服育というものがあっていい。行儀よくなるだろう。しかし、それは中学生くらいからでも遅くない。

 小学生の仕事は沼の中をびちゃびちゃ歩いてみたり、道路に花が咲いていたらかがんでのぞき込んでみたり、電柱によじ登ろうとしてみたり、泥をこねてダンゴを作ってみたり、傘を置いて雨に打たれてみたり、地面に座り込んで漫画本を読んでみたり、虫をつかまえてポケットに入れてみたりして、遊ぶことにある。にもかかわらず、ただかだ10万円程度の制服を子供に着せることで、そういう遊びを親がさせなくなるのは目に見えている。

 人生で最も泥だらけになって喜々と過ごししあわせを感じるのと、服が汚れるのを避けるのと、どっちが子供の心身の発育にいいかという教育的観点で判断すれば、校長が唱える服育は尚早なのである。

 たったの10万円程度の制服のために、子供の幸せな経験の機会を奪うことがあってはならない。