同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

阿呆属莫迦科

あほ毎日新聞

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 7月10日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)社会面(14新版)とほとんど同じ記事が夕刊(3☆版)に。

 夕刊ではジャニーズ事務所のどうでもいいコメントと所属タレントのコメントを追加してあったが、基本情報約70行は朝刊そのまま。D夕刊を見ると芸能界の反応をまとめた記事に差し替えられている。

 校閲の見落としだろうが、何をやってんだか。最終版だけが商品ではないんだぞ。

 未成年少年愛という性癖に触れず、大本営発表のような糞にもならない記事を載せる『毎日新聞』は200人の早期退職募集でみんな浮ついて仕事にならないのかもしれないな。

『失言防止マニュアル』自体が失言なのに

 いや、嗤うてもた。自民党が議員らに『失言防止マニュアル』を配ったことがバレたわけだが、そんなしょーもいないもん作ってバレたこと自体が失言やないか。阿呆やなぁ。わしを含めていろんな阿呆を見てきたけど、これは筋金入りの阿呆やな。

 そもそも、やがな。こんな内容で失言食い止めることができるわけがないがな。発言は頭の中で生まれる考えや思いから編み出すもんであって、その頭入れ替えるならまだしも、おんなじ頭乗っけとって何が変わる?

 どこぞのPR会社か記者上がりが作ったんだろけど、阿呆丸出しやないか。イタイな。自民党は小学生の集まりか。


 

「地域の電波の工事が完了しましたので」

 携帯が鳴る。080で始まる電話番号だ。誰だろう。

「はい、ニシノです」

 受話器を通して、その周辺にいるらしい何人もの声が聞こえる。一部業務停止命令を受けたアクビ電力もこんな感じの声が聞こえる営業電話だった。

「お客様の地域の電波の工事が完了しましたので」

 ちょうど私は原稿に向かっていたので少々殺気だっていた。

「録音するぞ」

「どうぞ」

「お客様の地域の電波の工事が完了しましたので」

「どこの地域や? 言うてみい!」

「地域……」

「このッ、どあほっ!」

「失礼します。がちゃ」

 おかげでストレス発散できた。


自分をカリスマと言う人がいて(嗤い)

 阿呆代表の私が呆れるのだからよほどの阿呆である。あるメルマガを見たら最後の自己紹介文で自分をカリスマと書いてあった。

 自分で自分をまじめに「カリスマ」と書くと恐らく世界中で阿呆認定される。劣等感の裏返しでこういう自賛をやってしまう人が時々いて、痛々しい。近くにいる誰かが教えてやれよ。「あんたカリスマどころか阿呆でっせ」と。「自分で自分を高く評価したら痛いんでっせ」と。「知性や教養がない人はカリスマになれません」と。

 このメルマガの主の名前は武士の情けで書かないけれど(ってワタシは武士だっけ?)、「カリスマ・ファイナンシャル・プランナー」と自称している。その方面の人である。そういえば自分をカリスマ広報とか言っていた女もいた。私はなぜか好かれたようだったが、抱くこともせず静かに離れた。

 どこにでもいるのである、田舎のプレスリーが。

 車谷長吉さんではないが、生きるのは苦しいことであるな。

フェイスブックで商売してくる人

 全く知らない人からフェイスブックで友達申請が来た。とりあえず承認したところ、「共有の共通の友人が多いので申請させて頂きました」と丁寧である。

 数日後に「西野さんが素晴らしいお仕事をされている方という事で、西野さんを顧問登録の候補者としてご紹介したいのですが、如何ですか?」「登録して頂けば良いオファーがある可能性もありますし、私も知人に協力してあげたいのですが如何でしょうか?」と言ってきた。

 その知人のために私にサクラになれと言っているのと同じやんけ。

 フェイスブックで商売する人が増えてくるのは自然の流れだし、こういうのもアリだろう。しかし、(1)会ったこともない人からの、(2)見え透いた申し出、はあかん。ほかの人は騙せてもワシを騙すのは100年早い。手間暇を惜しむことができるのがインターネットの良さだが、今回は浅さが丸見えになってしまった。

 ここに具体的にさらしてもいいのだが、武士の情け、その男の出身大学を見たら車谷長吉さんの後輩に当たるので、今回だけは見逃したる。

「知人に協力してあげたい」というところに私は引っかかった。大変率直な申し出であり、悪人ではないのだろうが、知人に協力したいならそこでただ働きしたらよろし。


こうなりゃ睡眠薬で霊に勝つ?!

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 もともと怖がりではある。しかし、夜中にふと目を覚ますとラップ音に歓迎されるのはどう考えても悔しい。怖さのあまり血が逆流して深部体温が上がってますます寝つけなくなり睡眠不足で翌日過ごすという悪循環を裁ち切るためには朝まで熟睡するに限る。熟睡はインフルエンザや風邪の対策の第一歩でもあるはずなので、熟睡しなければならないのである。

 ところが悲しいことに年を取ると夜中に目が覚めるのだな。ここをどうするか。サプリでは朝まで熟睡できない。

 そこでついに手を出すことにした。キンダンの果実睡眠薬である。クセになりにくい軽い眠剤ということで入手した。

 朝まで熟睡できれば私の勝ち。目が覚めて恐い目に遭ったら霊の勝ち。って私は何をやっているんだろう。


 

電気料金サポートセンター田中さーん!

