同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

またやってしまった同じ本買い

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 本棚の整理をしていて気づいた。今さっきアマゾンで注文した本がここにあるがな。慌てて取り消そうとしたが、配送準備に入っているとか何とか、そんな表示が出て、ああこれは諦めろと言っているわけで、諦めた。

 持っていた本は2002(平成14年)初刷り。取り消しが間に合わず届いてしまったのは2019(令和元)年に17刷。毎年増刷しているのである。すごいな井上ひさしさん。

 出版業界に喜捨したと思えばまぁいいか。とクヤシイから言ってみた。



最終日に駆け込み「井上ひさし展」

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 いつまでやっていたかとネットで調べたら9月6日までって今日やんけ! 時計を見たら13時。今から向かえば間に合う。電車を乗り継ぎ、千葉県市川市の市川市文学ミュージアムに駆け込む。

 井上ひさしさんは『週刊金曜日』編集委員だったが、寄稿はほとんどなかった。その理由は友人である大江健三郎さんを本多勝一さんが批判し続けているからというものだったが、だったら何で編集委員になったのよという疑問は残った。断るのが苦手な人なのだろう。編集長予定者だった男にうまく丸め込まれた可能性もある。

 小さな展覧会だったが、真面目な文字で書き残した原稿などを見ていろいろ得るものがあった。永井荷風が暮らした街ということで市川市に住んだという話が新鮮だった。永井荷風と井上ひさしを戴く市川市は手を替え品を替え展覧会をしていくのだろう。財産だなぁ。

 井上ひさしの本を何冊か読んでいるけれど、それほどたくさん読んだわけではない。この際全集で読みたいと思って検索してみたが、井上ひさしの全集が出版されていないとは。没後10年、出版界は何をしてきたのか。

瀬戸内寂聴さんの本を買った理由

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 読んだはずだ。読んでないわけがない。しかし、ない。寂聴さんの本を並べた棚にも、あちらこちらの本の山にも、見当たらない。

 人間の記憶などアテにならない。ましてやこのワシの記憶じゃ。というわけで、買い、広島に向かう新幹線の中で読み出して、「これ、読んだがな」。

 前向きに受け止めることにした。これぞ仏縁ではないか。寂聴さんが私に何か訴えかけたいのかもしれない(←んなわけない)。

 というわけで、NHKのドキュメンタリーなどをまとめたDVDつきの本を買った。このドキュメンタリーはたぶん見たことがある。見たとき私は寂聴さんの小説を1冊も読んでいなかった。今は何冊か読み終えていて、寂聴文学がほんの少しだけ見えているから、そのぶん深くドキュメンタリーを見ることができるだろう。

 最近は笑顔の印象が強い寂聴さんだが、私に言わせれば寂聴文学は「火を、火に、火で書く」。鬼の文学である。般若の文学である。



世田谷邪宗門と森茉莉さん

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 ふと思い立って東京・世田谷区の住宅街にある喫茶店・世田谷邪宗門に行ってみた。何の予備知識もなく、ただ有名な喫茶店というだけで訪ねたのがよかった。

 暑いのでアイスクコーヒーを頼むと決めていたのだが、メニューの「森茉莉ティー」に目が行く。なぜに森茉莉さんの名前がここに?

 店のママさん(?)がすぐに話しかけてきた。

「その窓際の席は森茉莉さんがいつも座っていたんです」

 え? 森茉莉さんが来ていたんですか!

 ママさんは店内にあるいろいろな本や資料をテーブルに持って来てくれて、説明をしてくれる。この喫茶店をまるで自分の応接室のように朝から晩まで四六時中使っていたらしい。

 森茉莉さんといえば新潮文庫『日本文学100年の名作』収録の『贅沢貧乏』を私はかろうじて読んでいた。お父さん大好き娘であり、お父さんと同じように気高い生き方を貫いた。とりわけ(1冊しか読んでいないのに「とりわけ」もないものだがw)『贅沢貧乏』は新型コロナウィルス感染騒動のあとの生き方暮らし方を示唆する小説でもある。

 森茉莉さんの逸話を思い出しながら、そうか、ここに座っていたか、と想像する。秘めた恋の現場でもあったらしい。

 ママさんに『下北沢文士町文化地図』をもらい、森茉莉さんが住んでいたアパートを見に行く。世田谷邪宗門から歩いて10分もかからなかった。「倉運荘」の名前に似た4階建てか5階建てのマンションの表札を見つけた。ここだな。はるか前に建てかえたようだ。

 私がひれ伏す車谷長吉さんは鷗外の文体を真似することを決意したと書いているので、私と森茉莉さんが全く何の関係もないとは言えない。いや、言えるか(笑い)。

 ほかの邪宗門も行きたいのだが、この世田谷邪宗門にはまた来なければ。

 

広島市の丸善で探していた本を発見

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 おー。こんなところにこの本が。安田登さんのこの本はアマゾンで売り切れていて、楽天ブックスにはあったので注文したのだが「売り切れてました」と間の抜けたメールが来たばかり。それが広島市の丸善にあったのだ。

 この丸善広島店では過去に何度も「おー! あった!」と叫ぶ経験をしていたのでほんの少し期待してはいた。恐るべし丸善広島店。人口100万人程度の地方都市にある大型書店は探しものに打ってつけなのである。品ぞろえがいい一方でこういう本を買う人が少ないのだろう。

 帯を見ると松岡正剛さんがお墨付きを与えていたことが分かる。であればなおさら安心だ。『論語』を訳した本は多いが、デタラメな本が大半だと聞いた。セイゴー先生のお言葉が帯に載っているなら大丈夫だな。

 というわけでレジに持って行って、店員さんにお金を払いながら「なかなか手に入らない本なんですよこれ」と興奮気味に語ってしまったが、私の感動を理解してもらえたかどうか。

 この本の良さは孔子の時代を踏まえた検証にある。「四十にして惑わず」と言われるが、孔子の時代には「惑」という漢字がなかったそうで、だとすると「不惑」は成り立たない。こういうところから説き起こして、孔子が語った本意を考えてゆく。

 渋沢栄一の『論語と算盤』を読む前の下準備の1冊として頼もしい。

那覇高等予備校で同僚だった女性の名前が

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 おぼろげな記憶なのだが、私が那覇高等予備校で講師をしていたころだから1987年2月から89年3月までだが、講師室で先生たちから祝いの言葉を受けている小柄な女性がいた。何かの文学賞をもらったのだと聞いたような気がする。当時私はその方面に全く興味がなく、立ち入らず、お祝いの言葉さえかけなかった。

