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 書評面が乗る土曜付『朝日新聞』だけは欠かさず買う。そこに近藤康太郎さんのコラムが時々載っているので読んできた。これが面白い。面白い理由を考えてきて、4月17日付の「ドブさらいで考えた『隣人』になる心地よさ」でああそうかと分かった。

 実際に猟師の免許を取って猟をするなど、近藤さんの珍しい(一般人には縁のない)経験談は面白い。これは当たり前のことで、それなりに考える力があって、理屈をこねくり回し、文章を丁寧に書くことができる記者なら、珍しい経験を書けば面白い記事になるに決まっている(『毎日新聞』が弱いのはここ)。

 しかし、脇の甘さも見えた。棚田の溝をさらう経験を通して地域の人間関係の密さを喜ぶ4月17日付の記事を本当の地方出身者はどう読むだろう。田舎の人間関係の密さがいやで福島のド田舎から出てきた人を私は知っている。

 近藤さんは東京の都会出身であり、朝日の記者という社会的には上に置かれる職業であり、自分の見解を全国に発表することができ、数年だけ住む転勤族である。そんな人を周囲がどう扱うか。

 狭い狭い地域に骨を埋める覚悟を決めて、実際にそこに家を建て、墓をそこに準備してから語らなければ、都会から地方に来た人が面倒な人間関係など知らないまま地方バンザイを叫ぶ内容に陥ってしまう。

 というわけで、近藤さんの「田舎生活」は“田舎生活”であると指摘しておく。

 それでも期待はしている。ましてや4月の異動先はあの天草だというではないか。水俣に行ったらぜひついでに立ち寄りたいと私は常々願っている場所なので、そんなところに高給を得ながら住むことができるとは羨ましい。どんな記事が出てくるか楽しみだが、田舎の悪さを知っている人さえ納得する記事を期待したい。例えばね、骨を埋めると決めた田舎で、そこからよそに引っ越すお金もなく、そこで村八分にあってみればどんな記事を書くことができるだろうか。