同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

仕事の法則

官僚を目指さない東大生か東大卒が少ない官僚か

 官僚を目指さない東大生が増えているとNHKがうれしそうに報じているけれど、東大卒が官僚にならなくても問題ない。いろいろな大学からいろいろな背景を背負った人間が集まるほうが組織のタテヨコが大きくなる(と期待したい)。質が問われるけれど、試験をするのだから一定の人材は集まる。

 NHKを見ていると、下積みを嫌って外資系やコンサルに行く東大生が増えたようだがこいつらは世の中を舐めている。人間の世界はそんなに甘くない。東大卒ではない私が言う資格があるとは思えないが、そこを敢えて言うと、単なる学歴で人間界を偉そうに歩いて行けると勘違いすると身を滅ぼす。東大卒でも一兵卒として仕事をするのが当たり前である。まぁ世の中に出れば気づくだろうけれど、老婆心から言っておく。

 それにしても若さはまぶしい。私が10代に戻ることができるなら、もっといっぱい勉強するんだがなぁ。などと言うやつに限って勉強しないものではあるのだが。




 

レイトタックルをした日大選手はひとごとではない

 立派な記者会見をした若者を見ながら、ひとごとではないと思ったのは私だけではないだろう。

 安倍さんを守るために事実を曲げている官僚や談合をして逮捕された建設会社の社員、上司の命令で違法行為と知りながら手を染めてしてしまった部下、政治家の贈収賄事件に巻き込まれた秘書などなどがこの日大アメフト部選手と自分を重ねるのではないか。

 たまたまその位置にいたことで大小のトラブルに巻き込まれた人は少なくないはずで、何らかの組織に属している人が上の命令や指示を突っぱねるのはなかなか難しい。距離を置いて見ているから「何でそんなことを」と思ってしまうが、自分が当事者になったら出世や地位、カネが頭に浮かんで冷静な判断ができなくなるのではないか。私はどうかなと胸に手を当てて全く何もない人は果報者か健忘症である。

 実行した人の罪が免れるわけではないが、命じた人の罪は非常に重い。


 

忘れ物

 間に合えばいいという話もあるが、できることなら忘れ物はしないほうがいい。私は仕事で使うビデオカメラを忘れたことに仕事先で気づいた。

 往復の時間を考え、何とか間に合うという結論を得て、駅に向かって走り出す。ふだんのランニングがこういうところで役に立つ。息を弾ませることなく電車に乗り込む。

 計算上は間に合うと分かっているものの電車が事故か何かで止まったらお陀仏だから気が気でなく、イライラし、往復にかかる時間をムダにしてしまう自分へのいまいましさに何度も舌打ちしてしまう。

 そういえば私の血を引く忘れん坊長男が小学生のころランドセルを玄関に置いたまま登校することがよくあり、そのたびに私は「お前何のために学校行っとんじゃ」と大笑いしたものだが、仕事での忘れ物は笑えない。

 思いがけない失敗はやむを得ないとあきらめがつく。しかし凡ミスは自分への怒りになって襲ってくる。

 猿でもできるという反省をしてみるしかない。


 

 

立つ人が増えている

 私が書くと誤解を招きそうな題名である。

 東京のJR山手線の運転士が立って運転していた。ドコモの社長も立ち机で打ち合わせをしている。

 ほかにも、いつだったか『毎日新聞』の「経済観測」でも立って仕事をしていた外国の大学教授が取り上げられていたし、最近の『朝日新聞』かな、どこかの有名な会社の会長がやっぱり立って仕事をしていると書いていた。

 立って打ち合わせをすること自体は新しい話ではない。効率がよくなるので導入する組織があるという話を1994年ごろの『サンデー毎日』に書いた記憶がある。当時は「立って打ち合わせ=疲れる=無駄な話がなくなる=時間短縮になる」という図式だった。

 それが今は健康と頭の働きの観点から立つ人が増えている。

立ち机の効用

 勝間和代さんがメルマガで立ち机の効用を書いていた。

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使い続けて1年間の感想なのですが、一言でまとめますと

「もう、座りながらパソコンを使う生活はすっかり思い出せない」

ということになります。
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 座るより立つほうがパソコンに集中しやすい。足を広げて踏ん張るかっこうになるので自然と気合いが入るのか。

 立ち幅を変えるだけで身体的な“気分”転換ができるので、仕事に集中しやすいようにも感じる。足腰の血流がよくなるのかどうかは知らないが、私は立ち机に向かってパソコン作業をしながら膝を曲げたりつま先立ちをしたりするので疲れない。

 新幹線に4時間座るとヘトヘトになると感じる。もちろん1回や2回は意図的に立ち上がってトイレに行ったり連結部の窓から外を眺めたりするのだが、4時間はけっこう打撃である。体が沈む座席はかえって疲れる。新幹線にもぜひ立ち席を設けるべきである。

 立ち机のよさが知られてきているのに、適当な立ち机を適度な価格で本格的に発売している会社がない。私が使っている立ち机をモデルにしてどこかの会社が作ってくれたらいいのに。

ATOKナビに「休め」と言われて

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 パソコンで原稿をガンガン打っていたら画面右下にコーヒーカップの絵が出てきた。ん? クリックしたら「疲労感85」や「入力時間が長くなっています。10分程度の休息をおすすめします」だって。

