同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

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池澤夏樹編集『日本文学全集』第2巻で学ぶ古典の楽しい読み方



 数ページ目で「あっ!」と声が出た。折口信夫の『口語万葉集』の「はじめに」が車谷長吉さんにつながったのだ。

 折口信夫はこう書いた。《わたしは、その八十人ばかりの子どもに接して、はじめて小さな世間に触れたので、雲雀のようなおしゃべりも、栗鼠に似たとびあがりも、時々、わたしの心を曇らした悪太郎も、それから又、白眼して、額ごしに、人をぬすみ見た、河豚の如き醜い子も、皆懐かしい》

 河豚の如き醜い子って……。そこまで書くか。わざわざ書かなくてもいいことを刻んだのは、そう書かざるを得なかった何かがあったのだろう。折口の凍り付いた苛烈な業をここに垣間見ることができる。見た瞬間に私が思い出したのはわが車谷長吉さんなのである。

 原典を見つけることができなかったが、村田喜代子さんの本の書評で車谷さんは《鼻が大きい美人》と書いた。読んだ瞬間そこまで書くのかと私はのけぞった。車谷長吉さんの業であろう。それを思い出したのである。

 玄侑宗久さんとの対談で《そういう台詞を書く車谷さんが不気味に見えてしまう》と指摘された車谷さんは《そう言われて意識したんだけど、村田さんの書評を書く場合は、「鼻が大きい」と書かないと成立しないんですね。それによって、他人の世界の中へ村田さんが踏み込む力があるということを表現したいんだ》と釈明している(車谷長吉『蟲息山房から 車谷長吉遺稿集』新書館)。

 車谷さんは折口の本を当然読んでいて、この『口語万葉集』の「はじめに」はもちろん読んだはずで、それが車谷さんの頭のどこかに残っていて、《鼻が大きい美人》になって表れたと私は見る。 

 さて。池澤夏樹さん編集の日本文学全集第2巻は折口信夫の『口語万葉集』と丸谷才一の『新々百人一首』の中からの抜粋と小池昌代さんの新訳『百人一首』で編まれている。

 小池昌代さんは美しい女性で、車谷さんもそう思った(『車谷長吉全集』2巻)というところからも興味を持って読んだ。百人一首は高校時代に古文の授業で習ったけれど、詩人らしい感性で引き直しただけあって読ませる。

 圧巻は丸谷才一の『新々百人一首』だ。博学だとは知っていたけれど、すごい。すごすぎる。丸谷才一に『毎日新聞』書評面の大改革を依頼した齋藤さん(当時主筆か社長か)の目は正しかった。その丸谷才一が『毎日』書評面を池澤夏樹さんにバトンタッチしたのだから、池澤さんの力は推して知るべしだ。

 で、この丸谷才一『新々百人一首』だが、これは高校生か大学生向けの古文の教科書になり得る。決定版と言っていい。私は高校時代に読みたかった。表現とエロスに触れているので高校生が読んだら鼻血ブーかもしれないが、そもそも古典はエロスの世界なのだから仕方ない。見るとか逢ふとか秋とか七夕とかの当時のニュアンスを私は初めて知った。

 池澤さんが本書に載せた『新々百人一首』は20首なので、残り80首を読むためには原典に当たるしかない。ただ、私は先を急ぐ。日本文学全集を読み終えたら『新々百人一首』を最初から読もう。

 しかし、あらためて思う。高校時代に古文を学んでいたときも思った。色に明け暮れていた優雅な暮らしをしていた連中はさておき、一般庶民の暮らしはどうだったのだろうか、と。私の関心はいつもその層に向かう。

『三四郎』に記された漱石の通奏低音

 岩波文庫の漱石全集が案外サクサク進むのは文庫本なので持ち歩いているせいだな。

 さて『三四郎』である。去年だったかおととしだったか東京大の三四郎池に行って蚊に食われたことを思い出しながら読んだ。

 漱石の通奏低音は美禰子が言った「われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり」ではないか。1908(明治41)年の『三四郎』に始まり、1909(明治42)年の『それから』、1914(大正3)年の『こころ』を貫く主題に見える。姦通罪があった時代だし、「一盗二婢」などとうそぶく堕落が漱石になかったのか蛮勇を持ち合わせていなかったのか機会がなかったのか相手がいなかったのか知らないが、文学としてはこれで十分成り立つ。

 この小説でも漱石の蘊蓄が遺憾なく発揮されていて、登場人物に《それ自身が目的である行為ほど正直なものはなくって、正直ほど厭味のないものはない》と語らせ、偽善を突く。こんな表現は私には思いつかないけれど、全く同感だ。前述の通奏低音とここは通じる気の流れがあり、漱石は人間の昏くて深いところを掘るんだなぁ。

夏目漱石『虞美人草』が突如面白くなるのは

 最初は少々退屈なのだが、複数の男女の結婚を巡る話が見えてくる中盤以降がぜん面白さを増す。

 しかし、である。宗近が坊ちゃんのような豪快さを示す辺りはまぁ許すとしても、終盤に入ってその宗近にほかの登場人物が従うところや藤尾の終焉の唐突さに不満と違和感が残った。漱石の知が垣間見えるこれほどの文章を真似できないのは言うまでもないが、小説として見た場合ちらほらと綻びがある。などと偉そうなことを言って漱石さんゴメンナサイ。

 私の長年の持論と完全一致を見たのはここ。
《愛せらるる事を専門にするものと、愛する事のみを念頭に置くものとが、春風の吹き回しで、旨い潮の満干で、はたりと天地の前に行き逢った時、この変則の愛は成就する》=197ページ

 深く染みたのはここ。
《持って生れた心の作用を、不都合な所だけ黒く塗って、消し切りに消すのは、古来から幾千万人の試みた窮策で、幾千万人が等しく失敗した陋策である》=361ページ

 仕事で書いているメルマガで使おうと思ったのはここ。
《真面目というのはね、僕にいわせると、つまり実行の二字に帰着するのだ》=371ページ

冒険の森へ3巻『背徳の仔ら』


 2巻は剣豪小説なので後回しにして3巻を読んだ。

 特に面白かったのが立原正秋『白い罌粟』と黒岩重吾『裸の背徳者』。

 後者は太平洋戦争末期のソ満国境を舞台に、バツ印をつけられた日本軍兵士たちの生々しい生態を描いた。湘南国際マラソンの35キロ以降をヘロヘロになって走っていたときに何度も思い出したのがこの小説で敗走する兵士たちだった。