 その光景を時々思い出してきたのだが、あの女性講師の肝心の名前が出て来ない。私は人の顔と名前を覚えるのが苦手なので、この女性に限ったことではないのだが。

 それが6月20日付『朝日新聞』読書面を見て「あ、この人だ」。崎山多美さんである。

 今も小説を書いているのだった。検索してみると、パソコンに崎山さんの顔写真が出てきて、私の記憶とほぼ重なる。

 ウィキペディアによると、《1979年「街の日に」で新沖縄文学賞佳作、1988年「水上往還」で九州芸術祭文学賞受賞、1989年「水上往還」で第101回芥川賞候補、1990年「シマ籠る」で第104回同候補。2017年、『うんじゅが、ナサキ』で第4回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞》ということだから、私が予備校で見たのは88年の九州芸術祭文学賞を受賞したときだったのだろう。

 その後芥川賞の候補に2回という実力ある書き手なのだった。すごいじゃいないですか崎山さん! 
 それが今回の芥川賞は本土の小説家が沖縄を舞台に書いた『首里の馬』。前回だか前々回だかの直木賞の『宝島』も沖縄が舞台で、本土の小説家が書いていた。

 受賞したから偉いとか受賞しないから偉くないとかそういうことでは全くなく、沖縄でずっと書いている崎山さんの小説が受賞を機に内外で広く読まれることになればいいなぁと元同僚は思うわけである。

 そうかー。崎山さん頑張って書いているんだなぁ。そのことに私はこころ動かされた。

アマゾンで本の在庫が払底

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 アマゾンのお気に入りに入れてある本が軒並み在庫なしと表示される。私の読書計画が揺らぐ。ミランクンデラ『存在の耐えられない軽さ』を読みたかったのだが、積ん読本からガルシアマルケス『百年の孤独』を引っ張り出して読み始めた。

 この機に乗じて業者が価格を釣り上げたり高い送料にしたりしてアマゾンでしょーもない商売をしているから、間違って買ってしまったことがある。その場合わたしは返品する。そういう阿漕な商売に金を払うわけにはいかんざき。

 自粛騒ぎで日用品の発注が増えており、アマゾンはそれを優先しているらしい。輸送配送に限界があるから、書籍より日用品が優先されるのは仕方がない。

 しかし本を注文しても、アマゾンプライム会員なのに到着までに3〜5日かかったりしていて、まぁ、これも仕方がない。翌日届くのが異常だったのである。以上。

丸善150周年記念で復刊された車谷長吉さんの本

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 丸善やるなぁ。見る目があるなぁ。よしっ!

 丸善150周年記念で復刊した本が25冊ほどある。その1冊が車谷長吉さんの『銭金について』(朝日文庫)なのである。2005年3月に出版されている。その復刊なのだった。こんな事情などつゆ知らず、JR広島駅前のジュンク堂で見つけた瞬間手に取ってレジに走った。慌てて買わなくてもよかったとあとで知る。復刊された本書は丸善広島店にも面出しで何冊もあった。

 もちろん私は全集ですでに読んでいるし、ヤフオクかメルカリで手に入れた車谷長吉さんのサイン入りの本書も持っている(←これが自慢)。

 丸善150周年記念で復刊する本のリストを丸善のサイトから転載するとこうなる。

2019年1月10日復刊タイトル
『無気力の心理学』波多野 誼余夫(中公新書)
『日本語の個性』外山 滋比古(中公新書)
『詩経』白川 静(中公新書)
『県民性』祖父江 孝男(中公新書)
『印度放浪(合本)』藤原 新也(朝日文庫)
『銭金について』車谷 長吉(朝日文庫)

2019年2月10日復刊タイトル(予定)
『日本異界絵巻』(ちくま文庫)
『ベスト・オブドッキリチャンネル』(ちくま文庫)
『妖女のねむり』(創元推理文庫)
『賢者の石』(創元推理文庫)
『黒衣の花嫁』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『赤い収穫』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『数学する精神』(中公新書)
『カラスはどれだけ賢いか』(中公新書)
『科学的方法とは何か』(中公新書)

2019年3月10日復刊タイトル(予定)
『奥羽越列藩同盟』(中公新書)
『アドルフ・ヒトラー』(中公新書)
『天皇誕生』(中公新書)
『日本怪談集 上』(河出文庫)
『日本怪談集 下』(河出文庫)
『中国怪談集』(河出文庫)
『イギリス怪談集』(河出文庫)

2019年11月復刊タイトル
『スキズマトリックス』(ハヤカワ文庫SF)
『故郷から10000光年』(ハヤカワ文庫SF)

 そうそうたる書籍の中からわれらが車谷長吉さんの『銭金について』がなぜに選ばれたのかサイトから詳細は分からない。だが、帯の裏側にはジュンク堂池袋本店の《銭金に惑い踊らされることもまた人生》と丸善名古屋セントラルパーク店の《今の時代を乗りきるヒントになるのか?! やっぱり気になる「銭金」のお話》という推薦の惹句が載っているので薄々分かる。正直に言えばもう少しキレキレの惹句を書けなかったかと思わないではないが、車谷長吉さんの本を復刊したのだからよしとしよう。

 そんなことより、復刊されて1年以上も経つのに知らなかったというのはどういうこっちゃ。東京駅前の丸善をくまなく歩かなくなった証拠だなぁ。

 復刊に小躍りした。車谷長吉さんは忘れられてはいけない小説家なのに、大半の本が古本でしか手に入らなくなっている状況を憂慮していたからだろう。あまりにもうれしいので久しぶりに飾磨に行くとするか。

水俣病センター相思社の会員になる

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 石牟礼道子さんの『苦海浄土』(河出書房新社)を読み出したのが運の尽き、一般財団法人水俣病センター相思社の維持会員になった。石牟礼道子さんふうに言えば「悶え加勢」か。

 池澤夏樹さん個人編集の世界文学全集を読み切るつもりなのに、まだ数冊なのに、どんどん不知火山脈に入ってしまう。私の性格上こうなることを最初に見通しておくべきだった。

 こうなると次はアレだな。きっと水俣市周辺をほっつき歩くに決まっている。知れば知るほど奥が深い。森閑とした不知火山脈で立ち尽くす。文学からどんどん離れていく(汗)。



