悔やんでも悔やみきれないのは私が阿呆であることだ。その確信は教養のなさにある。

「キミは意外にもの知らないね」と諸先輩方に何度呆れられたことか。教養だけではなく常識も欠けているので、「それ小籠包だぞ」と言われた意味が分からず次の瞬間ビシャーッと水分を衣類にこぼしたのは40代だった。

 あだしごとはさておきつ。

 高校時代に読んだ有名な小説、確か志賀直哉の『暗夜行路』があまりにも退屈で、しかし謙虚な私は志賀直哉を疑わず自分の頭を疑った。「文豪が書いた小説を10代の私が同じ深さで理解できるわけがない」と思い至り、小説から離れた。

 大学生になって本多勝一にはまってしまい、ほぼ全ての本を買って読んでかぶれたばかりか、当時の著名なジャーナリストの本を読みあさった。斎藤茂男に黒田清、筑紫哲也、原寿雄、大森実、晩聲社の本、沖縄戦の本、南京虐殺の本、差別の本、……。本代と時間はこうした分野の本にほとんど消えた。新聞や週刊誌に書いていたころもそういう本ばかり読んでいた。

 それがあーた、そもそも「ジャーナル」なのでほとんどが古典にならないのだ。このことに私は50前後になってようやく気づいた。

 そのとき私は初めて慌てた。このまま阿呆で死んでしまうのか、と。どうやらそのようであるな。私は遺言に「ジャーナルに時間をかけるな」を追加した。