芥川署受賞作が載る『文藝春秋』の読みどころはたぶん受賞作品なのだろう。私は選評のほうが好きだ。手練れの銓衡委員たちが渾身の力を振るってべた褒めしたり筆誅を加えたりする短文はことごとく名人芸なのである。その芥川賞選評を完全に読破してまとめたのが本書だ。著者の鵜飼哲夫さんは読売新聞記者である。取材経験のある小説家のエピソードを交えたところにコクが出た。

 本書を読んであらためてよく分かったことがある。文学には正解がない。銓衡委員同士で意見が対立する。それぞれの文学観に基づいて銓衡するから全員一致は滅多にない。

 正解がない。これが文学の核心なのである。もちろん文章のうまい下手やネタの選択の善し悪しなどはあるけれど別問題だ。

 私が算数に落ちこぼれ、社会の暗記をあほくさと思い、積み上げられた知識でしかない法律に魅力を感じず法学部に6年も在籍したのは、正解が最初から決まっている学問へのギモンが頭の隅っこにあったからである。などと後付けで正当化してはいかんのだが、そういうギモンはずーっと持っていた(たぶん)。

 正解のない学問ほど奥の深いものはないではないか。

 駿台予備学校国語科の名講師・藤田修一師は小説の読み方として「教養読書」と「受験読書」を挙げ、後者の読み方を指導した。後者であれば設問次第では正解を導くことができ得るというわけだ。

 教養読書はあからじめ決められた正解を探す必要はない。正解が最初からないので探しようがないのである。そこに自由を感じる。文学とは自由の営みでもあるわけだ。

 芥川賞選評(だけでなくてもいい)をすべて集めた本があれば読むのになぁ。