「以前いらっしゃったときは『陰翳礼賛』の話をしましたね」

 私と同じくらいの世代のマスターが静かに微笑む。もう半年以上前である。谷崎潤一郎の話などで話が弾み、何かを感じる店だったので深い関心を抱いた。その後何度も店の前を通っているのだが、開いていなかった。

「開くの11時なんです」

 道理で。私が通るのは朝の8時9時ごろだから開いているわけがない。根津神社の近くにあるコーヒーとワインの店「三間堂」である。

「最近『コルシア書店の仲間たち』を読みましてね」

 私の投げたボールをマスターはしっかり受け止める。

「冒頭にサバの詩が載っていますね。生きることが人生の疲れを癒やすというような。ミラノという詩で。たまたまですけど、ウンベルト・サバの詩集、ここに持って来てて」

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 谷崎の『陰翳礼賛』(1949年刊だったかな)とともにウンベルト・サバの詩集を見せてくれた。須賀敦子さんの翻訳である。

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 店内をあらためて見回し、マスターの世界観に浸る。谷崎だけではなく乱歩も垣間見える。

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「店の前に結界を張っているので今日はお客さんが少ない」と静かに笑うマスターと話して店を出たら2時間も経っていた。

 静かに過ごすこともできるし、マスターと話が合えば時間があっという間に過ぎる。マスターの何がすごいかって、出てくる言葉(つまり思考)が文学なのである。マスターの口から文学が転がり出るたびに私は何度も「あ」と小さく叫んでいた。すごい人がいる。

 根津神社と日本医大病院の間の道を上がって行くと左側にある。歩いて数分。金曜休み。

 ぜひ!