今日は沖縄慰霊の日である。本来は沖縄戦や1フィート運動にでも触れるべき日なのだろう。そこで1フィート運動つながりとして新崎盛暉先生の遺作(になるかな?)『私の沖縄現代史――米軍支配時代を沖縄で生きて』(岩波現代文庫)を書こう。東京生まれの新崎先生が米軍支配下の古里沖縄に関心を深めていく過程を縦糸に、沖縄や世界の動向を横糸に、紡いだ。

 沖縄戦研究の第一人者として大田昌秀先生がいて、日米安保と沖縄の最前線には世論をリードする新崎先生がいたのである。その新崎先生、若いころは新聞記者になろうかと思っていたそうだ。しかし沖縄には新崎先生が必要だった。新崎先生がいなければ反基地闘争は迷走した可能性が大きい。

 新聞記者の夢はご子息が叶えている。よほどうれしかったのだろう、2回目の移住をした2011(平成23)年ごろ沖縄大の学長室を訪ねた私に「息子が新聞記者なんだ」と破顔して教えてくれたことを思い出す。当時これといった肩書きを持っていなかった私に「沖縄大学地域研究所研究員の肩書き、使っていいよ」と言ってくださった。お言葉に甘えておくんだった。

 以前も書いたが、『週刊金曜日』で沖縄の特集を組むたびに新崎先生に巻頭論文をお願いした。精緻で力強い原稿を毎回いただいた。著者略歴に「東京生まれ」と私がいつも記していたのだが、あるとき新崎先生から「それ、外せない?」と笑いながら言われたことがあった。周囲は新崎先生を沖縄生まれだと思っているはずで、事情を聞かれるたびに説明するのが面倒だったのだろう。

 私のおじの都庁勤務時代、同僚だった新崎先生とお付き合いがあり、本書に登場している。巻末の人名索引にはカストロと加藤一郎、加藤周一に挟まれて名前が載っている。

 沖縄に静かに流れる通奏低音たる沖縄戦の上に流れる基地問題は不快音が大きくなる一方だ。沖縄世論を引っ張る強力なリーダーシップと明快緻密な理論を積み重ねた新崎先生にはもっともっと活躍していただきたかった。