一筋縄で行かないのは、チェコの歴史を縦軸に、トマーシュとテレザ、サビナ、それからサビナとフランツを横軸に置いたものの時間軸が前後したりするし主題がいくつもあるし、主題の中には哲学があったりするからだ。映画は思わせぶりな写真で有名だが、小説は全く容易ではない。

 最新の翻訳だし、クンデラさんのほかの本も手がけた西永さんの翻訳なので熟(こな)れているはずなのだが、軽く読み飛ばすことができる主題ではないのでところどころで行ったり来たりうんうん唸ったり足踏みしたりを強いられた。

 ギリシャ神話オイディプス王を踏まえての《ひとは知らないからといって無実だと言えるのか》(202ページ)は重い。トマーシュが外科医から窓拭き掃除人になると分かっていて踏んだ踏み絵は、今の日本でも大勢の人に差し出されているのではないか。私もそうだ。

 犬のカレーニンを見て人間が幸福になることができない理由を述べた辺り(345ページ)も唸った。西垣通東京大名誉教授と考え方が似ていると感じたのは、犬や豚を人間と対等な生き物として見つめる目があるからだ。

《「使命なんてくだらないものだよ。(略)自分が自由で、使命なんかないと気づくのは、とてつもなく心が安らぐことなんだよ」》とトマーシュに言わせて物語は終わる。この発言は文脈に沿って読まないと誤読してしまうけれど、著者クンデラの置かれた状況と重ねれば深みを増すのではないか。

 なお、本書を原作にして1988(昭和63)年公開された映画を見た友人が「よく分からなかった」と言っていた。私はその映画は見ていないけれど、早稲田松竹の前を通るときにポスターを何度か見た記憶がある。エロティックなポスターなので実はワクワクしたが、見なくてよかった。優れた文学を優れた映画にした例が果たしてあるだろうか。

 池澤夏樹個人編集の世界文学全集(河出書房新社)全30巻のうちこれで3巻読んだ。まだ1割である。まだ27巻も残っている=読むことができるのはものすごく嬉しいのだが、生きているうちに読み終えることができるのだろうか(笑い)。