 小説が描く全く救いのない人間模様は、私に「人間の本性は獣だな」と再確認させた。獣であることを隠すために、あるいは獣性を抑えるために安定した衣食住の環境が人間には必要なのだ。

 大藪春彦の『野獣死すべし(付・復讐篇)』は昔よく耳にした。ネットで検索してみたところ1980(昭和55)年に角川映画になっていた。道理で。主演は松田優作だ。私は当時高校生。映画も原作の小説も見ていない。それがこの本を買ったおかげで読む機会を得た。なるほどこういう内容なんだな。松田優作以外の主役はあり得ない。

[収録作]
【長編】
大藪春彦「野獣死すべし(付・復讐篇)」
黒岩重吾「裸の背徳者」

【短編】
松本清張「鬼畜」
西村京太郎「南神威島」
野坂昭如「骨餓身峠死人葛」
筒井康隆「問題外科」
立原正秋「白い罌粟」

【掌編】
久生十蘭「昆虫図」
川端康成「地」
小酒井不木「痴人の復讐」
皆川博子「夜のリフレーン」
赤川次郎「アパートの貴婦人」

祝スプリングボクス優勝と映画『インビクタス』


 ラグビーに全く興味がなかった私は数日前からスプリングボクスのファンなので、優勝がうれしい。実況中継していた日本テレビのアナウンサーがマンデラ大統領に触れていたのは映画『インビクタス』を見たからではないか。

 鬼才・日垣親分の10月の課題がこの映画だった。南アフリカ共和国のアパルトヘイトは知っていたけれど、映画もスプリングボクスもマンデラ大統領の関わりも数日前に初めて知った。これを知ってしまうとスプリングボクスを応援する以外の選択肢はない。

 マンデラ大統領の人間としての器の大きさや政治家として未来を見る確かな目や寛容の精神など、その魅力にしびれる。映画では同時に家族との関係がうまくいっていない様子を垣間見せ、決して万能の人間としては描いていない。マンデラ大統領を思えばどんな苦難でも、いや、私は腰砕けだからそれは無理だが、せめてこの映画を見直して爪の垢を煎じて飲みたい。

 私がのめり込む性格であることはさておき、感動のあまりスプリングボクスのサイトに行ってウェアを2つ注文しただけでは済まず、この映画をアマゾンビデオで見たのにディスクを買ってしまった。さらに『マンデラ』と『遠い夜明け』も。子供たち(といってももうみんなほとんど自立しているし、会うこともほとんどないけれど)に見せなければならない。

 それにしても、まるでスプリングボクスの優勝を見越したかのような親分の『インビクタス』指定に驚く。


 

 

森博嗣さん『道なき未知』は考え方の役に立つ

 森博嗣さんの小説を読んだことはないけれど、エッセイは好きだな。で、この『道なき未知』(KKベストセラーズ)である。

 一番印象に残ったのは死に対する姿勢だ。野垂れ死にが本来の死だ、長生きしたいと思っていない、苦しみたくはない、健康診断不要、延命治療不要、安楽死で死にたい、と森さんは言う。私は自分で死を統制したいのでそれまでは健康を維持しなければならないと思っているけれど、健康診断にギモンが生じて以降行っていない。

 本書が自己啓発本として大勢の読者を獲得することを期待したい。得るもの、というか私の場合は「やっぱり」と再確認することが多かった。若いころに読んで、時々読み直す価値のある本だ。

漱石が『草枕』で書きたかったこと

《智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を張れば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい》で知られる漱石の『草枕』。この部分は今で言う生きづらさに似ているけれど、有名な冒頭に期待して読み進むとけっこう単調な物語だった。

 途中で気づく。主人公は画工で、芸術としての画についての見解を随所で語るのだが、この画を小説に置き換えれば主人公は小説家となり、漱石を垣間見ることになる。

 冒頭に述べた生きづらさは別の表現で何度か登場する。例えば《善は行いがたい、徳は施こしにくい、節操は守り安からぬ、義のために命を捨てるのは惜しい》(153ページ)といった塩梅だ。漱石がこの小説で描いたのは、生きづらい世の中から逃げた画工(自分の投影)とそんな世の中でしっかり生きている狂ったとされる女の対比である。と思ったら巻末の解説で重松泰雄先生が同じようなことを格調高く書いておられるではないか(笑い)。まぁ私ごときが思い至る程度のことは専門家には常識以前の話なのだわな。

 ただし、漱石が書きたかった視点に則ってさらっとでも再読してみるとあら不思議、身近に迫ってくる。そうか、漱石先生あんたもか。薄々感じてはいたけれど、本書で漱石を初めて身近に感じたかもしれない。

 大学時代に読んでいたらこの核心部分が私には理解できなかったのは間違いない。今よりもっと阿呆だったもんなぁ。年齢を重ねるのは悪いことではないと思うのはこういうときだ。

『古事記』を池澤夏樹訳で読む


『古事記』を読むことができたのは、池澤夏樹個人編集の日本文学全集の中に入っていて、池澤さんが担当したからだろう。読み通すための助っ人が多い本なのだ。

 最初に「この翻訳の方針」を池澤さんが書いていて、「そうか翻訳なのか」と気づかされる。脚注は丁寧だし、月報(内田樹さんと京極夏彦さん)は読み方の手助けになったし、巻末に三浦佑之さんが書いた解題は鳥瞰する助けになった。

 大勢が寄ってたかって助けてくれるまことに親切な編集なのである。門外漢が『古事記』を読むならこれだな。

 古典の中の古典なので身構えて読み出したが、殺し合いとセックスしか描かれていないと言ってもいいだろう。スマホもテレビも映画も本もない時代の人間の本性が垣間見えて安心できる。

子供には分からない『坊っちゃん』の通奏低音

 たぶん小学生のころ子供向けに書かれた『坊っちゃん』を読んだ。岩波文庫の漱石作品集20巻だか25巻だかを化粧箱買いしなければあらためて読もうと思わなかったはずで、強制的に読む環境を設けてよかった。

 たまたまつい先日、坊っちゃんと老女・清の関係を論じた『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』(市川真人・幻冬舎新書)に目を通していたのでそこを意識して読んだ。活劇風の主旋律に目が向くけれど、漱石が書きたかった通奏低音は清だと私は見る。恋愛関係ではない。清は坊っちゃんの疑似母なのである。