 先日ATOK2017を買って2013と入れ替えたので、新しいATOKの仕組みの1つなのだろう。

 こう言わて我に戻ると確かに疲れていた。

 私は立ち机にパソコンを置いて立って文字を打つ。気合いを入れて原稿を書く場合、ふと気づいて休憩すると、はらわたが鈍く重く感じる。精神面はボロボロというほどではないが、それなりに打撃を受けているようで、ヘロヘロに感じる。

 原稿書きは簡単そうに見えるが、実際は肉体労働なのである。

 ATOKナビの助言に従うことにした。さっと着替えてランニングである。重いはらわたとヘロヘロのこころを緩ませるようゆっくり走る。

 ATOKナビの助言は大きなお世話だと思わないこともないけれど、私の場合ストップをかけてくれなければヘロヘロで済まず、ボロボロまで行ってしまうことがあるのでありがたい。

 私の健康はATOKナビにかかっている。

そしてほとんどいなくなった(笑い)

 私がかつて所属した某外資系組織の近況が入ってきた。

 Oさんは部下からパワハラと訴えられて退社。

 Mさんは横領で退社。

 数人の優績者とされた人たちは、お金が回らなくなって退社。ここ、少し説明が必要だな。誰かから名前を借りて契約し、しかし毎月の保険料は自分が負担していたそうな。これは禁止行為だし、そもそもそんなデタラメは早晩破綻することが分かっていなかったのか。

 スヌーピーや兵どもが夢の跡。

伊勢丹新宿店の代表電話は神対応

 伊勢丹新宿店の代表電話に問い合わせた。

「食品フロアのフードコレクションに森彦は今年出店してないんですか」

 落ち着いた感じの女性が対応する。「少々お待ちください」

 待ったのは5秒くらいか。「申し訳ありません。今年のフードコレクションには」と言いかけて、「コーヒー豆を担当しているグロッサリーにも確認してみます」で電話が保留。数秒後に「申し訳ありません。いま確認中ですので、もう少しお待ちいただけますか」でまた保留。数秒後に「グロッサリーでは扱っていないようです。本当に申し訳ありません」。

 てきぱきというか間髪入れずというか、感嘆した。単なる電話交換手ではないな。そもそも電話交換手なのか。伊勢丹新宿店の代表電話に出るのは誰だ。

 電話の問い合わせにこれほど迅速かつ丁寧に対応するのが伊勢丹なのか。だとしたらサービス業の鏡だし、「さすが伊勢丹やっぱり伊勢丹」という私がつくった格言を進呈しよう。

 これまで伊勢丹に何の感慨も持っていなかった。しかし1分足らずの電話で私は伊勢丹に魅了された。すごい営業である。今度伊勢丹新宿店に行ってみようではないか。

 新宿といえばヨドバシカメラとマップカメラ、紀伊國屋書店を視察するのが私の基本である。これからは伊勢丹新宿店を加え、サービスを見てみよう。

 高島屋やそごうなどほかの百貨店はこの程度の対応をしているのかという興味がわいてきた。同じ質問を投げかけて比べてみるのも手ではあるな。誰か私の代わりにやってくれ。

カルビーの「毎日在宅勤務」は正しい

 カルビーが在宅勤務を推進している。これは正しい。というか、遅いくらいだ。外出する用事がない日は在宅勤務をしている私にしてみると、ようやく企業が在宅勤務の良さに気づいたか、と思うわけである。

 特に大都市圏では在宅勤務の効果は大きい。その理由は通勤電車に乗らずに済むことにある。満員のすし詰め電車に好んで乗るのは痴漢かスリくらいだろう。ヘトヘトに疲れるし、時間の無駄である。

 私の場合、自宅を出て最寄り駅まで歩き、東京駅に着までにかかる時間は90分くらいになる。往復3時間である。交通費は往復で2300円くらいか。

 在宅勤務なら起きて朝飯を食べてすぐに仕事に取りかかることができる。肉体の疲れがないから、私は夜も仕事をしている。つまり朝から夜まで仕事ができるのだ。交通費がかからないのもいい。

 会社に行かなければ仕事にならない場合は仕方ない。しかし、そうでない仕事の場合は在宅勤務がいい。「在宅」といっても自宅に限ると脳みそが動かなくなるから、近所の喫茶店などはアリにしておくのが正しい。喫茶店に向かって適度に歩くことや場所を変えることが脳みそを刺激するというのが私の経験からの実感である。

 いま思い出した。在宅勤務が増えるとトフラーの『第三の波』が予言していたような気がする。国語教師アベケンの勧めで高校2年の時に読んで「理想だなぁ」と思った記憶がある。自分がやってみるとやっぱり妥当な仕事環境だった。

 仕事の効率を上げる最善の策ではないだろうか。

集中できる時間に「やっぱり」

 昔から夜更かしだったせいか、午前0時を回ると頭が冴える。これは気のせいではなかった。『週刊ダイヤモンド』1月14日号の集中力特集で明らかになった。

 時間帯別の超集中状態グラフ(母数500人)によると、ベスト4はこうなる。

 1番は7時台。2番は午前1時台。3番は午前6時台。4番が午前0時台。つまり、午前0時台〜1時台と6時台〜7時台の2つの山ができた。早起きタイプと夜更かしタイプにそれぞれ山があると見ることができる。

 仕事の効率を考えると、今のような9時5時を強制しないほうがいいのではないか。それぞれに合う時間帯に出金させれば効率は上がるし、都会の電車の満員ラッシュも解消できるはずだと夜更かし派の私は思うわけである。

実績を挙げるのは職人

 平塚市の「いつか珈琲店」で働く若者がジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップ2016で優勝したと『毎日新聞』で読み、コーヒー豆を買うためにその店を訪ねた。

 優勝した若者はいなかったが、経営者が教えてくれた。「職人のような子です」

 出た。職人!

