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 アンジェイ・ワイダ監督が亡くなった。1992(平成4)年10月にインタビューし、『サンデー毎日』11月1日号に載せたインタビューを再録する。


 1926年、ポーランド生まれ。13歳の時、ナチス独軍の侵略に遭い、反ナチズム運動に参加。国立映画大を卒業後、映画監督になり、54年、「世代」でデビュー。「地下水道」「灰とダイヤモンド」の作品と合わせて抵抗3部作と呼ばれる。浮世絵などの日本美術を18歳のとき初めて見て感動。しかし、1万点以上の美術品の展示スペースがないので、これらを常設する日本美術館建設を呼びかけ、94年末クラクフ市に完成のメドが立った。JR東日本労組の招きで来日。

――いよいよ美術館建設が実現しますね。

 最初は私一人の考えでしかなかったものが、大きなプロジェクトになったのは、多くの皆さんの協力があったから。
 今回来日して、駅前でJR労組の方々がPRしているのを見て、人への呼びかけが大切だと思って連帯活動をしていた頃を思い出し、感動しましたよ。美術館では、若者に関心の高い現代日本の文化も紹介するよう、さまざまな催しを考えてます。

――ポーランドの現状は?

 自由になり、市民の生活が完全に変わってきた。多くの案が生まれ、実行される。私のこの美術館計画も、世の中が自由になったからこそできた。以前なら、私の知らないところでだめだと決定される可能性がありました。

――冷戦なき国際社会といわれますが。

 大国間では冷戦が終わったが、地域間での争いが数多く起こっている。
 でも、共産政権のような秘密裏にではなく、すべてが私たちの目の前で起こっている。だから解決できます。

――監督にとって当面の敵は?

 以前は共産政権だったが、今はポーランドの変革に反対し、ブレーキをかけている人です。
 この人々は悪い心の持ち主でなく、自力で何もできない人たち。共産政権下で国民は自分で物事を考え、実行する知恵を失ってきたから。
 でも将来の不安はない。ワレサ大統領は対立する二派にはさまれ、とてもいい仲介者の役割を果たしている。彼は変革の保証者です。
 これからは、ずっと考えてきた、準備も進めているショパン音楽に関する映画を作りたいですね。