漱石の『行人』の読み方を初めて知った。「こうじん」だそうな。奥付にルビが振ってある。

 後半のどこかで「あれ?」と感じた。『こころ』に似た何かを嗅いだのである。ウィキペディアによると、両作品は接近して発表されている。

行人(1912年12月 - 1913年11月、『朝日新聞』/1914年1月、大倉書店)
こゝろ(1914年4月 - 8月、『朝日新聞』/1914年9月、岩波書店)

 私は漱石の研究者ではないし研究書の類を読んでもいないので単なる当てずっぽうだが、漱石は『行人』を書きながら『こころ』の構想を練っていたとか、あるいはこの時期の漱石の関心事が“そこ”にあったとか、考えられるのではないか。

 それにしても『行人』である。妻と弟の中を疑う兄のこころの闇の深さに戦慄する。私が書けば妻と弟をくっつけて兄をもっと苦しめるのだが、こんな安易な展開を漱石は選ばなかった。『こころ』を書く前のこの小説では人間の善に踏みとどまったということだろうか。