 仕事で実績を挙げる人は、その仕事の分野に関しては職人のような感性や姿勢を持っている、というのが私の仮説である。ここで言う「職人」の定義は「1ミリの違いがすぐに分かる。見抜くことができる」である。要するに、その分野には非常に、あるいは異様に細やかなのだ。この能力が優れた成果を得る原動力になる。

 したがって、これから社会に出る学生たちは自分がどの分野に対して職人になることができるか、1ミリ(1ミクロでもいい)の違いやズレ、誤差に気づくかと考えるといい。1ミリの違いを許せない気質が飛びきり上等な仕事を生む。

 1ミリの違いが分かる分野などないという人が大半かもしれないが、それなら2ミリ10ミリと数字を増やしていけばいい。何かある!

 私が得意なのは志願書かな。就職用や学校受験用などの志願書にみっちり手を入れてきた。オオザッパな私が志願書に関しては何故かかなり細かいし、文章の流れを異様になめらかにするし、中身のない志願書を立派なものにするためとなればさび付いた頭がなぜか回転してあれこれ策を弄するし(笑い)。

 唯一の問題は、これが全然カネにならんことだな。基本ボランティア。ボランティアは昔からやってきたから別にいいけどね。

来年使う手帳はこれ

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 手帳の役割は2つ、忘れないよう未来の予定を書くか過去の記録を書くかだろう。私は未来(予定)用と決めている。

 来年は「A5ツイン手帳」にする。上の段が月間予定表、下の段が週間予定表に分かれているのが特徴だ。これなら手帳の月間ページと週間ページを行ったり来たりせずに済む。

 ほかにも類似品があるけれど、1500円と最も安かったところを私は評価した。ただ、もう少し大きいほうがいい。私のようにザックリ書く人間には罫線が少し狭い。

 まずは1年使ってみて、よければ継続する。今年使ってきた手帳は1年でおしまい。書き込みやすかったが、全体の魅力に欠けた。

 

女性もお客さんだよパナソニック

 ヨドバシカメラなどでパナソニックが新しいデジカメの宣伝を小規模セミナーの形式で展開している。プロのカメラマンがスライドを見せながら説明する。そういうのに出くわすと私は聞くことにしている。プロの話は役に立つからだ。

 ある日東京・西新宿のヨドバシカメラで聞いていたら、女性の声が耳に入った。

「パナソニックは男女差別をしてる。私にはこれをくれない。秋葉原でもそうだった」

 この小規模セミナーを聞いている人にはケース入りのカタログが配られる。立って聞いていた私ももらった。ところが、男性と一緒に立って聞いていた女性はもらえなかったというのだ。

 あほやなー。ほんまにあほやなパナソニック。

 パナソニックのあほその1……女性はカメラを買わないという先入観

 パナソニックのあほその2……男性と一緒にいる女性にはカタログを渡す必要はないという勘違い(女性がカメラの趣味を持っていて、男性は単なる付き添いということがあり得る)

 パナソニックのあほその3……パナソニックファンをつくる絶好の機会でもあるという自覚のなさ

 パンフレットのセットにさほどの費用はかかっていないだろうに、どうして惜しむ。ケチ。男尊女卑。女性蔑視。

 松下幸之助はん、いったいどんなしつけをしはったんでっか。

店名の由来くらい教えとけ

 仕事で店の名前の由来を聞く機会が多い。経営者やその家族なら即座に答えるのだが、従業員が答えられないことがけっこうある。

「聞いておきます」「ではよろしく」という会話を一応するけれど、その店に2回行くことはないので、結局聞きそびれて終わる。

 親が子供の名前をつけるとき一生懸命考えていろいろな思いを込めるのが一般的である。経営者は魂や理念を店の名前や会社の名前に入れているに違いない。肝心のそこを教えなくて経営者は従業員に何を教えるのだろう。

電通自殺の教訓というか何というか

 電通の女性社員の自殺を思う。防ぐ方法はなかったのか、と。

 もしかすると、あったかもしれない。いや、あったと言ってしまおう。

 逃げる。すなわち辞める道があったのではないか。

 彼女はまだ若い。頭がいいし、美しいし、転職先はいくらでもあっただろう、転職する気になっていれば。とりあえず退社する手もあったのではないか。

 昔は根性論が跋扈していたが、今の時代は違う。

 苦しくて苦しくてどうしようもない職場に命を削って我慢すべきではない。撤退するが勝ちなのである。三十六計逃げるにしかずという兵法戦術をすべての人が常識としておきたい。