これを不知火山脈と私は呼ぶ

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 まさかこうなるとは。池澤夏樹さん個人編集の世界文学全集(河出書房新社)に収録された石牟礼道子さんの『苦海浄土』を読み始めたとき想像すらしていなかった。冷静に今振り返ると私がこうなるのは道理ではあったのだが途方に暮れる状況に陥った。

『苦海浄土』に始まり、石牟礼道子さんへの激しい関心に飛び火し、当然のこととして水俣病にも飛び火して猛火になってしまった。水俣病に冠する本や写真集をアマゾンで相次いで買ってしまう。

 あくまでも文学作品として読みだした『苦海浄土』である。池澤夏樹さん個人編集の世界文学全集と日本文学全集、岩波文庫の漱石全集を読み切るのに逆立ちしても(できんけど)20年以上かかるのは間違いないのでひたすら先を急ぐ。ここで水俣病に走っていく時間はない。ところが水俣病に走らざるを得ない。この世の理不尽や矛盾、悪、救い、鎮魂、怒り、諦念、赦しなどが凝縮されているからだ。文学があり、今も続く現実がある。

 何かに取り憑かれたように深く分け入る森のような昏くて深いこの山々を何と呼ぶか。石牟礼道子山脈と名づけるのは石牟礼道子さんに迷惑だろう。水俣病山脈もちょっと違う。なぜなら山脈の中には私がいずれ“逢い”に行くことになるだろう宇井純さんや高群逸枝さんも田中正造もいるからだ。

 ここで思いついた。不知火だ。不知火山脈だ。小学生のころだろうか、不知火という名称を知ったときゾクゾクした記憶が蘇った。何とも魅力あふれる名前ではないか。今年中に見に行くぞと誓った不知火がぴったりはまる。しかも不知火に「山脈」をつけるこのセンスのよさ(←自分で言うな)。

 というわけで、引きずり込まれた不知火山脈をどう歩くのか。そもそも3つの全集を読み終えることができるのか。『苦海浄土』はやっぱり危険だった。

NHKラジオの配信を見つけたのは石牟礼道子さんの加勢?

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 自己啓発書によく出てくる「引き寄せの法則」などを私は全く信じない。単なる確率の話だからだ。しかし、何かいいタイミングを感じることがある。今回のいいタイミングの出来事を石牟礼道子さんの加勢だと受け止める。

 上下2段組で700ページを超える河出書房新社の世界文学全集『苦海浄土』を読破するための加勢がさらに必要だと思い、アマゾンで注文した文藝別冊の『追悼 石牟礼道子』が届いた。

 そういえば何年か前にNHKで石牟礼道子さんを特集する番組をいくつか見たなぁと思って「NHK+石牟礼道子」で検索してみたところ、NHKラジオのアーカイブスで、「声でつづる昭和人物史」というページが引っかかった。開けてみると、「自作を語る 苦海浄土」の第1回と第2回だ。石牟礼道子さんのインタビュー音声が30分ずつ。第1回の配信は3月31日15時終了と記されている。あと数日。絶妙の時宜と言うほかない。石牟礼道子さんから「頑張って読みなさい」と背中を押されていると受け止めた。

 世界文学全集の『苦海浄土』には水俣病3部作(苦海浄土、神々の村、天の魚)すべてが収められていて、もうすぐ第1部の『苦海浄土』を読み終える。いつの間にか200ページほど読み進んでいたわけだが、まだ500ページ以上残っている。先は長い。

3・11に読み始める石牟礼道子さんの『苦海浄土』

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 あした3月11日に石牟礼道子さんの『苦海浄土』を読み始める。すでに露払いとして『評伝 石牟礼道子』(米本浩二・新潮文庫)を読んである。でも、これ1冊だけでは途中で息切れしそうなのでカンフルとしての『不知火のほとりで』(米本浩二・毎日新聞出版)も用意した。あとはおそるおそる1ページ目を開くだけだ。

 3月11日は2011年に東北を中心とした大震災が起きた日である。と同時に石牟礼道子さんの誕生日なのだった。石牟礼さんは1927(昭和2)年の、3月11日の生まれなのである。このことはたまたま数週間前に『評伝 石牟礼道子』で知り、『苦海浄土』を読み始めるなら3月11日しかないと決めたのだった。

“水泳”の前の“準備体操”が長すぎたような気がしないでもないが、こうでもしなければ途中で力尽きて溺れそうだし、積ん読本から『苦海浄土』を抜き出すことはできなかった。

 あしたは1行でも10行でも読めばいい。まずは一歩を。この小説が東北と「加勢」でつながりうると思う。


根本先生『毎日新聞』に登場!

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 根本先生をひとことで言うと、古今東西の小説の世界地図が頭に入っている編集者、ということになるだろうか。その世界地図に当てはめるから、出てきた小説が斬新なのか二番煎じ三番煎じなのかすぐに区別がつく。編集者でも小説家でも対等にできる人はいないのではないか。

 原稿用紙500枚分を1時間だか2時間だかで読むことができると言っていた。この特異な才能が編集者として大きな“武器”になったのは間違いない。

 半可通をかなり嫌う。よく知りもしないことを知った風に言うなと叱責する姿を何度か見たことがある。恥を知れということなのかもしれない。半可通の世界に片足を置く私など犯罪者並みである。恥知らずなのだろう。いやそもそも恥知らずでなければ表現できるわけがないではないか。などと開き直ったらおしまいだな。

 さて、そんな根本先生が2月21日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)2面に登場した。根本先生の言葉(考え、思い、感じ、などが昇華した模糊としたもの)の海から何らかの塊を引き出そうとインタビューしたのは藤原さんだ。開高健ノンフィクション賞受賞の記者で、言葉や表現に対して人一倍腐心してきた。そういう藤原さんが周到な準備をして、根本先生に何を投げかけて、どんなことを引っ張り出して、そこからどれをすくい上げて、どんな反応を示しながら記事にするか。読みどころがここにある。

 仲間に配るため、毎日新聞社5階の販売局に行ってとりあえず10部買った。1部たったの50円。10部買っても500円。何と安いのだろう。
 

 
 

 

