「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が企画展「表現の不自由展・その後」を中止した。場外乱闘や内紛のような状況が続いていて、賛否両論あり、どちらも一理ある。

 感じたことをいくつか挙げておく。

 警察に警備してもらっても続けるべきだという主張を聞いたが、それは滑稽であると言わざるを得ない。国家に対する批判の芸術を主張しながら国家機関の1つである警察に守ってもらえばいいという性根と考え方が私にはよく分からない。

 津田大介さんの名前はよく聞くけれど何者なのか私は全く知らなかった。検索してみると、インターネットの分野に詳しい人なのだった。この難しい分野を任せたのがそもそも間違っていたのではないか。ネットに精通していれば愉快犯から嫌がらせが数多く寄せられることくらい想定の範囲内でなければなるまい。想定の範囲でなかったとしたら、そもそも津田さんが芸術監督をするのは力不足だった。

 河村たかし名古屋市長が「表現の自由は憲法21条に書いてあるが、なにをやってもいいという自由ではなく、一定の制約がある」と語っている。表面的に捉えればその通りで、表現の自由は私人間において一定の制約を受ける。小説のモデルになった人から訴えられた小説家が負けるのは、私人間には無制限の表現の自由はないという視座ゆえである。

 とはいえ、憲法は対国家規定である。憲法21条が定める表現の自由は国民が国家に対して批判を含めて自由に発言できるというのが本来の趣旨であり、河村市長の発言はズレている。

 これ、収拾がつく日は来るのだろうか。