 せめてもの教訓である。

ああ東京電力

 東京都内で大停電を引き起こした送電線ケーブル火災を見て、あらためて思う。ああまたかよ東京電力、と。

 この会社の人たちの一定数が仕事をしていない。そして会社全体を無責任風土が覆う。気楽な会社だなぁ。

 私がお付き合いしている中小企業経営者のほうがどれほど真剣に仕事をしていることか。社員数が多いと責任を感じる機会がないのかもしれないが、それにしても、である。

 東京電力の社員が「台風のときは全社員が出社して、街の電気を守っています」とか何とか言って胸を張っている記事だか広告だかを読んだことがある。台風のときに仕事をして平時に仕事をしていなかったのか。

「老朽化したケーブルをこのまま放置していると危ない」と誰かが気づいていたはずだし、上司に伝えた人もいたはずだが、そこで終わったのだろう。福島原発と同じ構造である。どうしようもない無責任な企業風土なのでもう期待しない。

 東京電力の責任を頬被して、ケーブル取り替えの費用を電気代値上げとして利用者に転嫁する前に、責任者を特定する努力をしてみようではないか。

電通過労自殺と就職

 痛ましい話である。東大を卒業して電通に入社した女性が慢性的な過労で追い詰められて死を選んだ。何とも痛ましい。この事件で思ったことが3つある。

 1つめ。慢性的過労で追い詰められた面は大きいだろうが、せめてパワハラがなければこうならなかったのではないか。今の若い人が育った環境と中高年が育った環境は違いすぎる。ここを自覚できない人は上に立つ資格がない時代なのだ。

 2つめ。就職活動をする学生は企業の実態を知らないまま、有名企業であるとか給料が多いとかそんな理由で決めてしまう。企業の現実の情報が足りなさすぎる。自分の性格に合う企業かどうか正確に検討できるよう、もっと率直に企業風土や実際の働き方を開示してはどうか。「そんなこと開示したら労基署が飛んでくる」と思うから各社黙っているのかもしれないが、飛んできたら来たでいいではないか。「電通のように社員を死なせたくないんです」と突っ張れ。今なら「そうですね」と認められるかもしれない。

 3つめ。大学で各企業の実態を教える授業をするほうがいい。「会社員は厳しい世界だぞ」と予告してあげれば、就職先を考えるきっかけになる。それくらい手取り足取りしてやるべき時代なのだと言わざるを得ない。

仕事前に歩き、ひと休みで歩き、昼も歩き、とにかく歩く

 私はアルキデスです。

 最近自宅にこもってパソコンに向かう日が多い。じっと座って集中していると、疲れがたまってくる。それを無視して仕事を続けていると、いきなり調子が落ちる。

 人間は機械ではないのであった。頭とこころをなだめすかしながら仕事を進めるためにはどうすればいいか。試行錯誤の結果たどり着いたのは「歩く」を取り入れることである。

 仕事の前にまず歩く。ひと休みのときも歩く。昼飯のあとも歩く。集中力が途切れたら歩く。疲れてきたら歩く。飽きてきたら歩く。目がしょぼしょぼしてきたら歩く。イライラしてきたら歩く。パソコンを打つ手が痛くなってきたら歩く。

 これが仕事の効率を上げてくれる。心身ともに効果がある。医学的にどうなのか知らないが、感覚として効果がある。雨の日は面倒だが長靴を履いて傘を差して歩く。

 やたらと歩いているので冒頭で「歩きです」と名乗ったわけである。アルキメデスではない。

「職人」の復権

 最近「職人」という言葉に魅力を感じる。「妥協せず、手間暇を惜しまず、精魂傾け、周囲が一目おくほどの立派な最終物を仕上げることを誇りとする人」という定義にしておく。

 印象としては例えば金剛組の宮大工や土門拳、梅原龍三郎、岡本太郎といったところか。誇りが職人気質を生み、職人気質がいい仕事を生むのではないか。

 ちなみに「職人気質」について『新明解国語辞典第5版』は<妙におしゃべり(無口)であったり態度が時にがさつであったりするが、、自分の機能には絶対の自信を持つ職人共通の傾向>とある。前半が『新明解』らしいというべきか(笑い)。と思って『広辞苑第5版』を引くと<頑固だが実直であるというような性質>だって。ワンパターンだな。

「職人」という言葉に私が魅力を感じるのは、日本から「職人」が消えつつあることへの危惧感と日本人の誠実さが含まれるこの言葉を大事にするべきではないかという思いがあるからだ。専門職は「職人」という称号でいいのではないか。例えば「投資職人」や「写真職人」、「教育職人」、「弁護職人」、「報道職人」という具合に名乗るとかっこいいと私は思うのだが。

 いや、冒頭に記した私の定義に見合う職人はごくわずかだろうから、「職人」の大安売りはしないほうがいいか。

パナソニックのサービスは素晴らしい

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 パナソニックに成り代わり、その素晴らしいサービスを私が宣伝する。東京・秋葉原の「LUMIX&Let’s note修理工房」にLUMIX7を持っていった。

 画面に時々砂嵐が生じだしたほか、電源のオンとオフが正常に動かなかったり、写真の写りがイマイチになったりしているので、完全に壊れる前に持っていったのである。買い替えてもいいのだろうが、このルミックス7はF値が1.4と非常に明るく、いま各社が販売中のコンパクトデジカメにはこのF値に匹敵するものが全くない。つまり空前絶後かもしれない名機なのである。

 ここでの修理費用は機種によってあらかじめ決まっている。上記の3カ所に関する部品の交換で所定の1万数千円で済む。交換した部品の1つは修理費を上回るというのに。

 奇跡的な修理費である。こんなに安くてパナソニックはやっていけるのか。余計な心配をしてしまう。そういえば、3年前にレッツノートを修理に出した際も太っ腹な対応をしてくれた。

