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 まさかこうなるとは。池澤夏樹さん個人編集の世界文学全集(河出書房新社)に収録された石牟礼道子さんの『苦海浄土』を読み始めたとき想像すらしていなかった。冷静に今振り返ると私がこうなるのは道理ではあったのだが途方に暮れる状況に陥った。

『苦海浄土』に始まり、石牟礼道子さんへの激しい関心に飛び火し、当然のこととして水俣病にも飛び火して猛火になってしまった。水俣病に冠する本や写真集をアマゾンで相次いで買ってしまう。

 あくまでも文学作品として読みだした『苦海浄土』である。池澤夏樹さん個人編集の世界文学全集と日本文学全集、岩波文庫の漱石全集を読み切るのに逆立ちしても(できんけど)20年以上かかるのは間違いないのでひたすら先を急ぐ。ここで水俣病に走っていく時間はない。ところが水俣病に走らざるを得ない。この世の理不尽や矛盾、悪、救い、鎮魂、怒り、諦念、赦しなどが凝縮されているからだ。文学があり、今も続く現実がある。

 何かに取り憑かれたように深く分け入る森のような昏くて深いこの山々を何と呼ぶか。石牟礼道子山脈と名づけるのは石牟礼道子さんに迷惑だろう。水俣病山脈もちょっと違う。なぜなら山脈の中には私がいずれ“逢い”に行くことになるだろう宇井純さんや高群逸枝さんも田中正造もいるからだ。

 ここで思いついた。不知火だ。不知火山脈だ。小学生のころだろうか、不知火という名称を知ったときゾクゾクした記憶が蘇った。何とも魅力あふれる名前ではないか。今年中に見に行くぞと誓った不知火がぴったりはまる。しかも不知火に「山脈」をつけるこのセンスのよさ(←自分で言うな)。

 というわけで、引きずり込まれた不知火山脈をどう歩くのか。そもそも3つの全集を読み終えることができるのか。『苦海浄土』はやっぱり危険だった。