小説家には昏い核心がある。五木寛之さんの昏い核心は、第2次世界大戦末期にソ連兵によって母を家族の前で蹂躙された光景なのだった。
この記憶を文章に記すまでの逡巡の長さを見ると、いやいやそうではなく、私が五木少年の立場だったら、五木少年の父の立場だったらと想像するだけで、どうしようもない無力と脱力に沈む。無間地獄で虚ろな目をして息をするだけの生ける屍になっていても不思議ではない。
12歳の五木少年の悪夢を単行本で明かした際(単行本は2002年8月出版)、新聞が報じた記憶がある。話題になったのだろう。しかし、文庫本は売れていないように見える。アマゾンで買ったこの文庫本、2003(平成15)年8月5日の初刷だ。
「五十七年目の夏に」と題した40ページ弱の作品を読むために買う価値がある本なのに。