 パナソニックの手厚いサービスを経験した私は、デジカメとパソコに関しては強くオススメする。

 

 

映画『トランボ』で考える

 映画『トランボ』には仕事の法則が描かれている。

 まず実力。トランボは圧倒的な実力があった。

 次に組織化。脚本家たちを束ねたから、作業が分散し、数をこなすことができた。

 3つめは家族の協力。家族がしっかりつながっているから難関を乗り越えるための精神面の原動力になった。ううう(←なぜここで嗚咽する?)。

 4つめは協力者の存在。重要なところで手を差し伸べてくれる協力者がいた。

 レーガンがCIAのスパイだったことは知られているけれど、映画の中の実写フィルムに登場しており、本当にどうしようもないやつだったことが分かった。そんなやつでも大統領になれるのが米国なのであった。


 

仕組みの問題なら解決できる

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 JR平塚駅の改札で「あーっ!」と叫んだ(ただし、こころの中で)。定期券など一式を自宅に忘れてきたのだ。いつもと違う服装で出てきたので、いつもの服装のポケットから移し替えるのを忘れた。

 片道約12分。冷たい雨の中1往復半して36分。汗まみれ。靴びしょ濡れ。ブログのネタになったのがせめてもの救いか。

 定期券一式を忘れたのはこれで3回目である。充電中のiPhoneや携帯を忘れたことを含めると、数え切れない。

 重要な案件の場合、約束時間の1時間前には現地に着くことにしているので、遅刻は免れた。早朝から40分ほど早歩きできて、ああ爽やか……なわけがない。

 衣類を変えるとポケットの中のものを移す、という基本を忘れてしまうのは、仕組みが悪いからである。というわけで、100円ショップで小物入れを買った。

 帰宅したら必ずここに全部出す。出かけるときはここから全部取り出す。

 よしこれでバッチリだ。

郷愁を誘う商品

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 東京駅前の丸善でレジの手前に置いてあるものだからいやでも目につく。あの『怪人二十面相』の表紙そのままのノートである。思わず手にとってしまった。買うしかない。

 ポプラ社の江戸川乱歩全集は全46巻あった。最初に読んだのは小学3年の時、徳島駅前の小山助学館で『宇宙怪人』を父に買ってもらったのが始まりだ。面白すぎてあとは図書館で借りて一気に読んだ。私の本好きが定着するきっかけを与えてくれたのが江戸川乱歩シリーズだった。

 懐かしさあふれる商品が最近目につく。そういう商品に目が向くのはそれなりの年数を生きてきた中高年以上だろう。私が中高年になっている証拠か。

 そういえば私が小学3〜4年のころ、復刻版『少年倶楽部』シリーズを祖父が買ってくれた。「『のらくろ』を読んで育った」と懐かしがる祖父のプレゼントだったのだが、「のらくろ」の連載は1931(昭和6)年スタートだ。時代が違いすぎて読むのが少々ツラかったかも(苦笑い)。

 今の10代20代で「のらくろ」を知る人はめったにいないのではないか。江戸川乱歩シリーズはあとどれくらいの期間にわたって私のような大ファンを獲得し続けるだろうか。

対毎日新聞社2勝1敗(笑い)

 とほほ。毎日新聞社が昨年秋に募集していた経験者採用の書類選考で落とされた。

 自分で言うのも何だが、20代のころ2回受けて、難関の1次試験(筆記)は2回とも通った。うち1回は面接を辞退し(面接を受けていたら絶対に内定まで行った)、もう1回は内定をもらって入社した。

 応募書類に過去の実績が必要なので、福島版での大好評(笑い)連載と『サンデー毎日』が完売した特ダネのコピーを送った。実績だけを見れば遜色ない(と自分で言うのも何だが)。ワタシが入れば記事や企画が面白くなるのは間違いない(と自分で言うのも何だが)。

 ところが、あろうことか、思った通りと言うべきか、書類選考でこのワタシを落としやがった。腐っても右肩下がりでも部数減でも毎日新聞社である。ワタシをはるかに上回る優秀な人材がいた、のかもしれない。

 しかし、実際は50代という私の年齢が原因だろう。日本の大企業の流動性の低さと閉鎖性を30年前から感じてきたけれど、ほとんど変わっていないのだった。

 対毎日新聞社戦は2勝1敗。勝ち越しではあるが、黒星がついたのはちとクヤシイ。

広島市の名店てらにし珈琲店の仕事

 私が愛してやまない広島市宝町のてらにし珈琲店はパンもコーヒーミルクもサラダドレッシングも手作りである。

 その理由をカウンター越しにマスター寺西さんが教えてくれた。

「ミルクによってコーヒーの味が変わってしまうんですよ。だから、うちのコーヒーに合うミルクを作るんです」

 優先順位だの、選択と集中だの、いかに手を抜くかだの、そういう一見かっこよさそうなことを「合理化」や「効率」と呼ぶ時代の流れに抗うかのような手間のかけ方ではないか。驚いている私の顔を見ながら寺西さんは笑いながらこう言う。

