同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

本多勝一

相変わらずかみ合わない南京虐殺論争

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 不毛な論争だ。『週刊文春』11月13日号の<本多勝一×藤岡信勝公開誌上激突「南京30万人大虐殺」の真実>である。

 本多氏が何かの出典をもとに「30万人」と記したことに藤岡氏がかみついた。本多氏は正確な数字は分からないと注釈を入れている。

 1万人でも5000人でも虐殺は虐殺であり、何も南京だけで起きたものではない。義父は中国の桟橋で中国人たちの首を切り落とす日本兵の蛮行を見ている。人斬り桟橋と言われていたと私は義父から聞いた記憶がある。

 南京虐殺に関わったのは福島県で編成された会津六十五連隊だった。いわき市在住の研究者・小野さんの多大なご協力を得て取材に歩き回り、南京攻略と会津六十五連隊という連載を『毎日新聞』福島版に書いた。

 ひどいことをしたのは間違いない。正確に数えられないのだから、人数の論争は不毛である。

 

全面否定からは何も生まれない

 本多勝一さんにはいろいろ問題がある(笑い)。しかし、だからといって全面否定してしまっていいものか。

 私にとっては『週刊金曜日』時代にしょーもない消耗戦を強いられたしょーもないオヤジだという一面はある。無謬性の神話に陥っているところは呆れるほかない。

 しかし、どこか憎めないところがあった。本多氏は私を本気で相当憎んでいたようだが、私はそこまで彼を憎めなった。私の育ちと性格のよさがそうさせたのだろう。今振り返っても私は正しいと思う。

 ワープロのない時代にあれほどの膨大な原稿を手書きで執筆したのだから恐るべき書き手である。『日本語の作文技術』は日本人必読の本だ。

 これだけでも得るものがある。全面否定からは何も生まれないし学べない。

 私が本多氏に勝てるものがまた増えた。器の大きさである。本多氏は死んでも私を認めまい。器が小さいから仕方ない。でも、そんな本多氏でも、前述したような学ぶべきところがあるのだ。

 白か黒かという極論に走る本多氏だが、私に見習うべきである。

裸の王様

 私の本を数冊出版してくれた出版社では、社長も編集者なので企画会議に企画を出す。この企画会議では社長も新人編集者も平等に厳しい批評にさらされる。リベラルとはこういう状態を指す。

 私が所属した週刊金曜日という雑誌の編集部では、人権だの権利だのというお題目を並べていたけれど、社長の企画を批評した私は社長に怒られた(笑い)。

 その社長の名は本多勝一さんという。朝日新聞社のスター記者として知られたことがあり、私も尊敬していた時期がある。

 その本多社長が出した企画を「またそんな企画を」とか何とか率直に述べたところ、顔を引きつらせながら「私の企画をそんなふうに言われたのは初めてだ」と言うのである。

 本当の友達がいないんだろうなぁ。お気の毒な人なのかもしれない。
 

 

井上ひさしさんに思う

 作家の井上ひさしさんが亡くなった。全国紙すべてに目を通したが、井上さんが『週刊金曜日』編集委員だったことに触れた記事は皆無だった。

 当たり前か。そもそも『週刊金曜日』にほとんど登場しないまま降板したのだから。

 井上さんの友人の大江健三郎さんを『週刊金曜日』編集委員の本多勝一さんが批判していたことが降板理由の1つと聞いた記憶がある。

 何だか冴えない話である。

 最近は保守政党が分裂しまくっているけれど、少し前は分裂といえば左側の人たちの十八番だった。見解が異なるたびに分裂していくからどんどん小さくなっていく。ゴリゴリの原理主義者のせいで、器も度量も影響力も小さくなっていく。

 平和運動のようなものでさえまとまらないのだ。小異を捨てることが沽券に関わるとでも思っているのかもしれない。

 命を張ってでも守りたいもの以外、私は小異はあっさり捨てることにしている。枝葉末節の袋小路に迷い込まないために、臨機応変かつ柔軟に対応するだけだ。「命を張ってでも守りたいもの」はそれほど多くない。

たかがニシノ(笑い)