『苦海浄土』への助走





 水泳の前に準備運動をするのは心臓麻痺を起こさないようにするためだと小学生のころ先生に言われた。その準備体操というか助走というか、それを石牟礼道子さんの『苦海浄土』を読む前に必要だなと感じてあれこれかき集めている。

 で、ユーチューブで2つ見つけた。便利な時代だ。

 石牟礼さんが言う「重荷」を読むことが「加勢」につながるのではないか。加勢する対象は水俣病に限らない。

石牟礼道子さんを読むことになる(苦笑い)

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 読売文学賞を受賞した『評伝 石牟礼道子』が早くも新潮文庫になった。数年前から興味を持ってきたものの分厚いので後回しにしてきた池澤夏樹編集世界文学全集『苦海浄土』と併せて読めと言われているような気がする。

『苦海浄土』はれっきとした日本文学であるにもかかわらず池澤夏樹さんの判断で河出書房新社の世界文学全集に唯一入れられた。そういう小説だと知って慌てて買ったけれど、ほかの本を読むことができなくなるので積ん読本にしてきたのに。

『評伝 石牟礼道子』を書いた米本浩二さんの経歴を見て驚いたのは、私と重なる場所が3つあるからだ。1つは生まれたのが同じ徳島県であること。2つめは同じ大学。3つめは、就職したのが同じ会社だった。私の2歳上なので、どこかですれ違っている可能性がないわけではない。

 私のような外道と異なり、米本さんは恐らく大学を4年で卒業しただろうし(私は6年かかった)、今も毎日新聞社で記者を続けている(私はとっくの昔に中退)。まばゆいばかりの王道を歩いている人なのだった。

『評伝 石牟礼道子』が『苦海浄土』を読む際の船頭になることを期待して、まずは1ページ。

 

 

25年前の1・17

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 あの日、出勤前にJR平塚駅近くの立ち食いそば屋に寄った。朝飯を食べたあとだったのに、なぜまた食べたのか分からない。後にも先にもあのそば屋に行ったのはあの日だけだ。

 店の中でテレビかラジオが流れ、刻々と変わる状況を伝えていた。被害の様子は最初は小さく、全体像が少しずつ把握できるようになるにつれて大きくなっていくものだから、これはどこまで被害が広がるのかと思った。

 現地に行ったのは1カ月くらい経ったころだろうか。当時『週刊金曜日』編集部にいた私は、震災の連載を黒田ジャーナルにやってもらう企画を立てた。ゴーサインが出たので大阪の黒田ジャーナルを訪ねることにし、その前に現地に立ち寄ったのだった。

 カメラを持って行ったものの1枚も撮ることができなかった。報じるには時期がずれていたし、撮った写真を載せる予定もなかった。カメラを持って行ったのに撮らなかったのは後にも先にもこのときだけだ。

 あれはどこだったか、福島時代の同業他社だった共同通信の福ちゃんにばったり出くわし、その場にいた共同の先輩に福ちゃんと一緒に昼飯をごちそうになった。その人の名前を覚えていないだけに、時々思い出す。

 大阪読売社会部で腕をふるった黒田さんと大谷さんをはじめとする黒田ジャーナルの皆さんと打ち合わせをして、といっても黒田さんが指揮する原稿だから編集者としての私は特に何をするでもない。その連載が本になって、私は1冊持っている。

 もう本屋には並んでいないけれど、読み継がれるべき本である。

喫茶店で書評面だけ見た男

 40代くらいの男が私の隣の席に『毎日新聞』を持って来てめくり始めた。私はたいてい1面から読む。この男は1面を飛ばしてどの面を読むのだろうかと盗み見したところ、その男が開いたのは何と書評面だ。

 次の面(見開きの書評面)をさっと見て、閉じて、新聞置き場に返した。

 東京・高田馬場駅前にある喫茶店カンタベリーで早朝に見たのがこれだった。70代くらいの父親らしい男と一緒で、父親は『産経』を見ている。男は『毎日』のあと『日経』を持って来た。

 いやしかし。いきなりステーキ……じゃない、いきなり書評面を開いたこの男は何者なのだろう。『毎日』の書評面がそれなりにいいと知っている上での行動に見えたから、出版関係者か? 

 そういえば30年近く前、JR東海道線で『サンデー毎日』を読む男性がボックス席で私の前にいた。当時『サンデー』編集部にいた私は、「次はワシが書いた記事や」と思ってワクワクして盗み見していたら、あっさり飛ばされ、その次のページにめくられた。

 良きにつけ悪しきにつけ読者の興味に抗うことはできないのである。今度また書評面を最初に見る男に会ったら声をかけてみよう。「もしもし、どうして書評面だけ見るんですか? あなたは何者ですか?」と。

 ワシが怪しまれる?

 

『いのちの初夜』と徳島

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 北條民雄が日本占領下の京城で生まれ、その後徳島県阿南市下大野町で育ったとは。私は徳島生まれなのに迂闊にも知らなかった。というわけで慌てて『いのちの初夜』をアマゾンの青空文庫で買った。昭和の最後2年を沖縄で暮らしていたとき伊波敏男さんの『花に逢はん』などを読んだ際『いのちの初夜』を読んでいないわけがないのだが、全く記憶にない。というわけで、ここは潔く買うことにした。アマゾンの青空文庫はありがたい。

 一度聞いたら忘れられない峻烈な美しさを持つ『いのちの初夜』という題名は川端康成の命名だそうで、あの当時であるにもかかわらず川端康成は癩への偏見を持たなかったという。孤独な幼少期を過ごした川端は偏見のおぞましさと屈辱を知っていたのかもしれない。もちろん北條民雄の文学を高く評価したからこそだろうが。

 私は友人と話すとき川端康成を「康成」と呼び捨てにすることがあるけれど、北條民雄を「民雄」とは言えないなぁ。


 

 

 

読みやすい青空文庫の大活字版

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 大きな字は青空文庫の大活字版、小さな字は漱石の『三四郎』(岩波文庫)である。大活字が老眼にどれだけ優しいことか。

 私は眼鏡をかけているので文庫の字も読むことはできる。たとえそうであっても、大活字のほうが脳に深く刻まれるような気がする。気のせいか?

