最近なぜかよく口ずさむ「嘆きのボイン」。1969(昭和44)年12月の発売だそうだから当時の私は6歳。大阪市東住吉区矢田に住んでいた。ゲラゲラ笑いながら歌っていた記憶がある。意味は分かっていないのだが、この年ごろの男はウンコやおしっこ、ボインなどの単語に大笑いする。

 さすがに55歳にもなるとこの程度で笑うことはもうない。しかし、歌えば歌うほどうまい歌詞だと感心する。

 特に最初の2句が秀逸だ。

 ♪ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで。お父ちゃんのもんと違うんやで♪

 この2句の順番を入れ替えるとこうなる。

 ♪ボインはお父ちゃんのもんと違うんやで。赤ちゃんが吸うためにあるんやで♪

 全っ然オモロない。

 なぜ全っ然オモロないのか。

 本来の歌詞は1句目に正論が出る。この正論を前提に2句目でツッコミを入れて、前提となっている正論を間髪を入れず崩しにかかるわけだ。聞き手は、おおそう来たかと。公には言いにくいけれど、確かにそういう用途(用途?)もあるなと。純粋な赤ちゃんを想像させたあとに不純なお父ちゃんの姿を想像させるこの対比が笑いを招く。

 順番を入れ替えると、1句目にツッコミが入ってしまう。ツッコミの前提が分からないから「何の話だ?」と次の歌詞を待つ状態になる。そこに2句目の正論が来るから、ああそういうことね、謎が解けた、確かにねと納得してしまう。これではあまり笑えない。

「嘆きのボイン」は奥が深い。