 ニシノを取るか私を取るかと社員に迫ったのは、元朝日新聞編集委員の本多勝一さんだった。『週刊金曜日』編集部時代のことである。

 ニシノのせいで(精神的に参ってしまって)原稿が書けなくなったなどと泣き言を訴える文章(原稿用紙換算で確か50枚くらい)を書いて、社員に配布したのだ。

 この話を小学2年からの友人・川崎にしたところ、笑い出した。

「たかがニシノ相手にそこまで? アホやなぁ」

 全くその通りである。昔からの友人たちは私をよく知っている。だからこそ、こんなくだらない男相手に真正面から論争した本多さんは救いようがないということになる。

 涙の本多原稿、どこかで公表しようっと。PDFファイルにしてダウンロードできるようにするか、私のお客様だけにプレゼント(?)するか。もちろん笑いを共有するのが目的である。

英語で突然声をかけられ

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 「エクスキューズミー、エクスキューズミー」

 ふと振り返ると、外国人女性が私に向かって声をかけているのだった。東京・品川のエクセルシオール・カフェでパソコンに向かって文章を打っていた時のことである。

 30代くらいに見える彼女は「コノミセデハ、インターネットノ、ムセンセツゾクハ、カノウデスカ?」と英語で聞いてきた。とっさに「イヤ、コノミセハ、インターネットノ、ムセンセツゾクノセツビハ、ナイ」と英語で答えた。

 彼女は礼を言って出て行った。

 パソコンを使っている人は大勢いたのに、なぜ私が、しかも後ろから、声をかけられたのだろう。

 私の疑問をよそに、あの本多勝一さんなら「日本で日本人に英語で声をかけてくるのは英語帝国主義者だぁ〜」と怒るだろう。私もそう思う。

 ただ、どう見ても日本人の私に英語で話しかけてきたのは、もしかして私に興味を抱いたのかもしれない。だとすれば貴重な国際恋愛の機会を逸したことになる。

本多勝一『中学生からの日本語の作文技術』

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 私は本多勝一さんを嫌悪している。『週刊金曜日』編集部時代に接した経験で、自信を持って嫌悪している。

 ただ、人と本の評価は分けて考えるべきである。本多氏にも名著はある。『日本語の作文技術』(朝日文庫)がそれだ。中学生以上を対象にした姉妹版とも言うべき『中学生からの日本語の作文技術』(朝日新聞社)を買った。子供たちに読ませるためである。

 私は本多氏を人間的に嫌悪しているが(しつこい)、この本は読む価値がある。

NHK受信料の強制徴収は本多勝一から始めよ

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 NHKは受信料を拒否している東京都内の33世帯への支払い督促を東京簡易裁判所に申し立てる(29日付『毎日新聞』)。

 NHK受信料拒否と言えば『NHK受信料拒否の論理』(朝日文庫)という本まで出している元朝日新聞記者の本多勝一さんである。

 NHKはなぜ本多氏を狙わないのだろう。私がNHKの担当者なら「悪質な人から」としてまず本多氏に迫る。一罰百戒の効果があるのは間違いない。にもかかわらず本多氏を選ばなかったのだから、NHKは逃げたと言われても仕方ない。

 思えば本多氏はインターネット上の「粘着クン」の走りのような存在である。こういう人に対してNHKは組織をあげて「粘着」すればいい。粘着をもって粘着を制するのである。

 私は本多氏の本を読んで受信料の支払いをやめた。テレビを持っていない時期も含めると、もう20年以上払っていない。それだけに本多氏が督促を受けたらどう出るのか私は大変興味がある。受信料拒否者の少なくない割合が本多氏の動向を注目するに違いない。

 NHKは本多氏から始めよ、である。

「さん」づけ

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 かつて毎日新聞社にいた時、上司や先輩は部下や後輩を「君」づけするか呼び捨てにするのが当たり前だった。移籍した『週刊金曜日』の会社でも「君」づけで呼ぶ上司はいたものの、「さん」づけが大勢を占めた。