「これが仕事ですから」

 これが仕事ですから――。言うのはたやすい。しかし、細部にわたって徹底する人はどれほどいるだろうか。

 月にわずか2回だが、てらにし珈琲店で寺西さんが作ったモーニングを食べることができる私はしあわせである。 

腰の低い部長さんが大勢いる理由

 差し障りがあるので社名は秘す。

 ある人が首をかしげていた。

「部長になると、腰が低くなるんだよなぁ。あれは何でだろう」

 その会社に詳しい人に聞いてみた。

「何でですかね」

「そうすれば出世するからだよ。実力があるやつはゴマをすったりしないから、上の覚えが悪くなって、はじき出される。で、残った三流が出世する。そういう会社なんだ」

 そうか。三流か(笑い)。



 

旭化成も真っ青の「しゃぶコン」

 初めて聞いた。しゃぶコン。「水で増量したしゃぶしゃぶのコンクリート」をこう呼ぶそうな。で、しゃぶコンを使った建物が相次いで建っている。

「建設業者に友人がいるから教えてくれたんだけどね。地震で倒壊しても地震のせいにできる」

 なぜそんなことを?

「価格が安いから。仕事を下請けに回すだけで上前を30パーセントはねる。実際に工事をする業者は、そんな安い金額ではやれない。どこかで帳尻を合わせなければならないから、しゃぶコンに走る」

 発注主は知っているんですか?

「知らない。あそこだよ、あのXXXX」

 知らぬが仏。

気合いを入れて文章を書く手順というか方法というか

 長い文章を書く場合、書くべき要素をあらかじめ押さえておかなければ書き漏れが生じる危険がある。従来私は頭の中でざっと整理して一気に文章を書いてきた。ワープロが登場して以来、書き直しが自由自在になり、文章をあとから加筆修正することが楽にできるようになった。

 しかし、これはあくまでもワープロやパソコンを使って文章を書く場合の話である。

 筆や万年筆で文章を書く場合、書き直しをしようとすれば何枚もの便せんに波及する恐れがある。加筆修正が容易ではない場合、あらかじめ流れを考え、書き漏れがないよう注意を払わなければならない。

 今回私は独自の手順を見つけた。ポストイットノートを使う。内容によって3色に分けて使うところがミソである。

 最初に思いつくままに書き出して何かに張りつける。

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 書き出したものを見ながら、別の場所で並べ替える。これで書き漏れはなくなる、はずである。

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 はずであると書いたのは、この方法に問題が1つだけあるからだ。書き終えたあと「あ! あれを書き忘れた」と思い出すことがある。したがって、思いつくままに書き出す時間を数日から1週間くらいは確保するほうがいいかもしれない。


 

常連客を大事にする喫茶店

 無料で宣伝しますよと提案しても、「それは困る」と言う喫茶店のあるじがいる。福山市と広島市で出会った。大勢の一見さんに来られるより、常連さんを大事にしたいという点で共通している。

 福山市の喫茶店は開業して30年経つ。「長期入院するから、最後かもなぁ」と家族全員でやってきた公務員がいた。「娘が大好きなこの店のハンバーグを自宅に持って帰りたい」と母親がリクエストした。そのときは事情が分からないままハンバーグを作って渡した。どちらもがんで亡くなった。

「常連さんのおかげで30年やって来ることができたんです。常連さんは高齢化して、少しずつあの世に行っていますが、私も年を取ってきて動きが鈍くなってきたので、お客さんの人数は少なくていいんです」

 広島市の喫茶店は港が見える。今年で11年目だという。有名な俳優が来ても政治家が来ても色紙を求めることなどしない。「だってお客さんですから」

 大阪で長く暮らしたので阪神ファンだそうな。BGMとして六甲おろしを流すと、市役所に「広島の玄関口なのに」と苦情が行く。「いやなら来なければいい」。かつてはその筋の人だったかと思わせる渋い表情で断言する。

 店内で傍若無人に大声を上げる(騒ぐことで有名な)某平和団体や子供が騒ぐのにたしなめない親は「出ろ」と追い出す。お代はいただかない。「そんなお金より、ここで自分の時間を過ごしたい常連さんのほうが私には大事なんです」。赤ちゃんが泣くのは問題ない。「だって赤ちゃんは泣くのが仕事でしょ」。

 マスターがこんな調子だから、「常連さんは変な人ばかり」と笑う。

 1時間近く話し込んだか。帰りがけにコーヒー粉で作ったという乾燥・芳香剤を5つもプレゼントしてくれた。私も常連の仲間入りができるなら光栄である。

喫茶店の成否を決める1日の顧客数

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 広島・福山市内の喫茶店主が言う。「コーヒー1杯450円として、1日にコーヒーが100杯出る喫茶店は十分やっていける」

 1杯450円で計算すると、ざっと400円が粗利だ。毎日店を開けて毎日100杯売れると400円×30=120万円。ここからバイト代や光熱費、家賃などを引く。どう少なく見積もっても1カ月分の経常利益が50万円はある。家族経営だったり自宅を改造して喫茶店をやっていたりすれば経常利益はもっと増える。

 有名な喫茶店になるともっと強気の価格設定をしていたりモーニングやランチで700〜1000円程度の価格を設定していたりするから、もっともっと儲かるわけだ。

 コーヒーを味わいながら、「この店なら」と頭の中で計算してしまう(苦笑い)。

一見の価値あり、かも

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 ひらがなで書くようにとチョークでわざわざ「まれ」と記してある上を「マレ」とカタカナで描いた現場が東京・三田にある。すぐ近くに住む人が発見して教えてくれた。

