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「パリ市庁舎前のキスで知られるロベール・ドアノーの記録映画を見て、あらためて思った。写真家にとって恵まれた時代があったと。ドアノーの時代は写真の黎明期で、何を撮っても斬新だった。そのぶんテーマや構図は自分で開拓していくしかなかっただろうし、オートフォーカスなどなかったから、写真家という仕事がブルーオーシャンだったのは間違いない。

 この「パリ市庁舎前のキス」は1950年の撮影で、有名になったのは1980年だ。非常によく似た構図で有名な写真がある。1945年8月に第2次世界大戦終結を祝ってニューヨークのタイムズスクエア前で米兵が看護師にキスをしているやつ。

 同じ人間ならキスは誰でも似たような姿勢になるのだろうけれど、撮影年を比べる限りではドアノーが構図を真似したのではないかとウタガイの目をちょっぴり向けてしまう。

 という具合に、人間が人間の生態を撮る限り似たようなテーマや構図になることは避けがたい。似たような写真をあとから撮ってしまった写真家は不幸である。

 写真が氾濫する時代、既視感のない構図やテーマを撮るのは並大抵ではあるまい。だからといって、凝りに凝ってゲージュツ的な写真に走ることが写真の王道とは思えない。

 写真家受難の時代かと思いきや、今回土門拳賞を受賞した写真集『新宿迷子』の梁丞佑さんやアフリカなどで女性の尊厳を追う林典子さんのような人がいる。

 写真家に負荷がかかるほど新境地を切り開く秀作が生まれるのだとしたら、写真家の絶滅は免れるかもしれない。