大岡昇平さんの心理小説『武蔵野夫人』は、この時代ならではの心理描写でもあり、今に通じるものもあり、遠くに聞こえる足音にずっと耳を澄まし続けるような読み方をした。

 先日文庫で読んで「あ、そうか!」と刺激を受けたばかりの『俘虜記』から本書に一部が載っていて、面白いものだからまた丹念に読んだ。生と死の問題は文学と哲学が引き受けるのに適しているのだろう。

 小説を教科書から排除したり大学で文系を軽んじたりする動きは、人間の価値を軽くするというか、人間の最後の逃げ場を奪うことになるのではないか。