 携帯が鳴った。080で始まる番号が表示されている。誰だろう。

「電気料金が安くなります」と女。電気料金うんぬんは2回目なのでピンと来た。

「会社の名前とおどれの名前言わんかい!」

「電気料金サポートセンターの田中です」

「電気料金サポートセンター? ふざけたこと抜かしたな。そんな会社があるかボケ。検索するでボケ!」

 ガチャ。切れてもた。何でやねん。お楽しみはこれからやのに。じぇんとるまんのワシとしたことがテンション上げすぎたんかもしれん。こういう電話にはつい盛り上がってしまうんよ。

 今度かかってきたらやわらかい対応をしてじっくり弄んであげるでー。はよ電話かけてこーい!

「会議はオポジットで」やて

「会議はオポジットで」

 イスタンブールやローマを行ったり来たりしている畏友ジョニーが帰国して目撃したのがこれ。電車か何かで男性が同僚らしい女性に言った台詞だという。オポジットは「反対側」という意味があるので、恐らく「反対側の部屋で会議しよう」ということだろう。

 こういう英単語の使い方をする人に限って99パーセント英語ができない。英語ができる人はこういう人を黙って莫迦にしていることに本人は気づかない。帰国子女らが端的な日本語が浮かばずその場しのぎで英単語をやむなく出して意思疎通を図るのと全然違う場面である。

 英語の辞書を引いたことがある人なら英単語にはいろいろな意味があることくらい知っている。英単語で表現すると誤解を招く余地が大きいと知っている。私程度の英語力でも英単語を使いそうになるとできるだけ的確な日本語を探すことにしている。

 何度かここに書いてきたが、コミットもそう。ジョニーによると「コミット」には自殺の意味もあるという。確かにコミットスーサイドと言うもんね。知らん人が「コミット」を使う。そういう人はオミットされていいな。コミットを使っているのにオミットが分からん人は英単語を普段の日本語で使わないほうがいい。特にそこのライザップ!

LGBT擁護は都会のインテリの見方なのか

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 徳島から“高級”公務員が東京に出てきたのでお茶した。話はなぜかLGBTのことになり――。

公務員「LGBTは生産性がないとワシらの周りではみんな言うとる」

私「いやいや、とんでもない。新聞読んでないだろ」

公務員「朝日と徳島新聞を読んどる」

私「うーん」

公務員「LGBT擁護は都会のインテリの見方じゃ」

 私は笑えなかった。聞き捨てならない。気色ばんだ。自分が同性愛者であることに苦しんできた親しい同僚を私が見てこなかったとしても、新聞テレビ雑誌を通して聞こえる同性愛者の呻きは耳から入ってくるし、同性愛者に対する差別に憤っただろう。

 なぜこんな差が生じるのか。私が都会のインテリで大磯(あ、書いてもた。すまん)は地方の痴呆だからか。いや、そういう話ではないだろう。

「それ、人前で言わんほうがええよ」

 中学時代からの友人として緊急避難的な助言をしておいた。

 さて、どのように理解させるか。『朝日新聞』なら読んでいると言ってのける私の友人に『朝日』ならどう教える? という小説の案を考えた。しかしどう終わらせるか見えない(汗)。 

やっぱり聞こえるラップ音

 パキ。

 コン……コン……コン……コン……コン……コン。

 コト。

 カタッ。

 広島市中区大手町の定宿。時計を見ると午前1時半だったり3時半だったりする。私が起きているときは全く音がしないのに、夜中に目を覚ますと壁や天井からラップ音が聞こえてくる。ゾゾゾゾゾと寒気がして、血が逆流し、発汗に次ぐ発汗、耳はレーダーのようになってさらに音を探知しようとしてしまう。寝れんがな。

 それだけと言えばそれだけ。私の首に長い黒髪がまとわりついたり、誰かが乗ってきたりするわけではない。しかし怖がりの私にはとってもつらい。

 ラップ音の歓迎が毎月っすよ毎月。部屋を変えても音は聞こえてくるので、私は完全に狙われている。霊感の強い友人に相談したら「遊ばれている」ということだが、勘弁してくれ。

 お札を持っていったが、効果が落ちてきた感じがする。手ごわいなぁ。

 広島の定宿を変えてみたほうがいいのかもしれないが、定宿はレンタル自転車があるので重宝しているし、ラップ音に負けるのも悔しいし。

 せめて寝るときだけでも24時間営業のスーパー銭湯に行きたいのだが、かなり遠い。さて来月の出張をどうするか。


 

 

 

詐欺の電話が最近かかってくる(笑い)

 その1。

男「携帯電話をお安くするサービスをしています」

私「(うれしくなってテンション高め)ほーいほいほい!」

男「どちらの携帯をご利用ですか?」

私「わっはっはっはっは。ソフトバンクだよーん!」

男「あの、少々お待ちください」

私「ぷっぷかぷー!」

男「あの、ソフトバンクには対応しておりません。失礼しました。ガチャ」


 その2。

男「(高めの声で)電気代をお安くするサービスのご案内です」

私「はいはい」

男「東京電力をご利用ですよね?」

私「いや関西電力」

男「……。あの、え、東京電力では?」

私「大阪に引っ越したんよ」

男「あ、そうでしたか」

私「お前、詐欺の電話だろ。ええ加減にせえや」

男「失礼いたします」


 お次は誰だ。かも〜ん!