「止まれ」という道路標示は多いが、「止マレ」は珍しい。マレな事例である。

 意図的に反抗したのか、何も考えずにやってしまったのか、誰も気づかないだろうと高をくくったのか、バレたら描き直せばいいと腹をくくったのか。

 この道路標示がある公道は特定の人しか通行しないような、見つけにくい場所にある。だからどうしたというわけではないが、ちょっぴり得をしたような気分だなぁ。あくまでも気分だけ。何も得をしていないのだが。

手帳は重厚より軽薄が重要かも

 馬には乗ってみよ人には添うてみよ手帳は使ってみよ。

 1月から使ってきた手帳の結論は「重い。かさばる」になりそうだ。見開き2ページで1週間、時間軸が縦に記された時間管理を目的とした手帳である。しかし毎日カバンやリュックに入れて運ぶので、軽くて薄いほうがいいと気づいた。

 手帳に軽薄さを求める人が私の周囲に少なくとも2人いる。1人はコスモポリタンジョニー、もう1人は生保業界の大御所五島師匠である。2人そろってまるで示し合わせたかのように見開き1カ月の軽くて薄い手帳を買い直した。

 私が手帳に書き込むのは今後の予定とランニングの結果(何分くらい走ったか、何キロくらい走ったか)だけである。見開き2ページで1カ月の手帳で十分ではないか。これなら薄くて軽い。あるいは以前使っていたダイゴーのアポイントダイアリーなら左側に1週間、右側は余白という仕様ながら軽くて薄くて小さいからポケットに入れられる。

 ジョニーによると「欧米人は車で移動するから手帳は重く厚くていいけれど、電車通勤する日本人にとってはそんな重厚手帳はそぐわない」そうな。

 軽薄な手帳に親近感を抱くのは私が軽くて薄いということもあるだろうなぁ。


 

 

てらにし珈琲(広島市中区宝町)の心地よさ

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毎月1回2年ほど広島に出張してきた。この間同じ店に2度行かないことにしていた。その禁を破らざるを得なくなった。てらにし珈琲が何とも心地いい。

 具体的に言うとこの3点の魅力である。

(1)あるじの寺西さんの雰囲気がいい

(2)あるじもスタッフもそろって接客がすさまじく繊細である

(3)キャベツ山盛りに厚切りトーストの素晴らしいザ・モーニング

 特筆すべきは2である。あるじもスタッフも客の気持ちの先を読んで声を掛けたり行動したりするのだ。こんな喫茶店を私は知らない。

 広島在住の仕事仲間もてらにし珈琲の完璧な接客ぶりを激しく評価し、「サービスや顧客満足の何たるかを知りたい人を連れて行ってます」。

 ふだんはローソンの低糖質パンしか食べない私が、てらにし珈琲でジャムが載った厚切りトーストを喜んで食べている。これはもう愛である。

ありがとう平塚税務署!

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 弥生会計で仕上げた決算書を持って行ったら、たちまち間違いを指摘された。

「預貯金がマイナスになってますよ」

 この意味を理解するまでに私は1時間ほどかかったが、平塚税務署員の指摘を受けたので直さなければならない。

 暑い中帰宅して、弥生会計の電話サポートを受け、理系の次女の協力を得て、1カ月分ずつ点検してゆく。

 5月決算なので、締切までもう日がない。今日中に提出したい。焦る。

次女「お父さん、この数字、何で入力してないの?」

私「え? いや、その数字はまぁどうでもいいと思って、入れてない」

次女「そんなことするから計算が合わなくなってるんだよ」

私「信じられん」

次女「それはこっちのセリフでしょ」

 今度こそ正確に仕上げた(はずの)決算書を持って再び税務署に。あとはお任せである。20分もしないうちに完成させてくれた。

 私のような零細企業の場合、税理士さんにお願いするより税務署の職員さんにお願いする方がいい。なぜなら税務署は無料でやってくれるからだ。

 これで私は数字ストレスから解放される。

 親切に、快く、迅速に対応してくれた平塚税務署の職員さんたちが救世主に見えた。こころから感謝申し上げます。

次女「こっちにも感謝の言葉を述べなさい」

裕次郎の命日に打ち合わせ計10時間

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 さすがにくたびれ……てないんだなこれが。10時から15時まで横浜で、16時から21時まで東京で、それぞれ打ち合わせをした。飲み食いしながらの打ち合わせとはいえ、計10時間に達した。

 ところがなぜか極めて元気だ。今日は裕次郎の命日なので何だったら今から裕次郎の歌を10曲くらい歌ってもいい。まず「嵐を呼ぶ男」は欠かせない。それから「錆びたナイフ」に「俺はお前に弱いんだ」、「赤いハンカチ」、「夜霧よ今夜も有難う」、「恋の町札幌」、「風速四十米」、「泣かせるぜ」、「二人の世界」、「銀座の恋の物語」、「粋な別れ」、「狂った果実」、それからそれから、あれ、もう10曲を超えている。

 充実した打ち合わせは人を元気にするのだなぁ。エネルギーがあふれているのか裕次郎風に「この野郎かかってこい!」と叫びたいところだが、夜中に叫ぶなっちゅうの。

20冊の本を持ってきた男

 その男は大きなスーツケースを引っ張って東京駅前の丸善にやってきた。持ち上げてみようとしたら、う、何じゃこの重さは?