 読者の好みで大活字版を用意するアマゾンの仕組み、恐るべし。

 出版社が大小2種類の大きさの活字の本を出す……のは難しいのだろうなぁ。


 

でかくて分厚いマンデラさんの『Long Walk to Freedom』を前にして汗

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 でかっ! マンデラさんの『Long Walk to Freedom』ハードカバーである。ペーパーバックは丸善にあるのだが小さくて読みにくい。ハードカバーはアマゾンでは売り切れ状態だったので紀伊國屋書店経由で手に入れた。

 古典コテン講座で映画『インビクタス』を見てスプリングボクスの衣類を南アフリカ共和国から送ってもらったりした流れの1つがマンデラさんへの傾倒だった。まるでドミノ倒しだ。私の性格をよく知る友人は、マンデラさんが27年間投獄されたロベン島の刑務所跡を「見に行きたいと思っているだろ」と見抜いた。そのとおり。スプリングボクスの衣類を着て訪ねたい。

 本書の冒頭の2ページ、クリントン米大統領(当時)の献辞を読んでみる。本人が書いたわけではないだろうが、マンデラさんがクリントンさんに語ったことを紹介していて、いきなり魂をつかまれた感じ。

 地名が出てくるたびにiPadのグーグルマップに打ち込むと、写真とともに表示される。おー、こんな地域でマンデラさんは生まれたのか。iPadもグーグルマップも便利だなぁ。

 日本文学全集(河出書房新社)と並べたのが上の写真である。この本の大きさと分厚さが少しは伝わるだろうか。

 私にとってLong Walk to Finishの始まりなのだが、そもそも私が生きている間に最後まで読み終えることができるのか。

ワシも歩けば本に当たる

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 週末に東京・神田の古本まつりをぽっくりぽっくり歩いていたら、おお。『逆引き広辞苑』があるではないか。

 最新版は『広辞苑第5版』対応の『逆引き広辞苑』(1999年発行)だ。これは約5000円。一方私が見つけたやつは1992(平成4)年11月の発行で、たったの1000円。しかも使用感がない。

 1992年の9月ごろだったか、私が『サンデー毎日』にいたころ誰かからいただいた。開けた瞬間よくまぁこんな面白い辞書を考えたなと見入った記憶がある。週刊誌の見出しや前文づくりに重宝する辞書(ではないな)なので、大勢の編集者やコピーライターが活用したはずだ。

 毎日新聞社を辞めた際『サンデー毎日』編集部に置いてきたが、時々思いだしてはいた。それが目の前にあって、「買ってぇ−」と私にささやく。というわけで全く迷うことなく買った。

 ここで一句。『逆引き』で言葉の海に戯れる





 

 

誠品生活日本橋はうまくいくか

 台湾の大型セレクトショップ誠品生活日本橋が東京・日本橋に出店したのでさっそく見に行った。

 肝心の本屋の部分に人がいない。がらがら。本の選び方はそれなりの工夫があるのだが、日本の本だから既視感がある。かといって台湾の本を持って来ても私たち日本人は読むことができない……。

 台湾の炊飯器が売られていて、昭和30年代の日本の製品を思わせる懐かしさがある。映画『ALWAYZ三丁目の夕日』の世界は若い人には新鮮に映るかもしれないが。台湾茶や台湾の雑貨なども売られているのだが、どうだろう。

 正直な話、家賃や人件費を上回る売上が出るかどうか微妙な感じがした。親日国と言われる台湾の期待に日本人が応えることができるかどうか、なんてことを気にする人はほとんどいないはずで。

 従来日本人は西欧ばかり見てきた。漱石が嘆いていたではないか。この風潮が明治時代からあまり変わっていないとすると、英米仏辺りの店なら生き残る可能性は高くなるだろうに。

 私はかろうじて猿田彦珈琲で関わることができるけれど、焼け石に水だろうなぁ。

本を買わなくなったら私は終わりだな

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 『風流夢譚』事件のときの編集者だった京谷さんとお付き合いがあり、晩年にいただいた年賀状が忘れられないというか私の指針の1つになっている。京谷さんは昔の本を読んでいますとお書きになっていた。

 新しい本ではなくかつて読んだ本を読み返す――。ここが1つの転換点になるのだろう。

 新刊が普通に手に入るのに安いという理由で古本を買うのはあまりにもケチくさく、しみったれている。興味があるのに新刊本を買うのを見送ったら私の目はもはや未来を見ていないというか、私の晩年になりそうだ。

 いずれ私はかつて読んだ本に戻るのだろう。そのときが来るのを無理に遅らせることもないけれど、読みたい本が多い。お金ないのに買ってしまう。

谷崎潤一郎の署名本

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 私がひれ伏す車谷長吉さんの署名と押印がある本を、熱に浮かされたように買い集めてきた。署名には魂が吹き込まれているに違いないからである。

 それが、ああ、谷崎潤一郎の署名本をヤフオクで見つけてしまった。谷崎を変態仲間として尊敬しているし小説は当然読んできた。その谷崎の署名本は私が知る限り非常に少ない。あったとしても「著者」と書いてあったり(何じゃそりゃ、でしょ)、「潤」を崩し字で書いてあったり(面倒くさがり屋なのかな)。谷崎潤一郎の5文字の署名の本はないこともないけれどその横には配偶者の松子さんの代筆という断り書きがあったりする(自分で書けよw)。

 で、この谷崎潤一郎の署名本である。

 谷崎が『毎日新聞』紙上に1939(昭和14)年から40年(昭和15)年にかけて連載した『少将滋幹の母』の単行本で、敗戦後の1950(昭和25)年8月の発行だ。発行元は、おお、毎日新聞社(大阪)ではないか。新聞連載時の挿絵も収録した限定本なので巻末には「限定版一千部ノ中第八百七十五番」と記されている。

 価格は900円。1950年の900円は破格だ。『昭和史全記録』(毎日新聞社)によると盛りそば15円、上野の地下街に浮浪者がまだ住んでいる時代なのである。

 というわけで、谷崎が収入を得るための豪華限定本なのだろう。であれば、谷崎が1000部くらい署名するのを嫌がるわけがない。とすれば、この谷崎潤一郎の5文字は谷崎本人が書いたに違いないと私は信じているのである。

読む本の幅を広げるために池澤夏樹さん編集の世界文学全集と日本文学全集と、さらには集英社の「冒険の森へ 傑作小説大全」を

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 死ぬまでに読み終えることができるかどうか自信がないので1冊ずつ買うことにした。池澤夏樹さん編集の『世界文学全集』(全30巻)と『日本文学全集』(全30巻)、それから集英社の『冒険の森へ 傑作小説大全』(全20巻)である。

