三島由紀夫が『小説とは何か』(1968〜70年に『波』で連載)でこれぞ小説と絶賛したのは『遠野物語』で炭取りがくるくる回る場面だった。回るはずのないものが回ることで霊と現実に橋を架けたわけで、車谷長吉さんは三島の絶賛を元にして虚点の重要性を書いている。

 で、気づいた。

 石原慎太郎の『太陽の季節』(1955年芥川賞)の障子破りは虚点だと。有名すぎる場面なのでその表面的なところに話題が集まってしまったが、石原慎太郎は用意周到に虚点を置いてた。

 ここでさらに気づいた。わが車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』(1998年直木賞)で主人公はアヤちゃんと抜かずの3連発をする。そこが虚点なのだ。

 親しい女性が『赤目』を読んで「抜かずの3連発ってできるんですか」とかつて質問してきたことがある。「そこは小説だから」と答えたのに、虚点だとまでは私は気づかなかった。

 車谷さんはすでに亡く石原さんとは面識が全くないので障子破りを虚点として書いたかどうか確認のしようがないのだが。