「さっき一人殺して詰め込んであるんです」

 私を笑わせたあと、男が明かした。

「本が20冊入っています」

 男は2泊3日で東京に来ている。この間に20冊も本が必要なのか。

「持ってきていれば、読みたくなった時に読めますから」

 おお、この考え方。日垣隆親分と全く同じではないか。日垣親分の「いつでも読めるように本を持っていけばいい」という趣旨の文章を読んで私は真似をするようになったが、この男は自分で思いついて実行している。おぬしやるな。

 さらに言うと、ヘタレの私は最近出張に最小限の本しか持っていかなくなっている。だってかさばるし重いんだもん。

 この男まだ35歳。やるなぁ。きっと大成長する。

多忙元気の法則

 時間がたっぷりあると、例えば読書量が減る。これは私だけではないようだ。ドタバタ右往左往している時のほうが「本を読もう」という意欲が出る。

 人間は精神面も肉体面も「基礎エンジン」に支えられているのではないか。この基礎エンジンが動けば動くほど、その上に乗っかっている精神面と肉体面が活発に動く。したがって長期休暇で精神面が完全にお休み態勢に入ったり、体調を崩して肉体面を完全に休ませなければならなくなったりすると、虚脱状態に包まれ、時間がたっぷりあるにもかかわらず「本を読もう」や「管理組合の雑務を片付けよう」、「資料を作成しよう」、「デートしよう」などと思わなくなる。

 ということは、仕事でも何でもやるべきことに適度に追われて基礎エンジンを動かし続けるほうが、仕事も読書も趣味も勉強もデートも遊びもはかどる。

「やるべきこと」にやらされ感が伴っているとマイナスだろうが、自発的に「やるべきこと」に毎日取り組んでいるほうが、完全休養するよりいろいろな面で効果がある。以上を「多忙元気の法則」と名づけよう。

危機管理以前の組織管理のイロハ

 警察庁出身の参院議員・小野次郎さんの危機(組織)管理は全く同感である。5月9日付『朝日新聞』(東京本社版)15面掲載のそれである。小泉首相の秘書官を務めた経験や、恐らく警察庁時代の経験も踏まえたものだろう。

<危機対応では、幕僚が気がかりな点を躊躇なくトップの耳に入れられる雰囲気が重要。「うるさい。おれが決める」と言う首相では都合の悪い話ほど上がらなくなる。その点小泉首相は「小野さんは私の耳だ」>などと言ったそうな。

<「不都合な真実」も進言できる風通しの良い環境になっているか。失敗の経験に学べるか>という指摘も誠に的を射ている。

 私の古巣である毎日新聞社では、「不都合な真実」を勇気をふるって進言した某地域の幹部社員を当時の経営トップが疎んじた実例がある。のちに数千万円の損失を出してその事業から手を引いたことを考えると、幹部社員のせっかくの進言を怒りとともに拒絶したトップの責任はあまりにも重いのだが、責任を取った形跡はない。

 こういう話はパスカルが『パンセ』で1600年代にすでに言及している。『100分de名著 パスカル パンセ』(鹿島茂・NHK出版)で、断章100をこう引用している。

<たとえば、ある王侯がヨーロッパ中の笑い者になっていようと、当の王侯は笑い者にされていることをまったく知らないというようなことがしばしば起こる。真実を伝えるのは、伝えられた人にとっては有益のはずだが、たいていは伝える人にとって不利に働くようだ。真実ゆえに憎まれることになるからだ。ところで、王侯の近くで暮らしている人々は、仕えている主君の利益よりも自分の利益のほうが大切だと思っている。したがって、彼らは損してまで主君に得をさせようなどとは夢にも思わない>

 私が知る限り、けっこう良心的な組織でも社員が忖度してしまってトップに話が行かない事例がある。トップが「いい話はどうでもいい。悪い話こそ全部教えろ。そうでないと首だ」と繰り返し言い続けることができれば、組織の風通しはよくなっていくだろう。

 

It is not who is right, but what is right, that is of importance

Thomas Henry Huxley said that it is not who is right, but what is right, that is of importance.

We should apply this thought to a silly management. Such a man believes that an employee should obey his direction undoubtedly.

In this way a wise employee gives up on him and leaves a company. How difficult to get the support of the people.

圧倒的なネーミングの「東大ラーメン」

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 東大ラーメン。ラーメン東大。

 一度聞いたら頭に刻まれる迫力のある店の名前である。一回食べに行ってみよか、となる。ラーメンの味は劇的な差を付けにくいので、店の名前やサービスのよさで差別化することになる。何回見ても見事なネーミングである。

 ラーメン界の東大になる。こう宣言して店の名前にした創業者の勢いのよさに私は魅了される。自分の会社の名前に畏れ多くもあのユリウス・カエサルを冠したこの私でさえ、東大の名前を付けようという飛び抜けた発想はなかった。東大ではなく、京大や阪大、徳大(徳島大)、あるいは早大や慶大と名づけていたらインパクトはなかった。東大だから圧倒的に目立つのである。

 東大と冠した心意気に引かれ、食べに行ったら私は最後の一滴まで汁を飲み干す。そんな日は糖質制限はお休みであーる。


 

 
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