 いずれも1巻から順番に買っていく。計80冊になるので、1年に10冊読むことができるとすれば8年くらいか。8年で読み終えることができるなら63歳くらいに読み終わっていることになる。遅くとも65歳という目処が立つ。まだ生きているかもしれないな。さっそく3冊同時に読み始める。

 舎弟3人のうちの1人が文学好きなので、私が死んだら喜んで全部かっさらっていくだろう。


 

 

 

名著『昭和史全記録』のあとの駄作『平成史全記録』

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『昭和史全記録』(毎日新聞社)は重宝した。事実を詳細に網羅しており、なおかつ編集が上手だった。私は原稿を書くときの確認などに使ったほか、ぱらぱらと読んでも面白かった。昭和という時代をいろいろな角度から掴み上げようとした名著である。

 というわけで、続編『平成史全記録』に期待した。期待した私が阿呆だった。

 いくつか挙げておこう。

(1)索引がない。資料本としてあり得ない失態だ

(2)出来事の網羅性が低い

(3)出来事の記述が素っ気ない

(4)どうでもいいコラムを多用しての水増し。この手の本はコラムを読むために買うのではない。事実を確認するために当たる本なのである

 毎日新聞社には『昭和史全記録』という名著があるのに、なぜこれを踏襲しなかったのか。紙質も悪い。出版までに十分な時間があったにもかかわらず、こんな駄作しか出版できなかったことに呆れる。

 昭和の63年余をまとめた『昭和史全記録』が1万2000円。平成の30年余をまとめた『平成史全記録』なら6000円でいいのに、3200円だって。

 読者を舐めているのか。編集者が莫迦なのか。手抜きなのか。予算がなかったのか。やる気もなかったのか。

 あーあと言うほかない。『平成史全記録』で例えばシャープや三洋電機、カルロスゴーンについて調べたい思った私はどうすればいいんだ? 1ページずつめくれってか?

 令和決定の号外を縮小して挟み込むくらいの知恵さえなく、『昭和史全記録』から何も受け継いでいない。毎日新聞社のDNAである継続性のなさ出たとこ勝負がそのまま反映されてしまった。

 数十年に1回しか出版する機会がない、しかもあとあと使い続けられる資料本だという自覚のない人たちがつくったんだろうなぁ。


現代の“極限の民族”

 打越正行さんの『ヤンキーと地元』が話題になっているると知って、数年前に土門拳賞を受賞した写真集『新宿迷子』を思い出し、さらに本多勝一さんの極限の民族三部作が頭に浮かんだ。すべて同じジャンルとして串刺しにできる。そのジャンルは“極限”である。「極限」ではなく“極限”ね。

 内部のことを外に向けて発信することなど考えたこともない人々が棲む狭い世界がある。その狭い世界に棲む人々は外に向けて伝える言葉やカメラなどの手段を持っていない。持っていたとしても外に向けて伝えようとは思わない。

 その狭い世界に外部から言語やカメラなどの手段を持った人が入っていき、そこから記事や本、写真にして外に向けて発信したのが上記の作品に共通する。

 その狭い世界に棲む人たちは「え? わしらの日々が珍しいんか?」とびっくりする。「これ、わしらには普通なんやけど」と言ってこちらを不思議そうに見る。

 狭い世界は知識教養嗜好階層の餌あるいは慰み物になる。

 本多さんの極限の民族三部作の現場に今では誰でも行けるぶん価値が落ちてしまった。知識教養嗜好階層は日々に飽きるのが早いので、いつも新しい“極限”を探す。その網に引っかかったのが『新宿迷子』や『ヤンキーと地元』などが見せてくれる狭い世界なのである。

 これは小説の世界にも当てはまる。書くべき対象はもうほぼ書き尽くされている。古くは『太陽の季節』がそうだ。あの時代の最先端の湘南の若者の世界に慎太郎が入って行って「こんな若者いてまっせー」と小説にして向かって発信した。

 次はどの世界が餌食になるのか。

 表現者は日々探している。自分のために。

谷崎潤一郎のモデル死去

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 谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』のモデルだった渡辺千萬子さんが89歳で亡くなった。という事実より、訃報記事を見て「生きとったんか」と驚いた。

 谷崎から見て義妹の息子の配偶者が千萬子さんである。

 谷崎76歳のころ千萬子さんに書き送った手紙が残っていて、創作力があるのはあなたのおかげと絶賛している。ミューズというところだろう。

 生きる意欲や仕事に向かう熱は何から生まれるのか、谷崎が分かりやすく見せてくれた。枯れてはいけないという示唆である。と我田引水。

 千萬子さんとの出会いのおかげで私たちは『瘋癲老人日記』を読むことができる。ミューズ千萬子さんの死去を悼む。

芥川賞の選評が笑える

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『文藝春秋』3月号は芥川賞受賞作を2つ載せた。大変面白いのは選評である。とりわけ『平成くん、さようなら』に対する酷評は芸の域を超えている。

 山田詠美さんなんかは<やれやれ……平成くん、さようなら>だって。著者はは小説家志望ではない学者だから何と言われても傷は浅いだろうが、木っ端みじんの感がある。

 この号で面白く読んだのは清武英利さんが書いた糸川英夫のノンフィクションと養老孟司先生のAIにまつわる原稿だ。糸川博士の生き方には「そこまでやっていいのか」とたじろいだ。私なんかまだまだかわいいもんだ。

本を贈りあう

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 車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』と日垣隆親分の『脳梗塞日誌』『折れそうな心の鍛え方』を差し上げたら、お返しにこの3冊をもらった。

『コルシア書店の仲間たち』は読みたいと思っていた本なので歓喜したし、ふるさと徳島出身の瀬戸内晴美寂聴さんの小説も関心を持っていたところ。本を選ぶのも才能と相性がある。

 女性と本のプレゼントをしあうのは1つの夢だった。と日記には書いておこう(←古いな)。

車谷長吉さんに始まり車谷長吉さんで終わった2018年

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 一時期狂ったように車谷長吉さんの署名本を漁った結果がこれ。同じ本でも構わず落札したり買ったりした。ざっと20冊。

