言う。後者の場合「見ることができる」と書く。話し言葉で「見ることができる」と声に出すと長すぎる。舌がもつれるキケンがある。文字なら読み手のペースで読めばいいから多少長くてもいい。

 こう考えてきた。今さっきまでは。しかし、「カープ中継見れます」の張り紙を見て考えを変えざるを得ない。一瞬で読み手に伝えるべき短文であるべき張り紙が「カープ中継見ることができます」では長すぎてお客さんは店の前を通り過ぎてしまう。ここは張り紙通り「カープ中継見れます」が単刀直入でいい。目に飛び込んでくるからお客さんへのアピール度は大きい。

 などとグダグダ書いているわけだが、米原万里さんに叱られそうだ。「言葉は使う人みんなの財産」や「みんなが使う言葉が、正しくなくても認められてゆく」という柔軟な考え方の人だからである。あんなにステキな女性に喝破されたら私は宗旨替えするしかなさそうだ。