 坊っちゃんの父親は坊っちゃんを全くかわいがらなかった。母親は兄を贔屓していた。その母親が早逝する。お前のために母親は早く死んだと兄が坊っちゃんに言う。

 このような経験をした坊っちゃんは“母親”を求めていたのである。清は坊っちゃんをいつも温かく見守り、期待した。清の側も母のような態度と姿勢なのだ。自然と疑似の母子関係が生まれたと見るのが妥当である。

 漱石は早くに養子に出され、実母と別れさせられた。このときに抱え込んでしまった母への思いや欠落感を坊っちゃんに投影したのは間違いあるまい。

『坊っちゃん』を「母を恋うる小説」だと読み込むのは子供には無理だろう。56歳になって読んで良かったと思うゆえんであるな。

クレージーでビートな『オン・ザ・ロード』を池澤夏樹編集の世界文学全集で読む

 ロードノベルという言い方があるのかないのか知らないが、映画ならロードムービーといったところだ。池澤夏樹編集の世界文学全集第1巻に置いたのは『オン・ザ・ロード』。主人公は北米を東西に3往復したあとメキシコまで南下する道中の物語だ。

 読みながら思い出したのは、大学時代の友人が数人でレンタカーを借りて横断したという話だった。夜どこかで車を止めて寝ていたら窓をノックされて、それが警官だったと聞いた。

 もう1つ、読みながら浮かんだのは畏友ジョニーだ。クレージーでビートな男で、主人公ディーンに半分くらい重なる。

 大学時代に沢木耕太郎の『深夜特急』を読んだとき沢木さんの真似をしたいと私は思わなかった。なぜだか分からない。しかし、この『オン・ザ・ロード』を読み終えて、車での米国の横断ならやってみてもいいと思っている。生きていれば、だが。

 全集なので大切に扱おうと思っていた。線を引かず折り目をつけずに読むつもりだったが、無理だった。ビートな文章を挙げておく。ディーンの言葉だ。

「前にいるやつらがどういう連中かわかるか。悩みごとが大好きなやつらよ。マイルを計算して今夜はどこに泊まろうかと計算して、ガソリン代や天気や目的地にどうやって着くかをせっせと考える――そんなことしなくたって、どっちみち着くってのによ」=291〜292ページ

 同じ池澤夏樹編集の日本文学全集第1巻『古事記』が待っている。

岩波文庫の『吾輩は猫である』に難渋した

 岩波文庫の夏目漱石作品集を箱買いしたものだから読まざるを得ない。ようやく1冊目の『吾輩は猫である』を読み終えた。

 読み出してすぐに驚嘆した。猫の目線でここまで細かく書くのか、と。行間を詰め詰めにしても500ページ少々ある。博学ぶりを発揮した記述が少なくないし、巻末にまとめられた注釈をいちいち参照しないと単語の意味が分からないし、最初の数ページで前途多難を覚悟した。

 読み進むうち、駿台予備学校の藤田修一師が漱石を教材によく使っていたことを思い出した。当時の西洋文化への盲従に対する漱石の疑義は『吾輩は猫である』にも出ているんだななどと思ったのは藤田師の教えの賜物である。

 1905(明治38)年に『ホトトギス』に連載を始めたとき漱石は38歳だった。これを40前に書いたとは(絶句)。


 

『言葉はこうして生き残った』の愉悦


 読み終えるのがもったいないと思う本だった。『言葉はこうして生き残った』(河野通和・ミシマ社)である。

 河野さんの文章を初めて読んだのは新潮社のメルマガ『考える人』だった。淡々とした文章の味わい深さは一体どこから来るのだろうと感じて、以来ファンになった。季刊誌『考える人』の休刊にあわせて河野さんは新潮社を離れ、メルマガで読むことができなくなった。

 そんな河野さんの約300本のメルマガの中から選りすぐった37本をまとめたのがこの本だ。河野さんが紹介した本はどれも魅力いっぱいなので(紹介の仕方も非常にうまい)、手を伸ばしたくなるから困る。私にはもうこれ以上読む時間がない。でもアマゾンで注文するだけはするかもしれない。例えば『日本語 語感の辞典』(岩波書店)や『感情表現辞典』(東京堂出版)、『S先生のこと』(新宿書房)と書き出すとキリがない。特に『五衰の人 三島由紀夫私記』(文春学芸ライブラリー)は読みたい。三島由紀夫に指名されてその場に近づき遺言を手にした徳岡孝夫さん。当時『サンデー毎日』デスクだったというから先輩なのである。

 野坂昭如の本は大学時代にほぼ全部読んだはずなので野坂昭如ファンと自任しているのだが、その野坂さんから原稿をもらうための攻防を明かした章は傑作だった。

 河野さんは1953年生まれ。東京大文学部ロシア語ロシア文学科を卒業して中央公論の編集者になって文化を紡いできた。効率だの経済合理性だの成長だの儲けだのが重視される昨今だが、人間の精神を紡ぐ文化を軽んじるとしっぺ返しを食らうと私は思う。

 この本を出したミシマ社はさすが。

『伯爵夫人』(蓮實重彦・新潮文庫)と白日夢?

 この小説で三島由紀夫賞を受賞し蓮實重彦先生が不機嫌そうに記者会見をしたのが今も印象に残っている。そりゃそうだろうな(笑い)。

 読み終えたのは出張先の広島市の広島電鉄の中だった。読み終える数分前、妙齢の麗しい女性が座っているのに気づいた。そこでふと思いついた。彼女がこの本の題名を見せて、「蓮實重彦先生の本を読んでるんだんわ。あらステキ」と思わせよう、と。彼女も読んでいればぷへーと言うかもしれない、と。

 さっそく彼女の目の高さに本を持って言ったり、右手から左手に本を渡したり、いろいろ工夫してみた。が、全く目を向けない。彼女はゆめタウン広島店の電停で降りて行き、私の努力は潰えた。

 あれれ、何でそうなるかな。私ならいちいち何の本か気になって確認しようとするのに。

 私の場合、カメラを持っている人を見たらメーカーが気になる。ニコンなら親近感を抱く。新聞も気になる。『毎日新聞』ならうれしい。アウトドア系の衣類も気になる。モンベルならやったーと思う。サザンファンなら一緒に歌いたくなる。