 初代社長兼編集長も2代目の本多勝一さんも、そして社員から敬意を集めていたリベラルなデスクたちも「さん」づけだった。私を敵視し嫌悪していた本多氏でさえ「西野さん」と呼んだ。敵を「さん」づけするのが悔しいのか、ぞんざいに私を扱ってみせようということか、たまに「西野さん」と呼び、私を微苦笑させたものである。それでも「さん」は外さなかったのだから偉い。

 日本国憲法の平等主義を持ち出すまでもなく、人間は対等な存在である。だとすれば年齢が上でも下でも「さん」づけで呼ぶのが一番妥当だ。

 以来私は「さん」づけを基本にしている。毎日新聞時代の後輩にはつい習慣で「君」づけをしてしまったことがあるけれど、見事(←自分で言うな)克服した。

 呼び方ひとつで日本国憲法の理念を大切にしているかどうかが分かる。とはいえ交際中の異性に「さん」づけするのはよそよそしい。異性に呼びかける際は日本国憲法の理念はひとまず棚上げしたほうがよさそうだ。

「NEWS23」に出た山中登志子さん

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 『週刊金曜日』時代に同僚だった山中登志子さんがTBSの「NEWS23」に出た。彼女は、200万部も売れた『買ってはいけない』という駄本を企画、手がけた編集者として知られる。

 私は『買ってはいけない』を思い出すたびに、同じ編集部にいながら原稿の質の低さを全く見抜けなかった節穴のわが目を恥じ入り、忸怩たる思いを抱く。

 さて、「NEWS23」は駄本を作った責任を問うわけではなく、珍しい病とたたかう姿を紹介した。闘病は大変なことだから、心から声援を送りたい。

 ただ、株式会社金曜日時代に既存の労組を脱退して第2組合を作ったことや昼夜兼行で仕事を完遂した事務職社員に会社がわずかばかりの報奨金を出すことについて「私たちも頑張っているのに」という趣旨で反対したことなどは一切触れていない。闘病の話の前ではちっぽけな話なのだろう。

 かつての彼女の同僚たちはどんな思いでこの番組を見ただろう(見ていない?)。新聞やテレビで人物を紹介する際その人のどの部分に焦点を当てるか。取り上げ方が変われば、印象はがらっと変わる。人物紹介の怖さがここにある。

NHKが集金でウソをついた

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 NHK沖縄放送局の受信料の集金人が「本多勝一さんは滞納分を含めて全額払った」と視聴者にウソをついて集金していたことが発覚した。視聴者が本多氏に連絡を取って確認したのが発覚のきっかけになった(6月23日付『毎日新聞』)。

 本多氏は『NHK受信料拒否の論理』という本を書いているほど筋金入りの拒否者である。払うわけがない。

 この集金人は子供だましのウソをついたなぁという感想とともに「え、こんなことが記事になるのか」と驚いてしまった。というのは、数年前に私のところに来た人も「本多さんの奥さんが払っている」と私に言ったことがあるのだ。

 NHKの受信料の集金人はNHKと契約を結んで集金活動をしているだけであり、NHKの局員ではない。いわば個人営業の人である。そんな人の発言をいちいち真面目にとらえる価値があるのだろうか。

 私の場合ウソだと確信したので一笑に付して終わった。それがニュースになるとは思わなかった。今回の記事を見る限りでは記事になるんだなぁ。う〜ん、NHKの集金業務を請け負っている人の小さな営業トークを真面目に扱うところがすごいと言うか何と言うか。

 枝葉末節の内容と言うしかなく、掲載する価値があるニュースとは思えない。

 

死刑廃止論者はそれでも死刑廃止を主張するのか

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 山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件の上告審で、最高裁は広島高裁の無期懲役判決を破棄、審理を差し戻した。

 毎日新聞のサイトによると、被告の少年(当時18歳)は本村洋さんの<妻の弥生さん(当時23歳)を強姦目的で襲い、抵抗されたため手で首を絞めて殺害。傍らで泣き続けていた長女夕夏ちゃん(同11ヵ月)を床にたたきつけたうえ絞殺した>。