ああ『大東亜戦争肯定論』

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 新幹線の4Cに座っている私の横に来た男性が乗車券を私に見せる。

「あれ、同じ4Cですね。私もほら」

 ポケットから乗車券を取り出して男性に見せる。

 同じ新幹線、同じ車両、同じ座席。なんで? 重複発券か?

 その男性の乗車券をさらに見ると乗車区間は「名古屋−東京」。ここで、私は夢から少し覚める。え? 

「ここは何駅ですか?」

 窓の外を見ると名古屋駅。げげ。乗り換え駅だ。降りないと。網棚のスーツケースを慌てて下ろし、リュックを背負い、手提げを抱えてとにかく外に。出た直後に文庫本を座席の前の網に忘れたと気づいたが、取りに戻るわけにはいかない。ドアが閉まり、新幹線は発車した。乗り越さずに済んでよかったと喜ぶべきなのだろう。

 帰宅後JR東海のサイトから問い合わせたが、文庫本は見当たらないという返事。車両も座席も分かっているのにないということは、名古屋駅から乗ってきたあのおっさんが捨てたのだろう。あの野郎と怒ってもどこの誰だか分からない。

 そもそもここで寝てしまうとまずいと思いながら京都辺りから寝てしまった私が不覚だった。この本を手提げに入れておかないとと新大阪辺りで一瞬思ったのは予知だったのかもしれない。

 文庫本はどこかに行ってしまい、カバーだけが自宅に残った。半分くらいまで読んで、線を5カ所くらい引いてあったのに(無念の涙)。もう一度同じ本を買う。喜べ中央公論新社。

 

 

杉田水脈という国会議員は相模原障害者施設殺傷事件の聖容疑者と同じ

 杉田水脈さんの偏見文章に対してまともに対応する必要はない、ということはない。批判の声を上げなければ、暗に認めることにつながりうる。それくらいの危機が来ていると感じざるを得ない。私の感覚では杉田偏見文章への批判がまだまだ少ない。

 危険である。

 相模原障害者施設殺傷事件の聖容疑者と国会議員杉田水脈さんの人間に対する冷たい見方が非常に似ている。杉田水脈発言を黙認することは聖容疑者の蛮行を黙認することにつながりうる。

 ちょっと立ち止まる時期なのだろう。特に「効率」や「生産性」という自己啓発系の安直な言葉を、同じ土俵に上がることを恥じてか野放しにしたり問題視するほどではないと軽視したりしてきた言論系の人たちは、ここで批判しなくて一体どこで批判するのか。「自己責任」という考え方もそうだ。銃を持って自衛しなさいという米国には似合うけれど、日本人の来た道向かう方向や精神にはまだまだ無理がある。

 例えばメディアは「リストラ」と英語を使って実態を曖昧にして企業を喜ばせるのではなく、「解雇」や「馘首」と明確に表現してそうされる人たちに寄り添うべきだし、あらゆる人権侵害を訳知り顔に淡々と報じるのではなく激しく指弾して木っ端みじんにすべきなのである。杉田水脈辞めろと連呼しないのが不思議でならない。

 杉田水脈という国会議員は相模原障害者施設殺傷事件の聖容疑者と大同小異だ。この危険な兆しを破壊することができなければ言論系の人たちの責任は大きいぞ。

杉田水脈さんは頭の悪い差別主義者である

 衆院議員の杉田水脈さんが「全体を読んでほしい」と言っているので、掲載誌『新潮45』を読んだ。ざっと原稿用紙5枚分くらいの文章である。

 なるほどと思わせることも書いている。しかし、問題になっているところはどう読んでも人倫にもとる。国会議員が人間を生産性で語ることの愚劣さに気づかず得々と語っており、莫迦につける薬はない。次回から落選していただこう。いやいや、落選させるまでもない。こんな差別主義者をまさか天下の自由民主党が公認するわけがない。

 性的少数者を税金で支援することを杉田さんは批判していて、どういう意味かと思って文脈をたどったら、性的少数者のために地方自治体が条例などを変えるとなれば公務員らの手がかかることを言っているのだった。

 地方議員が議論し、公務員も関わるから人件費がかかるし、新条例ができたら自治体内に資料を配付することになるだろうし、住民向けの広報にも載せるだろうから、そういう印刷費がかかる、ということか。

 これに一体どれほどの費用がかかるというのか。国会議員のくせに防衛費が見えてないのか。日本の人口は減っていくのに参院議員の定数を6増やした、つまり税金で参院議員を6人も支援することはおかしいと思わないのか。

 あまり言いたくないけれど、誰も指摘していない(下品な言葉を使いたくない)ようなので敢えて私が指摘しておこう。どうしようもなく頭が悪い。何でこんなのが国会議員をやってんだ? 保守の恥である。保守は怒らないのか?