 ここで気がついた。彼女は恐らく本に興味がない人なのだ。本を読まない人なのかもしれない。人は自分が関心のあるものにしか関心を示さないのである(当たり前か)。

 この本を見て「あら!」という表情をする女性がいたら私と気が合うんだけどなぁ。120度に入って行って、帝国ホテルでお茶するんだけどなぁ。

 真面目な感想というか疑問を1つだけ書いておくと、この終わり方でいいのか? 小説の禁忌の1つなのに。


 

今ごろ読んでよかった五木寛之『他力』

 クレド仲間に勧められて買って読んだ『他力』(五木寛之・講談社文庫)。今ごろ読むのかと笑われるかもしれないが、今の私の考えを援護してもらうために引用したいドンピシャリの文章を見つけて「おお」と唸った。読書の神様がいるとすれば(絶対にいないけどね)、思し召しだろう。

 帯には《困難な時代を生きる100のヒント》と惹句があって、さらさらっと読み進むことができそうに見えるが、実際は五木さんが「考えてみろ」と投げかけてくるものが100あるから、さらさらっとはいかない。ヒントはヒントでも考えるヒントだ。

 アマゾンで買ったこの文庫本、2018年1月9日の24刷だった。日本の古典的宗教家の思想を解きほぐした本にしては予想以上に売れている。もしかすると日本人は自分に都合のいい「他力」が好きなのかもしれないと思ってしまうのは私の“斜視”ゆえか。

五木寛之『運命の足音』


 小説家には昏い核心がある。五木寛之さんの昏い核心は、第2次世界大戦末期にソ連兵によって母を家族の前で蹂躙された光景なのだった。

 この記憶を文章に記すまでの逡巡の長さを見ると、いやいやそうではなく、私が五木少年の立場だったら、五木少年の父の立場だったらと想像するだけで、どうしようもない無力と脱力に沈む。無間地獄で虚ろな目をして息をするだけの生ける屍になっていても不思議ではない。

 12歳の五木少年の悪夢を単行本で明かした際(単行本は2002年8月出版)、新聞が報じた記憶がある。話題になったのだろう。しかし、文庫本は売れていないように見える。アマゾンで買ったこの文庫本、2003(平成15)年8月5日の初刷だ。

「五十七年目の夏に」と題した40ページ弱の作品を読むために買う価値がある本なのに。

写真集『露口茂in太陽にほえろ!』とりんごちゃん

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 復刊ドットコムのメールを見て慌てて買った。写真集『露口茂in太陽にほえろ!』が復刊されたのである。山さんといえば私の高校1年のころを思い出す。何度か書いた話なので今回決定版を書いておく。

 当時りんごちゃんと付き合っていた。河合奈保子のようなかわいい女の子だった。彼女は私の右斜め後ろの席だった。授業中に私を見ないわけがない。そこである日私は山さんを演じてみた。

『太陽にほえろ!』を熱愛していた私にとって山さんの真似事など朝飯前だった。例えば、口を少しすぼめて息を吐く。息を吸いながら口を少しだけへの字に曲げる。右手の人差し指を顔の近くに立てる。右手の人差し指と中指をそろえて先端を口元にやる。少し体を傾けてみる。右手の人差し指を立てて湯飲みを持つ……。これで山さんになることができる。

 大事なのは口元の演技である。露口茂は何かのインタビューで「目ではなく口元で演技をする」と語っていた記憶があった。それらを総動員してみせたのである。

 その日の交換日記か何かにりんごちゃんは書いてきた。「西野君シブいよー!」と。

 そう。山さんは渋いのである。

 しかし私は山さんではない。高校1年のケツの青いガキに渋みがあってなるものか。以来私は山さんを禁じ手にしてきた。こういう手で女性のこころを震わせなくても、私本来の魅力でイチコロにするのが筋ではないか。

 りんごちゃんとの交際は1カ月で終わった。彼女が別の男に走ったのである(涙)。私本来の魅力でイチコロ計画は泡と消えた。あわわ。

 私が山さんになり続けていたら、と想像するのは空しい。セイシュンの思い出が重なる写真集『露口茂in太陽にほえろ!』である。山さんの演技を復活させてみるかな。

めちゃくちゃ面白い『冒険の森へ 傑作小説大全 1 漂白と流浪』(集英社)


 う。おもろい。どの小説もめちゃくちゃおもろい。こんなおもろい小説があったとは。こんなおもろい小説を読んでいなかったとは。人生終盤なのに。何たる迂闊よ。

 収録された小説で私が読んでいたのは「山月記」だけ。江戸川乱歩はポプラ社の全46巻だか47巻だかを小学3年のときに読んだけれど、「白髪鬼」は記憶にない。


【長編】
江戸川乱歩「白髪鬼」
井上靖「敦煌」

【短編】
吉川英治「鬼」
司馬遼太郎「奇妙な剣客」
火野葦平「手」
井伏鱒二「ジョン万次郎漂流記」
野上弥生子「海神丸」
押川春浪「月世界競争探検」
香山滋「緑の蜘蛛」
海野十三「軍用鮫」
橘外男「マトモッソ渓谷」
小栗虫太郎「火礁海(アーラン・アーラン)」

【掌編】
夢野久作「瓶詰の地獄」
小川未明「眠い町」
森鷗外「寒山拾得」
中島敦「山月記」

 これまでの私は気に入った小説家の本やその時々の関心に応じて読んできた。これはこれでいいのだが、広がりを欠く。というわけで、目利きが編む全集を3シリーズ取りかかることにした。そのうちの1シリーズがこれである。このシリーズだけを読むわけにはいかないので、全20巻だから3〜4年はかかりそうだな。


 

ボケを抱えてきた私が読む『恍惚の人』

 50代半ばにもなると棺桶が目の隅に見えるようになり、痴呆だの寝たきりだのうんこ垂れ流しだのの話が他人事ではなくなる。志村けんがコントで老人に扮して「年は取りたくねぇもんだなぁ〜」とやっていたそのせりふを笑えなくなる。

 そういう年齢になって読んだ『恍惚の人』(有吉佐和子・新潮文庫)は格別だった。ボケてゆく親の介護の話である。直接間接に見聞きしてきたが、足腰が頑健でボケると手ごわい。

 実を言うと私はもうボケが始まっている。いや幼少期からボケが続いてきた。色ボケ。

大江健三郎『新しい文学のために』(岩波新書)


 何と言っても大江健三郎さんだかんね。大江さんの小説は難解と言われてきたし、本多勝一さんが大江さんを批判していたし、ということで距離を置いていたのだが、もういいだろう。おずおずと近寄っている。