 夫の本村さんは一審から一貫して被告の死刑を主張してきた。無期懲役判決の一審後に無念の思いから「(被告が出所したら)私がこの手で殺す」と語るなど、注目を集めた。

 にもかかわらず、事件発生から今日の最高裁判決まで、死刑廃止論者は誰も本村さんに真正面から「死刑はいけないよ」と反論できなかった。いや、そもそも遺族にそんなことを言えるわけがないのだ。死刑廃止論者はしょせんその程度なのである。

 私が『週刊金曜日』に在籍していたころだから10年以上前になる。警察庁指定事件を具体的に取り上げ、「死刑判決を求める」という結論の記事を掲載したことがある。“人権”擁護の立場の『週刊金曜日』で唯一の反“人権”記事になった。この記事に対して、同誌のデスクや編集長、社長を務めた黒川信之さん(元朝日新聞論説副主幹)は編集会議で何度か批判した。腹に据えかねたようだ。

 しかし、自分の家族が殺されたことのない人に死刑廃止を主張する資格があるのだろうか。犯人の人権を擁護するのに、なぜ被害者や遺族の人権を擁護しないのか。偽善としか言いようのない主張に私は“人権”派のご都合主義を見た。

 本村さんの闘いをずっと見てきて、また今日の最高裁の差し戻し判決を見て、「人権」が本来だれのためにあるのか、という世論がようやくできつつあることを感じた。

 死刑廃止の立場から「人間の命は地球よりも重い」という名言を残した最高裁判事は『週刊金曜日』時代の同僚の祖父なのだが、犯罪者と被害者の命は同じ重さではないと言わざるを得ない。

銀座ですれ違ったのは

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 東京・銀座の松坂屋前で評論家の佐高信さんとすれ違った。かつて私が関わっていた『週刊金曜日』の編集委員であり、今は株式会社金曜日の社長を務めている。

 私が在籍したころ当時の社長兼編集長の本多勝一さん(元朝日新聞編集委員)ににらまれ、激しい攻防戦を繰り広げた。このことは佐高さんの耳に入り、『週刊金曜日』のコラムで暗に激励してくれたものである。

 本多氏の横暴を社員から聞いて「この調子では自分が先に金曜日を離れることになるかもしれない」という趣旨の発言をした割には今では社長業を引き受けているのだから驚きを禁じ得ない。

 とはいえ、辛口の評論で知られる佐高さんだが、実は優しく誠実な人なのだ。『週刊金曜日』という名の沈みゆく泥船の“船長”役をほかに誰が引き受けるだろう。佐高さんだからこそ、ではないか。

 早足で去っていく後ろ姿をしばらく見送るながら、まだ仲間が残っている『週刊金曜日』の奇跡の再生を思わず祈ってしまった。しかし、難しいだろうなぁ。

師匠を持て

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 「師匠を持て」

 東京都議で医師の田代ひろしさんに昨年暮れお会いした時こう言われた。

 私がかつて勤務していた毎日新聞社を退社した理由を話したところ、「もったいないことをしたなぁ。どうしてそんな早まったことをしたんだ」と呆れながら忠告してくれたのが冒頭の言葉である。

 新聞記者が師匠だなんて、などと反発する気持ちにならなかったのは、私が40代になっていて、これまでにいろいろな経験をしてきたせいだろう。

 師匠は実在の人物でなくてもいい。私の青年期の師匠はテレビドラマ「太陽にほえろ!」のゴリさんや長さん、駿台予備学校の藤田修一師らだった。

 その後は朝日新聞記者の本多勝一さんだったが、30代のころ『週刊金曜日』編集部で一緒に仕事をした際にその言行不一致ぶりを間近に見て激しく幻滅した。師匠と思っていただけに、私のココロは死傷状態に陥ったのだった。

 このように期待を大きく裏切られることがあるけれど、それでも師匠は持っていたほうがいいと40代の私はつくづく思う。

 「師匠を持て」とはどこの教科書にも書かれていない。人生に重要なことは教科書に記されていないのである。

上司と部下

 小さな企業で部長職をしている友人が浮かぬ表情でやってきた。「部下の女性社員を怒らせてしまってね。取りつく島がない。これで何度目のことか」

 私は友人に聞いた。その部下をお前はどう見ているんだ?

