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 合格者の掲示を東大がやめるそうな。インターネットを使って合格発表をしている大学は東大を含めていくつもあるはずで、特に問題はないだろう。

 私の時代インターネットなどなかったから、見に行くか、学生がバイトでやっている合否発表確認電報を頼むしかなかった。

 その日私は東京にいた。すでに政治経済学部と法学部の合格発表は終わっていて、この日が第一文学部(通称一文)の合格発表の日だった。3つとも落ちていたら駿台予備学校の入学試験を受けるという手順で徳島からわざわざ上京した。

 私の第一志望は一文だった。小説をろくに読んでいないくせに、文学を学びたいと漠然と思っていたのである。

 大学は春休み中で、ほとんど人がいない。まず政治経済学部の掲示板を見る。私の受験番号はない。次に法学部の掲示板に行って探す。あれ? ある。法学部に合格しているではないか。この調子なら一文も合格しているに違いない(どうでもいいことだが、法学部の方が偏差値がちょっとだけ高かった)。2つ合格か。悪くないな。

 ワクワクしながらスロープを上がって一文の掲示板に向かう。ちょうど掲示板に張りだした直後だった。掲示板の周囲にカメラを構えた人が何人もいて、ふらふらと寄ってくる私の顔にレンズを向けた。

 う。注目されとるがな。えらいこっちゃなー。ガッツポーズをするかバンザイをするか、などと演技を考えながら掲示板を見上げて私の受験番号を探す。探す。さが……す。

 あれ? 見当たらん。もう1回私の受験番号の辺りを見る。ない。

 私のその瞬間を激写しようとしているレンズを前に、私は無表情(のつもり)でその場を離れた。「法学部は受かっているんで、ここでバンザイしていいですか」と面の皮が厚くなった今なら言えるが、18歳のういういしい私にはそんな厚かましい提案が浮かぶ余裕などなかった。カメラを構えた人たちは気の毒そうに私を見送ったように感じた。

 ああ思い出すとイタイ。

 法律は肌に合わなかった。積み上げられた法律を記憶をするだけで、創造性など全く求められない。先人が積み上げた法体系を暗記しないと始まらないし、膨大な判例に縛られる。個性も創造も創作もない世界なのだった。放火罪がどこで成立するかなどを大真面目に論じ合った法学者はよほどヒマなのかと阿呆な私はゼミで毒づいた。ああイタイ。

 法の女神テミスの逆鱗に触れた私は6年も通うことになった。いや、正確に言えば大学にはほとんど通わなかったし、出席を取る授業は友人に代返を頼んでトンズラしたし、大学5年の冬には沖縄に引っ越して2年暮らしたのだが。

 老い先が短くなってきたせいだろう、「一文に合格していたら」と最近強く思う。私は是が非でもバンカラ早稲田に入りたかったので、早稲田ならどこでもいいと思ったのが間違いのもとだった。でも、右も左も分からない東京で浪人はしたくなかった。もしかして法学部から一文に転部できたのではないかと今ごろ考えてしまう。

 というわけで、掲示板での合格発表は私には苦い思い出である。40年近く前の出来事を今も覚えているのは、それだけ感情が動く場だったということか。インターネットでの合格発表にはそれがない。いいことなのかどうか私には分からないのだが。