2001(平成13年)に川端康成文学賞を受賞した短編である。

 武蔵丸はカブト虫。1999(平成11)年7月19日に舎人公園で見つけて自宅に連れて帰り、約4カ月生活を共にした。かいがいしく世話を焼く様子が従来の車谷さんの印象をはみ出している。

 毒を刻むことを忘れてはいない。車谷さんが一軒家を買うことになり、その一軒家の所有企業の男性について<鼻はある独特の扁平な形をしたものだった。これは親が梅毒に冒された経験のある場合、その子供に現れる特異な症状である>とやった。

 武蔵丸が車谷さんの指で性行為をする様子、足がなくなった武蔵丸の様子なども丹念に描く。わずか4カ月の命を生きた武蔵丸と70年80年90年生きる人間を織りまぜ、銭に目を血走る人間の欲も加え、武蔵丸の死を迎える。余韻が残る。

 武蔵丸を悼んで一気に書き上げたと車谷さんのエッセイか何かで読んだ。2000(平成12)年の『新潮』2月号に掲載。