 その1冊がこれ。カバーの折り返しを見て気づいた。大江さんの『ヒロシマ・ノート』と『沖縄ノート』は大学時代に読んでいた。というわけで、再入門である。

 こういう本を読むと、大学入試の現代文でビジネス文書を読ませる“入試改革”の浅薄さにため息が出る。ビジネス文書などの表面的な文章はそのまま読めば分かるわけで、それが分からないとしたら幼児期から文章を読んできた経験が少ないからだろう。

 ビジネス文書などを読んでも面白くも何ともないし、幼児期に読むものではない。読解力をつけるための導入としては小説に勝るものはないのである。

 子供の受験に有利ですよと言うと目を剥いて取り入れる人が多いので敢えてそういう言い方をする。大学受験に強い子供を育てるなら幼児期から小説を。

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

 村上春樹さんもランナーなのだった。それだけで親近感を抱く。神奈川県の二宮町か大磯町に住んでいるようだから、私が住む平塚市のご近所である。

 ランニングやマラソンのことと創作の話が出てくる。肉体行為と頭脳行為の違いはあるけれど、似た面があるのだ。

 私が共感したのはここ。

《職業的にものを書く人間の多くがおそらくそうであるように、僕は書きながらものを考える。考えたことを文章にするのではなく、文章を作りながらものを考える。書くという作業を通して思考を形成していく。書き直すことによって、思索を深めていく》(180ページ)

 パソコンで文章を書き、コーヒーを飲み、パソコンに書いた文章を加筆修正し、トイレに行き、また加筆修正し、部屋の中をぐるぐる歩いて、またまた加筆修正する。この繰り返しで、ほんの少しだけど、いい文章ができる。

 どうでもいい文章は何も考えずに一気に書くけれど、スカスカ(笑い)。頭がスカスカの私にはこっちが向いているなぁ。


 

  
 
 

次は漱石

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 車谷長吉さんの全集を読み終え、再読しつつ、次は夏目漱石だろうということで、岩波文庫の漱石作品集(全27冊)を大人買いした。

 小学生のころ子供向けの漱石小説を何冊か読んだし、高校時代だか大学時代だかにも読んだけれど、人生経験のない若莫迦者の私が漱石を理解できたわけがない。ということで、恐らく人生最後に漱石を読む機会である。

 さっそく読み始めた『吾輩は猫である』、最初の数十ページですでに圧倒された。こりゃすごいわいなと私が言うまでもないのだが。大人かららこそ見えてくるものがあるとあらためて思う。

 全巻読み終えることができるのか、寿命との競争であるかもなぁ。 


 

大江健三郎『私という小説家の作り方』


 ノーベル文学賞受賞の大江健三郎さんの頭の中を垣間見ることができるのが『私という小説家の作り方』(新潮文庫)である。岩波書店と朝日新聞社とどこかにしか書かないと聞いたことがあるので鼻白んで来たけれど、読んでみた。これが面白いというか勇気づけられたというか私の読み方に太鼓判を与えてもらったというか。

《読書には時期がある。本とジャストミートするためには、時を待たねばならないことばしばしばある》(74ページ)には救われた。中学時代に「人生経験のない私が文豪の小説を読んで理解できるわけがない」と思って小説から離れたのは妥当な判断だったのである。

 私は文学部に行きたかったが落ちた(笑い)。しかし20前後で文学部に行っていても、相変わらず阿呆だった私が得るものは少なかっただろう。

《ある詩人、作家、思想家を相手に、三年ほどずつ読むということをすれば、その時どきの関心による読書とは別に、生涯続けられるし、すくなくとも生きてゆく上で退屈しないでしょう!》(103ページ)

 これが私をして岩波文庫の夏目漱石全集(20巻)を買わしめる最後の応援になった。車谷長吉全集を並行して読み返しながら漱石全集に突入した。

 とはいえ、書き手は大江健三郎さんである。全く意味が分からない文章が出てくる。私の知識がないので文章についていくことができないのである。ウイリアム・ブレイクもE・P・トムソンも聞いたことがない私は随所でそこを飛び越えざるを得なかった。






『コルシア書店の仲間たち』を贈られて


 評判のいいこの本がずっと気になっていたが、買わなかった。目の前の本を読むので精一杯だったからである。ところが、運命の出逢いというのはあるもので、『コルシア書店の仲間たち』(文春文庫)を贈られた。

 小説だと思っていたが、実際はノンフクションのエッセイである。ある時代に、ある場所に、ある理想を抱いた人たちが集まり散じた。須賀さんはそういう人たちの生きた証を一人ひとり両手ですくいあげ、刻みたかったのではないか。

 読みながら私は『週刊金曜日』時代を重ね、あとがきの最終段落が途方もなく染みた。

 行き来し、飯を食い、話をして、お互いに相手に深く踏み込む。そういう人間関係に恵まれれば、さらに望むものなどあるだろうか。

全集を読む前に読んだ『池澤夏樹、文学全集を編む』



 池澤夏樹さんが目配りした文学全集なら読んでみたい。というわけで、その前に予告編のような本書『池澤夏樹、文学全集を編む』(河出書房新社)を読んだ。

 世界文学全集は第2次世界大戦以降の文学を集め、そのコンセプトが「移民・移動」「フェミニズム」「ポストコロニアリズム」だそうで、目からうろこの感がある。日本文学全集は古事記から始まり、希代の小説家が現代語に意を尽くして訳したそうで、その理由を読んで腑に落ちた。

 石牟礼道子さんとの対談が収録されていて、石牟礼さんが間違って共産党に入って除名された経緯を語ったところが格別面白い。特に「阿呆ばっかりだなって、わたくしもさすがに思いました」は石牟礼さんのあの声と表情がリアルに想像できて笑えた。

 世界文学全集30巻に日本文学全集30巻の計60巻。今から読み始めないと、生きているうちに読み終えることができなさそう(汗)。


 

『富士山噴火と南海トラフ』が示したのは


 2030年プラスマイナス5年。もうすぐである。カウントダウンはすでに始まっている。東海から近畿、四国で海溝型地震が、それもマグニチュード9クラスが発生する可能性が極めて高い。被害は3・11の比ではない。

 これが京大大学院の鎌田浩毅さんの新著『富士山噴火と南海トラフ』の結論である。早ければ2025年に南海トラフ巨大地震が起きるわけで、該当地域に住んでいる人は引っ越すか、せめて海岸や河川から離れて住むことを行動に移すべきである。

