<「あたしがのぞんでいることは、あなたが突然死んでくれることなの」>

<「ねえ、萬蔵さん、あなたサラリーマンなんかやってて、自分が恐くないの」>

<「世の中いうたらそんなもんやで」
 という、聞いた風な科白を、私は思い浮かべた。が、あとでもこの「もん」は空恐ろしいと思った。私はこの「もん」を内側から喰い破ることばかりを考えて来た>

 1981年、『新潮』8月号に載る。車谷さん36歳。芥川賞候補になったが、該当作なしで終わる。受賞あいさつを用意していた。82年1月25日付『毎日新聞』姫路版の人物欄に紹介される。

 のちに再び芥川賞候補になって落ちるが、それでよかった。2度の落選が『赤目四十八瀧心中未遂』を生んだのだから。