 車谷さんに首根っこをつかまれて連れて行かれるのは賽の河原か奈落か。

 さかしらに反吐が出る私には阿呆がよく似合う。2019年は愚かしさを追求して、阿呆を極めるノダ。

麻原彰晃の最期を伝える記事

 麻原彰晃こと松本智津夫はどんな最期を迎えたのか。

 巷間伝えられているのは概ねこんな内容だ。以下は『AERA dot.』から。

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 (前略)死刑執行を告げた。

「麻原元死刑囚は、暴れたり、声を発することはなかった。だが、前室で目隠しをされ、両足を固定されたときには死刑が現実のものとわかったのか、顔がやや紅潮してみえたそうです」(前出・法務省関係者)

 そして、麻原元死刑囚は刑場へと消えたという。
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 新聞各紙も当時似たような内容を報じていた。そんなに粛々と消えていったのだろうか、信者への影響を考えると麻原がもし暴れていたとしても当局はこう言うしかないだろう、などと疑問を抱いたが、それ以上の報道はなかった。

 ここに来てようやくと言うべきか、麻原の全く異なる最期を伝えた記事が出た。

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 「何をする。バカやろう」と泣き叫ぶなど動揺著しい麻原の身体を、刑務官が後ろから羽交い締めにしてアイマスクで目隠しし、後ろ手に手錠をかけた。四人がかりで抱き上げるように死刑台の上に立たせ、ロープを首に巻き付け、足をひざ下で縛る。
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 一橋文哉さんの連載「もう時効だから、すべて話そうか」である。小学館の『本の窓』の10月号だったか9月号だったか。

 これが本当の話だとしたら、麻原らしい最期なのだが、意外なくらい話題になっていないのが不思議。

車谷長吉さんを追いかけて見つけた『とい』と『三田文学』

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 いろいろな単語で検索すると、それまで未発見のものを見つけることがある。その1つが『とい』第5巻第1号(書肆とい・1991年3月発行)である。奈良の古本屋にあったので送ってもらった。

 この数カ月前(1990年12月31日)に高橋順子さんは車谷長吉さんの訪問を受け、曙橋駅近くの喫茶店で向き合っている。何も語らず不気味だった車谷長吉さんと店を出たとき「こんな澄んだ目の人は見たことがないと思った」のだった。車谷長吉さんの存在を明確に意識した時期の『とい』である。

 もう1冊は車谷長吉さんの没後1年過ぎての『三田文学』127号(2016年11月発行)だ。三田文学会のサイトで注文した。慶應義塾大で車谷さんの後輩だった前田富士男さんと新潮社編集者として育てた前田速夫さんの対談は車谷長吉さんの死が事故かそうでないかというすさまじい話から始まる。私は前田富士男さんの見解に近い。

 というわけで、車谷長吉さんと高橋順子さんを追いかける読書が続く。

『評伝小室直樹』の著者に敬意を表する理由

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 外連味があるせいかそういう見方をしていたけれど、私の先入観が間違いだった。正真正銘の学者だったのだ小室直樹さんは。

 その評伝を書いた村上篤直さんは弁護士。小室さんの本を古本屋で買い漁ったそうだ。同じ本でも買い集め、同じ本が20冊くらいに達したこともあるとか。

 そこに私はうなった。そこまでやるかと。執念だ。

 私は車谷長吉さんの署名本を買い漁ってきて、署名本だけでいつの間にか20冊近くになっているけれど、同じ本は3冊計6冊しかない。同じ本は買わないようにしているからだ。

 しかし本書の著者は同じ本でも買い集めた。ということは(というのも変だが)私も見ならう、ことになるのか?

中村文則さんと又吉直樹さんのトーク

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 中村文則著『あなたが消えた夜に』(毎日文庫)創刊記念の又吉直樹さんとのトークに行って驚いたのは会場の男女比である。ざっと見た感じだが女性が85〜90%を占めた。先日の村西とおる監督の比率の逆である。

 これだけ大勢の女性のお目当ては中村文則さんなのか又吉直樹さんなのか? あるいは両方なのか?

 この2人を見た瞬間に私の脳に浮かんだのは車谷長吉さんだ。芥川賞候補になること2回。圧倒的な小説なのに落とされ、こころを病んだ。『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞をもらったのは53歳ごろだった。『赤目』はもとより、車谷さんの芥川賞候補作2編が中村又吉作品より劣っていたとはどうしても思えない。車谷長吉派(派なのか?)としては「あんたらラッキーやったね」という複雑な思いで2人を見た。

 さて。質疑応答の時間である。つい「はい!」と元気な声を出して手を上げたのは私だけだった。ほかの人は黙って手を上げている。手を上げるとき「はい!」と声が出てしまう私は小学生並みの頭なのかもしれないな。

 司会の女め、私を指さなかった。4〜5人指されたのは通路側に座っていてマイクを渡しやすい座席にいた人ばかり。私は20人席の真ん中だったので、マイクの受け渡しの時間を考えて避けたのだろう。

「登場人物にどれくらい実在のモデルがいますか。自分の経験をどれくらい使いますか」「新潮社や文藝春秋に比べると毎日新聞社には文芸の編集者がほとんどいないと思うのですが、新聞連載で編集者が役立たずで困るのではありませんか」「又吉さんの連載『人間』は観念論に陥っていると思うのですが、又吉さんはそう思っていないのですか」。この3つを聞きたかったんだがなぁ。

読書の秋に積ん読本を数えてみたら

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 次女が怒っている。「何で畳の上に本の山ができてるの!」「何で食卓に本の山ができてるの!」

 知らんがなと言いたいところだが、まだ読み終えていない本を置いてあるだけである。

「読み終えてから買えばいいのに」とご立腹の次女。

 読書の秋という惹句があるけれど、読書は一年中するものであって、秋の特権ではない。だから本がたまる。「読み終える本」より「読みたい本」が多いからこうなる。

 念のために(?)積ん読本を数えてみた。雑誌類を除くとたぶん80冊くらい。古本を加えたら100冊を超えることが分かった。げげげ。そんなにあるのか。数えてよかった。数字で把握するのは大事だなぁ。

 読む時間が足らないのもたまる原因である。

「お父さん、火をつけたらこの部屋はよく燃えるよ」

 <父親の積ん読本を嫌悪><娘が放火><父親焼死>。こんな見出しの記事が目に浮かぶ。読書週間に放火すれば社会面トップか?

