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 私がひれ伏す車谷長吉さんの署名と押印がある本を、熱に浮かされたように買い集めてきた。署名には魂が吹き込まれているに違いないからである。

 それが、ああ、谷崎潤一郎の署名本をヤフオクで見つけてしまった。谷崎を変態仲間として尊敬しているし小説は当然読んできた。その谷崎の署名本は私が知る限り非常に少ない。あったとしても「著者」と書いてあったり(何じゃそりゃ、でしょ)、「潤」を崩し字で書いてあったり(面倒くさがり屋なのかな)。谷崎潤一郎の5文字の署名の本はないこともないけれどその横には配偶者の松子さんの代筆という断り書きがあったりする(自分で書けよw)。

 で、この谷崎潤一郎の署名本である。

 谷崎が『毎日新聞』紙上に1939(昭和14)年から40年(昭和15)年にかけて連載した『少将滋幹の母』の単行本で、敗戦後の1950(昭和25)年8月の発行だ。発行元は、おお、毎日新聞社(大阪)ではないか。新聞連載時の挿絵も収録した限定本なので巻末には「限定版一千部ノ中第八百七十五番」と記されている。

 価格は900円。1950年の900円は破格だ。『昭和史全記録』(毎日新聞社)によると盛りそば15円、上野の地下街に浮浪者がまだ住んでいる時代なのである。

 というわけで、谷崎が収入を得るための豪華限定本なのだろう。であれば、谷崎が1000部くらい署名するのを嫌がるわけがない。とすれば、この谷崎潤一郎の5文字は谷崎本人が書いたに違いないと私は信じているのである。