 私は日本各地にあるカルデラ噴火跡が気になっている。再びカルデラ噴火を起こしたらそれこそ一巻の終わり。皆さんお元気で。

防犯カメラと『一九八四年』

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 防犯カメラが街に増えはじめたころ、『一九八四年』を引き合いに警戒感を示す声があった。『オーマイニュース』でデスクをしていたとき私に回ってきた市民記者の原稿もその類で、東京・神田の商店街に防犯カメラが設置されたことへの警戒感を書いていた。その市民記者に電話をかけて、原稿の不備を伝えた。根拠のない一方的な思い込みではないかなどと話したような記憶がある。

 防犯カメラが人権を侵害するとか個人情報を国家が集めているだとかの反応には少し首をかしげてきた。仮に国家が個人情報を集めているとして、だから何? その先の国家の悪意が私には見えなかった。

 撮られても私は全く気にならない。国仲涼子ちゃんや川口春奈ちゃんとヒミツのデートをしていたとしても「別にぃ〜」である。私が無神経なのかもしれない。しかし過剰反応もなぁ。

 防犯カメラへの警戒心を持つのは『一九八四年』の影響が大きいのではないか。そう思っていたので、ようやく先日読み終んだ。今読んで思うのは、『一九八四年』の舞台は今の中国や北朝鮮に近いということだ。日本や米国、西欧ではこの小説が設定した政治基盤と違いすぎる。

 防犯カメラは刃物や拳銃、車と似ている。それ自体が危険なのではい。誰が、どう使うか、なのである。

 その後防犯カメラが犯人逮捕に役に立ったという話ばかりが報じられている。実際そうなのだろう。防犯カメラへの不安や批判を聞かなくなった。

 やっぱり。ね。
 

五木寛之さん『七〇歳年下の君たちへ』


 灘高生との対話をまとめた本である。帯にこう謳う。<超難関校の少年たちへかつてなく深く、やわらかく伝えた人生のピンチからの脱出術>。

「難関」に「エリート」のルビが振られていて、私は首をかしげる。難関校がエリートなのかと疑問を抱かない編集者の凡庸に。ただペーパーテストができるだけの人間を何か全能のごとく「エリート」と喝采するのはもうやめよう。「まえがきにかえて」で五木さんが<エリート高の卒業生が、必ずしもエリートの道を歩むとは限らない。人生は不条理にみちている>と記しているとしても、だ。

 私が編集者なら灘高生ではなく荒れまくっている高校生に五木さんを立ち向かわせる企画を出す。教育から落ちこぼされた子供を五木さんの声がどこまで届くのか、どんな反応が返ってきて、五木さんがどう答えるか、そこを見たい。レールから外されてしまった子供はなかなか発言しないかもしれないが、いろいろな経験をしてきた五木さんならそのこころに分け入ることができるのではないか。ふてくされた顔で「あんた誰?」と突っかかる子供と対峙することで五木さんの中に今までと異なる何かが生まれるのではないか。

 二葉亭四迷の「ふさぎの虫」の話が私には興味深かった。私も1匹飼っているような気がする(嗤い)。

五木寛之さんの『大河の一滴』を今ごろ読んで


 小説家が書く人生相談には深いものがあると気づいている人は読んでいる。と私は気づいた。小説家に限らず、苦労した年長者の話には頷くことさえ忘れてしまう含蓄があるので、私は好んで聞く癖がある。

 ミリオンセラー本なので距離を置いてきたが、今読むからこそ分かるんだろうなぁ。五木寛之さんの『大河の一滴』(幻冬舎文庫)である。

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 外地での敗戦と引き揚げという大きな体験のなかで、私はいちじるしく自分の人間性を歪めてきたと思わないではいられない。多くの心やさしい人たちの犠牲のうえに、強引に生きのびて母国へ帰ってきたいかさま野郎がこの自分なのである。いま、そのことをまるで忘れてしまったかのように大きな顔をして生きていることを、ふとした瞬間につくづくおぞましく感じることがある。
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 自分をいかさま野郎と唾棄する魂に私は身震いする。こういう人の言うことは信じることができる。

 五木さんの本は『青春の門』以来ご無沙汰だったので、久しぶりに何冊か読んでみようっと。

瀬戸内寂聴さん『場所』


 寂聴さんのお父さんが奉公に行ったのは徳島市の常三島の指物屋。常三島って実家の目の前やないか。おお。という軽い驚きとともに寂聴さんの「場所」をより身近に感じる徳島市生まれでよかったなぁとしみじみ。今はなき小山助学館という本屋の名前も出てきて、ああ懐かしい。

 寂聴さんの母親は徳島大空襲で亡くなっている。この日このとき焼夷弾の雨の下で私の母(6歳くらい)はその母親らと一緒に助任界隈を逃げ惑った。「この中は安全でよ」と井戸に誘ってくれた近所の人はそこで焼け死んだ。吉野川の北側に住んでいた父(10歳くらい)は屋根に登って「徳島がよう燃えよる」と高みの見物をしていた。

 という個人的な感傷はさておき、この作品はノンフィクションと私小説のハイブリッドと言うべきだろう。寂聴さんが暮らした街を実際に訪ね歩き、そこで起きた出来事と寂聴さんの記憶を重ねる。

 自分が暮らした「場所」を訪ねてみたくなるのはなぜなのだろう。

 私が40代半ばだったか、1970年前後に暮らした大阪市東住吉区西通りを訪ねてみたことがある。しかし1976年ごろ暮らした岸和田市藤井町には未だに再訪していない。「場所」に潜む記憶が好奇心を左右するのかもしれない。 
 

瀬戸内寂聴さん『死せる湖』


 同じ主題をさまざまな角度から書き続け、自分に劫罰を与えてきた瀬戸内寂聴さんである。本書は『花芯』や『夏の終り』とは別の角度から主題に迫った。場面設定の違いの1つとして私が注目したのは、主人公の「夫」に睡眠薬自殺未遂をさせたところである。

 その理由が最初はよく分からなかったが、あるとき「ああ、そういうことか」と気づいた。私の頭の中に転がっているものと重なったので目の覚める思いがした。「夫」の自殺未遂は主人公にとって劫罰であり、つまり瀬戸内寂聴さんは主人公を責め立てたのである。