カネと虚飾の阿波踊り騒動は徳島の恥

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 天下に恥をさらしまくっている阿波踊り騒動を今朝のテレビ朝日の「モーニングショー」が取り上げた。

 徳島の友人に言わせると、カネを巡る争いだとか。阿波踊りの連が海外で踊りを披露したりするのだが、その渡航費用などをもらっていて、「けっこういい目をしてきた」そうな。カネが動くから甘い汁を吸う人たちが出てきて、素知らぬ顔をしてチュウチュウ吸っているわけだ。

 阿波踊り騒動を最初に特集した週刊誌に稲門会の大先輩が経営する会社の名前が載っていて、その人とは年賀状を交わしているので何だか私までが弱ったなぁ弱ったなぁどないしよともじもじしてしまった。

 で、だ。「モーニングショー」に出ているテレ朝の玉川徹さんがなかなかええことを言うとった。要するに、この阿波踊りは市民みんなの祭りなのか、連の人たちだけの祭りなのか、と。カネが動くショーなら自分は見に行かない、と。ざっとこんな指摘だ。

 これ、的を射ている。

 阿波踊り騒動をやっているのは有名連というくくりのセミプロのような集団で、有料演舞場で優先的に踊っている。自分が楽しむというより、お客さんに見せるショーの要素が高い。見事な集団演技ではある。

 しかし、阿波踊りはそういう連だけが盛り上げているのではない。企業の連もあれば大学の連もあれば友人たちで結成した小さな連もある。こういう連は有料演舞場でなかなか踊らせてくれない。腹立ったことが何度もあるのだが、新町の商店街を練り踊ったりして自分たちで楽しむ。

 祭り本来の姿はショーマンと化した有名連にはない。そこに不純さがある。虚飾がある。不純極まる。涙を落とせばテレビカメラは判官贔屓もあって撮ってくれるが、ワシの目にはカネと虚飾の集団の1人にしか見えん。

 私は阿波踊りが昔から大好きなのだが、未だに連に入らないのはそういう違和感がぬぐえないからだ。自分が踊って楽しむという本道を外れたリトルダンスマンになろうと思わない。

 話を戻そう。

 祭りを見たいならカネを寄越せという今の阿波踊りは廃止していい。どこの祭りが観光客からカネを巻き上げとるかね? ショーに成り下がったカネと虚飾まみれの阿波踊りをそれでも続けるのか?

 有名連が踊らなくても阿波踊りは残る。有料演舞場がなくても踊りたいやつはどこででも踊る。

 市長と徳島新聞社が悪者で有名連が被害者という構図は不正確ではないか。カネまみれの破廉恥狂乱踊りを3者そろってやっている地獄絵図にしか見えんで。

55−15=?

 徳島で大人気の数学塾を主宰する数学講師・四宮先生は市高の同級生である。

私「ワシら今年何歳になるんやったっけ?

四宮先生「55や」

私「高校1年は15歳よな」

四宮先生「せや」

私「ちゅうことは、高校入学からもう30年も経ったんやなぁ」

四宮先生「……(脱力状態)。55から15引いて何で30になるんや」

私「あれ?」

四宮先生「……(絶句)」

宗教の勧誘に遭ったら

 楽しみ方にはいろいろある。

 宗教の勧誘に遭って泰然とこう言ったヤツがいるので、記録を兼ねておすそ分け。相手は白髪の上品そうな女性2人組。

「うちはヤーリッシュ・ヘルクスハイマー教ですので」

「は?」

「ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー」

「やーりまん?」

「(笑い)いえいえ、ヤーリッシュ」

「はい。ヤーリッシュ」

「ヘルクスハイマー」

「アルツハイマー?」

「それはあなたでしょう」

「え?」

「いえ、冗談です。では最初からおっしゃってみてください」

「えーっと何でしたっけ」

「お引き取りください」

「(ほっとした様子で)おじゃましました」

 なおヤーリッシュ・ヘルクスハイマーは梅毒などの治療で抗生物質を投与された患者さんに起きる反応を指すそうな。

 準備をしておくことで、楽しく遊ぶことができる。

新大阪駅でぶつかった男と

 ぶつかると思ったが、そのまま歩いた。予想通り相手の男は私の左側にぶつかった。こいつめと思ったので振り返ると、やつも振り返ってこっちをにらむ。

「どこ見とんじゃボケ」とつい怒鳴る私に寄ってくる男。「何をてめえ」。にらみ合う。

 JR神戸線新大阪駅で降り、新幹線に乗るためにエスカレーターで上がったところでの出来事である。こういう衝突はごくまれにあるので、どうということはない(笑い)。万一の場合は相手の顎をアッパーの要領で殴って逃げればよろし。ところがあいにくスーツケースを引っ張っているので逃げにくい。

 相手の男が怒鳴る。「おっさん、何や」

 おっさん? おっさん? おっさんて、ワシ? ワシはおっさんかよ。思わず笑ってしまってワシの負け。

 今回は許したる。

ユーチューブで儲けるとかフェイスブックで儲けるとか

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 15分の作業で最低月収50万円と言われて信じる人は頭の何かが緩いということではないか。儲けるためのマニュアルを5000〜1万7000円で売ったり、10万〜130万円の有料コースに勧誘したりした会社が消費者庁によって名前を公表された。

 ユーチューブで稼ぐとかフェイスブックの裏技とかメルマガでお金持ちとか、ネットに転がっているそういう類のほとんどが詐欺に近い。稼ぐことができるのは胴元だけで、張った……じゃなかった買った人はカモ。

 以前も書いたが、そういう宣伝サイトで「私も成功しました」としゃべっているのはサクラだと見る方がいい。サクラ映像を撮っていた友人の証言である。

 ネットでは楽に金儲けしたい人が狙われてカモにされる。ネットの世界をよく知らないからか、ネットの可能性を過大評価しているからか、私にはどうでもいいのだが、常識と真っ当な判断力がある大半の人は騙されないのにお金を払ってしまった人はどこかに落とした頭のネジを探すべきだろう。でないとまた騙されまっせ。

これも老いあれも老いたぶん老いきっと老い

 これも愛、あれも愛、たぶん愛、きっと愛♪ 確か松坂慶子の「愛の水中花」である。

 広島から新幹線に乗って帰ってきた。小田原駅で下車して、ホームを降りて、改札に向かうところであれ? 何かないぞ。何がないんだろ? ん? 手提げがないやんけ。あれ? 何で? は? もしかして?

