小学4年の時、クラスに片足の悪い子がいた。片目も不自由だった。背が低く、勉強はビリだった。背丈の合わないセーラー服、ひねくれた性格。そんなIが運動会の徒競走でビリを走っていた――。『向田邦子ふたたび』(文春文庫)に転載された「ゆでたまご」を私は何度読み返したことか。

 <もうほかの子供たちがゴールに入っているのに、一人だけ残って走っていました。走るというより、片足を引きずってよろけているといったほうが適切かもしれません。Iが走るのをやめようとした時、女の先生が飛び出しました>

 以下は省略するが、<女の先生が飛び出しました>に光景が浮かぶ。「女の先生が駆け出しました」では駄目だし、「女の先生が走り出しました」でも駄目、「女の先生がIに向かって行きました」でも駄目。ここは<飛び出しました>しかあり得ず、だから光景が鮮明に浮かび、こころ揺さぶられる。

「先生」と呼ばれるに値するのはこういう人だけだと私は思う。口幅ったいが、向田さんのこの「ゆでたまご」を読んですぐに姿が重なった「先生」が1人いる。私の教え子・沖縄の花ちゃんはこういう「先生」である。