 にこにこ顔をしている印象の寂聴さんだが、人は見た目では分からない。


 

 

『天人 深代惇郎と新聞の時代』から2冊の『天声人語』

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 後藤正治さんの『天人 深代惇郎と新聞の時代』(講談社文庫)は深代惇郎さんの人となりを追いかけた労作だ。そもそも深代さんと机を並べた人が鬼籍に入っていく状況である。取材は難航し、まとめるのも苦労した様子が窺える。副題にあるように、深代時代の朝日新聞社の空気を伝えた本でもある。

 本田靖春、森恭三、酒井寛、疋田桂一郎、三浦甲子二、富森叡児、松山幸雄、轡田隆史、辰濃和男、田代喜久雄、柴田俊治、石井英夫、柴田鉄治、扇谷正造、斎藤信也、本多勝一、小林一喜、富岡隆夫、浅井泰範、門田勲……。こういう懐かしい名前が次々に出てくる。大学時代を中心に『朝日新聞』や朝日文庫などでこうした記者の記事や本をたくさん読んでいた私は「おおー」と感嘆するわけだ(簡単な男であるな)。

 本書は深代さんの私生活を垣間見せたことで絶賛伝記になるのを避けた。配偶者と長年別居していたことや再婚相手が18歳年下だったこと、その再婚生活が深代さんの死去で1年で終わったことを知り、深代さんが抱えた昏さが何となく想像できるのは私も婚姻を破綻させた経験者だからかもしれない。

 急性骨髄性白血病で早逝することがなければ深代さんの天声人語は10年20年と続いたのではないか。本書を読んでいるうちに、深代さんの天声人語を無性に読みたくなった。飢餓状態がずーーーっと続いているせいだろう、良質の思考を味わいたい干からびた脳みそに栄養を吸収したい脳にへばりつく糞どもをもうこれ以上見たくないという欲望がむらむらとわいてきた。ところがだ。朝日文庫で一連の深代本は全て買って読んだけれど、手元に1冊も残っていない。

 アマゾンで調べたところ、2015年に復刊している。というわけで、疋田さんのやつと合わせて『天声人語』を買った。

 深代惇郎の名前が分かる人と話をしたい。

高橋源一郎『間違いだらけの文章教室』(朝日文庫)


「こんなの書けない!」という章で高橋源一郎さんが紹介したのは、子供と餓死した母親が書き残した文章だ。

 追い詰められてゆく様子を誰に伝えるでもなく綴られた文章を高橋さんはこう解説した。<追い詰められ、気が狂いそうになって、正気でいつづけるために、ノートを、文字で埋めていただけなのかもしれない。その苦しみは、文章に書いて存在させなければ、自分を喰い殺してしまう、と母親は思ったのかもしれない。あまりの苦しみに、意識を失いそうになりながら、母親は、文字通り、一字ずつ、紙の上に刻んでいった>

 書くという行為はそもそもこういうものだったのではないか。今やフェイスブックやブログなどで駄文が巻き散らかされているので文章を書く意味や行為の根っこにある精神が見えにくくなっているけれど。

 もう1つ読み応えのある章がある。子供から「おとうさん、自殺をしてもいいの?」と聞かれたときの鶴見俊輔さんの対応についての解説だ。<人が「深淵」の前に立たざるをえない瞬間には、自分もまた、「深淵」の前に立つしか答えを見つけることができない>に私が「おおお」と叫びそうになったのは、元舞台俳優とのメールのやり取りで同じ「深淵」をのぞき込んでいたからだろう。

 いや、いい本に出会った。



 

瀬戸内寂聴さん『夏の終り』の美


 勧めてくれる人がいて読んだ瀬戸内寂聴さん『夏の終り』(新潮文庫)。

 寂聴さんが自分にへばりついた罪に向き合うてのたうち回っている様子が垣間見えた。凄まじい。書いても書いても収まらない。寂聴さんのこころの中で修羅が暴れ続ける。岩に爪立てて爪剥いで、首絞めて顔真っ赤にして反吐履いて、岩の上をごろんごろん転がってあちらこちらから血が噴き出ている。血を拭おうとしたところからまた噴き出している。

 私がひれ伏す車谷長吉さんと寂聴さんの似ているところとして「乱調」を挙げたのは両方を読んでいる舞台俳優だった。ああ、確かに。そこに美がある。


 

瀬戸内寂聴さん『花芯』の核心


 私は顔がのび太なので癒やし系と勝手に油断してくれるのでシメシメとほくそ笑むのだが、瀬戸内寂聴さんはもっとひどい。ただでさえ御利益がありそうな坊主姿にあの柔和な顔。しかしだまされてはいけない。

『花芯』は寂聴さんの私小説に近い。

 私は車谷長吉さんにひれ伏しているが、車谷さんが近づけないくらいの冷徹さというか、感情が凍り付くようなものを持っているのが寂聴さんだ。あの柔和な顔からは想像できない孤立(独り立つ)の精神とでもいうべきか。すさまじい。

 寂聴さんの内側から皮膚を破って表面に出てきた厳冬があらゆるものを破壊しながら突き進む。それに触れたらこっちまで凍り付く。

 ほれぼれした場面の1つがこれ。

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「ね、かわいいでしょ」
「いいえ」

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 しびれた。

 予定調和や気づかい、和、場、忖度、付和雷同、長いものには巻かれろ、しがらみなどなど世の中に蔓延している空気と闘ってきた人なのだった。さらに言えば寂聴さんの文章は美しい。何度も舐めて舐めて舐め尽くしたくなる美しさがある。

 その昔『毎日新聞』夕刊用に電話で寂聴さんの取材をしたことがある。寂聴さんの大ファンに話したらたいそう羨ましがられたが、あの当時に読んでいれば質問が深くなっていたはずで(仮定法過去完了)、質問に阿呆ぶりが出てしまうのであったな。

 徳島市にある寂聴さんの記念館は実家から歩いて10分くらいの近さ。今度帰省したら行かなければ。

今さらながらの太宰治『人間失格』(新潮文庫)だが

 国語の教科書で『走れメロス』を読んで感動したのは中学2年のころだった。以来太宰治に縁がない。林忠彦さんが1946年11月25日に東京銀座のバー・ルパンで撮った写真は有名だが、右端の後ろ姿の人が坂口安吾だと『波』2018年9月号で知った。