 新幹線ホームのベンチで荷物の入れ替えをしたので、置き忘れたか? スーツケースを抱えて階段を駆け上がり、ベンチに走る。ない。

 そもそも新幹線から持って降りたか? うーん。記憶がない。げげげ。席に置いてきた?

 アワアワしながら改札にいる駅員さんに走り寄る。「あの、手提げがなくて。ベンチにないので、もしかして新幹線に置き忘れたかも」と訴えながら、手提げの中にiPadと財布、数冊の文庫本、朝日カルチャーセンターの資料が入っていることを思い出してさらにアワアワ。貧乏なので財布の中に現金は1円も入っていないが運転免許証や保険証は入っている。

 駅員さんが新幹線の車掌と電話で話してくれたり、小田原駅の各方面に問い合わせてくれた結果、別の駅員さんがベンチに置かれた私の荷物を回収してくれていたことが判明した。どれだけ感謝しても足りないくらい感謝したのは言うまでもない。

 ここ1年くらい、例えば喫茶店でコーヒーを飲んで席を立つときや何かの会場から去るときなど、必ず後ろを振り返って忘れ物をしていないか確認するクセをつけてきた、つもりだった。それがこの失態。油断した。

 ベンチで荷物の入れ替えをした際に手提げを置き忘れたことに気づかないとは。こういう失敗をする自分が信じられなくなる。足下の大地が割れる感じ。

 これも老いあれも老いたぶん老いきっと老い♪と歌うしかないか。

フォークに負けた

 食い意地が張っているのでフォークで一口カツを刺して口に運んで噛んだ瞬間違和感が。その直前、「箸が欲しいな」と思ったのに、腹が減っているのでそうしなかったのが運の尽き。

 前歯の一部が欠けた(涙)。フォークを噛んでしまったのだ。

 歯医者に行くしかないのだろう。歯医者といえば数年前にお世話になった歯医者さんに100円ショップで先日ばったり出くわし、先生のほうから声をかけられた。きれいな先生でね。私の顔を覚えていて声をかけてくれたわけで、えへへへへ。しかし、いい歯医者を開拓しておきたいので、広く情報収集を始めた。極端な話、愛想が悪くても腕が立つ歯医者がいい。

 それにしてもフォークである。箸を使っていれば仮にかじったとしても歯が欠けることなどないだろう。間伐材を使った割り箸の復活を訴えるコラムを先日新聞で読んだ。強く賛成する。金属製のフォークやさじを年中使っているであろう欧米人は間違ってかじってしまって歯が欠ける事故が多いのではないか。箸にしなさい。

ゆーじょー

 阿呆仲間のコイソからメールが来た。

「花粉始まったわ。フラフラぢゃ」

 花粉症という言葉がない40年ほど前はアレルギー性鼻炎と呼ばれていた。その時代から苦しんできた私はくしゃみ鼻水鼻づまり目のかゆみ喉のかゆみで苦しんだ。水のような鼻水がタラタラと垂れ続け、一歩も外出できない大学時代の春があった。

 コンタック600という市販薬を飲んで猛烈な眠気に襲われ、しかし寝る場所がなく、眠気と闘いながら当時の職場である毎日新聞東京本社の中をフラフラになって歩き回った春もある。

 いい薬が登場したおかげで今は小康を得ている。

 こんな私から見ると「薬を飲みたくない」と言い張るコイソは花粉症を舐めているド阿呆である。徹底的にとっちめんといかん。

「ようこそ! 苦しんでくれ」

「花粉死にそうじゃ」

「大丈夫。花粉症で死んだ人はおらん。もっともっとくしゃみ鼻水鼻づまりになってのたうち回ってんか。薬飲んだらあかんよ」

 苦しめ苦しめもーっと苦しめ。ひっひっひ。


 

今回消えたのはハガキ20枚

 郵便局で年賀状220枚とハガキ20枚を買った。ビニール袋に入れてもらって、それをカバンに入れて帰宅した。

 ビニール袋から年賀状の束を取り出す。あれ? ハガキ20枚がない。どこ行った? カバンの中にもない。あれ? あれ? あれー?

 もしかして郵便局でビニール袋に入れてなかったんじゃないか。というわけで郵便局に行ってみたが、やっぱりない。やむなくハガキ10枚を買った。

 先日は新聞が消え、今日はハガキ20枚が消えた。私は手品師になることができるかもしれない。

 それから7時間後。自宅の文房具ケースをふと見たらハガキ20枚があるではないか。ああ、そういえば帰宅してすぐハガキ20枚を文房具ケースに入れたような気がしてきた。自分でハガキ20枚を文房具ケースに入れた直後、そのことを完全に忘れて「ハガキ20枚がない」と騒いでいたわけである。

 人を見たら泥棒と思えということわざがあるけれど、何か消えたら自分のせいだと思えと私は深く思うのでアル。

持っていた新聞が消えた

 JR平塚駅ホームで気づいた。あれ、さっきまで持っていた新聞がないがな。出がけに朝刊を取って、駅まで歩いてきたのにどこやった?

