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 派手だなぁ。少しためらった。しかし、着てしまえば私の目には触れない。というわけで、今日はこのシャツを着て地元をうろつく。

 戦争体験の継承をどうすべきか。広島でも沖縄でも問題になっている。聞いた人がバトンタッチのように伝えていくのも1つの方法だろうと思い至り、私も機会があるたびに繰り返し繰り返し言うしかない。

 中沢啓治さんに会ったことがある。『週刊金曜日』編集者時代、表紙を依頼したのである。当時中沢さんは所沢市に住んでいた。

 自宅を訪ね、そのとき聞いた話が忘れられない。ご家族が焼け死んでいく場面の話になり、中沢さんはこう言った。

「部屋を閉め切って、泣きながら描きました」

 もう1人。配偶者が「初めて聞いた」と驚く横で、私に話をしてくれた元広島銀行役員がいた。

 あの日のあの時間、土橋(広島市の地名)に勤労奉仕に駆り出されていたお姉さんが跡形もなく消えた。

 戦後。「足音が聞こえた」と言っては玄関に走り、本通りで「(娘が)いた」と前を歩く女性を追いかけては顔を見て落胆したのが、古田さんの母親だった。

 オバマ大統領の広島訪問の感想を問う手紙を出したら「空疎」と返事をくれた古田さんはつい先年亡くなった。広島市の本通りを歩くたびに古田さんの話を思い出す。

 悲しいとか号泣とか苦しいとか、どんな言葉でもこれっぽっちも表現できない8月6日。