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 新型コロナウイルスの騒動が収まらないのは医学的に解明されていないからであって、ワクチンができたりしてインフルエンザ並みになれば落ち着く。それなのに「コロナ前には戻れない」などと言っている人がいて私は首をかしげてしまう。

 例えば《ソーシャルディスタンスは新しい生活習慣になりそうだ》と法政大学総長が書いていたけれど、新しい生活習慣では決してなく、一時的な約束事というのが妥当だろう。そのそもソーシャルディスタンスだなんて(笑い)。距離と日本語で言えば簡潔で済むものを。

 医学的に解決されれば距離は元通りになるだろうし、マスクだってしなくなるだろう。これらは確かに「新しい」けれど「一時的」だというのが私の見立てだ。

 英国のジョンソン首相が新型コロナウィルス感染から回復したあと「社会は存在する」とサッチャーさん時代からの流れをひっくり返す発言をしたけれど、これなどコロナ前に戻ったとも言うことができるわけで。

 ズームなどのオンライン会議はそもそもインターネット時代の技術の1つだから今に始まった話ではない。アルビントフラーが『第3の波』で予言して30年も経っているし。こういうのを無視して「コロナ前には戻れない」と言うのはあまりにド近眼過ぎて。

 哲学者のハラリさんは新型コロナ騒動を機に国家が個人の管理に乗り出すと警鐘を鳴らしているけれど、イスラエルという環境が大きすぎる。ビッグブラザーはすでに中国や北朝鮮に生息しているのにね。

 地方への移住が増えるだの何だのという報道も見たけれど、私が知る限り、1990(平成2)年の毎日新聞福島面新年企画「新ふくしま人」は都会から福島県内に移住してきた人たちを取り上げたもので、そのころから「若者ばか者よそ者」が地方を変えるなどともてはやされていたことを多くの人が忘れているのではないか。

 昭和の終わりごろ訪ねた竹富島に若い元カメラマンが移住していた。彼は東京でお金をバカスカ稼いだもののそれに疑問を持ったので仕事を置き、自分を見つめ直すために移住してきたというようなことを語っていた。その数年後にバブル経済が崩壊した。

 世の中が少しずつ変わっているのはごく当たり前で、日本で言えば明治時代ごろから分かりやすい姿で続いているわけで、そういう蕩々とした流れを無視して「新型コロナ」で「前」と「後」に区切るのは暴力だし、新型コロナの影響があったにせよ過去に似たような出来事がすでに起きていることを知らずにニュースにしてしまうのも恥ずかしい。医者でさえ意見が分かれる新型コロナウイルスについての発言も井戸端会議ならいざ知らず。

 だからこそ、信頼できる発言者がはっきり浮かび上がってくるのだが。