 途中立ち寄ったのは郵便局だ。窓口でレターパックを買った。そこに置き忘れたか? しかし郵便局に着いたときに新聞を持っていたかどうか全く覚えていない。

 あ、そうか、その前に道端で靴紐が緩んだのでしゃがんで結び直したんだった。その際朝刊を脇に置いたか? 

 手で持っていた新聞をどこで手放したか、そもそもどこまで持っていたか記憶にないのであった。今までこんなことなかったのに。

 そう。「今までこんなことなかったのに」の繰り返しで老いが進むのだろう。じわりじわり蝕まれているように感じる。私を蝕むのは「老い」ではなく「痴呆」かもしれないが、この際どっちでもよろしい。今後は自分の一挙手一投足に指さし確認して老い痴呆に対抗してやる。

 と勇ましくまとめたが、実はガックリきている。こんな粗相をするようになった自分が信じられない。

新幹線の中で「あ! 財布忘れた」

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 広島に向かう新幹線の中、名古屋を過ぎた辺りで気づいた。財布忘れた。

 いや、正確に言うと財布はある。あるのだが、その中にお金が1円も入ってない。かろうじてポケットの小銭入れに3752円あった。

 午前中はマンションの総会で、そのあとドタバタと荷造りしたものだから……と言い訳してもお金がどこからか出てくるわけではないので言わない。キャッシュカードも忘れてきたので、笑うしかない。

 幸いにも広島には私の“港”がある。そこで恥をしのんでお金を借りれば急場をしのぐことはできるのだが、お金を忘れるほどボケてきたのかとひそかに絶句するわけである。何となく自覚症状はあるのだが、これはほんまにモーロクが始まっとるで。

 仕事道具をきっちり持ってきたのはエラいと自画自賛するのはあまりにも空しい。

アフフヘーベンと危機意識

 橋本治さんが『ちくま』10月号に寄せた<「危機意識」はないのか?!>を読んで、私はすぐに小池都知事の「アウフヘーベン」発言を思い出した。当時私は2つ思った。その1は「日本語使えよ」。その2は「えーっと意味何だっけ? 悔しいけど思い出せんがな」。

 自分の無知を恥じるどころか「ウケルゥ!」と笑いながら、シンバルを叩いて躍り出す猿のオモチャのような人が増えていることを橋本さんは憂えておられた。

 アウフヘーベン、高校時代か大学の一般教養かで聞いたことがある。しかしもともと不勉強なので、たぶん試験が済んだ途端に頭から抜けた。アウフヘーベンを知らなくても死ぬことはないし、哲学者と話す機会でもない限りボロは出ないのである。アウフヘーベンを知らないばかりに恥をかいたこともたぶんない。と思ってしまう私は無知を恥じない猿のオモチャと一緒だな。

 自分を猿のオモチャと認めつつ、鼻白む。わざわざアウフヘーベンという言葉を使った小池都知事の小ざかしさに。

出しゃばりエネオスの愚

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 台風の影響で中止になった横浜マラソンのTシャツにまたもやエネオスの宣伝が。相変わらず迷惑な会社だ。

 那覇マラソンもとくしまマラソンも参加賞のTシャツに協賛企業のロゴなどは一切ない。横浜マラソンだってなくすことはできるだろう。

 エネオスもエネオスだ。謙虚を知らない。これでイメージが上がると思っているのだろうが、慎みを知らない単なる出しゃばり企業としか私には見えない。

 マラソン大会のあとまで何で私がエネオスの宣伝をしてやらにゃならんのか。せっかくのTシャツを台なしにするエネオスに呪いあれ。

 ここだけ切るかな。

 
 

美しい女性編集者に『精選版 日本国語大辞典』を見せたら

 知り合った美貌の女性編集者に「これはお勧めですよ」とiPhoneに入れた『精選版 日本国語大辞典』を自慢した。

 アプリをタッチして立ち上げたらいきなり「目合」。先日このブログ用に検索したページがそのまま目に飛び込んできた。

 慌てて適当にしゃべりを入れて相手の注意を逸らせる努力をしたが、逸れたかどうか聞くわけにもいかんし。

 色気づく小学6年辺りから中学1年辺りにかけての同級生が性的な言葉を辞書で引いては興奮していたものだが、ワシは中学生かっちゅうの。「目合」が相手の目に触れてしまっていたらセクハラと誤解されても抗弁できんな。

とくしまマラソンで必死に顔を売る傲慢県知事を喜ばせる茶坊主県職員

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 不必要な場に政治家が出てきた途端に生臭くなる。そういう愚劣をいくつも見てきた。私はとりわけ政治家に距離を置く人間なので、見た瞬間に不快感を覚えた。とくしまマラソンの完走証に県知事の名前が載っているのだ。そういえばゴール近くで知事がランナーを応援していて、今から思うとあれも選挙運動だな。

 那覇マラソンも横浜マラソンも大会長に県知事は就いていない。飾ることが多いと思われる完走証に県知事が自分の名前を記す傲慢さに私は反吐が出る。

 傲慢県知事を喜ばせるためにお膳立てをする茶坊主県職員が出世する構造だから恥知らずはとどまるところを知らない。生臭い政治家はスポーツ大会長に似合わない。即刻大会長を降りろ。

 とくしまマラソンを完走したら県知事をランナーとして認めてやる。

夜中に風が流れてびっくりしたなぁもぉ

 広島のビジネスホテルで夜中に目が覚めた。体が冷えているのに気づいたのだ。風が流れてる。

 頭上の冷房を切り忘れたかと起き上がってみたが、冷房は止まっている。あれ? この風はどこから?

