テレビでもやっていたので同じ穴の狢だ。愛知県の中学校で同級生による刺殺事件が起きた。11月25日付『毎日新聞』(東京本社版)社会面13版○は、中学校が開いた保護者向けの説明会に出た人に取材して《「事件の説明があっただけ。子どもがショックを受けていてまだまともに話もできていない」と声を詰まらせた》と書いた。

 もし亡くなった中学生の家庭が『毎日』を取っていて、家族がここを読んだらどう思うだろうか。

 取材を受けた人は自分の子供のことしか見えていないわけで、亡くなった子供やその家族への思いが全くない。全くないのは当たり前で、殺されたのが自分の子供でなくてよかったと思う親がいても不思議ではないし責められるものでもない。

 えひめ丸事故(説明は下)が起き、現場での救助の様子をテレビを見ていた親が、恐らくわが子の無事を確認したのだろう、一瞬大喜びして、そのあと、まだ救出されていない人を思ったのだろう、すぐに黙った。わが子が無事かどうか知りたいのは親として当たり前だし、喜んでしまったのもやむを得ない。

 しかし、亡くなった人や家族を思えば、被害者への思いを語っていない声は報じるべきではない。


【えひめ丸事故】ウィキペディアによると、2001年2月10日8時45分(日本時間)、アメリカ・ハワイ州のオアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の練習船だったえひめ丸に浮上してきたアメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンビルの不注意で衝突し沈没させた事故。乗務員の35人のうち、えひめ丸に取り残された教員5人と生徒4人が死亡し、救出されたうち9人がPTSDと診断された。