西武新宿線の高田馬場駅で降り、喫茶店カンタベリに入ったところで友人に言われた。
「リュックは?」

「あ!」

 短く叫んで高田馬場駅に駆け出す。走りながら考える。リュックには広島出張の荷物がぎっしりだ。36回ローン支払い中のレッツノートと会社所有のニコンZ50、預金通帳とカード全部。思い浮かべると口から鼻から耳から目から泡が出てくる。泡を食うとはこういう状況を言うのだろう。

 ビッグボックスにある駅窓口であわあわあわ。駅員さんは冷静である。

「何時にどこ発の電車に乗りましたか」

「確か拝島駅を7時30分頃に出た電車です」

 答えながら、頭の中でそんな話より早く何とかしてくれと叫ぶ。

「私の全財産が入っているんです!」

 窓口に吊り下げられている飛沫対策用ビニールを押しのけ、顔を突っ込んで叫ぶ。私が押しのけたビニールを駅員さんは強引に引っ張って元に戻す。私は頭に血が上る。血管が切れるかもしれない。

 駅員さんが内側で壁に指をさして何かを見ている。

「その電車は西武新宿駅で折り返します。3分後にこの駅に来ます。乗った車両を覚えていますか。案内しますので駅員とホームに行ってください」

 リュックはあった。膝から頽れそうな安堵と疲労に襲われた。

 それにしても駅員さんの冷静沈着なことよ。あらためて感謝申し上げます。

 野球に例えるならこんな感じか。外野を守っている私に打球が飛んでくる。追いかけてスタンドの壁にぶつかるのが私。スタンドに当たって跳ね返ってくると予想してその位置で待つのが駅員さん。自分で言うのもナンだが、私の阿呆さ加減がよく分かる。