 室内を見回すと、ドアが開いているではないか。そこから風が流れ込み、開けた窓から流れ出している。ドアをきちんと閉めなかったらしい。

 ああびっくりした。私が太平楽で寝ている間に誰も侵入して来なかったのは幸いだった。ドアが中途半端に開いている部屋は不気味に見えたのかもしれないが。

石垣市議にも『朝日新聞』にもギモンだなぁ

 「海兵隊からこのような訓練を受けた陸上自衛隊が宮古島に来たら、米軍が来なくても絶対に婦女暴行事件が起こる」。沖縄県宮古島市議(36)が3月9日、フェイスブックにこう投稿すると、その日のうちに炎上した=4月30日付『朝日新聞』(大阪本社版)社会面「ゆがむ事実」から一部抜粋、実名削除

 こりゃアカンでしょ(笑い)。

 記事によると、この石垣市議は<沖縄で米軍が絡む事件や事故が続くなか、陸自部隊が米海兵隊の訓練を受けている事実を踏まえ、そのリスクを指摘したつもりだった>そうな(また笑い)。

 記事を読む限りだが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、だな。論理が破綻していることに気づいてないのか。取材した朝日の記者はなぜ指摘しなかった? デスクはなぜ通した? 編集局で「これ、まずいぞ」という声は上がらなかったのか? そのまま載せたらこの石垣市議は莫迦だと笑われるのに。

 記事によると石垣市議は「事実を積み上げて説得すべき場面で推測を交えてしまった」と悔やんでいるそうだが、いや、そういう問題ではない。「推測」の域をはるかに超えた非論理。無茶苦茶である。

 自衛隊への侮辱だなどの批判が殺到したそうだが、その批判も間違っている。論理だっていないメチャクチャな屁理屈なのだ。

 これでは政治家ではなく扇動屋ではないか。お話にならない。こんな人でも当選できるんだなぁ。

広島でランニングできない理由

 スーツケースの半分くらいはランニング用の荷物だ。冬は衣類が増えるのでかさばる。しかし、ランニングの快楽を知ってしまった私はえっちらおっちら運ぶ。

 で、今回も運んだつもりだった。

 ランニングをするために広島・大手町の定宿で着替えていたら。ズボンがない。自宅に忘れてきた。靴も上着もウインドブレーカーもネックウオーマーも防寒用帽子も手袋も持ってきたのにズボンを忘れた。それだけでランニングできない。何のためにこの荷物を運んだのか。

 ズボン欠くは九仞の功を一簣に虧く画竜点睛を欠くとは違うもののカクッと来るなぁ。


 

私に教養がない原因

 悔やんでも悔やみきれないのは私が阿呆であることだ。その確信は教養のなさにある。

「キミは意外にもの知らないね」と諸先輩方に何度呆れられたことか。教養だけではなく常識も欠けているので、「それ小籠包だぞ」と言われた意味が分からず次の瞬間ビシャーッと水分を衣類にこぼしたのは40代だった。

 あだしごとはさておきつ。

 高校時代に読んだ有名な小説、確か志賀直哉の『暗夜行路』があまりにも退屈で、しかし謙虚な私は志賀直哉を疑わず自分の頭を疑った。「文豪が書いた小説を10代の私が同じ深さで理解できるわけがない」と思い至り、小説から離れた。

 大学生になって本多勝一にはまってしまい、ほぼ全ての本を買って読んでかぶれたばかりか、当時の著名なジャーナリストの本を読みあさった。斎藤茂男に黒田清、筑紫哲也、原寿雄、大森実、晩聲社の本、沖縄戦の本、南京虐殺の本、差別の本、……。本代と時間はこうした分野の本にほとんど消えた。新聞や週刊誌に書いていたころもそういう本ばかり読んでいた。

 それがあーた、そもそも「ジャーナル」なのでほとんどが古典にならないのだ。このことに私は50前後になってようやく気づいた。

 そのとき私は初めて慌てた。このまま阿呆で死んでしまうのか、と。どうやらそのようであるな。私は遺言に「ジャーナルに時間をかけるな」を追加した。

ドバイ在住の外国人から

 最近フェイスブックでドバイ在住の外国人が友達申請をしてくる。その人のページをのぞくと、最近立ち上げたことが分かる。要するにこれまでに何の発信もしていない。

 そんな人がなぜ日本人の私に(笑い)。もちろん私は拒否して、ついでに「スパム報告」をする。

 ドバイと聞いてお金持ちという連想をしてしまう日本人が何かを期待して、引っかかるのだろう。私は“美女”の友達申請にも引っかからない。50年以上モテない私が見知らぬ“美女”からモテるわけがない(笑い)。

 インターネットはよく言えば知恵比べ、悪く言えばダマされるやつが悪い、だな。

飲む人のことを考えていないコーヒーカップの取っ手

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 時々しょーもないコーヒーカップに出くわす。例えばこれ。コーヒーカップの取っ手が小さくて、私の指が入らない。このデザインをした人は飲む人のことを全く考えていない。

