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 何も大学受験英語で無理して「聞く読む話す書く」を問わなくてもいいではないか。英語の必要性があれば勉強すればいい。米ニューヨークの国際連合で働く人とニューメキシコ州で日本レストランを開業する人とマサチューセッツ工科大学で工学を学ぶ人と沖縄のホテルで外国人観光客を相手にするのとでは「聞く読む話す書く」の内容が激しく異なる。にもかかわらず大学受験英語の程度で慌てて何を身に付けることができるというのか。

「読む」を中心の従来の英語で英語の基礎を築くことができないならまだしも、しっかり身に付ければ基礎はできる。

 中学高校(大学)と6年以上英語を勉強しているのに話せないし聞けないと下村文科大臣が批判していたが、「6年」はあまりにもデタラメすぎて笑えない。英語は学校で週に3〜4時間程度しかやらないのだから「6年」はあり得ない。デタラメを言うにもほどがある。そもそも前提がデタラメだったのに、そこを修正せず突っ走ったらアカンがな。

 英語の「聞く読む話す書く」の力をつけさせたいなら、授業でどんどん積極的に手を挙げる子供を育てるのが先だし、何かの講演会があったら最前列から席が埋まっていくような積極性を養うのが先だし、とはいえこういうのは国民性だろうから、そうそう育てたり養ったりできるとも思えない。

 私は塾で英語の出来の悪い子供たちを教えたことがあるので余計に思うのだが、英語ができる子供は放っておいても自分で「聞く読む話す書く」を身に付けるし受験で高得点を出す一方、英語ができない大勢の子供たちは混乱を増すだけだ。

 民間試験業者の中には1回の受験料が2万5000円というふざけたのがあった。最初からやる気がないのである。

 絶対に必要だと言うのなら、大学入試センターで問題を作ればよろし。