古本で買った車谷長吉『妖談』に挟まれていた詩

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 止まらなくなってしまって車谷長吉さんの古本をヤクオフなどでバタバタと買い漁ったら、別々のところから『妖談』が2冊届いた。ありゃりゃ。

 ページをめくっていたら紙片が2枚。逝った男への愛が強い筆圧で記されている。

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 本物か創作か。筆圧を見ると本物かなと思ってしまうが、そこは罠だろうというのが私の見立てである。車谷長吉さんの単行本を読む女は恐らく一筋縄ではいかない。その前提で見ると、誰かが買って読むことを想定したお遊びだろう。本物なら本に挟むまい。

 本物かと一瞬思ってしまったので、ほんの少しの時間楽しめた。どこのどなたが存じませんがありがとね。

ニワトリは

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 庭には二羽鶏がいる。早口言葉なのかどうか知らないが、小学生のころ叫んでいた記憶がある。

 そのニワトリである。

 東京大名誉教授の西垣通さんは米国留学の前に英会話クラスに出た。そこで<ちょっとした出来事があった。討論テーマはフライドチキンである。カボチャ頭の日本人が味付けについてくどくどと話すので、いらついた私は思わず「鳥もライフだからね。そこを考えないと」と口を挟んだ。すると相手は「ノー、フード」と大声。そのとたん、私の血は逆流し、英語でののしりの言葉を投げつけた。相手はよく分からなかったのかポカンとして、場の空気は白けるばかり>=10月2日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)特集ワイド「読書日記」。

『ニワトリ――人類を変えた大いなる鳥』という本があるそうな。ニワトリは賢く、簡単な計算や顔の識別、論理的推論、複雑な相互コミュニケーション、そして自制心を働かせて他者に共感することもあるという。

 こんな本があるとは知らなかった。10年以上の寿命があるのに6週間で太らされて食肉処理されるニワトリに興味がわく。読まなければ。

 フライドチキンというテーマを前に「ライフだ」と喝破した西垣先生、やるなぁ。私がしびれたのは、ニワトリの首のひねり方を父によく聞いていたからだろう。それこそ昔は庭に飼っていて、親の指示で首をひねっていたという。最期に「コケー」というひと声を残すという話が印象に残っている。命なのである。

車谷長吉さんの署名落款に惚ける

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 のめり込む。陶酔する。べた惚れ。畏敬の念を抱く。狂う。ひれ伏す。私の車谷長吉さんに対する態度である。

 2015年に亡くなっているのでお目にかかることはできない。そこを何とかできないか。あ、もしかしたら色紙や署名本があるのではないか。

 というわけで、古本屋サイトやオークションサイトで熱に浮かされたように注文した。届いた本を数えると計5冊。『阿呆者』は署名落款こそ入っていないがすでに持っている(笑い)。直木賞受賞作『赤目四十八瀧心中未遂』は文庫本を持っているが、署名落款本は単行本の初版である。万感の思いを抱いて署名したに違いないと思ったので、ちょっと高かったが喉から手が1000本ほど出て買ったしもた。札幌の古本屋から送られてきた『文士の魂』はどう見ても未読の本である。私にはありがたいけど、どうなってんのよ。

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 この際車谷長吉さんの署名落款本も色紙も全部買い集めるかというオソロシイ誘惑の声が頭の中から聞こえてくる。藤澤清造の墓標を自宅に祀る西村賢太さんの足元にも及ばないが、一歩間違うと走り出してしまいそうな予感がして怖い。

 中には進呈された人の名前が入った本まで売られていて、こういう罰当たり者は100舐めの刑に相当するぞ。

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 今回手に入れた『贋世捨人』の落款がほかの単行本の落款と異なる。これはなぜなのか。文庫本と単行本で分けているのか。手間暇掛けてもそれだけ儲かるとは思えないから、偽造ではあるまい。理由を知りたいがご本人は黄泉の国。そのうち会えるのだろうけれど、この世でお会いしたかった。

 車谷長吉さんに会うために根津千駄木をまた歩こう。


 

 

 
 

追悼『新潮45』

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『新潮45』にかつて原稿を2回載せてもらった。当時の担当編集者が今の編集長で、たまたまちょっと前に会いに行って雑談したばかり。それだけに私は大変複雑な思いで事実上の廃刊に至るまでの推移を見てきた。

 佐藤オーナー社長は声明で<あまりに常識を逸脱した偏見と事実認識に満ちた表現>と指摘し、新潮社のサイトは「休刊のお知らせ」で<ここ数年、部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていたことは否めません>と背景を語った。

 部数を気にしない編集長はいない。何とか上向きに持っていきたいという気持ちがないわけがない。何か話題になるものをと私でも考える。

 掲載した原稿に外部から批判が来た場合、まず守ろうとするのが編集者の立場である。手のひらを返して批判に回る編集者や雑誌を書き手は信用しない。つまり『新潮45』は最初の原稿を、恐らくは暴論と分かっていながら、守ろうとした。編集者としてまことに正しい。少し横道に逸れるが外部から批判が来たら腰砕けになって勝手に土下座してしまう新聞社部長は爪の垢を煎じて飲むべきであるな。

 暴論は暴論で論争すればいいのだが、昨今みんな余裕がないというかすぐに足を引っ張る。どんな暴論であっても、どうしようもない原稿であっても、言論には言論を、ではなかったか。そこを端折ってしまった佐藤オーナー社長の判断は果たして正しかったのか。それこそ『新潮45』を舞台に甲論乙駁をやってみせればよかった。

 私が『週刊金曜日』の内幕ものを50枚載せてもらって本多勝一さんらを批判したとき、連日のように反論を書かせろと連中が編集部に言ってきた。しかし私が完全に勝つ内容だったし、私は本多さんと違って無名のチンケだし、しょせんはコップの中の嵐だし、というわけで盛り上がらないだろうなぁと当時の編集長が判断したのだろう、相手の反論を載せず、論争に至らないまま終わった。今回の“盛り上がり”を見るとその判断にあらためて納得する。それほどの“ネタ”でもあるのに、オーナー社長の鶴の一声で事実上の廃刊に追い込まれたのは残念である。

『新潮45』を批判するのは簡単だ。小川栄太郎はどうしようもない阿呆と言わざるを得ない。しかし私はこの雑誌に恩がある。今のこの救いがたい状況を見ると、私は批判に加担しない。

 開高健の好んだ言葉の1つ、<漂えども沈まず>を編集者に贈ろう。

 皮肉なことに『新潮45』10月号は完売である。
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