 という具合に、55歳になって読むとさすがに太宰治にかぶれることはなさそうだが、小説より実像に興味が湧いてしまう。新潮文庫の『人間失格』は奥野健男の解説が太宰の人物を端的に整理していて読ませる。ここを読んでから小説を読むと理解が深まるのは、作者と作品を完全に切り離すのは難しいということだろう。小説に作者が投影される、そういう読まれ方がある。

 なお『人間失格』を単体で文庫本にしているのは新潮文庫で、ほかの出版社は太宰のほかの小説と抱き合わせ。抱き合わせはいかんな。

 妻の過ちに魂を打ち砕かれた太宰の姿はシェイクスピア『オセロー』に重なる。古今東西、純粋な男の真理なのかもしれない。

『透明人間』は哀しい物語だった

 透明人間になることができたらなぁと思ったことがある一人である。だいたいそういう場合は透明人間になって女湯をのぞいてみたいとか好きな女の子の部屋にしのびこんでみたいとか、ろくなことを考えていないというか人間らしいことを目論んでいたというか。

 このような阿呆なことを想像しながら当時抱いたのは「着ている服は透明になるのか」や「くしゃみをしたら聞こえるのか」、「血が出たら見えるのか」などのギモンである。『透明人間』を読むと解決する。よく練られた小説だ。

 さて。途中休むことなく一気に読んだ。それくらい面白い。しかし話の展開は哀しい。その哀しさに秋葉原事件を起こした加藤智大死刑囚と重なるところがある。今だから読み込むことができるところはあるのだが、もっと早く読んでおくべきだった。

 本書を勧めてくれた日垣親分に謝意を記す。題名は知っている有名な本なのに未だに読んでいないものがまだまだある。どこまで読むことができるか。命との競争が始まった。

いま何をすべきか見える『未来の年表』2冊





 未来を見たい。多くの人が望み、占いに走ったりスピリチュアルにはまったりする。未来を見せてくれる本が『未来の年表』(河合雅司・講談社現代新書)で、だからよく売れている。

 日本の人口が減少しているのは周知の事実だが、これが日本の産業や自治、医療、生活などあらゆる面でボディーブローのように効いてくる。

 2027年、輸血用血液が不足。2039年、火葬場が不足。2040年、自治体の半数が消滅、という塩梅で具体的に示される。そのとき自分が何歳か書いてみると切実さが増す。

 筆者は「戦略的に縮む」という処方箋を示していて、説得力がある。本書を読むと国内のいろいろな動きの背景が分かる。国から地方までの政治家が本気で今すぐ取り組むべきなのに、「戦略的に縮む」は票にならないばかりか下手をすると落選してしまう内容だから、積極的に取り組んでいる人は私の目にはまだ見えない。

 あと30年生きる可能性がある世代や若い世代は必読である。1巻目の22〜23ページは分かりやすいので特に必見だが誤字がある。32刷まで印刷しているんだから直せよ講談社。


 

『狂』雑カン


 飾磨高校の恩師・立花先生に対する愛惜あふれる追悼小説である。

 東京帝大経済漠部を出て三菱商事に入社、陥れてきた上司を殴って退社して教師になった人だという。車谷長吉さんは熱を込めて意義を語る。

<この時、立花先生の生は狂うたのである。この狂うたというのが大事である><恐らくこの時はじめて、先生の中で「精神。」という「物の怪。」が息をしはじめた。精神というものは誰の中にもあるものではなく、一生それを持たずに終ってしまう人の方が多い。世の中にあるのは、うまく立ち廻るための「世間の常識。」だけである>

 立花先生は高校時代に週1回、朝の6時から8時まで「立花塾」を始め、プラトンやアウレリウス、モンテーニュ、デカルト、ヘーゲル、ニーチェ、孔子、老子などを講じ、車谷さんは最後まで受けた。

 学生運動の波に揺れる高校で立花先生は生徒側に立ち、敗れて退職した。45歳で用事専門の学習塾を開いた。

 ストリップ・ショウで老嬢が<両手で懸命に女陰を開いて見せるのを、舞台の袖で見ていて、「先生は「あの女の哀れさは、わしの哀れさや。」と洩らされたとか。特出しに驚喜する、枉枉しい俗衆たちの中での言葉である>。

 70歳で亡くなる前に車谷さんの『盬壺の匙』を手に涙を流して喜んだというから、恩返しが間に合ったのではないか。

 2000(平成12)年の『文學界』5月号に掲載。


 

『武蔵丸』雑カン


 2001(平成13年)に川端康成文学賞を受賞した短編である。

 武蔵丸はカブト虫。1999(平成11)年7月19日に舎人公園で見つけて自宅に連れて帰り、約4カ月生活を共にした。かいがいしく世話を焼く様子が従来の車谷さんの印象をはみ出している。

 毒を刻むことを忘れてはいない。車谷さんが一軒家を買うことになり、その一軒家の所有企業の男性について<鼻はある独特の扁平な形をしたものだった。これは親が梅毒に冒された経験のある場合、その子供に現れる特異な症状である>とやった。

 武蔵丸が車谷さんの指で性行為をする様子、足がなくなった武蔵丸の様子なども丹念に描く。わずか4カ月の命を生きた武蔵丸と70年80年90年生きる人間を織りまぜ、銭に目を血走る人間の欲も加え、武蔵丸の死を迎える。余韻が残る。

 武蔵丸を悼んで一気に書き上げたと車谷さんのエッセイか何かで読んだ。2000(平成12)年の『新潮』2月号に掲載。

『一番寒い場所』雑カン


 虚実皮膜の間というほかない小説である。実在の人物(東北大教授)や車谷長吉さんの近況(浦和の精神病院で精神安定剤などをもらって服用している)、事件(浅沼稲次郎襲撃事件)が出てくるので、実話だと錯覚して読み進んでしまう。私(わたくし)小説の仕掛けなのだろう。

「一番寒い場所」について車谷さんは<心にこれをやらなけれいけないと思い決しながら、ともすればそれが実行できない部分である。行動できない部分である>と書いている。人が見たくもない部分を「ほれ」と差し出してくる車谷小説の核心と言える。

 胸に手を当てると思い当たるものがある。そこは私の弱さと裏表になっているので、うっと悶絶してしまう。

 車谷さんは腰を低くしてこの目線で物語を紡ぐ。怖いもの見たさで読んでしまう私は最後に泥の中に顔を押しつけられて息絶える。

 1999(平成11)年の『新潮』7月号に発表。
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