 取っ手に指が入ってもコーヒーカップ本体に指が接触してしまって熱くてたまらない。そんなのもあった。

 人差し指をぐりぐり押し込んでいるうちに、指の角度次第で少しだけ入ることが分かった。

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 と思った途端、コーヒーカップのバランスが崩れてこぼしてしもうたがな(←写真を撮っている場合か)。あーあ。指が中途半端にしか入らないので取っ手をがっしり握ることができなかった。

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 あれは教科書だったか何かの本だったか。主人公は織田信長であったかもしれないし豊臣秀吉であったかもしれないし全然違うかもしれない。その辺りは不明確なのだが、私が容器の使い勝手に固執するのは、こんな小話を小学生のころ読んだからだ。

 有名な陶器職人が薄い薄い湯飲みを作って殿様に献上した。ところが薄いのでお湯の熱さが伝わってきて殿様は持っていられない。ある日、ぼてっとした湯飲みでお茶を飲んだ殿様はお湯の熱さが全く伝わってこないことに感心して、この湯飲みを作った職人に褒美を与えた、というような、おおよそそんな内容である。

 この小話が頭に刻まれた私は、どんなにデザイン性に優れていても人に苦痛や難儀を強いる物は下等品だと決めている。下等品を使う店も下等であるのは言うまでもない。「お前、このコーヒーカップで飲んでみろ」とまでは言わないが、客としてコーヒーを飲んだことがないのではないかという疑いを抱く。客目線に立つためには客と同じ動きをしないと見えてこない。

痛い誤字

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 小学生が習う漢字を大人や出版社が間違うと「阿呆」と認定してよかろう。

 4月15日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)3面の広告である。文響社しっかりせい。毎日新聞社も気づいてやれよ。

 なお、広告は書籍で、題名を『「賢い子」に育てる究極のコツ』という。ウソのようなホントの話である。

今年は西暦2026年?!

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 書類が送り返されてきた。西暦を間違えたのだ。2026年と書いてしまっていた。10年先やんけ。

 私は10年先を歩む男であーる。と強弁するだけむなしい。トホホ。

 私が3016年とか2116年とか書くようになったら医者に連れていってくれ。

阿呆ちゃうか

「阿呆ちゃうか」――。なんばグランド花月劇場で先日聞いた月亭八方さんの話が蘇る。

 大阪の母親は自分の子供に1日に何度も「阿呆ちゃうか」と言うので、3年もすれば子供はほんまに阿呆になると言って観客を笑わせた。そういえば私は自分の子供たちにあいさつ代わりに「阿呆かお前は」とよく言ってきた。ああ、道理で。だからみんなああなったのか(笑い)。

 さて。阿呆の話である。

 ガブさんに会う予定で待ち合わせ場所に来たのだが、約束の時間になっても現れない。アメリカ人は時間にルーズやなぁと呆れ、念のためにとパソコンを開いて、私がガブさんに送ったメールを確認したら「26th」と書いてある。26thってあしたやんけ。

 ルーズなのはワシやった。阿呆ちゃうか。阿呆やがな。

妄想するイヤホン

私「ハイレグのイヤホンって音がそんなにええんか?」

舎弟1号「何だって? 聞かなかったコトにしてあげるよ」

私「聞けよおい」

舎弟1号「ハイレグではなくてハイレゾ。ハイレゾリューションオーディオの略なんだけどな」

私「ん?」

舎弟1号「お父さん、頭の中が見えすぎ」

私「褒め言葉か?」

舎弟1号「そういうことにしとこか」

私「よし」

舎弟1号「意見がまとまっちまったよ」

私「さすがだろ」

舎弟1号「褒めてないっちゅうねん!」

『毎日新聞』のド下手くそ記事

 何でこんな下手くそな記事が未だに載るのだろうか。今日付『毎日新聞』(東京本社版)14新版社会面から全文を以下に載せる。

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 24日午後3時ごろ、福岡県久留米市の銀行に男が押し入り行員に「金を出せ」と要求した男は拳銃のような物を天井に向けて3発発砲行員は現金を渡さず、男はバイクで逃走した。けが人は無かった。男は拳銃とみられる物を所持したまま逃走を続けており、福岡県警は強盗未遂事件として行方を追っている。

 県警久留米署などによると、閉店時間10分前の午後2時50分ごろ、「筑邦銀行東合川(ひがしあいかわ)支店」(久留米市東合川5)に白いフルフェースのヘルメットをかぶり、紺のジャンパーに黒色ズボン姿の男が現れた。男はカウンター越しに女性行員に「金を早く出せ」と脅し天井に向け3発発砲した行員は現金を渡さず、男はバイクで南方向に逃走した

 天井には穴が開いており、支店には薬きょうも残っていることから、拳銃から実弾を発射した可能性が高いとみられる。県警は遺留物を採取し、凶器の特定を進める。

 男は身長175〜180センチ。

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 1段落目と2段落目で重複しているところを赤字にした。こんなに短い記事なのになぜこれほどの重複があるのだろう。

 発生時間を「午後3時ごろ」と「午後2時50分ごろ」って、うーん、読者をばかにしているのか、記者もデスクも主筆も校閲も莫迦なのか。 

 私が福島支局にいたころだから1991(平成3)年ごろだったか、毎日新聞社内では紙面改革に合わせてこういう無駄な書き方をやめようという指導があった。このように書けという具体的なお手本が載った小冊子をもらった記憶がある。

 それがいつの間にか旧態依然とした書き方に戻っているではないか。なんでそうなるの(←欽ちゃんふうに)!
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