 「必要な仕事仲間だよ、もちろん。だから、そいつを育てたいと思っているんだけどね」

 部下を育てようという積極的な意識と意欲、余裕が上司には最低限必要である。その根底には部下に対する信頼感や善意がなくてはならない。

 その昔、私が『週刊金曜日』を発行する会社で勤めていたころの話である。仕事でワープロを打っていたところ、近くにいた上司(元朝日新聞論説副主幹)が「ニシノ君のワープロを打つ音がやかましくて新聞を読めない」と怒鳴られた。確かに私がキーを打つ音は小さくない。ただしそれには理由がある。私は両手両指を駆使してキーを打つことができない。両手の人差し指だけでキーを打つのでどうしても強く叩くことになり、音が大きくなるのである。

 余談ではあるがあえて記録しておくと、当時その会社の社長だった本多勝一さん(元朝日新聞記者)はこの「上司」を全面的に擁護していたものである。

 話を戻そう。この上司が私に対して信頼感や善意を持っていれば、このような怒り方は絶対に出てこない。部下に対して憎しみや嫌悪があるから些細などうでもいいようなことに過剰反応するのである。

 「私は部下に対して憎しみや悪意は持っていないんだがなぁ。そもそも彼女を憎んだり悪意を抱いたりする理由がない。仕事仲間なんだから」。そう言って友人は笑う。

 人の感情は計り知れないものがある。友人の部下の真意は私にも分からない。それでも、上司である友人が部下に対して憎しみや悪意などのマイナスの感情を全く抱いていないのだから、実は彼女は幸せ者である。ただ、肝心のそのことに気づかないのは不幸と言うしかない。根底に横たわる感情さえ見極めることができれば、このような行き違いは生じないはずだし誤解は氷解するはずである。ということは友人はいっそう奮起して誤解を氷解させる努力をするしかない。

 「何? もっと私が努力する必要があるのか? 仕方ないなぁ。それにしても人間てのは面白い生き物だ」。友人は笑いながら帰って行った。

濡れ衣

 その昔、「一流ジャーナリスト」と言われた本多勝一さんと仕事をした時の話である。本多氏の盟友が社内でセクハラ騒動を起こし、それが月刊誌で記事になった。

 月刊誌にセクハラ騒動を伝えたのは誰だ? 真っ先に疑われ、最後まで疑われたのが私だった。

 あの時、私は声高に「私ではない」と主張しなかった。「だったら真犯人は誰だ」という展開になるからである。

 このような濡れ衣の場合、あえてそのままにしておく。胸を張って、あえてそのままにしておく。疑われても屁でもない。「犯人」と疑われた私はその真偽を知っているのだから。

 推測で人を「犯人」と決めつけた「一流ジャーナリスト」の質の低さを見て、私は落胆した。本多氏は上司の器ではなかった。

 真犯人は誰かって? そんなこと、どうでもいいのだ。月刊誌に記事が載るような騒動があったのは紛れもない事実なのだから。そっちのほうが問題ではないか。

 本多氏が私を犯人と決めつけて騒いだのは、肝心の問題をそらす意図があったのかもなぁ。

部下から話を聞く

 『朝日新聞』で活躍した本多勝一さんが私の上司だった時の話である。

 私が担当した仕事について、本多氏は社外の関係者に電話して事情を聞いていたことがある。同じ狭いフロアで一緒に仕事をしている私に聞けば済むものを、私に聞かず、社外の人にこっそり聞いているのだった。

 これが取材ならよくあるやり方だ。当事者に取材する前に関係者から話を収集しておいて外堀を埋めておく。このような場合の「当事者」はたいてい悪いことをしているヤツである。

 しかし、当時私と本多氏は部下と上司の関係だった。本来なら私に直接聞けば済むことをしなかった。上司が部下を疑う。悲しい光景であり、卑劣な光景であると言わざるを得ない。

 部下を疑う本多氏のこの動きはたちまち社内に広まり、本多氏に対する落胆の声が上がった。

 本多氏から突然の電話を受けた社外の人は私に「本多さんが電話をかけてきた」とすぐに教えてくれ、「西野さんに直接聞かないのはおかしいよねぇ」と笑い合った。

 猜疑心の強さを部下に発揮するようでは上司失格である。
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